side 転校生
彼女を例えるのなら、天使という言葉が相応しい。
日本人離れした容姿は美の中にどこかこの世のモノとは思えない雰囲気を漂わせている。
厳密には天使の概念は宗教によって異なるし、その姿も様々なのだろうが、この場合は西洋的なソレに近しい。
美しきブロンド、青い瞳、すらりと伸びた手足。西洋彫像の如き黄金の体型であった。
「今日から荒日学園に通う事になります。桜海ソラです。三年生という残り少ない時間ではありますが、仲良くしてくださると嬉しいです」
少女が自己紹介を終えるとぺこりとお辞儀をした。
その様子は何とも様になっていて、とても高校生とは思えない。その動作だけで見る者に彼女が高い教養と礼節を兼ね備えている事を印象付ける。
本来ならガヤが飛ぶ所なのだろうが、教室は予想外の転校生に静まり返っていた。というより彼女が纏っている場違い…いや世界観違いな雰囲気に圧倒されていた。
想像以上、期待以上。
転校生が女子と聞いて想像を膨らませていた男子達や、そんな男子よりは冷めた目線で見ていた女子達。
その両方の想像と期待を上回る、いや圧倒的に上回る美貌に言葉を失ってしまっていたのだ。
「えー、という訳で桜海ソラさんだ。随分と海外暮らしが長かったようなのでお前ら色々と教えてやれ」
「皆さんよろしくお願いしますね」
「余計な事は教えんでいいからな」
担任の教師の言葉で現実に帰ってきた生徒達。
誰かが自然に手を叩き始めるとそれに釣られて他の生徒達も歓迎の拍手を行った。
「じゃあ桜海の席は……ほらあの窓際の空いてる席あるだろ、そこに座ってくれ」
「……あの、どちらのですか?」
教師が指さした窓際には確かに空白の席があった。
それも二つ。前後に連なっている。
「あー?おいアイツ何処に行ったんだ。誰か知らないか?」
「なんか今朝救護室運ばれてったって聞きましたよ」
「はー?何で朝っぱらから救護室の世話になってんだよアイツは。なんかやらかしたのか」
「何か気絶してたらしいです」
「……まぁ救護室行ったんなら大丈夫だろ。俺も何も聞いてねぇし。後で様子聞いとくか」
教師ぽりぽりと面倒くさそうに首の後ろを掻く。
その様子は心配というよりもまるでいつもの事だと認識している度合いの方が強い様に感じられた。
「あの、結局どっちに座れば良いのでしょうか」
「あー、すまんすまん。後ろの方だ」
「分かりました。ありがとうございます」
少女が足元に置いていた鞄を持ち上げて優雅な足取りで席まで向かう。
彼女が歩けば長いブロンドの髪が自然と靡く。
生徒達が移動する彼女を目でつい追ってしまうのも致し方無い事だった。
「じゃーホームルームを始めるぞ。お前らも桜海に質問とかしたいだろうが取り敢えず今はホームルーム聞け。先ずは直近の予定からだな……」
その後、十分程度のホームルームが終わると生徒達は何とも素早い動きで立ち上がり桜海ソラの元へと群がった。
その目的は勿論転校生である彼女を質問攻めする為だ。転校生を迎えたクラスの学生としては至って健全な行いだろう。
しかし彼等が質問を開始する前に、前から教師の声が桜海ソラにかけられる。
「あー桜海。時間割の都合で次の時間はまだお前参加しないから一旦職員室まで来てくれ。何枚か処理しなきゃいかん書類があってな、すぐ済む」
「あっはい。分かりました」
勿論生徒達もはいそうですか、と許す筈もない。彼等はこれから極めて合法的で健全な方法で転校生を攻めようという所なのだ。
誰だって目の前にぶら下げられたおもちゃを取り上げられれば不満を感じる。
「え〜!杠先生ばっかりズルい〜。私達だって桜海さんと話したいんですよ〜?」
「そうだそうだ〜!横暴だ!卑怯だ!姑息だ〜!」
「やかましい。お前らはさっさと次の準備をしろ。それにこういう時は姑息って言葉は使わないんだよ。ほら行くぞ」
桜海を取り囲む生徒達からブーイングが起こるが教師はそれを軽くあしらい桜海ソラに着いて来る様に促す。
