異能者SS 殺人
超常史。それは異能者によって紡がれる歴史。
〈巨竜〉の登場を元年とし、新に定められた暦。形式上以前の暦が用いられる場合もあるが、基準としては此方の方が多いだろう。数十年と経過すれば尚更。
しかしこの暦も、超常史元年から用いられていた訳では無い。
超常史初期、即ち人類の異能の発現を契機とした騒乱の始まりにおいては暦どころか国家というシステムすらまともには機能していなかった。
様々な異能力組織が発足し、治安も大きく悪化した。犯罪が乱立し、政治が荒れた。
当時の先進国で内乱を抑えるのがやっと、これが文化的に遅れたと評価される国々では崩壊の一途を辿る結果となったのも当然の話だ。実際当時の国家と現代の国家での顔ぶれは大きく異なる。
だが同時期に発足した組織、世界異能機関と機関を創り出した人間によって状況は変わり始める。
それが後に〈英雄〉と称えられる存在、超常史最大の偉人とも称される者、サルトマ・アベルである。
人種不詳、国籍不明、その他多くの彼の過去についての情報が残っていない。彼の出自を知る者は居ない。
しかして彼は〈英雄〉であった。
人を惹きつけるカリスマ、多彩な言語能力、機械と見紛う情報処理、多くの学問に対して秀で、人を見る眼も優れていた。彼によって見出された異能者は数知れず。この時彼と共に活動した異能者は現代でも機関の有力者だ。
そして何よりも――彼は強かったのだ。
彼をリーダーに据えた世界異能機関は瞬く間にその規模を大きくした。
超常史が二十年経過しようとする頃には機関を中心とした異能社会の形成はほぼ完了していたと言っても良く、実際技術的な差こそあれどこの頃から社会の仕組みは大きく変わっていない。
勿論その間も決して楽な道のりでは無かった。
〈大陸〉によって生み出された新大陸の開拓、世界各地に出現した〈迷宮〉への対処や、より強力で有力な異能者の登場。そういった異能者が現れる事による国家の分裂と新たな都市国家の樹立等……数えればきりがない。
国家構成が大きく変化したのもこれ等が大きな理由だ。
このように機関による異能社会の形成が安定化するまでは、長きに渡って動乱の時代であった。
その後も〈魔王〉による戦争を初めとする多くの時代のうねりがあったが、やはりその裏にあったのはサルトマ・アベルの活躍と機関の活動であったと言わざるを得ない。
そして、超常史四十五年。
歴史を大きく揺るがす事件が起こる。
それはたった一人の殺人事件。
■◇■
血煙の中佇むのは一人の少年。
それはとても純粋な少年に見えた。酷く華奢で、醜いぼろ布を纏いわらっていた。
だが、例え彼が一見純粋に見える少年であったとしても、その両手に抱えた狂気は到底笑顔程度のもので隠しきれるものでは無かった。
彼は笑っていた。 とても純粋に。
彼は嗤っていた。 とても醜悪に。
彼は哂っていた。 とても清澄に。
今も尚、その顔のままで両手の狂気を眺めていた。
その姿はまるで、幼い子供がお気に入りのおもちゃを眺めているかの様に。
「――で、君は何者かね」
地面に転がる夥しいゴミ屑の外側で老紳士が問う。
明らかに高質の礼服を身に纏い、そして穏やかに老紳士は眼前の光景を眺めていた。
「俺はおれさ。ぼく以外の何モノでもないんだ」
ぐりんと顔を動かして、少年が手にしていた狂気から目を離した。
「ほら、昔聞いたんだ。えらい人には青い血が流れているって。でもさでもね、やっぱり皆赤かったんだ。ほら、なんていうんだ。オレは見たいんだ青い血なんて無いって事を、確かめたいんだ」
日本語ではない様だった。言葉を繋ぎ合わせた継ぎ接ぎ、意味が通っているのか通っていないのかも怪しい。稚拙な文章を校正無しに出力した、そんな言葉。
そして少年はそのまま、ゴミを捨てる様に狂気を放り投げる。先程まで宝物の様に扱っていたそれをだ。
