Day8 記憶再生
すみません、遅れました。
■◇■
初めての記憶。
私を囲む大人達と、優しく私を抱く誰かの手。
そして……
私を見下ろす、誰かの目。
■◇■
「やったか!?」
「馬鹿っそれ盛大なフラグだから!」
「じゃあやってない!」
「ふざけんな!」
炸裂した風の塊が、地面の土砂を巻き上げる。
小規模とはいえ異能によって生み出された鎌鼬。殺傷能力は無くとも真面に喰らえば負傷は免れない。濡木による水の膜が桜海ソラを覆っていたが、所詮は水。鎌鼬の威力を減衰するには至らない。
後は桜海ソラに逮捕モジュールを適用させる。それで彼等の任務は終わる。
寧ろ当初の狙いからすれば最上の結果だ。戦闘時間は最小限、事前に用意していた策が見事に嵌り、桜海ソラという戦力を削ぐことが出来たのだから。
だが、濡木は不安を拭えなかった。
彼女達にとっての朗報は、ほぼ無傷で戦闘を終えられた事。
そして彼女たちにとっての凶報は……その不安が現実のものとなった事。
一瞬。濡木の横を何かが通り過ぎた。
肌を切り裂くような衝撃が、空気を伝って彼女の頬に触る。皮膚の表面が揺れた空気を感じ取り、同時に彼女は感知してしまった。
彼女の異能は空気中に生成した水を操るもの。羽が舞い散る様に、散布させる機能に優れた異能であり、細やかな操作は実の所得意ではない。故に時間稼ぎを行う必要があったのだ。
しかしおおよそ全ての異能力者と同じく、自身の周囲で操る分には問題無く操作できる。濡木は戦闘中、そうして操作した水の羽を肉体の周囲に薄く纏わせていた。
にもかかわらず、彼女は自分自身の肉体で空気の揺れを感じ取ってしまったのだ。
濡木は咄嗟に振り返る。
違和感はあったが、振り返るまで彼女はその違和感に気が付けなかった。
つまり、振り返って気が付いてしまった。
そこに倒れていたのは同じチームメンバーの弦流の姿。陽気な性格で少々空気を読めない部分もあるが、気のいい友人。そんな友人が地面に倒れていた。
そしてもう一人。
「……やっぱ、そう上手くはいかないか」
何事も無かったかのように、倒れる弦流の横に立つ桜海ソラの姿だった。
その姿を見て濡木は悟る。
先程訪れた衝撃は一瞬の内に弦流が倒され逮捕された際の衝撃であり、彼女の横を通り過ぎたのは目にも止まらぬ速度で移動した桜海ソラだったのだという事を。
溢れ出そうになる諦観を押し留め、彼女は静かに桜海ソラに問う。
「もしかして弦流の攻撃は効かなかった感じ?」
「そんな事は無いですよ。少し痛かったです。ですが……私も簡単に負ける訳には行きませんから」
「謙虚なんだか、傲慢なんだか。思ってたより桜海さんって厳しい性格だよね」
「そんな事、初めて言われました」
彼女の額を、一筋の汗が流れた。
作戦の肝となるのは濡木の異能力だが、しかし濡木の異能だけでは桜海ソラを止める事は出来ない。弦流で無ければならない理由は無いが、しかしこの場に彼の代役は居ない。
(時間は……まだまだよね。流石にあんなに簡単に行くとは思わなかったけど、やっぱり強すぎるわね)
時計を確認する余裕は無い。しかしどう考えても十分も足止め出来ていない。
彼女等にとって最も都合が良いのは桜海ソラを逮捕する事だったが、最悪の結果は足止めも出来ず、二人共が逮捕されてしまう事だった。二人共が逮捕される結果に比べれば、例え時間稼ぎを十分に行えずとも逃走する方が良い。
濡木は思考を巡らせる。
彼女等にとっての切り札は三つある。
一つは先程の作戦。これは彼女が独自に用意したものだが、実際に宗谷にも相談した上で考案された策だった。成功する確率は高くないと理解していたとはいえ、一定の効果はあるだろうと確信した上での策。
二つ目は彼女達のリーダー、宗谷智晴の存在。
三つ目は現状どうにもならないものだが、これも自信を持って用意されたもの。
しかし結果はどうだろう。
一つ目の策は何の効果も見せず、二つ目の宗谷は現在別の場所で作戦行動中。三つ目は先述した様に少なくとも今は利用できない。
