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今回は繋ぎの回ですので本編の人物は登場していません。
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某所。
そこは雰囲気があると言えば聞こえは良い寂れたバーであった。
いや、バーと呼ぶには少し様相が異なっている。バーテンダーがカウンターに佇んでいる訳でも無く、客が静かにカクテルを楽しんでいる訳でも無かったからだ。
ただバーという箱だけを用意された、スタジオの様な違和感がそこにはあった。
「だから私はね、怒って等いません。寧ろ感動していますよ。貴方達の無謀な浅慮さと愚鈍さに」
だからなのだろう。その声は、静かな店内によく響いた。
男の声だ。声色から年齢を窺い知る事は出来ないが、少なくとも、その落ち着いた口調からはある程度の年月を重ねたのであろうという想像が出来る。
その男は店内の中央に回転椅子を置いて、そこに座していた。長い足を組み、片手には何かの紙束を持ちながら眼下を眺めていた。
「でもね、そろそろ限界です。貴方達のリーダーを呼んで下さい。此方も話し合いで済むのならそちらの方が好ましいのですからね」
「――――あ、ぁうあ」
その呻き声は明らかに彼の足元から聞こえた。
いいや、それは正確な表現ではない。
その呻き声は、彼の座る回転椅子の……その更に下から聞こえた。
回転椅子の下に存在していたのは、男性の身体。醜く潰れ、蹲り、辛うじて平行を維持した男性の背中に回転椅子が突き刺さる様に立っていたのだ。
そして良く辺りを見れば、誰も居ないかのように思われた店内には実際には十数人の人間が居た。しかし誰もが地に伏し、頭を上げようとはしないが故に、仄暗い店内の状況も相まって姿を隠せていただけだったのだ。
何故彼等は地に伏して動かないのか。
それは彼等の足の付け根が、悉く撃ち抜かれていたからだ。
「私もね、暇じゃないんです。ですが勝手な事をされたままでは顔に泥を塗られますから。それは良くない。そして……志の無い行いは凶行に他ならない。それは駄目だ、許されない。だから、早く呼んだ方が良いですよ?これ以上意味の無い事は止めましょう」
男は再度周囲の人間達に向けてそう言うと、手元にある紙束をぺらぺらと捲った。
その動作が発する僅かな音にさえ、地に伏した者達は怯え、身体を震わせる。しかい逃げようにも足が動かず、立ち上がる事も出来ない。恐怖が内面を支配しても、彼等にはどうする事も出来ない。
「しょうがないですね……」
と、男が何かを言おうとしたその時。
バーの扉がバンッ、と勢い良く開かれる。
外界からの光が、店内に差し込むとこれまでの暗さが幾分か緩和される。そして光によって浮かび上がる血痕と破壊痕の数々。薄暗く雰囲気が良く見えていたバーの本性が露わになる。
そうして現れたのは……荒々しい雰囲気を纏った長身の男性であった。
「何しに来やがった」
「ようやく来ましたか。連絡はとっくにしていたと思うのですが、もしかして迷子にでもなっていましたか?それとも、またちょっかいでも出されて足止めされていましたか?」
「答えろ、何をしに来やがった。何故俺の部下が転がっている?」
新たにやって来た男は入口に立ちながら、店内の男へと話しかける。
決して中には入ろうとはしない。しかし差し込んだ光は、店内の惨状を男に説明するには十分な明るさを齎していた。一目見れば散らかった店内、転がった人間達、そして下敷きになった男性。
ただの一人も死者はおらず、正確に足を撃ち抜かれ地に伏していた。
「あぁ、これは単に襲って来たので反撃しただけですよ。それよりも私からの連絡受け取ってくれましたよね?なら早速話し合いに移りたいのですが……どうもそのような気分では無い様子ですね」
「当たり前だろうがッッッ!!!!てめえの部下やられて黙って話し合いだと!?俺をなめてんじゃねーぞシラサギィ!!!」
後から現れた男の叫びに、回転椅子に座す男性……シラサギと呼ばれた男性は静かに椅子から降りる。
身長は平均程。しかし細身の体躯が、彼の立ち振る舞いを優雅に見せる。
そのままシラサギと呼ばれた男性はは入口迄近づくと、彼に反して大柄な男の目の前まで立ち止まる。
「まさにその事ですよ。いつ私達が勝手に暴れて良いと許可を出しましたか?いつ私が動いても良いと言いましたか?これはね、貴方達が単に馬鹿だとか間抜けだとかいう話じゃないのですよ。志無くば、道は成せず……そして理想を成すには、明確な準備が必要なのです」
