Day 1 目が覚めると見知った天井
「……知らない天井だ」
目が覚めると白色が広がっていた。
身体にかかる重力の感覚的に自分は寝転んでいて、目の前にある白色は天井らしい。
そういえばああいうの何処から始まったんだろう。
「いや君、何度も見てるじゃないか」
なんて感傷に浸っていると、自分が寝転んでいるベッドの傍から声が聞こえた。
顔を向けるとそこには白衣を纏った成人男性が立っていた。
丸眼鏡がちょこんと顔にフィットしている二十代後半くらいの年齢。そして一般的な目線で見てもイケメンだ。どちらかと言えば男前という表現の方がしっくりくる感じの。
「しかも前回から一週間も経ってないんじゃないかな?新記録更新だね」
「……毎回思うんですけど僕の寝顔見るの趣味か何かですか?」
「馬鹿。君が聞こえるような声で恥ずかしい事言ってるから突っ込まずにいられなかったんだよ」
「……言ってみたかったんですよ」
勘弁してほしい。
転校生イベントに加えて、記憶は曖昧だけれどなにやら気を失ったらしいので言ってみたくなったんだ。こういうの聞かれるの本当に恥ずかしいんだから。
「どれくらい寝てました?」
「もう放課後だよ。気分はどうだい」
「それだけ気を失ってて良いって事はあんまり無いんじゃないですか」
「うん。まぁそんな口が叩けるなら馬鹿元気という事で良いんだろうね」
馬鹿馬鹿と言ってくるこの大人は勿論この学園の教師だ。
名前を有木柚木。荒日学園唯一の救護室担当教師で、荒日学園の怪我人やら負傷者を一手に引き受ける人間でもある。僕が一番親しくしている教師。
もっと大きな学園では何人もこういう教師が居るのだろうけど、荒日学園では一人だけだ。それで十分回っているのは彼が有能なのか
そしてなによりモテる。
通称保健室の優男、白衣の聖人、丸眼鏡の変態……学園でもかなり人気の高い教師でしかもあだ名も複数個ある。女子人気№1、男子人気は未統計。
「君、また馬鹿みたいな事考えてるんじゃないだろうね」
「……考えてません」
そして勘も鋭い。
「はぁ……ま、感謝するんだよ。君が気を失っている所を運よく用務員さんに拾って貰えたんだから。しかも此処迄運んで貰っちゃってさ」
「そうですね後で礼を言っておきます」
「そうした方が良いね。仕事を止めて運んでくれたんだから」
意識の無い人間を運ぶのはかなり大変だと聞いた事がある。
力が入っていない人間はただの肉と骨の塊で、僕で言えば持ちにくい約60㎏の肉塊という訳だ。そりゃあ大変な作業だろう。
仕事も中断させてしまったらしいし。うん、後で絶対謝りに行こう。
「さて、じゃあ説明してもらおうかな」
等と考えていると、有木がいつの間にやら椅子を持って来てベッドの隣に座っていた。
そしてこれまたいつの間に用意していたのか二人分の紅茶をティーカップに入れて。
こういうさりげなさがモテる原因なのだろう。
「なんであんな場所で気絶していた……いやさせられていた?」
「……何の事です?僕は気を失って倒れてたんですよね?」
ほらやっぱり勘が鋭い。ついでに口調も鋭い。
僕が言わない様にしていた事を的確に突き刺して来る。
「とぼけなくても分かるよ、馬鹿じゃないんだからね。これでも救護専門教師なんだ。……これ何か分かるよね?見覚えが在る筈だ」
「僕の制服……ですよね」
有木が取り出したのは僕の制服、らしきものだった。
何故らしきもの、と自信が無いのかというと僕が今朝着て家を出たそれとは少し形状が変化していたからだ。簡潔に言うと、明らかに焦げていた。
「そう、君の制服だ。さて、もう一度聞く。どうしてあんな場所で、何かしらの電気的な衝撃……つまることころ異能によって君が気絶していた?」
そう来るよね。けど僕の答えはこうだ。
「さぁ?僕には分かりかねます。僕だって犯人の顔を見た訳じゃないですから。そもそも気絶してたので記憶も無いんですから」
僕は少しだけ嘘を混ぜた。
犯人のらしき人影も目撃したし、なんなら人相も朧気だけれど視認した。気を失う前に悠長に雷に撃たれたような、とか考えていた。思い出そうとすれば多分思い出せる。
けれど僕はそうしない。
多分話せば事件は解決する。けれど問題は解決しない。
だって彼女は泣いていたのだから。涙を流していたのだから。
そういう時は基本的に面倒事だと相場が決まっているのだ。
