Day2 それでは以後お見知り置きを。
遅くなりました……
■◇■
「ここが図書室。書庫が併設されていて、実は見た目よりもかなり大きい。課題の資料集めとか……まぁ荒日学園のデータは大体ここにあるかな」
僕はなんて事も無い、普通に学園を紹介して回る。
流石に昼休みだけで全部を紹介し終えるのは不可能なので、多くの学生が使う主要な場所を中心に。道中にその他の施設があればついでにそこも紹介する。
そうして幾つかの部屋の紹介を終えて今はもう殆ど終盤、図書室を紹介している所だ。
昼休みももうすぐ終わりなので丁度いい時間帯だった。
「凄いですね……これ程充実しているなんて……書庫というのも案内して頂けるのですか?」
「いや書庫は申請が必要なんだ。電子化されていない貴重な資料もあるから。申請無しに利用出来るのは図書室の範囲内だけだね」
「そうですか……少し残念ですが、またの機会ですね」
「申請さえ通れば誰でも入れるから、気落ちしなくても大丈夫だよ」
桜海さんは入口付近の書架にあった本を一冊手に取り、ぺらぺらと頁を捲ってる。
日本語もペラペラだったし凄く語学が堪能なんだろう。
あ、頁のぺらぺらとかけた訳では無いからね?
「読書好きなんだ?」
「そうですね……好きです。色んな知識が得られますから」
「そういえば歴史が好きって話してたっけ、さっきの授業で」
歴史が好きな人が読書が好きというのは少し偏見かもしれないけど、なんというかしっくりくる。偉人が好きな人間はどの偉人の伝記を読み漁ったりするものだろうし、それに近い感じかな。
現に今手に取っている本も最近図書室に入ったばかりの歴史考察本だ。
「じゃあこういうのも好きな感じかな?」
そう言ってこれまた新刊コーナーから一冊の本を手に取る。
「『公開異能者名鑑!!謎多き彼等の実態に迫る!!』……何ですか、これ?」
僕が手に取ったのは桜海さんが今手に持っている高尚な本では無い、もっと俗っぽい本。歴代の公開異能者の情報が載っている名鑑だ。結構な分厚さを誇るそれには赤色の目立つ文字で表題が印刷されている。
公開異能者とは異能を公開する事と引き換えに機関の番付に参加した異能者の事だ。これにはメリットもデメリットもあるのだけれど、上位になればなるほどメリットは大きくなる。
有名所で言えばこの国の天帝近衛四家永宮の当主が現公開異能者だ。
この制度はかなり有名だし、一種のエンターテインメントになっているのでこういう書籍も出版されているという訳である。
まぁ。
「いや……僕も適当に手に取っただけだから知らないけど?」
そも新刊コーナーにあるんだから中身なんて読んでる訳ないけど。
「え……じゃあ何で渡して来たんですか?」
「いや、単純にこういうのも好きかなーって思って……本当にそれだけだけど」
「…………」
僕は手に持った『公開異能者名鑑!!謎多き彼等の実態に迫る!!』を適当なページで開く。
開いたページには現在の公開異能者ではない異能者のプロフィールと異能が載せられていた。しかも経歴や趣味等も載せられていてかなりの密度だ。
「ほへ~、かなり詳しく載ってるね。どれ位前の公開異能者なんだろ」
「彼は公開異能者では無く、準公開異能者だったようですね……ほら、34位と書いてあります」
「あっほんとだ。何々……今から四年位前に引退してるんだね」
準公開異能者というのは公開異能者よりも格下の存在だ。
公開異能者番付には凄い数の異能者が登録されているのだけど、上位百位までを準公開異能者と呼び、上位十位までを公開異能者と呼ぶのが通例となっている。
本義では公開異能者というのは番付に参加している異能者全員を指すんだろうけどね。
この人も四年前に引退するまでは公開異能者番付の34位として活動していたみたいだ。
引退の理由も見てみると、年齢と家業を継ぐためを理由にしている。
「34位かぁ……ちょっと惜しいようななんというか」
「そうとも限りませんよ。公開異能者番付に登録された異能者の数は数千ですが。それでも狭き門です。毎年何百名も除名され、入れ替わりも激しいですから。この方の34位というのはかなりの実力者という事ですよ」
「…………」
突然饒舌になった桜海さん。
口調こそ変わっていないけれど、これは既視感がある。
人間は自分の好きなもの、得意なこと、深く知っていることを話したがるものだ。
僕の家族もそうだから分かる。
「あ……すいません。何でもないです……」
