想いは始まりの線へ
■◇■
都市某所。
「あらら、手遅れっすかね……失敗したなぁ……」
ディテクターが指で作った輪を眼鏡のようにし、ビルの屋上から見下ろしていた。
見ていたのは羅盤学園のある方角。しかも彼等の居る実習室十五の方向である。
ビルの上という事もあり、彼の視線を遮る物は少ない。
しかし余りにも遠い。望遠鏡を所持している事でようやく見える距離。しかも肝心の実習室は壁に阻まれて外観しか分からない。
中で何が起こっているのか等、分かる筈も無い。
――が、彼には見えている。
彼の目は特別であるが故に。
「やっぱり接触してたかー。しかも運が悪い。よりにもよって白木銀子に渡してるなんて……ま、偶然じゃあないっすよねー」
都市に来た理由、その一つ目。
それは彼が探し物をしていたからである。いや正確には捜し者か。
その捜し者を見つける為に都市を動いていた彼だが、結局この日まで見つける事は叶わなかった。しかし彼の収穫物と同じものが彼の景色には映っている。
それは間違いなく、彼の求めるものがそこにある証左であった。
「久遠寺ちゃんが責任を感じる事は無いっすけど、残党処理はやっぱり手早くしとくに限るっすね……今回はアラタ君の入学が近かったからしょうがないっすけど」
此処に居ない誰かに向けて話すディテクター。
聞こえていない誰かに話す様子は独り言を楽しそうに話すおかしな光景だ。
けれど彼はそうする、そうしたい。
それがディテクター、九堂理である。
「反応は異常、計測も異常、検索にも異常。うん、異常ばっかり。前見た時と同じ反応っすね」
指で作った輪を目から離し、彼は新から受け取った菓子をポケットから取り出す。
それを摘まんで口に運ぶ。
口から零れたカスが、ビルに吹いた風によって飛ばされていく。
うまいっすねー、と言いつつ口に含んだ菓子を飲み込み終えると彼は微笑んだ。
「さて、アラタ君。こうなった以上君が終わらせなくちゃいけない。君の選択はどっちっすかね?」
■◇■
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
〈金剛白装〉は硬い鎧だが、その元は純然なエネルギー。つまりは形成自由の鎧なのだ。
そして鎧に爪やグローブ、獣の足といった様々な形状に変化させる事で機能を模倣する。
形状に機能が宿る物は多く、〈金剛白装〉の強みの一つだ。
故にこれもまた〈金剛白装〉の形状変化の一つ。
暴走した今の彼女の様相は巨大な虎そのもの。
先程の人虎程も人の要素は残っておらず、白い毛並みすら迸るエネルギーで再現された白き虎が今の彼女の姿だった。
最早人の形を無くした彼女は人の心すら失っている。
ヒトの心を失った彼女はヒトの技すら使えない。
暴走する獣性。獣の如き衝動に突き動かされた猛獣。
それが現在の白木銀子だった。
「……白木、さん」
新が名前を呼ぶが、反応は無い。
今も尚纏う白虎の肉体は膨れ上がり、同時に迸るエネルギーも加速的に増えている。
〈金剛白装〉による暴走は目の前の肉体が超高密度に圧縮されたエネルギーそのものであった。
異能の暴走は珍しいが、少ない訳でも無い。
寧ろ総数だけ見れば多いと感じる者も居るだろう。
珍しいが起こり得ないものではないのが異能の暴走だ。
異能とは『心』に宿る物であり『本質』に由来するもの。
人間は成長するに従って様々な要素を経験し獲得する。異能の形成時期が思春期に偏っているのはそれが要因の一つ。多くの人間はこの時期に異能力を得て異能力者になる。
そして『本質』とは変わり難いものだ。一度形成された『本質』が変化する事は人生において殆ど無い。理性が変化する事は在れど、『本質』は変わらない。
多くの場合の考え方の変化や、性格の変化とは表面的なものに過ぎず、真の意味での『本質』の変化ではないのだから。
強固な『本質』には強固な異能が芽生え、特異な『本質』には特異な異能が芽生える。それが異能力というもの。
では異能の暴走とは。
異能が暴走すれば異能は能力者の意に反して発動し、時に異能力者自身すらも顧みる事無く異能はエネルギーを消費して発動し続ける。
意識がありながら、無意識という矛盾。それこそが暴走を引き起こす。
止めるには外部から異能力者自身の意識を閉じさせるか、命を奪うしかない。
暴走を起こすのは滅多に変化しない『本質』が変質する時、或いは『心』が抑えきれなくなった時。双方向に異能は影響され、そして暴走を起こす。
彼女の場合は後者……彼女自身の『心』の衝動が原因だった。
「――――」
暴走した〈金剛白装〉は白木銀子の本質を露わにする。
限界をとうに超えた出力で力を使い続けている彼女はやがて彼女自身の生命エネルギーを使い果たし、白虎の肉体ごと崩壊するだろう。意識下にある時には存在するその限界が、今の彼女には存在しない。
しかしそれは暴走する本能のままに学園を破壊し、その挙句の果てに命を枯らした白木銀子が死亡するという結果に他ならない。
放って置けば間違いなく彼女は死ぬ。
