十五組
本当に遅れてすいませんでした。
それから暫く二人は談笑した。
その時間は意外と穏やかで、平和だった。舞桜瞳の策略によってこの場の会計は新が持つことになったのだが、そんな事は気にならない程に舞桜瞳は会話が上手く不満を感じることもなかったのだった。
専ら話題は舞桜瞳の方が提供していたのだが、流石は初対面の新に軽々と話しかけてきただけはある。コミュニケーション能力は抜群で相手を飽きさせないように適度に質問を交えたりと中々のやり手なのだった。
新はというと同世代のまともな人間関係は皆無なだけあって自分の方から上手く話題を振れない。気が付けば次の話になっているというスピード感で、自分の先が思いやられる結果となっていた。
そんなこんなでそろそろいい時間だと思ったとき、舞桜瞳が「そういえば」と新たな話題を切り出す。
「新君は何組?もしかしたら一緒かもしれないし教えてよ~」
組というとこの場では学園のクラスの番号の話だろう。羅盤学園は国内最大の異能者養成学園である為にそのクラス分けも相応に存在している。
スカウト組と一般入試組の数の兼ね合いで年ごとに多少の変動はあるにしても、一学年あたりのクラス数は二十程。今年のクラス数も十八クラスと例年よりは少数だがそれでも普通のが学校よりも多い。
「えぇと確か……十五組だったかな」
「ええ!?すごいね、私も十五組だよ!こんな偶然ってあるんだね~もしかして……運命?」
「運命って事は無いにしても、確かに凄い偶然だな」
「そうだね凄い偶然だよ~!」
一クラス約四十人、それが十八クラスだから今日の入学式には七百二十人が集まっていたことになる。その中からこうして二人話してそれが同じクラスの人間だというのは確かにかなりの偶然だ。
「やっぱりね~、運命感じたんだよ。こうビビッて来たんだよね。まさか同じクラスなんて、流石私って感じかも~」
うんうんと腕を組みながら話す舞桜瞳。先ほどの会話途中で新に話しかけたのは本当に横に立っていたからだと本人が話していたのだが……忘れたように満足げに笑っている。
「他にはどんな人がいるんだろうね?とりあえず新君と私は十五組だから二人は分かったでしょ。私知り合いとかいないから話しやすい人とかだといいな~」
「そんなの僕が分かるわけないだろ。羅盤学園のクラス分けは完全ランダム。スカウト、一般関係ない組み合わせで分けられるんだからさ」
「それはそうだけどさ~」
とは言いつつ新は少なくとも二人、自分と同じクラスになるのだと予想がついている。だがそれを舞桜瞳に言っても仕方がない。というか言えない。
言ってしまったら「なんで知ってるの!?」となることは必至。開幕早々疑いの芽が生まれるだけでなく、下手すれば学園から問い詰められることになってしまう
ボスの事だから何かしらの痕跡は出てこないのだろうが……それでも避けるべきなのは変わらない。
「でも今年は結構有名な人達も入学してるしさ、やっぱり気になるよ~。噂では一般入学組で過去最高点で受かったダークホースもいるとか……!」
「なんでそんな事知ってるのさ……。入試の点数とか初日でどうやって知るんだよ……」
「企業秘密~」
「おいおい……」
しかしこれは気になる情報だった。
羅盤学園の入試問題は基本的に志願者全員に同じ問題と試練が課される。そして一定以上の点数さえ取れれば合格するので筆記試験には限界が存在するが、実技試験では制限なしに点数を取ることが可能だ。
この試験は勿論新も受けたものだ。といっても筆記試験は基礎科目と簡単な超常史に関する問題。実技試験も各々の異能の特性に応じて試験を選んで受ける簡単なものだ。新が手をある程度抜いても問題なく合格できたのだから一般入学組の平均は高いとうわけではない。
だが単純であるという事はそれだけ基本的な能力を必要とするという事でもある。この点数で高得点を取ろうとすれば新でも厳しい部分が出てくるだろう。
そして一般入試過去最高点という事は――あの庵膳木星毅よりも少なくとも入学時点では点数が高かったという事だ。
(これも覚えておくべきかな……)
任務にあるわけではないが、庵膳木星毅同様に覚えておいて損はない。現時点ではその人間が誰なのかを知る術はないにしても、今後の過程でそれだけ優秀な人間なら話題に上がらないはずもない。