ぽかんと桜海さんの顔を見ていたのが悪かった。彼女は恥ずかしそうに再び顔を少し伏せてしまう。
「いやいやいや!何で謝るのさ?僕の方こそ適当に言っちゃったからさ。というか桜海さん、やっぱりこういうのが好きなんだね。歴史?というか超常史?」
「……そ、そんな所です」
うーん?何で恥ずかしがるんだろうか。というか隠したがっている?でもその割には隠しきれてないし。
分からないけれど桜海さんってこういう人なのかな?初日の様子を知らないから何とも言えないけれど。好きな事は別に隠さなくていいと思うんだけれど。
「でも良かったよ」
「何がですか?」
「いや、正直緊張してたというか。あんまり話した事も無いのに杠先生に案内しろなんて言われたからさ。でも桜海さんが思ってたよりも親しみやすくて安心した」
「親しみ……やすいですかね?」
桜海さんは不思議そうな顔をしていた。
「少なくとも僕はね。何と言うか桜海さんは……」
凄く美人だから、と言おうとして僕は咄嗟に口を閉ざす。
そんな恥ずかしい事それこそ言えないし言ってはいけないだろうに。
「ま、まぁ!ほら、まだ少し時間があるしさもう少し見て回ろうよ!」
時間的に回れるのは此処が最後だ。主要な施設は大方見て回ったしもう少し図書室に居ても良いだろう。
「そうですね。ではもう少しだけここで過ごしましょうか」
「そうしようそうしよう」
■◇■
「改めて見ても凄いですね。古い資料本から最新の大衆小説まで揃えられています」
「まぁね。書庫に入らなくても殆どはここで十分何とかなるかな。僕も書庫には一度しか入った事がないから申請とか覚えてないし。でも暇を潰すにはお勧めの場所だね」
「確かにです。これだけの蔵書数なら一日でも過ごせるでしょうね」
少し奥まで進んで僕らは様々な本棚を見て回る。
こうして改めて見るとやっぱり荒日学園の図書室は滅茶苦茶に大きいな。他の学園を知っている訳じゃないけど、先生もそう言ってたしそうなんだろう。
桜海さんが棚に丁寧に仕舞われている本達の背表紙を撫でる様に見ている様子を傍で見る。
うん、こうして近くに立っていると桜海さんの美人さがよく分かる。
そりゃ人気になる訳だよ、納得である。
そんな風に図書室の中を巡っていると、不意に後ろから声をかけられた。
「何かお探しですか?」
振り返るとそこに立っていたのは一人の少女だった。
きっちり着られた制服に、肩まで延ばされた黒い髪、黒い縁の眼鏡。まるで本から飛び出してきた文学少女といった出で立ちの少女がそこに立っていた。
「いえ、何か探している……という訳ではなくて。ただ最近この転校してきたばかりで、図書室に来るのは初めてだったものですから」
その声は明らかに桜海さんに向けてかけられたものだった。
なので僕は黙って少し下がり、桜海さんが返事をしてくれる。
「へぇ……では貴女が噂の……桜海、ソラさん?で合ってますか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「良かったです。人の名前を覚えるのは苦手なので。最低ですよね?」
文学少女が自嘲気味に笑う。
まぁ人の名前を覚えられないのはあまり良くない事だけれど、僕も人の事言えないしな。
こういう都合が悪い時は首を突っ込まない方が良い。
「い、いえそんな事は無いですよ?……あまり良い事では無いかもしれませんが、最低という程ではないかと思いますが……」
「ふふ、気を使わせてしまった様ですね。少し揶揄い過ぎた様です、こちらこそすみません」
桜海さんが気を使ってフォローしたけれど、その反応が面白かったのか今度は普通に笑う文学少女。普通に考えれば僕達は三年生なのだから同学年か年下の筈なのだけれど、余裕たっぷりの表情は僕達よりも年上の様にも見えた。
「今更ですが私は図書委員会なんです。何かお探しでしたらお力になれると思いますよ?あぁそれか私のお勧めの本を紹介しましょうか。こう見えても読書、好きなんですよね」
「そうですね……ではお言葉に甘えて、異能犯罪史に関しての書籍はありますか?もしくは異能犯罪者に関しての資料でも良いのですが」
「あら、結構マニアックな趣味なんですね。いえ良いです最高ですね。そういった本はあちらの本棚に置いてあります。案内しましょうか」
「よろしくお願いします」
そうして桜海さんは文学少女の案内に従って後ろをついていく。
