クラスレクリエーション (改稿2023/7/28)
構想練ってました。順次加筆していきます。
質問、感想等待ってます。
本当に遅れてすいませんでした。
「うん、皆席に着いたね」
恐らくは十五組の担任であろう若い男性教師は教室を見渡しながらうんうん、と頷く。微笑を浮かべ余裕を見せようとしているのかかなり、いや結構うざったい態度だが本人は気が付いていないようだ。
先程見せた失態は既に彼への評価を一段階、いや二段階は下げている。地に落ちたといっても過言ではないレベルだった。
そんな彼は生徒達の冷ややかな視線にも全く気が付く様子がなく(あえて無視しているのかもしれないが)、話を続けていく。
「先ずは絶対に初めまして。今日からこの十五組を担当する杠英二です。この学園では三年間同じクラスだから、これから三年間よろしくね」
教室の前面に設置された電子黒板に自分の名前を書きつつ男性教師、杠英二は自己紹介を行う。
「杠って名前に聞き覚えのある人も絶対にいるよね、でも全然気負わなくていいから!僕も羅盤学園が初めての学校でね、正直不安だらけなんだけどさ、君達と同じくフレッシュな気持ちで頑張るから……って」
と怒涛の勢いで話し続ける杠英二。だが一通り言い終えたところで教室の雰囲気に気が付いたようで、少々顔を引きつらせる。先程の不信による沈黙ではなく、何それと言わんばかりの沈黙である事に気が付いたのだ。
見れば舞桜瞳なんかは既にうとうととしているし、生徒達もまた半分以上が何それ、といったような表情だ。彼の話にしっかりとした知識を持って追い付いているのは数人しかいない。
「えっとぉ……あれ、皆杠一族とか……知らない感じかな」
杠英二が恐る恐る尋ねる。
数人の生徒が首を横に振り、彼はその場でがっくりと肩を落としてしまった。
杠一族。それはこの国に高官を多く輩出している事で知られている家系だ。一家全員公務員で、異能に関する従事者、それが杠一族である。
羅盤学園にも英二を除いてもう一人、担当する学年は違うが杠一族の人間がいる。他の異能者養成学園にも最低一人は杠の一族がいるのではないかという具合である。実際全校に杠一族が配属されているのかと言えばそうではないのだが、杠一族がそういう側面で有名なのは間違いない。
「あれぇ、聞いたことない?杠雄三とか、杠次郎とか結構有名だと思うんだけど……うん、そっかぁ聞いたことなさそうだね……」
尻すぼみに声が小さくなっていく杠英二、すっかり元気が無くなってしまっていた。
恐らくは知っているであろう白木銀子も永宮雅成も無表情で彼を見ているのだからどうしようもない。新もギリギリ名前を知っているくらいだ。
生徒達の関心を自分の一族のネームバリューで買おうとしていただけに、本当に哀れな感じになってしまっている。
「う……ん」
「「「「…………」」」」
沈黙がかなり痛い。
原因は分かり切っている。
杠一族は確かに有名だ、しかしそれは異能者界隈の中での話である。
超常史においては異能を職業にしている人間というのはかなり一般的な存在だ。
天帝近衛四家のように圧倒的なネームバリュー誇る家系の出身者や、或いはメディアに登場するような異能者。迷宮探索者の中には役者やモデル、アイドルとして活躍するものも多い。
これは迷宮探索業が民営化されているからでもあるのだが、本質的には強い異能者が、というより本人達の芸能人としての素質も影響している。
ではそんな界隈外の人間にも有名な異能者達と比べて杠一族はどうか。
弱い、圧倒的に致命的に名前のインパクトが薄いのである。
日本国の国家所属異能者なら杠の名前を知らない者は少ない。それだけ国に貢献している一族だ。
しかし例えば超常史以前だったとしても、政治家の一族の事まで一般人が知っているかというと……やはり少ない。かなり少数になるはずである。
つまるところ杠英二、彼の失敗は生まれながらに異能者としての教育を受けてきた彼の常識を当たり前だと思ってちょっぴりその名前を自分の威厳の為に使おうとしてしまった事だった。
……勿論教室に入って来た時の様子もかなり大きかったのだが。というよりはソレが全てですらある。
「…………切り替えていこうか!」
その流れを断ち切るように杠英二が大きく声を出す。
明らかに無理をしているが、今はこの雰囲気を脱するのが大事だと考えたのだろう。
