決意は銀色の君へ
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異能には大きく分けて三つの系統が存在している。
一つが創造系統。
モノを生みだす異能系統。それは時に物質であり、現象であり、法則である。
千差万別の創造物は同時に多くの派生を生む。
創造物の範囲が広大であるが故に、三つの種類の中では最も異能力者数が多いのが特徴だ。
二つ目が支配系統。
創造系統とは異なり、既に存在しているモノを操り支配する異能系統。
範囲がより限定される代わりに、対象物に対しては強力な支配能力が作用する。
他の二種類よりも圧倒的に数が少なく、発現する異能力者は極めて稀だ。
そして三つ目、肉体変化系統。
文字通りに異能力者自身の肉体を変化させる異能系統。
片山華心の様に肉体を獣へと変化させる異能もあれば、はたまた鉱物に変化させる異能もあるが、共通点として多くの場合変化先は物質に限定されるという事だ。
それも当然。肉体変化系統の異能力者が変化させている肉体とは異能力者自身の肉体なのだ。肉体とは世界に存在する物であり、創造系統の様に現象や法則のようなものには変化させられない。
仮に変化させられたとして、どこまで自我を保つ事が出来るのかも分からない。
異能や人の精神がどこに宿るのかは現代の科学においても未だに理解出来ない部分なのだ。
それと同じく、肉体変化系統にはもう一つのリスクが存在する。
それは異能の基本原則、異能とは心に影響を及ぼすという事。
片山華心がそうであったように過ぎた肉体の変化は精神の変化に直結し、ともすれば帰って来れなくなってしまう危険性すら存在している。未熟であればその危険性も大きく、変化しきるという事は優れた異能者である程に避ける行為だ。
では、彼の姿もまた心の在り様なのだろうか。
「Auaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」
白木銀子が暴れ、壁の至る所が壊れている空間の中で何かが駆けている。
それを追いかける様に白虎もまた身を捩りその太く強靭な腕と爪を振るうが……しかし追い付けずに空振りを繰り返している。そしてこの行為が部屋をまた壊す。
それは黒い何かであった。
二本のしなやかで強靭な脚部が辛うじて何かを人型たらしめる。漆黒の肢体は長く、頭部と思しき部位からは髪に似た触手が地面にずる程に長く伸びていた。
歪で、生物の特徴をごちゃまぜにしたが如き体躯。触手は辺りを探るように揺らめきながら、時折ぎらついた光沢を月明かりに反射させ見せつけている。
そして時折髪の如き触手の隙間からその黒き肉体には似合わない純白の歯が垣間見えた。
形状は人間に似ている。しかし、どう見ても人間ではない。
手の様なものがあっても、足の様なものがあっても、髪に似せたものがあっても、けれど人間にはどう見ても見えない。
ヒトの様であって、ヒトではないその風貌が、堪らなく異物であると認識させられる。
まるで特撮に出てくるような敵役のキャラクター。
或いはホラーフィルムに出てくるような『怪物』。
それが今の……八十新という少年の姿だった。
怪物は床を蹴り抜き、壁を蹴り、疾走する。
それは常人ではとっくに目で追えない速度であり、時折床や壁の爆ぜる音が彼がそこに居た証明をしてくれる。しかしそれも次の瞬間には白虎が振り下ろした爪の衝撃波によって爆ぜて失せる。
超速の戦闘。回避も攻撃も、既にこの部屋が特殊素材で出来た特別用だという事を忘れてしまったかのように破壊していく。
「■■■――――!」
モンスターが吠える。
ヒトの形をしていない発声器官では人間の言葉は出力出来ない。
しかして彼は吼えている。
聞こえない声で語りかける様に。
白虎の攻撃は単純になりつつあった。
それは新の動きが素早いという理由もあったが、大きな理由は別にあった。
「GuRuAAaaaaaaaa!!!!!」
それは空間の狭さ。