「調子に乗んなよ、シラサギ。お前にはお前の理想があるように、俺には俺のやり方がある。そもそも俺らには上下関係っつーもんはねぇ筈だろうが」
両者の距離が近づく。
感情に感化され、漏れ出した異能領域が店内を静かに、しかし激流の様に満たしていく。
入口付近の椅子や机が押しつぶされ床にめり込んだかと思えば、店内のあらゆる家具が持ち上がり、或いは燃え、そして壊される。
本来不可視の異能領域。しかし余りにも密度が濃い異能領域は時折人の目にも現象と色彩を伴い写り込む事がある。今まさに起こっているのはそういった、異能の可視化であった。
「そこまで言うっつー事はそれだけの理由があるって事だよなぁ……!?」
「はい、有りますよ。作戦が変更になりました」
「無いなら……何?」
一瞬、昂り張り詰めた空気が元に戻る。
シラサギと呼ばれた男性は入口付近に立つ男の傍へと近寄り……。
「――――――――」
何かを男へ伝えた。
すると先程まで怒髪天を衝く勢いであった男は一気に真剣な、それでいて抑えきれない興奮を宿した表情へと変貌する。
「……それは……マジな情報か?」
「ええ、ですから今問題を起こされると困るのです。そしてアレが居ない今は絶好の機会、元より予定していた計画と合わせれば……まず間違いなく成功するでしょう」
「…………」
男は何かを思案する様子を見せる。
荒々しい雰囲気とは裏腹に男とて馬鹿ではない。男の個人的な怒りの感情と、そして男達の最も重要なもの、優先順位の判断を見誤る事はしない。
特に彼等の最も重要なもの、それが何であるかなど百も承知だ。
彼が思案しているのは、シラサギから齎された情報の真偽では無く……これから彼等が行う行為の成功確率についてのものだった。
「待ち望んだ好機、鬱憤を晴らす為等というどうでもいい行動でお釈迦にされては困るのは貴方の方では?」
シラサギがそう付け加える。
それはその通りだった。シラサギの事等、男にとってはどうでも良い事だ。しかし彼が齎した情報は男達にとっては非常に意味のあるもの。
「それにこれは……あの方も望んでいる事。もし成功すれば志は理想へと大きく前進するでしょう」
そして――――。
「良いだろう。てめえの作戦に乗ってやる。だが勘違いするな。これは俺がてめえを信用した訳でも、てめえを助ける為でも無い。全ては理想の社会の為だ」
「ええ、それで結構。私の存在等、所詮は裏方。貴方達の様に表で動く者達に比べれば、私等どうという事も無い存在ですから」
「……チッ、どの口が言いやがる」
男は心底嫌そうに舌打ちをしながら、シラサギの横を通り過ぎ店内に足を踏み入れる。そして地に伏している男の仲間達の傍まで近づくと、その内の一人をひょいと持ち上げる。
持ち上げられた仲間、彼の部下も他の部下と同じく足だけを正確に傷つけられており、身動きが取れない様子だった。男に持ち上げられると、小さく呻き声を発する。
「おい、帰るならこいつ等を治してから帰りやがれ」
「あぁ、すっかり忘れていました。でも勿体ないですね……どうせすぐにくっつくと思いますよ?」
「てめえがやったんだ。てめえが治せ」
「しょうがないですね」
そう言うとシラサギは店内に散らばった男の部下達の方を向き、ゆっくりと手を伸ばす。そして右から左へ、店内に散らばった男の部下達を繋いだ線をなぞる様に自らの掌を向けていく。
その光景は海の中で水を掻き分ける様であり、群衆の中で人々を制す様でもあった。
そしてシラサギが伸ばした手を下ろす時には、部下達の足にあった筈の傷は既に塞がっていた。傷が元通りになった訳では無い、しかし既に先程までにあった傷は消えており幾分か時間が経過した傷跡の様に傷が埋まっていたのだ。
「相変わらず気色の悪い野郎だ」
「ええ、ですからあの方に使われているのかもしれませんね」
シラサギも男の文句等気にもしていない様子でくつくつと笑う。
「では、精々頑張って下さい。これだけお膳立てをしておいて失敗は無しですよ?……それでは」
そう言い残し、シラサギは店内から出て行った。
開け放たれていた扉から、悠々と。
「……全ては理想の社会の為」
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「……んぁ?……うーん……?」
それは目を覚ました。
しかし、それが自らの置かれている状況を正しく把握するには通常の数倍の時間を要してしまった。身体を起こして、周囲を見回して、身体をポリポリと掻いてやっと自分を理解した。
「ここ……どこだ?」
そこは何処かの森の中だった。
巨大な木々が生い茂り、大小様々な植物が足元を覆い尽くしている。深緑に満ちたその光景はある意味健全なのだろうが、同時に見る者に恐怖を与えかねない程に深い緑。
