side 桜海ソラ2 (加筆修正)
感想を書いて下さった方が居たようなのですが、感想を頂いたのは初めてでどうすれば……と迷っているうちに感想を削除されてしまわれた様です。申し訳ない事をしました……
「荒神期生について、ご存知でしょうか?」
それは桜海ソラが初めて耳にする単語だった。
「荒神期生……聞いた事が無いですね。どんな字を書くのですか?」
『こうじんきせい』。確かに耳慣れない単語であり、既存の単語とも関連を感じにくい文字列である。
彼女はどこからともなくメモ用紙とペンを取り出し、サラサラと文字を書いていく。
「荒日学園の荒に、神様の神。期生は一期生、二期生と数える時の期生と同じ文字です」
「では荒日学園に関連する言葉、という事でしょうか」
「ええ、そうです。理解が早いですね」
文学少女はそう言うと、自身の端末を裏向ける。
そこには荒日学園の校章……『荒』という文字を象った校章があしらわれていた。
「超常史に入り、異能者が誕生した。強力な異能者とは核兵器にも勝る価値と暴力を有しています。ですから超常史における国家の責務の一つは、強力な異能者の育成にあると言えます。これはご存じですよね?」
「はい。異能者の育成……つまり異能者養成学園の設置ですね」
少女の言う様に、強力な異能者とは何にも勝る価値を有している。
それこそランク6の異能者は世界を大きく変革させる程に。
例え小国であろが、強力な異能者一人で十分に戦力は覆ってしまう。それが超常史だ。黎明期において多くの都市国家が生まれたのは、各都市国家に強力な異能者が誕生したという背景もある。
また世界異能機関は公開異能者番付を用いて、極めて平和に力関係を世界に提示した。
これにより大国は戦争を用いずとも自国の戦力を世界に知らす事が出来るようになった。日本においても天帝近衛四家の永宮弥助が公開異能者として番付に参加している。
強力な異能者は戦争を未然に防ぐ抑止力として、犯罪者から治安を維持する者として、或いは……戦争に対する切り札として。異能者による歴史、それが超常史。
異能者の育成は国家の義務であり責務。
超常史における国力とは異能者であると言っても良いのだから。
「異能者養成学園は位置づけで言えば、高等学校に当たります。勿論異能大学校もありますが、こちらは殆ど研究者向けの教育機関ですしね。では何故異能者養成学園が高等学校なのでしょうか?」
「……卒業後すぐに異能者として働く事が出来るから、でしょうか」
「ええ。より簡単に言うなら、都合が良い年齢だからですね」
異能者養成学園は教育機関として高等学校に位置づけられる。
これが日本の成人年齢の社会的慣習と比較した際に丁度良かったのだ。
「それと荒神期生にどのような関係があるのですか?」
桜海ソラは尋ねる。
今少女が語った内容は、所謂常識問題だ。異能者養成学園に通っておきながら、それ以前に超常史に生きる異能者でありながら、これ等の知識を知らない者は居ないだろう。
「すみません、前置きが長くなりましたね。私が言いたいのは、学生異能者の存在についてなのです」
「学生異能者……ですか?」
桜海ソラが問い返す。
「ええ。ですがそれは単に私達の様な異能者養成学園に通う異能者を指すだけの言葉ではありません。学園の卒業後すぐに現場に出るという構造が生み出した、力を持った学生の異能者達の事です」
異能者養成学園は高等学校である。
その卒業後の進路は殆ど場合において卒業生の進路は自身の異能を活用できる職業に就職する。
国家に仕える国家異能者や、迷宮探索を生業とする探索者、世界異能機関職員、高等学校から設備が整っている事もあり研究者の道に進む異能者も多い。
しかし、強力な異能者の多くは学生時代から強い。
当然と言えば当然。社会に出てから力を付け名を上げる、探索者の場合ではそのケースも多いが、というのは少数派だ。殆どの才覚のある異能者は学生の時分から頭角を現しているものだ。
「かの庵膳木星毅率いる羅盤学園生徒会や、学園としては異彩を放つ雅写学園の七骨。これ等の学園と国立三校の一つとして並べられるのが荒日学園の荒神期生なのです」
今少女が述べた学園はいずれも国立三校と呼ばれる国立の異能者養成学園である。