幾ら実習室が広いとはいえ限度がある。
今の白木銀子の姿は巨大な白虎そのもの。つまり〈金剛白装〉の暴走に従って巨大化した今の姿では少し動くだけで動き過ぎてしまうのだ。
実習室の床や壁は壊されてはいるが崩壊には至っていない。崩れたのは主に表面の素材であり、壁の内部に基礎として組まれた素材の破壊には至っていなかった。
結果として白木銀子の動きはかなり制限される。しかも彼女の身体は今も尚大きくなり続けている。
巨大な肉体ではやがて肢体を動かす事すら困難になるだろう。
だが、それを悠長に待っていられない理由が新にはある。
新には二つのタイムリミットが存在していた。
一つは言うまでも無く彼女が絶命する前までに止める事。このまま彼女が生命エネルギーを使い果たせば待っているのは衰弱死、それまでに異能を安全に停止する必要がある。
そしてもう一つが建物の倒壊である。
ここは羅盤学園。現在は深夜の人気の少なさ、一年生の区画、実習室の防音性が手伝って辛うじて外にはまだ知られていない。が、建物が倒壊すれば最早露呈は免れないだろう。
警備システムが作動し敷地内の教師寮や特区内の警備、果ては上級生達までもがこの場所に集まって来る。そうなれば待っているのは『討伐』だ。
地を強く蹴り、黒き怪物は加速する。
強烈な衝撃により床が爆ぜる様に壊れるが、新は気にも留めず二度三度と加速を繰り返し空間を駆け回る。それは目視では最早追えない速度であり、黒い線が彼の移動の残滓として錯覚させる程だった。
巨体を制御しきれていない、十全に扱いきれていない白木銀子とは異なり今の新の身は人型サイズ。変化前よりも一回りは大きくなっているが、しかし目の前の白虎に比すれば小柄である事は間違いない。
小柄な肉体が素早く動き回る。
言ってしまえば新のしている事はこれだけなのだが、効果は絶大だ。
次第に大振りになっていく白虎の攻撃は威力は上がれど精度を失っている。暴走した白虎の異能は本来の使い方を過ち、無闇矢鱈に力を振り回しているだけ。
そこに彼女の様な技も無く、彼女の様な心も無い。
ただの獣。
であるならば、理性無きただの獣は意思ある怪物に勝てる道理は無い。
「GgooooooooooAaaaaooooooooo!!!!」
「――――!」
白虎が右前脚を怪物に向けて振り下ろす。
これまでの衝撃波を飛ばす攻撃とは異なる攻撃。巨体故の踏みつぶすという攻撃。
しかし攻撃対象との間に対格差が存在する程に効果的になる。
ましてや今の白木銀子肉体は巨大な白虎であり、新との対格差は大人と子供よりも大きい。
地面に着地すると同時に轟音が鳴り、床が円形に窪む。
破壊の衝撃が地面を伝い、窪みから更に罅が伸びていく。
惨状、破壊。
無残にも破壊された床を見れば、その結果は想像に難くなく。
彼もまたそうなっている筈……だった。
今までの彼の速度を鑑みれば、避ける事は容易かった筈だ。しかして彼は避けず、ただそこに留まり攻撃を受ける事を選択した。
それは何故か。
答えがそこにあった。
怪物は白虎の脚を片手で受け止め、潰れる事も無く折れもせず立っていた。
不動であった訳では無い、しかし明確に効いている様子も無い。
――ただ余りにも巨大な腕で、白虎の脚を受け止めていただけだ。
そして怪物が声を漏らす。
「――――■■■■」
その咆哮を、歯牙の隙間から漏れ出る息の様なそれを日本語として訳すのであれば。
『みつけた』、である。
今までどこに存在していたのか分からなかった大きな瞳を見開きながら、怪物はある一点を見て確かにそう咆哮した。
瞬間、怪物が受け止めていた脚を空に向けて押し返す……否、弾き返す。
対格差等ものともしない。肉体に比べて余りにも大きな巨腕がそれを可能にする。
「GAaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」
突然脚を空へと弾き飛ばされ、体勢を崩す白虎。さもありなん、これだけの巨体である。姿勢の維持にはそれだけのバランスが必要不可欠であり、ましてや身体がのけぞる程強く脚部を弾き飛ばされれば例え獣の姿でなかろうが体勢を崩すだろう。