見る者を惑わし、飲み込まんとする過去を齎す様な、そんな森林が広がっていた。
それが耳をすませば、風が大樹の葉を揺らす音が耳に静かに流れ込んでくる。人や文明の存在を感じさせない、純粋な音がただそこには存在していた。
「ん~……?」
だが、観察すればする程に、現状を正確に判断しようとすればする程に、それは自らが置かれているこの状況が決して芳しくないものであるという事が分かってしまう。
第一に、彼の目に映るものは全て見覚えが無い。
それは記憶が無いという話では無い。
力強く地面に聳え立つ大樹達も、生い茂る植物も、所々に可憐な色を魅せる花々も、その全てが。
見た事の無いもの……地球上に存在しないものであったのだ。
彼は勿論植物の専門家ではない。
しかし学んだ事はある。生命の系統樹や種の集団、そして進化の方向性についても。
それに照らし合わせてみれば、目に映る植物は確かに植物だ。植物以外と言う方が難しい。
ともすれば彼が知らないだけの、既存の種であるという事もありえる。寧ろ専門家ではない彼の地域等どこまで信じられるか分からないものだし、そちらの可能性の方が高いかもしれない。
だが、それでも。
彼の本能は未知を訴える。
「…………」
一瞬の思考。一瞬の内に彼は多くの事柄を思案する。
未知の状況と環境。そして自分がこれから行う事について思案する。
そしてある程度まで考えた所で――――。
「――――ま、何とかなるか」
彼は思考を止めた。
「取り合えず歩けばなんか分かるだろ!」
それは考えても分からない事が多すぎるが故の思考の中断。気になる事は確かに多い、しかし彼は専門家でも無ければ、科学者でも無い。
ならば動かずに時間を費やすよりも、一先ずは動く事で情報を集める方が重要だと判断したのだ。
普通ならこの未知の状況で無暗矢鱈に動き回るのは得策では無いのかもしれない。
しかし彼には自信があった。
「さて、行きますか」
そうして彼は歩き出す。
方角も分からない、現在位置も分からない。分からない事だらけの大森林の中を一人進む。
答えがそこに存在するのかも分からないままに、彼は進み始めた。
この閉じた世界の中を。
■◇■ side〈■■■〉
某所。
そこは何かの廃墟だった。かつては商業施設が複数軒を連ねていたのだろう。だが今では幾つかの看板が錆びて朽ち、寂しげに佇む鉄柱と街灯が見えるのみだった。
人の気配等、感じられようが無い。文明や文化の痕跡は在れど、しかしそれもかつての残響。朽ちた物質が時折砂時計の如く崩れ落ちていく。
残響は精神に多くの郷愁を呼び起こすが、この場に蔓延した空気は懐かしき文明を感じさせるものだけではない。
例えるのならば、それは居城である。
廃退、背徳、排斥。共存する残響は都市の只中にある事をまるで感じさせない。
都市の、文明の中に在りて人を排除した場所こそがこの場所だった。
そして城と呼ぶからには、当然の摂理として主もまた存在している。
それは、座していた。
施設内のベンチに腰掛け、眠る様に座り込んでいた。
黒と白を基調とした装いに、黄金と白銀に輝くを放つ装飾品。服の形状は中世欧州の王侯貴族にも似通っているが、漆黒と純白の対比は絵画に描かれる様なそれとは明確に異なっていた。
やがてそれは伏していた顔を上げると、対面に座る何かに語り始める。
――何処からが運命なのか。
――何処までが運命なのか。
虚空に飲み込まれる様であり、しかし現実に溶けていく様な声音。
「しかし、挑む者もまた面白いだろう?」
それは知っていたのだ。
自らの行いが招くものも、招かれたものが引き起こす事象も全て。
しかしそれは耐えられない。しかしそれは自らを戒められない。
何故なら、それにとって行動とは全て自らの欲望を叶える手段であり、彼にとっての存在意義。
正しく王たるそれにとって、多くの事は些事でしかない。
しかし、同時に期待しているのも当然だった。
欲望無きものには何も成せない。
そして亡者には何も成せない。
生者だけが現実を変えられるに値するのだと。
それは自らをこう定義する。
いつか来る挑戦者を玉座にて待つ者。
「面白い事ばかりだ、飽きは無い。大志を抱かずして何が霊長だ?何が人類だ?」
それは、いつか来る挑戦者を待ち続ける。
例え、それが無意味だと知っていても。
〇〈■■〉
自称“裏方”。他称“■■”。
伏して機を待つ者。
〇〈■■■■〉
放浪者となった者。
明日を目指して歩いた。
〇〈■■■〉
■■を支配した■■の一人。
〈■■■〉は名前だが、由来は不明。
■■に君臨する■■として■■■を待っている。