彼女の脳裏に一つの考えが過ってしまう。
――もしこのまま、自分達のチームが桜海ソラ一人に蹂躙されたら。
可能性は低いかも知れない。加えてこれは彼女の不安が生み出した想像に過ぎない。
だが、彼女とて異能力者。国立荒日異能者養成学園に三年間通った学生異能者である。だからこそ感じ取ってしまった、身に染みて感じてしまった。
格が、違う。
何をされたのか分からなかった。だがその分からなかったという事実が実力差を際立たせる。
「大人しく逮捕されてくれるのであれば、私もこれ以上何かする気はありません。ですが抵抗されるのであれば……私も相応の事をさせて頂きます」
桜海ソラが静かに告げる。
確かに彼女の言う通り。これ以上濡木に何か出来る事は無い。弦流が倒され、この場に残るのは濡木一人。逃げようにもあの速度だ。逃げられる訳も無い。そして抵抗したとしても結果は想像通りだ。実際に相対したからこそ、濡木には実力差がはっきりと理解出来ていた。
賢い選択は、このまま桜海ソラに投降し彼女の逮捕モジュールによって逮捕される事なのだろう。
だが……。
「ばっかじゃないの。ギリギリまで時間を稼ぐに決まってんじゃん」
彼女は身構え、自身の異能を展開する。
彼女に勝つ意思はもう無い。あるのはただ一つ、自チームの勝利に貢献するという思い。
これは団体訓練。一つの戦場の勝敗が全体の勝敗では無い。例えこの場において桜海ソラに濡木と弦流が敗北しようとも、彼女にとっての最善の選択とは時間を稼ぐ事。
特殊任務に参加しているチームメンバー達が旗を奪取する時間さえ稼げれば、濡木達の逮捕を差し引いてもお釣りが来るほどの戦果。例え自分達にその報酬が使われずとも、逮捕された人数ではまだ勝っているのだから。
これは彼女なりの意思。異能者としての誇り。
異能力者、濡木羽としてのささやかな抵抗だった。
「異能力――――!」
「そう、ですか」
そして、彼女達の周囲に轟音が鳴り響き……たった十分にも満たない時間稼ぎは終了した。
■◇■
彼にとっての最初の記憶は何だったのか。
人にとっての最初の記憶など、思い出せる人間の方が稀だろう。
物心つく、なんて言葉がある様に、人の心など気が付いた時にはあるものでそれ以前の事等覚えていられないというのが普通なのだから。
しかし彼が、それでもあえて最初の記憶を上げるのであれば。
それは強烈な劣等感だった。
彼には兄弟が居た。
彼は末っ子だったのだが、年子故かそれ程末っ子として優遇された記憶は無い。いや、それどころか彼は子供として優しくされた記憶が無かった。
なので彼の中にあったのは、強烈な、凄烈な劣等感。
自分が周囲から劣っている、自分が家族の中で最も劣っている、自分が兄弟に比べて劣っている。彼の目に映るものは全て、彼の劣悪な劣等感の対象になってしまった。
例えそれが彼の歪んだ眼に映る描写であっても。
どうして自分は優遇されない?
どうして自分は特別でない?
どうして自分は■■ではない?
彼の思う優しさとは、自分が最も特別に扱われる事であり。彼の思う優秀とは自分よりも他人が劣っている事の証明であり。彼の思う強さとは、支配力の象徴であった。
つまる所、彼は徐々に歪んだのでは無く。
彼は最初から、歪んだ状態で生まれて来たのだ。
彼は至極当然に考えていた。自分が正当に評価されない社会の異常さを憂い、自身が特別にならない世間の認識を変えようと本当に考えていた。
いつしか彼の手足となって動く部下を集め、彼は活動を開始した。
暴力を用いて他人の意思を折り曲げ、暴力を用いて自我を押し通した。しかし限界もある。彼は真に思い悩んでいたが故に、満たされない。
そんな時、彼に転機が訪れ、彼は唯一の理解者を得た。
それからは簡単だ。ただひたすらに気の向くままに彼の思い描く未来を生み出す為に進んだ。
例えその行動がどれだけ他人から見て歪んだものであろうとも、彼にとっては既に関係の無い事。
彼の求めるものは内にあり、外に居る。
故に彼は大地を踏みしめ、今戦場に入り込んだ。