この出力だ、いくら彼女の保有するエネルギー量が多くとも長くは持たない。
寧ろ今の彼女はエネルギーの消費量を抑えようとする意志が全くない。限界は通常時の彼女よりもずっと早く訪れるのは間違いなかった。
新は今も尚逡巡する。
選択できずに迷っている。
迷い、彼が隠し持った通話機に手を伸ばした………
その時だった。
「――――!!!!!」
声にもならない、文字にすらなっていない咆哮が響いた。
耳をつんざく程の音圧が、衝撃が覆いつくし破壊する。
微動だにせず彼女は白き虎の姿のままでただ真っすぐ彼を見ていた。
意識はとうに無いのに、彼女はじっと彼を見ていた。
暴走しているというのに彼女は……白木銀子は待っていた。
それこそが白木銀子を、白木銀子たらしめる『本質』であると。
新にはその咆哮がまるで「戦え」と彼に、そう言っているかのように聞こえた。
だから。
「そうか……これは………『再戦』だから」
正々堂々と勝負する。暴走しても尚、心を憎悪という衝動に支配されて尚、彼女の在り方は『本質』はそのままだった。
その声を聞いた時、彼は自分を恥じた。
彼は迷っていた。正体を明かす結果、ここから立ち去り全てを無かった事にする結果。
或いは誰かに頼り、終わらせる結果。そして彼女を見捨てるという結果。
どれも任務の失敗には変わりなく、それは組織における自分の在り方と相反している。
だから迷っていた。
奇しくも彼は彼女と同じ様に、後悔をした。
彼と彼女が違ったのはたった一つ。
彼は成長しているという事だ。
「……分かった、分かったよ」
少なくとも彼は、人から認められなかった事は無かった。
そして例え認められなくとも彼は何も思わないだろう。
そういう人間だ、そういう生き方なのだ。
彼は自分の事にそこまで心を動かせない。
彼はだからこそ……目の前の彼女を美しいとすら感じた。
責任を義務を信条を生き方を自分で決めて志す在り方に。
心に宿した強すぎる衝動に。
だからこそ、彼は向き合う時だった。
「ディテクター、見てますか」
『見てるっすよ。で、どうするんすかアラタ君?一先ず兄妹に頼んで逃げられますけど?』
機器の先に居るディテクターが提案する。彼には全部お見通しだ。
そして兄妹に頼めば何とかなるだろう、一先ずはだが。
だが新は既に決心している。
「周囲の監視をお願いします」
『……いいんすか?今なら君が居たという痕跡は彼女が破壊し尽くしてくれる。何も残らない、ただ暴走した悪い彼女が居ただけになる。彼女が死ねば何も話さない』
冷徹な声で、冷静な声で、ディテクターが再度確認してくる。
『自分の任務を忘れてないっすよね?なら、君の行動の意味も分かってるっすよね?』
「ええ、大丈夫です。これは……『僕』の問題で、彼女は『僕』の友達だから。だから」
通話機を握り締め、目の前の白虎を見据え、彼は言う。
「だから、僕は彼女に真摯に向き合わなければならないんです」
それがボスの言う言葉の意味だったかは今の新には分からない。それが正解なのか、それとも不正解なのかは理解出来ない。
けれど新はこうしたいと『心』で願った。
向き合いたいと願った。
『……OKっす。なら周囲は任せて下さい。思う存分、やって良いっすよ!』
「ありがとうございます、ディテクター」
『礼は最後までとっておいて下さいっす』
ディテクターとの通話が切れる。
同時に新は歩き出した。
始まりの開始線へと歩みを進めた。
「ごめん白木……いや、銀子さん。僕は君に……不誠実だった。失礼な事をした」
新は初めて彼女の名前を呼んだ。
いや初めて誰かの名前を呼んだ。
役割でもない、偽の名前でもない、単なる呼び方でもない。
彼自身が初めて誰かの『本質』を名前を呼んだ。
誰かが言った、名前は大切なものだと。それは本質を示す。
ならば名前を呼ぶという行為は少なくとも彼にとって重要な意味を持つ。
「本当にごめん、銀子さん。君の言う通りだ。僕はずっと……君を騙していた」
聞こえていないだろう。しかし謝罪を。
届いていると信じて。
新は解き放つ。意識的に抑えていた力を、枷を破壊し解き放つ。
彼に引き金は要らない。
「だから今度こそ『全力』で君に向き合うよ。そして君を、おこがましいかもしれないけれど……助けて見せる」
そもそも彼の異能は〈躯体操作〉等では無い。
それは彼の異能の一側面、しかもその側面を出来る限り抑えて使ったものでしかない。彼の異能は『肉体を変形させる』だけのものでは決してない。
八十新。それは彼の名前であり、組織における唯一の名前。
彼こそは組織におけるNo.8。
唯一組織のボスによって育てられた生粋の異能者。
幼き日に組織に拾われて以降、何百何千という戦いを重ねた異能力者。
あらゆる状況に適応し、生き残る生存本能の権化。
その特性からあらゆる任務から生き残るモノ。
自然選択ではない、間違った意味での進化を経るモノ。
異能使用時の姿を過去の厄災に準え、彼はこう呼ばれている。
「僕は君を――噛み砕く」
Codename〈Monster〉。




