Day8 裏工作はバレたら裏じゃない
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特殊任務が始まって、本格的に戦況が動き始めた。
全員それぞれに作戦行動を行い、勝利を目指して動いている。あちこちから感じる異能領域の感覚がその証拠だ。特に強く感じているのは桜海さんのものだろうなぁ、ビンビン感じる。
静かに戦況を観察していたけれど、ここからは僕のターンという事で。
特殊任務の報酬は僕達のチームにとって喉から手が出る程に欲しいものだ。けれどもそれは向こうのチームも同じ。逮捕されてからの脱獄の難易度が非常に高いこの団体訓練において、脱獄を簡易化させるカギはいくらあっても足りない重要な報酬だ。
今頃道木だけでなく宗谷もいかにしてこの特殊任務を達成するかに頭をフル回転させている筈だ。あ、それと朱音さん達も。
自チームの作戦を指揮する彼等の責任の重さは現場で指揮を受けて動く僕達の比じゃない。
現場も現場で逮捕されて足を引っ張らない様に必死なんだけどね。
かくいう僕もしっかり自分の役割を果たしている最中である。
抜き足差し足忍び足、気配を最大限殺して移動する。
僕はもしうっかり敵方に出くわせば、まず間違いなく逮捕されてしまう自信がある。発動の遅い異能力である僕の異能は本当に使い勝手の悪いものだ。
だからといって僕は自分の異能の事が嫌いとかは無いけどね。何でも使いようって事だ。
異能は相性勝負が大きな割合を占める所がある。桜海さんが苦手な敵が現れたとして、その敵にとって僕が天敵という可能性も零じゃないのだ。……いや、無いか。
桜海さんなら普通に誰でも相手に出来そうだ。
さて、そうこうしている内に目的地に到着。
これからはより集中して行動しないとね。
まだ気配は薄いけれど、いつ視線と矛先がこちらに向くか分からない。
なんせここは既に主戦場。
「お、あれかな?」
――――旗のすぐ近くなのだから。
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時は少し遡る。
「事情が少し変わった」
「まぁ、分かるよ。言いたい事は」
「なら話が早くて助かる。……目立つ動きは避けて欲しい、これはチームの為でもあるしお前自身の為でもある。早い話、極力敵に見つかるな」
団体訓練開始前の各チームが分かれた段階で、僕は道木に声をかけられていた。
話の内容は勿論訓練中の僕の行動内容について。
「一応聞くけど、他の遊撃班は?」
「他の奴等には指示があるまで待機。指示があるまでは隠れつつ少人数で行動してるAチームを奇襲する様に伝えてある。殆ど説明前と変わらない感じだな」
「ま、だろうね」
僕の当初の行動方針は『出来る限りの陽動』。僕の異能力は発現速度が非常に遅い。自分で言うのもなんだけど、僕の異能が発現するまでに桜海さんなら四回は僕を倒せるだろう。
だからこその陽動。個人で行動し、静かに戦闘を見守り、要所要所で戦闘に介入する。予め異能を遠方から準備しておけるのは放出する異能の強みの一つだ。
これなら発現の遅い僕の異能でもある程度活躍出来る。特に宗谷との戦闘においては繰り返し異能を発現する事が出来なくなる。数を絞って一撃を確実に決める戦術は有効に使える……筈だった。
だけどこれは基本戦術でしかない。そしてこの基本戦術には、強制的な戦線からの離脱……つまり『逮捕』を想定していないものだ。
「ルールブックと先生からの説明を合わせて考えるに、脱獄はそう何度もやれる手じゃない。なんなら訓練中に一度も脱獄を成功させられない可能性すらある。戦闘による逮捕は仕方ないとしても、無駄死には極力さけたい」
「だから、目立たないようにって事ね」
「そういう事だ」
逮捕され牢屋に移ればそこは敵陣。脱獄は途轍もないリスクを孕んだ行為に間違いは無く、もし脱獄させるなら最大限にリターンを受け取れる状況でなければならない。
例えば頭領が逮捕されてしまったり、残り人数が少なくなった時の一発逆転の一手だったり。
つまり復帰は基本出来ないもの。その状況で僕が想定していたヒットアンドアウェイ戦法は、少なくとも僕の実力では危険すぎる。異能を撃ち終わったらそのまま逮捕、なんて事になれば無駄死にどころか味方にまで迷惑をかけてしまう。それは僕も嫌だ。
ならどうするか。その答えが隠密行動。
極力目立たない様に行動し、戦線に現れる事無く活躍する。ともすれば一度も戦わずに団体訓練を終える事になる可能性もある。
だけれど、これは確かに有効な作戦だった。
今回の団体訓練の勝利条件。頭領役という要素はあるけれど、基本的には『敵チームを全員逮捕する事』にある。時間切れになった場合は生存者数で勝敗が決されるとルールブックに書いてあった。しかしながら団体訓練の制限時間は長くて三日間。これは実質無制限の時間制限だ。
だが逆に言えば一人でも残っていれば『三日間』は生き残れるという事でもある。
