白木銀子の本性
■◇■
私という人間。白木銀子という人間についての始まりとは何だったのだろうか。
私の名前は白木銀子。白木本家に産まれた娘。
天帝近衛四家が一つ、白木家。
天帝近衛四家とは天帝に仕える四つの家系を指す言葉であり、そしてこの国にける名家の代名詞とも言える。更には日本に留まらず、世界に対しても天帝近衛四家という言葉は有効だ。
世界異能機関ですらこの名前を無視する事が出来ないのは他ならない永宮の当主が証明している。
つまりはそれだけこの名前が持つ意味は大きいという事。
多くの魔術師の一族は次代に向けて子を成す。
優秀な親からより優秀な子が産まれるとは限らないが、それも何百年と続けば次第に家は一つのまとまりとして大きな意味を持ってくる。
魔術は万能だが魔術師はそうでは無い。故に特化させていく。
そして家系特有の『術式』を生みだし継承していく。
白木家や他の天帝近衛四家もまたそうだ。
魔術師における名家とはこの『人間の品種改良』がどれだけ長く、そして優秀に継続しているのかを指すと言ってもいい。
魔術師に定められた『主義』を守る為に。
超常史に入り、異能力者と交わる魔術師の家系は少なくない。
異能力者と交わると産まれる子は完全な魔術師では無くなるらしく、それを忌避する霊泉の様な家系もあれば変化を良しとする宝条なんかは積極的に異能力者の血を取り込もうとしている様だ。
それがどのような結果を齎すのかは、未だに完全には判明していない。
彼の様に成功する場合もあれば、どこかの誰かみたいに失敗する可能性もある。
私の母も異能力者だった。
つまる所私はハーフという訳である。
「いいかい、皆。ようくお聞きなさい」
古い記憶の中で、私の祖父が白木の若い人間を集めて話始めた。
白木家は永宮、宝条に比べて分家筋が少ないとはいえ少ないという訳でも無い。この日は上は高校生、下は最年少だった六歳の私まで呼ばれていたと思う。
「白木とはあるがままに、ただそうある事だ。『自ずから然り』、自然体で生きる事こそが一番なのだから。それを忘れてはいけないよ」
厳格な祖父だった。私の父に代替わりするまで、長く白木の長として白木家を纏め、天帝とそしてこの国に尽くしてきた人だった。
余り話した記憶は無いけれど、しかし優しく、責任感が強く、そして強い人だった。
白木の『主義』、それは『自然主義』である。
所謂哲学や文学の話では無い。
それは自らを偽る事無く、あるがままに生きる事を主義とする事。
その日から私は白木に相応しい自分であれるように努力した。
厳格な祖父、真面目な父、優しい母の期待に添える様に、そして白木家として天帝近衛四家の一人としてこの国を護れる様にと。未来を護れる様にと努力した。
祖父から父へと当主の交代が行われた時、次は自分だと思った。
そして同時にこの長く続いた家を護る責任感も感じた。
けれど、それ自体が間違いだったのだ。
努力すればする程に、あがけばあがく程に、私はあるがままの私から遠ざかる。
責任感、義務感、それ等が巣食う心。
私が白木に相応しい私であろうとする程に、私は私から遠ざかってしまっていた。
やがて自分自身の本質すら見失う様になっていった。
白木の力は自然体にこそ宿る力。あるがままの姿にこそ宿る力。それを目指した時点でそれは最早自然では無い。自然体でなければ白木の術式を使えないという訳では無い。しかし使いこなす事は出来ない。
やがて私は白木としての力を十分には発揮出来なくなった。最も基本となる三つの技しか使えない未熟な私。それは劣等と感じるには足り過ぎる事だった。
やがて人々は私を出来損ないだと見なすようになっていった。
白木家の本家、その長女ともなれば表と裏、そのどちらもで実力を測られる。
本家の人間として相応し才を示しているか、異能力者との間に産まれた子は果たして次代の白木足り得るのか、天帝に忠実な精神を持っているのか。
彼等は様々な目で私を見て、様々に推測し憶測する。
それは仕方ない事だ。他の天帝近衛四家ならば兎も角として、この国に仕える魔術師の一族ならば私をそういう目で推し量って然るべきだ。何もおかしくない。
それもまた魔術師としての姿だ。
同世代に産まれた天帝近衛四家の人間と比較され、そしていつもこう結論付けられる。
――才はあるが、しかして天賦の才は無し。
――血を示してはいるが、しかし天稟は無し。
あぁ、何一つとして間違って等いない。
特に永宮雅成に比べれば、私は確かに凡才なのだろう。
彼は私がやっと『術式』の基礎を覚え始めた時には既に幾つかの技を習得し使っていたという。
それを知り、そしてまた焦りを生む。
自らの心を縛る私は、この時点で既に真の意味での白木足り得ていない。
こう考えてしまう思考回路ですらも白木らしからぬ事だというのに。
だけれど、真の悲劇はそこではない。
白木の人間は優しかった。皆が優しく、そして強く、あるがままに生きていた。
異能力者として嫁に入った母も、祖父程のカリスマは無い父も、年齢を重ねて弱った祖父も。誰も変わる事は無く、自らのままに生きていた。
それは私の近しい血縁者だけではない。白木の人間達は皆優しく、そして強い人達だった。
私に優しい言葉を、慰めを与え、そして許してくれた。
なんて恵まれているのだろう。