「それにまぁ、日常茶飯事ですよ」
「それもそうだけれどね……問題なのは犯人が誰か分からない事なんだよ。君を襲撃した馬鹿な犯人がまだ学園内に居るかもしれない、そしてその馬鹿が内の生徒かもしれない。それが問題なんだ」
有木が言っているのは事件性の大小だ。
当たり前だけれど異能特区だからといってみだりに人間に対して異能力を使用してもいい訳じゃない。それは学園内でも同様だ。
異能力は使い方次第で簡単に人を傷つけ、ともすれば殺す。
故に特区内では許可されている異能の使用も、特区外では許可証の発行・携帯が不可欠と厳しい管理体制を敷いているのである。他にも異能には様々な法律や規則が存在するが、こうした法規を無視し異能を使用する異能力者を異能犯罪者と定義するのだ。
有木が心配しているのはつまり異能犯罪者が学園にまだ潜伏している可能性であり、そして生徒がそうなってしまっていないかという事である。
「最近東骸では異能犯罪者同士の大規模な衝突があったと聞くし、テロリストの話もある。特区内も例の件でピリピリしてる。学園もアレに備えて準備中だ。不審者が学園内に居るなら早急に対策を講じなければならないだろうからね」
有木の心配はもっともだ。
学園の教師とは教えるだけが職務ではない。彼等とて国家所属の異能者であり、異能のスペシャリストである。彼等の職務とは教育、そして将来の異能者たる僕等を護る事なのだ。
それは理解出来る。けれど僕の対応は変わらない。
それに矛盾している様だけれど被害者の僕だけが事件性が無い事を知っているのだ。
「大丈夫です。事件性はありませんよ。それにテロリストとか、そんなの滅多に起きませんって。荒日学園の治安は三校一でしょ?」
「そうか、まぁ被害者の君がそこまで言うなら信じるさ。君がそういう風に言うんだから、そういう事なんだろうね」
「はい、そういう事にして下さい」
被害者の僕が何も言わないのなら、有木も信じるしかない。
実際僕も犯人に対して怒りは無い。遅刻という事になるのだろうけど、そこは有木に誤魔化しておいてもらえれば午前中の授業の欠席は何とかなるだろう。
犯人が居ない事件性の無い事故という扱いにしてくれる筈だ。
実際荒日学園は治安という目線で見れば風紀委員の力が強いお陰か羅盤学園や雅写学園よりもだいぶ良い。
「この事は僕の内に留めておく。けど何かあったらすぐに動くからその時言うからね」
「助かります。毎度」
ベッドに上でぺこりと頭を下げる。
「まったくだよ」
有木が人気の理由は単に顔が良いからじゃない、彼が真っ当な教育者だから生徒に好かれるのだ。
そしてこうして馬鹿真面目にルールを守るだけじゃない柔軟な所とか有能な異能者な所とか。
そしてやっぱりイケメンだし。
「君、また何か馬鹿失礼な事考えてるだろ」
「いいえ?」
やっぱり鋭い。
■◇■
さて。
惜しむべくは転校生イベントを逃した事だろう。
聞きたかったな、自己紹介。どんな顔してたんだろう。
明日になれば会えるとはいえ、初対面感が重要なのに失敗した。教室の前に立って自己紹介してる姿を一度でいいから見てみたかった。
けれど失敗は僕のせいじゃないし、気にしていても仕方ない。そういうのは僕に合わない。
なんてたわいもない様な事を考えながらの帰宅である。
起きたら放課後だったので仕方がない。
僕は部活にも入っていないし、委員会なんかにも所属していない。放課後になってしまえば帰宅以外する事が無い人間だ。結構な人間が何かしらに所属する内の学園では少数派だ。
なので完全に今日は気絶する為だけに学校に行った人間という事になる。
浮き足立って出発した身としては辛い所だ。
自分で考えててもなんだか嫌になるので此処までにする。
扉を開けて中に入る。
「おかえり、兄さん」
玄関で靴を脱いでいる僕に、背後から声がかけられる。
若い女性、いや女子の声。
別に騒いだりはしない。この家は僕の家だけれど、同時にもう一人の人間の家でもあるのだから。
「……ただいま妹よ」
振り返るとそこには明らか十代の女子が立っていた。
そう、僕の同居人こと妹である。
今の僕はこのそこそこ広い家に妹と二人で暮らしているのだ。妹の入学を機に元々一人で暮らしていたこの家に引っ越してきた訳である。
「何それ。ていうか遅いね、連絡したの見てないでしょ」