(ちょっとでも知りたいけど)
新の目の前の舞桜瞳も噂程度でしか知らなさそうだ。現に今も何杯目か分からないバニラアイスをもぐもぐとほおばっている。勿論新の奢りで。
学園内の情報は出来るだけ自分で調査する、というのが前提である。どうにか新自身で調べる必要があるだろうと色々思考を巡らせていると……。
「……新君って誰か気になっている人とかいるの~?」
「ぶふぉっ!!!」
「だ、大丈夫!?」
新は飲んでいた三杯目の珈琲を噴き出してしまった。
余りにも唐突なその問いは同世代とそんな話題など一ミリも経験しないまま生きてきた新とっては考えたこともないものだ。新の職場の女性が特殊すぎたのもその一因だろうが。
「な、なんだよ藪から棒に!?」
「何って気になる人いるの?って聞いただけじゃん」
「だからいきなり何でそんな事を聞いたのかって事だよ!」
確実に恋バナの流れではなかったはずだ。気になる人というかなり踏み込んだ質問をしてくるのは彼女がコミュニケーション強者なだけなのか、それとも高校一年生ならばこれが普通なのか。
いや普通ではないはずだ、多分。と新は自分を説得する。
「だって私は白木さんと一緒だったらいいな~って言ったからさ。新君も誰かいるのかなって」
「あぁ、そういう意味ね……」
「話聞いてなかったんでしょ~」
「ごめん、考え事してたんだ」
「人が話してる途中に考え事って、逆に何考えてたのさ~」
そういえば舞桜瞳は何やら話していた。新が今後の展開に思いを巡らせている間に色々と話していたようだ。見てみれば五杯目のイチゴパフェが既に並んでいる。一瞥し、バニラアイスを食べているなぁと思っただけで話していることまでは聞いていなかった新が悪い。
……しかしいくら何でも食べすぎではないだろうか。
というかバニラアイスはどこに消えたのだろうか。直前に見たときはバニラアイスをほおばっていたはずだが。今はもうどこにもない。
新の財布的には問題はない。ないが、それにしてもとてつもない速度で甘味を平らげていく舞桜瞳に新は戦慄を禁じ得ない。イチゴパフェもそこそこのサイズである。
「で、どうなの?誰か気になる人、いる?」
「そうだな、白木さんは僕も気になっているよ」
「うんうん、だよね~!他には?」
「後は……永宮雅成、とか」
「そういえば永宮の子も今年は入学してたんだったね~!」
永宮雅成。白木銀子と同じく天帝近衛四家の一つで有る永宮家の長男で新のもう一人の観察対象。
白木銀子と同じくその人となりが世間に広く知られているわけではないがかなりの有名人だ。勿論それは永宮の長男という事もあるが……有名なのはその優秀さである。
その中には真実かどうか疑わしいものも多いが、煙のないところに日は立たぬとも言う。少なからず永宮雅成という人物の能力が高いことをうかがわせるという事だ。
実際、新も少しは彼の噂の真偽は知っている。
「確かに永宮君も気になるよね~、白木さん程じゃないけど。すっごい賢くて強いんでしょ、彼」
「ああ、噂だとね。永宮は分家も含めて優秀な人間が多いって聞くけど、その中でも永宮雅成は当主に次ぐ実力って話だ」
「へぇ~そういうのは知らなかったよ」
「ここは異能学園だろ。そういうのを知らなくてどうするのさ」
「てへっ☆」
にぱっと片目を閉じ、舌を出して笑う。羅盤学園はもっと異能社会に関心を持つ人間が集まっているとばかり新は思っていたが、案外そうじゃない人間も多いのかもしれない。
事実、羅盤学園というネームバリューと一般入学組の枠が他の学園に比べて多いという理由で入学を志願した者も多い。異能者養成学園を卒業できれば将来的に食に困ることも殆どないために結構な人数はそんな単純な理由で入学している。
後は他の国立の学園は狭き門だったり、そもそも選択肢に入らなかったりするのも理由だろうが。
ともかく舞桜瞳はかなり普通の価値観を持っているようだった。
「やっぱり明日を待つのが一番かな~。今ここで話してても確認できないし」
「その企業秘密とやらで調べられないの?」
「企業秘密ぅ~」
「……そうですか」
どうやらと言うべきか、やはりと言うべきか舞桜瞳は企業秘密を言う気は無いようである。
「じゃっ帰ろっか。明日も今日と大体同じ時間で早いし、遅刻しちゃいけないしね」