現在日本に存在する三つの異能特区に存在する三つの異能者養成学園。それ等を代表する強力な学生異能者達の集団内の一角……それこそが荒神期生の正体であった。
「荒神……期生……」
桜海ソラは反芻するように、その言葉を声に出した。
「……初めて知りました。学生異能者の存在はとても大きなものになっているのですね」
「まだ学園に通ってから二日目ですから。知らなくても無理は無い話だと思いますよ。基本異能特区内の情報は特区外の一般社会には非公開ですからね」
荒日学園に転校してきた桜海ソラは情報統制の外側から来た存在だと言える。当然に荒神期生についても知らなくとも当然だと言えよう。
「羅盤生徒会と同じ様に荒神期生も何かの組織なのでしょうか?」
「そうですね、一応風紀委員会……の様なものになるのでしょうか。委員会と呼べる程、彼等に纏まりもチームワークも有りませんが」
「では……正規の組織では無いという事ですか?」
「つまるところ彼等は『荒神期生』という役割を与えられた個人の集団、という事です。なので仲は最低です」
彼女の言う通り、荒神期生とは少々特殊な立場にある集団だ。
完全に学園の体制・自治側にある羅盤生徒会や、殆ど自然発生的に生まれた雅写七骨とは異なる。ある意味では分かり難い立場にある集団。
荒日学園において優秀と判断された生徒は『荒神期生』という特別待遇が与えられる。学園敷地内における可能な範囲の特権の行使や、学費の免除等……特権という意味では羅盤生徒会や雅写七骨よりも優遇さえている。代わりに学園内の治安維持の義務を負うが、これも強制力が高いものでは無い。
所謂特待生制度に近しいものだが、しかし一般のそれとは大きく異なる点がある。
それは公式の試合に勝利すれば、特待生の地位を奪えるという事。これは公開異能者番付に近しい制度であり、一般の特待生制度には存在しない仕組みだろう。
「という事で仲は最悪なのです。流石に雅写七骨程では無いでしょうが」
彼等の場合は戦争や紛争に近しいでしょう、と少女は続けた。
確かに雅写学園、ひいては東骸異能特区ではあれば仲睦まじくしている様子の方が想像し難い。少女は最悪と形容したが、それも桜海ソラが想像する程では無いだろうというのは分かる。
「おっと、私ばかり話過ぎましたね。どうでしょう、荒日学園について少しは知識が増えましたか?」
「はい、ありがとうございました。荒神期生……いつか出会いたいです。そしてその実力も見てみたいですね」
「そうですか?では……」
その時だった。
おーい、と少し離れた場所から声が聞こえてくる。二人が声の方を向くと、図書委員と思しき男子生徒が一人、二人の方に向かって手を振っていた。
それを確認した文学少女が、あっと何かを思い出した様に声を発し、次に席から立ち上がる。
「あぁ、そういえばすぐ戻ると言って出て来たのでした。うっかりですね」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。私一人居なくとも業務は可能ですから。呼ばれたのは交代の時間だからですね。ですが、お話の時間はここでタイムリミットが来たという事です。では、また」
席を立った少女はそのまま受付の方へと足を進める。
そのまま進めば、どこかで少女の姿は見えなくなるだろう。
しかし、少女が少し進んだ所で桜海ソラもまた立ち上がり、離れていく少女の背に声を投げた。
「あのっ!……お名前、まだ聞いていません」
人がそこそこに居るとはいえ、静寂が場を満たしている図書館。桜海ソラの声は、良く響いた。
呼び止められた少女は振り返り、くすりと笑う。
ぎこちなさの残る笑顔。けれども短い時間だが談笑した桜海ソラは、これが少女の自然な笑みであると理解出来た。
「私の名前は、深阪むぐり。といいます」
深阪むぐり。確かにそう聞こえた。
「深海の深に、大阪の坂。むぐりは平仮名です」
「深阪……むぐり、さん」
名前は重要だ。名前こそが他者と自己を明確に区別する。
自己のパーソナリティを異能の礎とする異能者にとって、名前とは自身を構成する重要な一つのパーツである。
『深阪むぐり』もまた、荒日学園に通う異能者の一人なのだ。
「また出逢いましょう。桜海ソラさん」
そう言って再び深阪むぐりは歩き出した。
その背中を、今度は読みとめる事無く桜海ソラは見送った。