「こほん!えー今からするのはクラスレクリエーションなんだけど、内容は各クラスの担任に一任されてててどのクラスも絶対に違うことをやってるんだよ」
振り返ってすらすらと何やら図を描き始める杠英二。
書かれた図はチャート表のようなものだった。
「という訳で僕のクラスでは初めに一年間の、つまり君達の今後の流れを説明した後簡単な自己紹介をしてもらおうと思ってるんだ。一応みんなに配られるタブレットでクラスメートの名簿が確認できるから、後から確認してみてね」
■◇■
「はい、じゃあまず初めにこれから一週間の予定を説明するよ」
そう言って杠英二は電子黒板に文字を書く。
「それでなんだけど羅盤学園のシステムは知ってるかな。知ってる人もいるかもだけど、ここで一度説明しておくね」
電子黒板に書き足されたのは大きく書き出された『新人戦』の文字。やたらと芸が細かく、まるで筆を使ったかのように書かれ半分以上がチャート表から飛び出ていた。
態々表を書いたのに何故飛び出すように書くのか……謎である。
「君達新入生はこれから新人戦を目指して戦う事になります、直近の目標はこれだね。この新人戦は一年生の個人戦。この後説明するけどクラス内での測定試験、対抗戦成績の上位二名が代表として選ばれて、本戦に進む形になるんだ。トーナメント方式で戦う事になるから、全十八クラス出場できるのはたったの三十六人。勿論初戦から同じクラスの人間とは当たらないからそこらへんは絶対に大丈夫だよ」
新人戦。これは新も事前に少し知っていた情報である。
ディテクター、同じく異能学園に潜入している先輩の学園でも似たようなものがあると言っていた。羅盤学園での実施形態までは知らなかったが、概要だけではかなり長い戦いになるとの事だった。
「期間は一か月後から。クラス内対抗戦もトーナメント形式で明後日から毎日やって行く事になるから結構ハードだね。現時点だと戦い方も分からない!って人もいるかもだけど、それは今回はしょうがないって事で諦めてもらう事になる。新人戦の目的が現状の実力を見る事とかが目的だからね。負けてもデメリットは無いよ」
「じゃあせんせー、逆に何のメリットがあるんですか?」
そこまで話し終えた所で、生徒の一人、一昔前風に言うならギャルらしき風体の女生徒が質問を投げかけた。杠英二が教室に入ってから初めての発言者である。
「うん、勿論あるよ!……よかったぁ、喋ってくれて……」
何処かほっとした様子の杠英二。
やはり空気の重たさは相当に気にしていたようである。
目尻に薄っすらと涙が滲んでいた。
(なんか残念な人だな……)
新の先輩達にはいないタイプの残念さ加減に思わず同情を禁じ得ない。新の先輩達は本当にどうしようもないが、杠英二は一般とずれている部分があるとはいえ感性はかなり普通の様だ。そこがまた彼の残念さを際立たせている。
「えーと名前を聞いてもいいかな。まだ顔と名前が全員は一致してなくて……」
軽く目元をぬぐいながら杠英二は女生徒に名前を尋ねた。
「天王寺ラファエラですー」
ギャルらしき女子は天王寺ラファエラという名前らしい。
金髪の伸ばした髪をくるくると指先で回している。かなり立派なわっかが出来ていて、彼女のトレードマークと言っても差し支えない特徴となっている。
「ありがとう、天王寺さん。メリットはあるよ、大きく分けて二つ」
指でピースの形を作りながら杠英二は続ける。
「一つは卒業後の進路に影響するかもしれないって事。新人戦は政府の人間含めて、迷宮探索業界の人間も多く見に来るからね」
超常史において強力な異能者の確保は最も優先すべき事項だと認識されている。
防衛、迷宮探索、そして武力。異能者は様々な場所、状況で力を揮う。強力な異能者を確保することは直接国力の強化に繋がる。
新人戦もその一環だという事だ。
卒業後の目星をつけるため、様々な業界の人間が若い芽の力を見に来る。
まぁ、彼らの主目的はもう一つ存在するのだが……あくまでもそれは副産物である。
「ここで活躍するのは自分の将来にきっと役に立つよ。羅盤学園は良くも悪くも実力主義だからね、卒業時の成績というか実績判断は他校よりも絶対に大きく影響するから」
ともかく新人戦の主体は一年生であり、つまるところ彼等新入生である。
異能者を養成する為に設立された学園とはいえ、全員が全員優遇された将来を得るわけではないのだから。新人戦で力を見せることはメリットになる、という事だ。