「そうしようか」
「新君はどこ住み?やっぱり学園寮?それとも一人暮らし?」
「一人暮らし。結構学園からは離れたところだから多分近所じゃないよ」
「だろうね~。そもそも私、寮だし」
等と二人並んでたわいない話をしつ会計に向かう。
そして流れで伝票を店員に差し出すと――。
「お会計二万千八百円です」
「えっ」
「カード使えますが」
隣にはもう彼女の姿はなかった。
■◇■
翌日、新は昨日となんら変わりなく、問題なく準備を終えて学園へと登校していた。
当たり前と言えば当たり前なのだが昨日は特に変わったこともなく交通機関を利用して帰宅した。少し気構えていただけに拍子抜けしたが、ないならないで厄介事は起きない方がいいものである。
あえていうなら路上で倒れていた同じ制服の男性を見たことくらいだ。しかし別に体調が優れないから倒れているのではなく、何やら超絶に落胆というか疲れたから倒れていたような感じだったのでスルーしたのだが。
新も疲れたときは自宅のソファに寝ころびたくなることくらいはある。人間誰でもそうなんだな、という少しずれた感想を抱いていたのは幸い誰も知らない。
ともかく。今日が新にとっての初めての任務の日となる。
これまでの任務とは異なる長期間でしかもコミュニケーションを要する潜入任務。一昨日はディテクター相手に心配はない旨の発言をしていたが、直前ともなれば緊張もしてしまう。
流石というべきは校内には既にかなりの生徒が集まっていた。自分のクラス番号は事前に通知されているので皆迷うことなく自分のクラスに向かっているようだった。勿論新もその一人であり、迷うことなく十五組へと向かった。
教室のドアを開けると既に半数程の座席が埋まっていた。何人かのグループが出来上がっており、幾人かは遠目に窓際の席を眺めている。
「あっ!新君おはよ~!」
その中には舞桜瞳の姿もあった。案外時間にはきっちりしているタイプらしい。教室に入ってきた新に気が付き元気よく手を振りながら入口へと歩いてくる。
「うん、おはよう」
「昨日ぶりだね~!元気してた?」
「昨日の今日でそんなに体調は変わらないよ」
「……よかった~」
胸を文字通りなでおろす舞桜瞳。多少は昨日の暴食への罪悪感を抱いているようである。
「昨日は何も言わずに帰ってごめんね~」
「別にいいよ。あそこは僕が払う約束だったから。でも次からは帰るなよ。帰ったら、次からは付き合わないから」
「うん、ありがとう」
「いいよ冗句だってわかるから」
何も言わずに帰ったときは多少腹が立ったが、もはや新の中で彼女はそういう人間だと認識されている。悪い人間ではないが、とても善良とは言えない人間として。だが新もあの場では自分が持つ事になっていたのでそこまで気にしてない。他の人間なら違っただろうが新は慣れている。
……主に先輩たちによって。
「ところでどうだった?君の中でこのクラスは」
「ぼちぼちかな~。まだ全員来たわけじゃないけど」
「そっか。それは残念だったね」
「でも、まだ半分はいるからね!白木さん~お願い~!」
手を合わせながら空中に向かって念じ始める舞桜。祈ったところで今から結果は変わらないし、というか新は白木銀子がこのクラスのなるのは知っているので目の前の祈りは本当に意味がないのだが。
「あっでも新君の願いは届いてたみたいだよ。ほらあそこの窓際の席」
窓側の席。教室に入ってきた時にも気が付いたがクラスメート達がちらちらと見ていた場所。そこには窓の外を静かに眺める男子生徒が座っていた。
赤みがかった茶髪。顔は見えないが……纏う空気感が彼の周囲だけ明らかに異なる。
「永宮雅成君。新君気になってるって言ってたもんね~」
「……うん、そうだね」
周囲の視線も当然だ。永宮の人間が同じクラスにいるなどと誰が想像できるだろう。それだけ雲の上の存在なのである。気になるのも無理はない。
(接触するか?いや、まだ話しかけるには早いか。出来るだけ近くで怪しまれない程度に親しくなるのが理想だけれど……)
目的は異なるが新も永宮と親しくなりたいのは同じ。だが今話しかけるのが適切かどうか、学生経験のない新には分からない。まだ最初のHRの時間にもなっていないのだ。きっかけも何もない。
(そもそもどうやって話しかければいいんだ?)