「では皆さん、また後で」
残念そうに声を漏らす生徒達を後に桜海が教室から出ると廊下に寄りかかって教師が待っていた。
■◇■
それから二人は職員室までの廊下を共に歩く。
羅盤学園程の広さは無いとはいえ国立三校の一校。普通高校と比べれば遥かに広い。
羅盤学園との違いは二点。一つは言うまでも無く生徒総数の違い。羅盤と荒日では生徒数が倍以上違う。
そしてもう一つが学園の特性だ。
羅盤学園は学園そのものが研究機関という側面を有している。故に学園の敷地には特区に存在するものとは他に、研究用の施設が多数備わっているのだ。
〈怪物〉による破壊と再生。【羅針盤】による異能研究の発展。これらの要因が羅盤学園と森影異能特区を研究都市として育て上げたのである。
今や森影異能特区は七大研究都市の一つに数えられ、五大異能特区にも入る世界有数の異能特区である。
に対して荒日学園を含む伊野異能特区は歴史はあるが、しかし規模としてはやはり森影異能特区に劣る。
それは荒日学園があくまでも単なる教育機関として設立されたからだ。
国内一件目の異能特区認証と共に、既存の学校設備を基盤として大幅な改装と増築を行い設立されたのが荒日学園。研究施設は学園の敷地外に存在し、そして民間の研究施設等も森影異能特区に比べれば余りにも少ない。
そうなればやはり後続として作られた羅盤学園には規模としては劣らざるをえない。
しかしながら荒日学園が全てにおいて羅盤学園に劣っているのかといえばそうでは無い。要は特性の問題なのだ。
「あの……先生?」
廊下を歩きながら、桜海が何か言いたげに教師を呼び止めた。
「あー?どうした。何か聞きたいなら遠慮するな」
「では先生のお名前を教えて頂きたいのですが」
「あー……そういや俺の自己紹介がまだだったな。てかそんな畏まんなくて良いぞ」
そういえば、と教師は思い出す。彼女と教師は今朝出会ったばかりであり、教師側は入学資料等から彼女の事を知っていても彼女側はそうでは無いのだ。
「すまんな。俺は杠信二だ。こう見えて文系。この学校に今『杠』は俺一人だから安心しろ」
杠信二は振り返りつつにやりと笑った。
「はい、よろしくお願いしますね。杠先生」
それに対して桜海ソラはは微笑みを返す。その姿は天使か聖母を想起させる程穏やかだ。
「あー……そらそうか。こら失敗したな……」
桜海ソラは転校してくるまでは海外で暮らしていたのだ。当然日本の異能者ならば、そして異能者養成学園の三年生の中では鉄板となっている杠ネタが通じる筈も無い。
それを失念しドヤ顔した杠信二は少しバツが悪そうに頭を掻いていた。
「?どうかしたんですか」
「いや良いんだ。ちょっとまぁ……大丈夫だ」
その様子をいい年した大人がしょげていると感じたのか桜海ソラは、わざとらしく「あっ」と声を上げて杠信二に救いの手を差し伸べる。
「そ、そういえば私の前の前の席の方は大丈夫なんでしょうか?皆さん、あまり心配されて無いようでしたけど……救護室に運ばれたとか」
「あーアイツな……まぁアイツの紹介はアイツ自身にしてもらえ。俺が言うのもなんか違うだろ。また今度出会うだろうがかなり変わった奴だよ、悪い奴じゃないが。そんな訳で救護室送りも珍しい事じゃない。まー、流石に気絶してってのは久しぶりだが、大事なら有木から連絡が来るだろうし大丈夫なんだろ」
「有木先生というのは、救護室の?」
「何だ会った事あんのか。それで合ってるよ」
桜海がどこで有木柚木に出会ったのか杠信二には知った所ではないが、それなら話が早い。
「有木はあれで信頼できる奴だ。あいつがやばいと判断したなら兎も角、特に連絡が無いって事は無事なんだろうよ」
「それ程までの方なのですか?」
「逆に聞くがどう感じた?」
「顔立ちが整っていて……失礼かもしれませんが、少し疑ってしまう感じでしょうか」