瞬間、怪物の姿が掻き消える。
現れたのは白虎の胸部の直前。胸部をのけぞらせて体制を崩した白虎は今まで地に向けていた胸部を、今は無防備に晒してしまっていた。
そこに居たのは怪物の姿、つい数秒前とは全く容貌の異なる怪物の姿。二本の巨腕を携え、そして肉食獣の如き脚部を以て空に浮いている。正確には白虎の胸部の直前迄、元居た場所から一気に跳躍してきたのだ。
そして幾本もの触手が羽の様に広がり、制空を可能にしていたのだ。
怪物に新たに備わった、白虎の踏み付けを受け止める巨腕、体内のエネルギーの流れを見極める特別な瞳、俊敏さと跳躍に特化した肉食獣の脚部、制空を可能にする無数の触手。
これこそが怪物の、新の異能力、新の本質。
あらゆる状況に適応し、あらゆる形態へと姿を変化させる異能。適応する度に新の弱点は減少し、やがては如何なる環境下でも生き残る生命体。
異能の名を〈進化適応〉。
自然選択説ではない、間違った意味での進化を遂げるモノ。
それが八十新という異能力者。
新たに獲得した瞳から見える景色に映るのは白虎の肉体を形成するエネルギーの起点。即ち白木銀子の本体が存在し、エネルギーが外側に向けて流れ出す中心部。
どくどくとまるで心臓が脈打つ様に、或いは滝から川へと水が流れ落ちる様に、エネルギーが中から外に向けて動き出す部分。
巨大化した白虎の肉体は、単に外から攻撃したとしても再びエネルギーを流し込んで再生するだけ。様相は大きく異なれど、これはあくまでも〈金剛白装〉なのだから。
ただ攻撃をするだけでは彼女のエネルギーの消耗を激しくするだけであり、それは彼女の衰弱死を早めるだけ。だからこそ新は攻撃を避けて逃げに徹していたのだ。
真の意味で彼女の異能を停止させるには彼女の本体から白虎の肉体を形成するエネルギーのラインを立つ必要があった。
故に新は空間を駆けながらエネルギーを流れを探った。
そして徐々に適応し、『見ようとする』事で特別な瞳を形成する形質を獲得した。
時が、やって来たのだ。
新は思う。自分の行動の是非を。
新は思う。自身の行動の意味を。
新は思う。自らの行為の結果を。
自分の行動が正しいのか間違っているのか。無意味に終わるかもしれないし、自分は組織の一員としては失格なのかもしれない。いいや失格なのだろう。
ディテクターが止めた様に、他に上手いやり方は存在していたのかもしれない。
「――■■、■■■■■」
だけれども新に後悔は一切存在しない。しないと決意して此処に居る。自分自身の問題だと、自分で決着をつけるのだと決意した。
そして思いは決意となり、新をこの位置へと導いた。
自らの行動を自らの意志で決定し、誰かに対して初めて真摯に向き合う事を知った。
それは新にとって今までのどの戦闘で獲得した形質よりも重要で貴重なもの。今までのどの任務で得た経験よりも得難い経験。
故に白木銀子がそうであるように。白木銀子が自らに課していた義務の様に。新もまた自分自身に対して責任を背負い、義務を与えた。
向き合うという責任を、向き合うという義務を。
新は既に宣言していた。ならばこの行為もまた必然であり当然の結果であろう。
決意は既に届いているのだから。
怪物の顔面が割れ、幾本もの鋭利な歯牙が現れる。
巨大で、凶悪で、凶暴な牙。
しかして白く光るそれを代えがたい彼の一部。
そして――――。
怪物は白虎の胸部へと噛み付いた。
〈金剛白装〉の硬き装甲を砕き、白虎の肉体を喰らう。獣を怪物が喰らう姿、怪物そのものの行為、本能に任せた捕食光景。白虎の肉体を形成する脈を破壊しながら、肉を抉り進み中へ。
エネルギー繋がりを失った白虎の肉体は制御を失い、暴れるが彼は離しはしない。そのまま先へ、眠る彼女の元へ。
そうして八十新は白木銀子の歪んだ心の暴走を、噛み砕いた。
■◇■
〇八十新
異能力〈進化適応〉
年齢 16
ランク ■