実際新は現在話しかけてもらわなければ話せないタイプのコミュ障となっていた。生まれながらに個性豊かな先輩達に絡まれながら生きてきた新は自分から見知らぬ人間に話しかけるという経験に乏しい。会話になれば(多少常識のずれがあるにしても)そこそこに話せはするのだが。
と、思案しているとガラガラと扉が開かれる音がする。
その瞬間に今まで教室の中に存在していた話し声がぴたりと止まった。
「あっ!!」
舞桜瞳が新を見つけたときと同じ、いやそれ以上に驚いたような歓喜を隠しきれていない声を出す。
教室に入ってきた少女は白木銀子。新が昨日見たときと変わらない、凛とした儚い雰囲気を纏う少女は教室のあからさまな変貌にを鼻にもかけず真っすぐに自分の席へと向かい着席する。
「ねぇねぇ!新君こんなことってあるんだね!まさか一つのクラスに白木さんと永宮君二人共いるなんて~!本当に奇跡みたいだね、運命だね!」
「落ち着きなよ、目立ってるよ」
新が落ち着いているのは事前に知っていたからで、実際彼女の反応はこの世界に住まう人間なら当然というか自然にそうなるだろう。舞桜瞳は少し過剰だが、正しい。
「まじかよ、いくらランダムに選ばれるからってこの二人が選ばれるなんて」
「白木さんそれにしてもお美しい……」
「永宮君も一緒のクラスなんだよ?もうこのクラスが一年最強なんじゃないの」
クラスメート達は話し始める。無理もない、人間普通驚くような事があった後は誰かにその感情を共有したくなるものだ。
「私、話しかけてくるね~!」
「あっちょ、舞桜さん!」
ぴゅー、という擬音が聞こえてくる程軽快に舞桜は白木銀子の席へと走っていく。新の静止の声はむなしく空中に溶けていった。
「初めまして、おはよう!」
「あら、おはようございます」
にこやかに返事をする白木銀子。やはり昨日同様、見た目よりは親しみやすい印象である。天帝近衛四家という名家出身である事をうかがわせる気品のようなものは感じるが、人を突き放すような威圧感は感じられない。
「私の名前は舞桜瞳、今日からよろしくね白木さん!」
「ええ、よろしくね舞桜さん」
自然にほほ笑む白木銀子。舞桜瞳のコミュニケーション能力の高さは目に見はるものがあり、少なくとも新にはできないような会話をいとも容易く行って見せた。
「突然だけど銀子ちゃんって呼んでもいいかな?」
「もちろん。じゃあ私も瞳さん、とお呼びしても?」
「ううん、瞳でいいよ。私が銀子ちゃんって呼ぶみたいに」
「ならよろしくね、瞳」
「よろしく~!そのアクセサリー可愛いね~!」
「えぇ、昨日買ったばかりなんです」
(何が起きてるんだ……?)
なんと幸せな空間なのだろうか。今この瞬間にでもどこかで諍いが起こっているとは思えないようなほのぼの具合である。漫画の中みたいな優しい会話は舞桜瞳と白木銀子という容姿端麗な少女らが行うことでより非現実感を増させている。
と教室内の空気が若干和らいだ時、チャイムの音が鳴る。
「ちょおおおおおおおおおおお!!!!」
その音と同時に教室に急いで入ってきた一人の男性。開いていた扉に勢いよく手を当てながら肩で息をしている様子を見るに全力で走ってきたのだろう。見た目は明らかに新達よりは一回りは年上で、軍服とも白衣とも区別がつかないような入学式の時と同じ職員の制服を纏っている。
「ごめんごめん!遅れてないよね、ないんだ、ない。ギリギリセーフだから!違うんだよ、職員会議が遅れたんだよ。ホントはもっと早くに来るつもりだったんだよ。ただでさえこのクラスは僕の手に余るっていうのに……なんで更に主任から小言まで言われなきゃダメなんだよ……って」
ようやく今自分がどんな状況にいるのか気が付いたのか、うおっほん、とあからさまに咳ばらいをしながら息を整えつつ教壇に立って再度あからさまに咳払い。
「えーと、今から最初のホームルームです。皆、自分の席に座って」
既に地に落ちた威厳を見せようとするその姿は、結構いやかなりの人間が「こいつはだめだ」と思わされたという。
〇組織
八十新少年が拾われ、物心ついた時には在籍していた組織。様々な仕事を新含めたメンバーがこなしている。大体が新よりも先輩であり、かなり個性的な面々である。