確かに有木は容姿と服装含め杠信二が語る様な印象を与える事は無い。
顔は良いが、それが返って胡散臭さを与える。それは桜海にとってもそうだったようだ。
「はっは、そりゃ正当な評価だよ。まー、有木はマトモだがマジメじゃないからな。そういう意味ではアイツと気が合うのも頷けるが……どっちも信頼できる奴だ」
「先生もそうなんですか?」
「まぁな……っと着いた着いた。この話は書類作り終わったらしてやるよ」
■◇■
「じゃあこれ等諸々に目通してサインしてくれ」
「分かりました」
杠は来客用の一室で机の上に幾つかの必要な書類を広げる。それらはすぐ済むと言っていたにはかなりの量で、しかも数枚どころでは無い。
実質的に記入するのは数枚なのだが、その為の説明事項が記載された書類が多くある為だ。
本来なら入学前に記入や申請が必要な書類なのだが、桜海ソラは急な転校であった為かこういった普通の準備の殆どが手付かずであった。
静かな時間が流れていた。
応接室に置かれた時計の針が動く音が聞こえる位に。
「これが異能許可証発行についての申請で……これが実技に関する同意書だな。こっちは……あー、保護者の記入が必要だが……どうだ?」
「大丈夫です。私が書きますから」
「……そうか、なら良い」
静かに束ねられた書類を読み進めていく桜海ソラ。
相当読む速度が速いのか、次々と紙を捲っていく。
「あー、その、なんだ。どうせ……いや、いい。続けてくれ、俺は少し煙草吸って来る」
「はい、ありがとうございます」
そう言って杠は立ち上がると応接室から出ていく。
向かう先は校内では数少ない喫煙が可能な場所。荒日学園もそうだが大抵の学校で禁煙の中、荒日学園がこうした喫煙室が存在しているのも古い設備を改修した名残だった。
「……ふぅ」
煙草に火を点けて吸う。杠信二はヘビースモーカーという訳では無いが、静かに考えたいときはこうして煙草を吸う癖が付いていた。
彼がまだ若手だった頃からの癖だ。
(……どういう事だ)
本来ならば、有り得ない。
それが彼女について聞かされた時の杠信二が抱いた正直な感想だ。
(両親が居ないのは分かる。そんなのは珍しいが、有り得ない事じゃない。だが保護者不在だと……?)
彼が桜海ソラを受け持つ事になったのは彼の上司に当たる人物からの命令が原因だった。
転校生は存在する。留学生もまた存在する。
しかし彼女には……不可解な点が多すぎる。
杠信二自身、彼女についての情報を全て持ち合わせている訳では無い。
しかし転入試験を受けた事や、彼女の担任となるにあたって彼女の個人情報は幾つか見た。
怪しい点は無い。ある一点を除いては。
(しかもこの時期だ。この時期に一般入学組に配属された『特別扱い』。……どう考えても、いや考えれば考える程にあり得ない)
彼女の転校は急遽知らされたものだった。ほんの数日前に決まったようなものだ。
故にこうして彼女は必要な書類を揃える為に応接室に居る。
本来なら揃えられている書類達が、彼女には無いからだ。
(だが……)
もう一度煙草を吸って、そして吐き出す。
一種のルーティーンだった。
そして一つの可能性に、ある仮定に思い至ろうとし……その前に彼は思考を止めた。
(……やめだ。入学した以上は学園の生徒、俺の生徒だ。それに彼女は『特別扱い』だが今こうして正規の手順を踏み直している。何を咎める部分がある?)
彼は設置された灰皿に煙草の火を押し付け、消す。
そうしてそのまま桜海ソラの待つ応接室へと戻っていった。
「書き終わりました」
「……早」
〇杠
代々国家に仕える異能者の家系。正確には白木家や天帝近衛の家系と同じく魔術師の一族であり、超常史以前には魔術師として天帝に仕えていた。超常史においては異能者と交わりその特性を得、今の形式に至る。国が運営する異能関連の組織には大抵杠家の異能者が居る為に、ある程度異能者として活動する者達にとっては一種の常識になっている。