「そして二つ目……それはね」
ふっと笑って、英二が口を開く。
「知れる事、知識だよ。それもとびっきりの」
知識、確かに杠英二はそう口にした。
その言い方は重く、これ迄の彼のどの言葉よりも実感が込められていたように新は感じた。勿論それは新の思い過ごしかもしれないが、少なくもその言葉には杠英二の人物が現れているように思ったのである。
「とまあこの辺で大丈夫かな。大丈夫だった?天王寺さん」
「あっ、はいー分かりましたー」
「うんうん、良かったよ。他に何か質問がある人はいるかな?」
誰も声を上げる者はいない。
しかし現在の空気感は先程までの凍り付いたものではなく、新入生なりの雰囲気から作られるもので確実に和らいでいる。
いい方向に傾いている証拠だった。
(案外いい人なのかもしれないな……。凄い、残念な人だけど)
登場後は残念という印象が強烈だったが、本質は優しい人間なのだろう。
今もだらしなく笑っているが別に悪い人間ではなさそうだ。
「いないみたいだね、取り合えず今一番覚えておくべきなのは新人戦だね。その後はクラス対抗戦、学園対抗戦があるけど基本的には二年生以降が主体の行事だから一年生の君達は、そんなものがあるんだなー程度でいいからね」
「もう一度すいませんー、学園対抗戦って何ですかー?」
「えーとじゃあ軽くだけ説明しようかな」
電子黒板を一度リセットし、新しくいくつかの図が書き込まれていく。
どうやら三つの校舎がデフォルメされて書かれていた。
「まぁ学園対抗戦、っていうのは本当に字そのままなんだ。今この国には三つの国立の異能者養成学園があるのは知ってるよね?」
「えー、まぁ」
「言ってみてくれるかな」
「えーと、羅盤学園、荒日学園、雅写学園?であってますかー?」
少しだけ顔をしかめるが、これは別に大した知識ではない。
むしろこの学園に在籍している者なら全員知っているだろうし、なんなら全国民が知っていてもおかしくないレベルの基本的な知識である。
「そう!正解!」
故に大袈裟に杠英二が喜んでいるのは間違っている。
「天王寺さんが答えてくれた通り、現在この国には今の三つの国立学園があるんだ。で、学園対抗戦っていうのはその国立三校で代表者を出して対抗戦を行う訳だね」
校舎の絵に学園の名前をあてはめつつ説明は続けられていく。
「毎年夏休みの時期に開かれて、三校で総当たり。別に景品とかは無いんだけど、学園対抗戦はその時の学生最強を決める戦いでもあるからね。実質、学園の威信をかけたものになる」
代表が何人選出されるのかは分からないが、総当たりという事は少なくとも数日間にわたって行われる行事だという事だ。
戦闘状態を数日間継続する、というのは心身共にかなりの疲労を伴うだろう。
クラス内対抗戦はトーナメント方式だそうなので、下手したらこちらの方が圧倒的にきついまである。
「でもさっきも言った通りこれは基本的に二、三年生が主体の行事だからね。君達はあんまり現状気にしなくてもいいよ」
「じゃあ一年生は出られないんですか」
「うん基本的にはね。まぁそれだけの実力を示せば別だけど、それ含めての新人戦でもあるんだよ。新人戦優勝者はもしかしたら代表に選ばれるかもね」
杠英二はちらりと白木銀子と永宮雅成が座る席の方を見た。
異能者の成長幅は基本的に大きい。
それは異能が個人のパーソナリティに基づいて決定されるからとも、異能は肉体的には関係ないものだからとも言われているが、とにかく異能というものは鍛える程に強くなるものだ。
しかしその一方で才能が異能者の強さにおいて大きなウェイトを占めているのは事実だ。
珍しいことではあるが、時に鍛え上げた軍人が発現したての少年少女になすすべも無く倒されることだって当然にあり得るのが異能者の世界である。
異能者の強さは年齢では判断できないのだ。
「でもここは羅盤学園。特に上級生は毎日のように訓練を繰り返しているからね。君達みたいに自分の異能が一体どれ程のものなのかを知らない人間には、多分負けないよ」
自分が学生だった頃に重ねているのか、それとも単に事実を言っているだけなのか。
そのどちらもなんだろうな、と新は思った。
「とまぁ、心配しなくてもいいよ。全部は着々と進んでいくものだからね」
と、笑うがやけに教室内の空気が重い。