綺麗な放物線を描いた狂気は、地面にゴトンという鈍い音と血だまりに落ちた音と共に静かに転がった。転がる事で灯りの下に晒されて、それらがようやく明らかになる。
それは、頭部だった。
髪の毛を歪に括られて、持ちやすい様に加工された、頭部。
硬直した顔面を態々動かして、笑う様に加工された、頭部。
これ以上ない程に分かりやすい、人間の頭部だった。
見れば地面に転がるゴミ屑の幾つかは頭部を含めた肉体の一部が大きく欠損しており、中には上半身丸ごと千切れ飛んでいる者まで居た。
だが傷の大小に関わらず、全てが息絶えていた。
最早それ等は人とは言えず、肉の塊でしかなかった。
狂気が空気に伝播し、充満していた。
常人では耐え難い程に。
「それで全員殺すのかね」
「駄目かなぁ、確かめるのは良い事だって思うんだけど。僕は少なくともみんなで確かめたいんだけど」
「この者達にも人生が在ったとは?」
「まぁ良いんじゃないかな。ていうか関係ある?僕が知りたい事にさ」
「そうか、全く共感は出来ないが理解したよ。……君の中身と狂気をね」
老紳士は静かに被っていた帽子を外し、地面に置いた。
それは祈りだった。老紳士が彼の護衛を担っていた者達、今は既に物言わぬ肉塊と化した機関の異能者へと捧ぐ鎮魂の祈りであった。
帽子が血だまりの血を吸って、赤く染められていく。だが老紳士がそれを気にする様子は無い。
地下通路に充満した空気は外界程に換気されない。ただ匂いは溜まり、鼻を破壊する程に凶悪で強烈な死臭が充満していた。
その中で静かに祈っていた。
「ねえ、アンタならやっぱり知ってるんじゃないか?――――サルトマ・アベル、世界最高の英雄と呼ばれるアンタなら」
老紳士は沈黙していた。
しかしそれはまた肯定を意するものでもあった。
サルトマ・アベル、超常史最高最大の英雄。
彼は付いていた膝を上げて、少年の瞳を見た。
老人とは思えない鮮烈な視線。歴戦の覇気が宿る目つき。
彼が問う。
「私を殺し、そこに何を見る」
「だから知りたいだけなんだ。アンタの血が何色なのか」
「そうしてどうなる」
「さぁ?でも今気になって仕方ない僕からは終われる」
「君はこれから何を始めるのか。其方側から何を」
「俺はずっとこっち側さ……なら始めようも無いな。なら始めるしか無いなぁ」
瞬間、少年の足元から勢い良く何かが飛び出す。
その何かは真っすぐに、一直線にサルトマ・アベルの元へ飛翔する。
彼はそれを手で受け止め、そして振り払った。
否、振り払えなかった。
「――これは」
それは受け止め、即座に振り払おうとした彼の手に付いていた。
いや、食い込んでいたのだ。
何本もの脚が、大きな顎が、針の如きそれらが、サルトマ・アベルの腕に食い込み離すまいと強烈な力で食い込んでいたのだ。
ソレは明らかに生命体であり、しかし既存のどの生物でもなかった。
動物の特徴もある、昆虫の特徴もある。しかしてどの生物でも無い。
〈怪獣〉の様な『様々な生命の要素が組み合わさったもの』では無い。
あれは歪ではあったが全てが進化の賜物であり、理由が存在していた。言わば異常な生物の極致であって、非生物ではないのだ。
しかしソレは違う。明らかに異なっている。
あたかも切り貼りした絵本の様に、或いは適当にボタンを押したスロットの様に。全く異なる生物の特徴が、整合性や合理性を完全に無視してくっついている。
繋目が無い事がおかしなくらいに自然に、不自然に存在している。
つまり、それは生命と呼ぶには余りにも……異常だった。
「さぁ、始めよう!!」
少年の足元から泥が溢れ出す。やがて莫大な水量となり、濁流は周囲をさらいながら埋め尽くしていく。
だが、それは泥であり水では無い。
泥とは即ち流動する固体に近しく、彼の足元より出で立つそれは決して液体では無かった。
それは液体では無く、個体であり群体。肉眼では数え切れない、夥しい数の狂気塗れた生命体。