一人でも生き残っていれば逆転のチャンスが巡って来るかもしれない。
一人でも生き残っていれば味方を救う事が出来るかもしれない。
その一人が勝ちの一手に繋がるかもしれない。
「一人でも残っていれば、チームは敗北しない。現実的には『頭領役』ともう一人だけどな」
頭領が逮捕されてから一時間以内に脱獄に成功しなかった場合、チームは敗北する。この条件においても、一人は生き残っている状況は保険になる。
「オーケー道木。大丈夫だよ、隠れるなら隠れるでやれる事は多いし、別に僕は自分が軽んじられてるとは思わないって。まぁ多少は軽んじられてるかもしれないけど……少なくとも今その必要性は理解出来てる。団体訓練なんだからな」
「……ありがとう」
道木の事だ。こいつは何だかんだ優しい。急に『お前戦えないから出来るだけ遠くに居といて』って告げるのが心苦しかったんだろう。
でもそんな事は僕にとってとうに理解できている事だし、気にする必要は全くない。異能の弱さは僕の本質ではないし、そんなものよりもこうして仲間が居るという事の方が重要な事だ。
「みんなんで勝利を目指すんだろ?頼りにしてるよ、リーダー」
「……あぁ、任せとけ」
拳を合わせて笑いあう。もう少しで訓練が開始するというのに、ここだけはいつものクラスと変わりない雰囲気が漂っていた。
「それに僕一人居なくなってもウチには超優秀な新人が入って来ただろ。寧ろ差し引きプラスだよ」
「申し訳ないがそれは本当にそうだと思う」
「やっぱ軽んじてるだろ?」
「………………」
「黙んないでくれますか!?」
ガチっぽいじゃんか!傷つくよ!?
冗談だとは分かっていても心にくるものはある。
「あぁそれと、もう一つ伝えときたい事がある」
「ん?」
■◇■
さて回想終わり。時間は飛んで現在。
僕の視線の先には恐らくは旗らしきもの。だけれど確信は無い。
先に旗を見つけたAチームが妨害工作を既に行っていて、あれが旗っぽい何かの可能性は十分にある。迂闊に近づいて、はい逮捕、みたいな事態になれば目も当てられない。
それに僕の役割はあくまでも隠密行動。旗を確認したからと言って飛び出す事はしない。本当はここで旗を獲得してしまいたいけど、それは作戦を台無しにするものだからしない。
朱音さんにも『近づいてバーンとか無しですからね!?』と注意された。どんだけ軽んじられてるというかあほの子だと思われてるんだろう。どっちかというと成績は悪くない方なんだけどね。
(さて…………)
意識を集中して気配を殺す。呼吸を静かに整え、体内に意識を向ける。
異能力者の体内には常に異能領域が展開されている。頭からつま先まで、体内に充満している異能領域というイメージが分かりやすいだろうか。
この異能領域は体外に展開するものと基本的な部分では同じだが、幾つか異なる点も存在する。その最たるものが異能領域の強度だ。
体外に展開する異能領域と比べ、体内に常駐している異能領域の強度はかなり強固なもの。一説によると体外の異能領域はこの体内の異能領域が外に漏れ出たものであるのだとか。
この体内の異能領域のおかげで、異能力者に直接作用する異能力は余程強力なものでない限り明確な効果を及ぼさない。例えば体内に直接モノを生みだしたりとかは普通出来ないし、ちょっといかがわしい創作物みたいに人間を洗脳して意のままにというのも困難だ。
こんな風に主に防御の面で有用な体内の異能領域だが、隠密行動においては邪魔になる時もある。
感覚の鋭い異能力者や、異能領域を広範囲に展開できる異能力者は自身の異能領域内に他者の異能領域が展開されていれば感知できる。
今回で言えばtypeルールの異能力者である宗谷が後者の例だ。
ではどうするか。
ここで使うのがこの技術である。
体内に常駐している異能領域を限界まで縮小する技術。こうする事で他の異能力者に自身の異能領域が感知される危険性を減らす事が出来るのだ。
知り合い曰く、自身の異能領域内に他者の異能領域が存在しているのは、地図の中に空白の部分があるような感覚……らしい。その空白部分を極力小さくする事で感知されるのを防ぐという訳である。
勿論メリットばかりではない。
体内に常駐する異能領域は他の異能から防御という役割以外にも異能エネルギーによる身体能力向上や異能のスムーズな発動の効果があり、この技術はそれ等を失わせてしまう。
つまり、この技術を用いている間は限りなく無能力者の身体になってしまうという事。
そんな状態で敵からの攻撃を受ければ……骨折どころじゃすまないのは目に見えている。
だからこそ、隠密行動を徹底し敵に見つからない様にする。裏工作はバレたら裏じゃないからね。慎重に行動して役割を果たす。
道木と朱音さんに託された超重要な作戦。題して――――
――『旗前で待ち構えて遅れてやって来たAチームを一網打尽にして逆転作戦』を成功させる為に!
……いや長いよ!!