その理由はすぐに判明する。
「……本当に雅写学園も参加するんですか」
「雅写学園も参加するよ、毎年ね」
「でもせんせー、雅写学園って……」
「そうですよ東骸異能特区といえば、あの」
雅写学園、誰もが知る国立の異能者養成学園でありながら一つ異質な扱いを受ける学園。
一部の生徒達の不穏さの原因は雅写学園も参加すると聞いたからだった。
「先生それはアレが関係しているのに、ですか?」
「それって雅写学園の人間と戦うってことだよな……」
「大丈夫なんですか?」
「ほら、落ち着いて落ち着いてー」
クラスメートの中には雅写学園も参加すると聞いてずっと保ってきた沈黙を破り、話し出す生徒も現れる。言葉を発しているのはいずれも一般入学組の生徒達だ。全員が不安を持っている訳ではないだろうが……騒ぐ一部の人間からすれば一大事なのは間違いない。
白木銀子、永宮雅成、新もそうだが異能者の世界で既に生きてきた人間ではない彼等にとって雅写学園とはそれだけ言いだしても仕方がない場所なのだが、一般入学組にとってはそうなっても仕方ない事。
雅写学園、というより雅写学園が存在する場所がどういう場所なのか知らないはずもないのだから。
次第にざわめきが教室に伝播していく。
生徒の不安が大きくなるのが、新にも肌で感じられた。
「はい、みんな落ち着いて!雅写学園は僕が在籍していた時も対抗戦に出てたけど別に君達が考えるような危険はなかったよ。それに絶対、君達が想像しているような事は起きないから」
「ど、どうして言い切れるんですか?」
生徒の一人、少し臆病そうな印象の男子が杠英二に問う。
元々気が小さいのか他の生徒よりも真剣な表情だった、迫真、と表現するのが適切なくらいに。
「それは勿論対抗戦だから、だよ」
対して自信を携えて答える杠英二。
「いいかい、対抗戦には僕たち教師もついていく。学園対抗で関係者以外の人間が知ることは無いとはいえそこそこの規模の行事なんだ、そこには何人も腕利きの異能者が居るからね。だから君達が不安に思ってるような事が過去に起きた事はないよ」
「でっでも!雅写なんてあの〈野――」
そこまで言った時、急に男子生徒が押し黙ってしまう。
それは余りにも急な消滅で、男子生徒の大声の反響がまだ消え切っていないくらい唐突だった。
見れば男子生徒も何故自分が話せないのか、声を出せなくなったのか、その唐突な変化についていけていないようで自分の喉を押さえて必死に声を出そうとしている。
その光景を新は知っている。
昨日自身が陥っていた状況にそっくりだったのだ。
「少し静かにしようか」
変わらず教壇に立っている杠英二。
しかしその顔に張り付いた表情は明らかに穏やかではない。
荒々しく展開された異能が教室内に満たされるのを肌でピリピリと感じられる。隠す気が微塵も存在しない、威圧する為の異能領域。
誰もが目を見張った、それは自分の実力を知っているが故に。
この場に居る生徒達とて、羅盤学園の入試を乗り越えてきた者達だ。自分の持っている異能、実力、それがどれだけのものなのか位は知っている。
それだけ杠英二が展開した異能領域は震撼させた。
軽いノリで語り、お世辞にもちゃんとした人間ということは出来ない残念な人間。それが杠英二にこの短い期間で抱いていたイメージだった筈である。
それら全てのイメージを拭い去るだけの威力が、この場には満ちていた。
「はぁ、気持ちは分かるけど大丈夫だよ。対抗戦は本当に完全公平、ずる一切なしの学生対抗だからね。アレが関わってくる隙間は無い。あっても僕達教師が全力で君達を守る、ルールの範疇でね」
真剣な表情で真っすクラスを見渡す杠英二の姿は、大人そのものだった。
「だから君達が不当に苦しむことは無いよ、絶対に」
しん、とした中で優しく微笑む杠英二。
そして。
「あのー、現在進行形で苦しんでますよー?」
「うわぁぁ!?ごめんごめんごめん!つい恰好つけたくなっちゃってぇっ!」
またもや天王寺ラファエラの一声によって、場の空気は解放されたのだった。
〇杠一族
古くから国家に奉仕してきた魔術師の一族。
超常史以前より存在する家系で、厳密には異能者ではない。
〇異能者養成学園
現在日本国には国立の学園が三校と私立の学園が複数存在する。
傾向として国立は国家所属の異能者、私立は探索者向けの教育を施している。