周囲に泥が広がる。墨で塗り潰した様な黒ではなく、光を飲み込む黒。
ここは地下であり、そこに空は無い。故に黒は少年とサルトマ・アベルを大きく包み込むように壁に天井に侵食していく。
「楽しいからやる、面白そうだからやる、退屈そうだから殺る、全部良いじゃないか!全部しよう!そうしなければ息をしている「意味が」ない!」
泥から出でる異形達が、瞬く間に増殖する。
脚が、眼が、唇が、臓が、骨が、鬣が、爪が、唾が、翅が、氾濫する。
あらゆる狂気の元凶が生命の濁流となって埋め尽くす。
「さぁ「やろうよ」サルトマ・アベル「人類の」!折角だ、出し切ろう「英雄よ!」老いて尚、瞳輝かせるその「殺し合い」殺気を!今僕に向けてくれ!!「「サルトマ・アベル」」!!」
幾つもの声が反響する。地下空間に闇が広がり、木霊する。
「――――集え」
「狂い出せ」
異能力者が対峙した時、齎される結果は常に一つ。
例え彼が老いた身であったとしても。
彼が機関の異能者である限り、答えは一つ。
「――――〈ALL FOR ONE〉」
「〈「■■■■」〉!!!!」
両者が互いに異能の引鉄を引く、殺し合い。
例えその結果がどうであろうとも。
どうなろうとも。
■◇■
約一時間後、世界異能機関の応援が現場に到着した時、その場に残っていたのは夥しい死骸の山だった。
サルトマ・アベルの護衛に当たっていた異能者は百戦錬磨の選び抜かれた精鋭。にも拘わらず現場には全ての死体が存在し、全て四肢が欠損していた。
しかしそこに彼の死体は無かった。
ただ彼の切り落とされた四肢が地下空間の中央に、飾られる様にして置かれていただけだった。
後に突入した機関の異能者は当時の事をこう語る。
――そこはこの世全ての地獄だった、と。
機関は総力を挙げて一ヵ月間にも及ぶ犯人の捜査を行うが、必死の捜索も虚しく犯人足取りは掴めずに終わる。足取りどころか姿形さえも掴めずに。
捜査の打ち切りと共に、機関は世界各国に対して声明文を出した。
『機関最高責任者サルトマ・アベル、死亡』
このニュースは瞬く間に世界を駆け巡り、大きな混乱を呼んだ。
この混乱は予想できたが……しかし機関は事実を公表した。
何故ならこれは殺人事件。
単なる、たった一人の殺人事件だったからだ。
機関の異能者にとって任務中に死亡する事は珍しくない。悲劇ではあれど、しかし決して珍しくもなんともないのだ。
故に機関は故サルトマ・アベルの遺志通りにただ彼を一人の異能者として扱ったのだった。
この一件を境に再びサルトマ・アベルという抑止力を失った世界には再び大きな事件が起こる様になる。
海賊島事件、北方領域、人類崩壊遊戯……大小挙げればきりがない。
それだけサルトマ・アベルという名前は世界にとって大きなものだったのだ。
そしてサルトマ・アベルという圧倒的な指導者を喪った機関もまたその在り方を変えざるを得なかったが、しかし機関の持ち直しは迅速なものだったと評価出来るだろう。
彼と共に活動した同志の志は高く、彼の生前の頃から既に彼がもし居なくなったとしても組織を正常に運営できる体制を整えていた。
指揮系統の整備、新大陸に存在する機関本部の運用、各異能特区の管理等、既に数年前から彼が居なくとも組織は回る様にシステムが形成されていたのだ。
だが、最も大きかったのは一人の異能者の存在だった。
彼はサルトマ・アベルの死後すぐさま機関の最高責任者に継承し、混乱する世界を駆けた。
彼の最高責任者就任に反対するものは居たが、それも極少数でしかなく、大半の異能者達は寧ろ彼の就任を喜んで受けいれた。
勿論そこには理由がある。
彼には正統性と実績があったからだ。
彼の名前はユグド・アベル。
サルトマ・アベルの息子であり、新たな英雄。
公開異能者番付第一位であり。
人呼んで――――〈世界最強〉。