「ん……あぁなんか僕の携帯壊れちゃって……連絡してくれてたのにも気付いて無かった」
僕は何もつかなくなった携帯電話を見せながら言う。
「は?壊れるって、なんで」
「さぁ?そんなの僕が聞きたい位だよ。起きたら壊れてた」
間違いなくあの電撃の仕業なのだが敢えて言う必要も無い。因みに他の荷物は焦げてたり無事だったりだった。
「そんな古い型のやつ使ってるからだよ。今時そんなの使ってる人見た事ないよ。そのせいで態々メール送らなきゃいけないんだし」
「こういうのが好きなんだけどな……修理とか出来ないかな?」
妹の言う様に僕の使っている携帯電話はかなり古臭いものだ。
異能特区内は技術が外よりも進んでいる事もあり、確かに今時こんなのを使っている高校生は居ない。
スマートフォンや最新機種が便利なのは分かっているけれど、僕はこの開くタイプのものを気に入っていて初めて携帯電話を持ってからずっとこれだった。
「まぁ出来ない事は無いんじゃない?……って結局変えないの。折角の機会なのに、これ逃したら兄さん絶対変えないでしょ」
「でも愛着もあるし……うん、こういうのが好きなんだよ僕は」
「はぁ……ま、私は良いけど。じゃあ勝手にすれば?私は手伝わないからね」
「いつも悪いね」
「ホントにね」
確かに僕が古い機能の物を使っているという事は僕だけの問題じゃない。
けれど今からスマートフォンっていうのも何だか馴染みのない話で、きっかけとしても修理できるなら今のものを使っていたい僕には弱い。
でも流石は兄妹。僕の好みというか思考を理解して、無理には勧めてこない。
「で、今日何があったの」
「……別に何も無かった。平和だったよ」
「嘘つかなくても良いよ知ってるから。有木先生から話聞いた。倒れたんだって?しかも始業前に気絶してそこからずっと寝てたらしいね」
おい有木柚木、秘密にしておいてくれるんじゃなかったのか。
いやまぁ兄妹、というか家族なら普通は何かあったら連絡が行くものだ。しかも妹は荒日学園の一年生、つまりは僕と同じ学校に通っている。
僕が倒れたとなれば話位聞いていても不思議じゃない。
「……倒れたよ。それで全部の授業が終わる迄寝てた。帰って来たのが遅かったのはその通り、ついさっきまで寝てたからだ」
だけれど口ぶりからするに、妹が僕の話を聞いたのは僕が起きる前だろう。
もし電撃を受けて気を失っていたと知っていれば、携帯電話が壊れた理由を聞いてきたりはしない。僕が有木と会話するまでは情報が確定していなかった筈で、未確定の情報を例え妹であっても有木がむやみに話す様な真似はしないだろうから。
「でも大丈夫。有木からどう聞いたのかは知らないけど、体調も問題ないし、起きたら帰って良いってその有木からお墨付きをもらって帰宅したんだから」
実際にはそんな事言われてないけれど、似たようなものだし少しだけ嘘をついた。
「はぁ、なら良い。どうせいつもの事だしね。けど何かあったら絶対言ってね?家族なんだからさ」
妹は当たり前の様にそう口にする。
実際妹にとってはそれが当たり前なのだ。恥ずかしいとすら認識していないだろう。
だから妹は良い奴なのだ。
「じゃあ結局転校生には会えてないんだね。兄さん朝あんなに早く出たのに、無駄だったね」
「うぐっ、厳しいじゃないか」
良い奴だけれど、こうして傷口を撫でるのは止めて欲しいものだ。
僕とか家族だけならいいけれど、学校でもやってないだろうな。
なんて小話を挟みつつ、僕は口を開く。
「……この事、父さん達は知ってると思うか?」
「知らないんじゃない、私が知ってるのは同じ学校だから連絡が回ってきただけだと思うし」
「だよな……なら良いよ」
少しだけ心配していた事を妹に聞いて、その答えにまた少しだけ安心する。
別にいつもの事だ。
そうして、僕は今一番知りたい事を最後に聞く事にした。
「所で玉記、今日の晩御飯って何?」
「カレーだよ、悪いけど一日目のね」
玉記、それが愛すべき僕の妹の名前。
是非覚えて帰って欲しい。
今夜はカレーだ。やっほい。
〇通信技術
超常史に入っても尚、携帯電話は主流であり、タブレット型の物や画面を空間に映し出す物等が存在している。テレパシー系の異能力者であっても付随する機能の為か携帯電話を持つ者が大半である。