蚊帳の外の僕だけれど一応案内を仰せつかっている身なので、やる事が無くともここで一人図書室を後にする事も出来ない。一人教室に戻れば杠信二に何言われるか。
仕方が無いので出来るだけ存在感を消しつつ二人の後を追う。
というか彼女もお遊びが過ぎる。
「少しお話を聞いても?」
「はい、構いませんよ」
「ありがとうございます。では……何故異能犯罪史に興味が?メジャーと言えばメジャーではありますが、それはやはりマニアの界隈では、の話ですから」
文学少女が歩きながらに質問を投げかける。
「……元々歴史には興味があったんです。あるきっかけがあって、中でも異能犯罪史と公開異能者について学び始めました」
「そういえばさっきも新刊を手に取っていましたね」
「見ていたんですか?」
おい、じゃああのやり取りも見ていたって事じゃないか。
「ふふ、実は最初から。受け付けは新刊コーナーが良く見える位置にあるんですよ。ですがそうですか、因みにそのきっかけについて尋ねても?」
「なんて事は無い理由ですが……小さい頃、異能犯罪者の事件に巻き込まれたんです。その後、トラウマを克服しようと調べていく内に……という感じですね」
「そうですか、それは悪い事を聞きました」
「いえ、もう何年も前の事ですし。さっきも言った通り、歴史は元から好きでしたから」
予想より重い理由。成程、桜海さんが余り歴史が好きな事や異能犯罪史に興味がある事を言いたがらないのは学びの裏にそんな理由があったからなのか。
「お話ありがとうございました。ここが異能犯罪史関連書籍の本棚です。ここから……ああ、もう一つ分は異能犯罪史の書籍ですね」
「わざわざありがとうございます」
「いえ、図書委員ですので」
では良い読書と学びを、と彼女は言い残して受付の方へと戻って行った。
まぁ仕事と言えば仕事なんだろうけれど、こういうのは心臓に悪い。
「良い人でしたね」
「……そうだね。で、どうです?お眼鏡にかなった本は在りましたか?お嬢さん」
「お嬢さんって、急にどうしたんですか?」
「なんか黙って後を付いて行くのって使用人っぽいなぁと思っただけだよ」
断じて蚊帳の外に置かれていたから拗ねているとかではない。
「あの、もしかして拗ねてます?」
「拗ねてないって!」
心の文章を読まないでくれって。
「……で、見つかったの?」
「そうですね……読んだ事のある本も多いですが、それでも読んだ事の無い本が沢山あります。向こうでは手に入らなかったものもあって、目移りしてしまいますね」
「全部借りれば良いんじゃない?確か一回十冊まで借りられた筈だし」
僕はここで読んでいく派なのでシステムについては明るく無いが、どうせこんな辺鄙な所にある本棚の本が次に来た時に丁度なくなっているなんて事は無いだろう。
なら上限まで借りて次に持ち越しておけば良いのだ。それに貸出期間内に読める本にも限度があるだろうしね。
「あ……そうでした。ここは図書室でしたね」
「そうそう、期限は一週間だったかな」
「じゃあ折角ですし借りていきましょう。そうですね……これと、これと……これも……」
楽しそうに本を手に取っていく桜海さん。抱えられた本の塔はどんどんと積みあがっていく。
なんでこういう本ってやたら分厚いんだろうね。
「……うーん迷いますが、今日はこの十冊にしましょう。ではどうやって借りれば良いんですか?」
「ああ、受付に借りたい本を持って行って生徒用端末をリーダーに翳せば図書委員が後は処理してくれるよ」
「え?」
「え?」
え、何かおかしな事言ったかな。
さっき別れた図書委員と数分ぶりの再会は少し気まずいけど……まさかそれ?
しかし桜海さんの言葉は僕の予想外のものだった。
「……私まだ生徒用の端末持って無いです」
「あー……じゃあ今日は無理だぁ……」
そんな事ある?……いや僕も端末を貰ったのは一年生の頃だったし、あんまり覚えてないけどさ。あの時も入学してからタイムラグがあったっけ?覚えてない。
けれど、たちまち端末が無ければ登録処理は出来ない。
一端僕の端末で借りておく、というのも出来なくはないだろうけど、褒められた行動ではないだろうしね。大人しく端末が届くのを待つのが健全だし賢明だろう。
「……ごめん。悪い事しちゃったかな」
「いえ、貴方は悪くないです。……戻りましょうか」
「そうだね……」
以上、何とも締まらない昼休みだった。
こんな僕ですが、以後お見知りおきを。