その優しさが、白木らしさが、再び私に強烈な劣等感を生む。
私はなんて貧相な人間なのだと、感じてしまう。
ではなんだ、私の願いは間違っていたのだろうか。
強くなりたいと、期待に応えたいと、私という存在を証明したいと願う事は罪なのだろうか。家族をいつしか背負えるように強く在ろうと、正しい人間で在ろうと願う事は間違った事なのだろうか。
あぁ、きっと間違いなのだろう。
間違っていなければ何だというのだ。
心の奥底で思っていた。この場の誰よりも優れている。この場の誰よりも秀でている。
余裕の態度も、内心では他の生徒を見下していたから。そうする事で劣等な自分を覆い隠した。
そう感じている自分すらも、『白木銀子』の理想像を被って誤魔化して騙した。
幸い学園に居る殆どの生徒は一般人だった。だから私を白木の長女としか見ない。他より劣った凡才の身であるとは知らない。天才のふりをするのは簡単だった。
永宮雅成と同じクラスになった時、最悪だと感じた。彼は私と違って本物と優秀だから。
なので【羅針盤】を用いた異能力の測定にも少しだけ躊躇いがあった。私は魔術師である、どんな結果が出るのか分からない。
幸いにも永宮雅成が先に測定を受けてくれた為に、自分も問題なく異能力者として判定される事が分かった。そして測定結果で永宮雅成と同じランク4と測定された時は言葉にならない安心があった。
ここでも私は劣等感という複合に縛られていた。
しかし……彼等と出会った。
単なる友人関係だった。声をかけてきてくれたから、受け答えしただけ。
らしい会話はちゃんと出来るし、変に壁を作らない様に振る舞うのも出来る。
常識から外れた部分もあるのだろうがそれはどの異能力者にも共通する所だ。
最初はそれだけだった。だったのに。
学園を共に過ごす中で、会話していく中で、私は彼等と友人になっていく事を感じていた。
単なる学園の生徒、単なるクラスメイト、それを一つ進めた友人に。
舞桜瞳は明るく、そして天真爛漫な少女だ。
幼い見た目とその口調は私とは対極に位置しているようにも思える。
普通だったら接点なんて無いような人間。だけれど彼女は優しく、時折そのテンションの高低に付いていけない部分はあるが、それでも彼女は私の初めての友人だった。
そして、彼……八十新。
なんて事は無い、ただの男子高校生。
舞桜瞳とは私とであるより前に出会っていたようで、最初は彼の名前だけしか知らなかった。
彼に興味を抱き始めたのは【羅針盤】の測定結果の後からだ。
【羅針盤】はこの国、いや世界最高峰の異能測定機。〈閲覧権限〉には劣るというが、それでも魔術師の私からすれば高性能極まりない十分過ぎる代物だ。
その機械が運用後初めて出したエラーが八十新だった。
正確さも精密さも精細さも、そのどれもが意味を成さないエラー。彼も異能力者だというのに肝心の異能力が測定できないという不具合。
それを知って、私は彼に興味が沸いた。普通の友達から、興味の対象にもなった。
――壊れたのではなく、彼に何かあるのでは。
それが私の考えた事だった。
彼の対抗戦での戦いぶりを見たかったのだが、不運にも彼の対戦相手は棄権し、私は彼の異能力を目にする事は叶わなかった。
だから、自分で確かめる事にした。
正直な事を言えば、同年代の人間と手合わせをする機会は無かったので少し緊張した。どれだけの力加減で戦えばいいのか分からなかったからだ。
本気は出さない、いや出せない。
白木に限らず、天帝近衛四家の本質とは獣。未熟な身で扱えば、それこそ帰ってはこれなくなってしまう。『術式』の出力を上げれば上げる程に危険度は増していくのである。
しかしそれ以前に対抗戦は殺人禁止。本気なんて出せる筈も無い。
精々が相手より少し上の出力を保ち続ける事だけ。
そうして一戦目に自身の調整を済ませ、彼と手合わせをする。
予想に反し、彼は普通に異能力を使い私と試合を行った。
肉体変化系統という少し少数派な異能力ではあったが、一戦目から肉体変化系統の異能力者と戦ったので特にそれについての思う事も無かった。
最初の感想としては……少し頑丈な訓練相手。
一戦目の片山華心と比べてあくまで人間の戦い方に収まった彼の戦い方は、片山華心とは勝手が異なったものの実力を調整していくには十分だった。
何度か攻防をし、制限時間が近づく。
調整を済ませ、最期に少しだけ本気を出そうと〈金剛白装〉の技を解禁した。
結果はあの通り。彼は吹き飛ばされ敗北、その後救護室に運ばれそれきり。
あの場に居た全員は、それで終わりの様に見えただろうし。実際彼は試合には負けている。その事実には私以外が気付けないのだから、それで当然だ。
異変、それは私の〈金剛白装〉の鎧そして“五選”が破壊された事。
“五選”とは手指や腕部に〈金剛白装〉を集中させ圧縮したエネルギーの爪を生みだす技。最も基本的な〈金剛白装〉の技の一つであり、その威力も高い。
なのに、それが破られた。
正確には攻撃した私の〈金剛白装〉が、鎧が砕けていた。
彼が私の鎧を貫いた時、私は酷く焦った。
まさか永宮以外の彼が、彼が私より優れているとでもいうのかと。
〈金剛白装〉の鎧は堅固にして強固。生やかな衝撃、それも物理衝撃では砕けはしない。
ましてや試合中の彼は私に有効打を与えられてはいないというのに。
それは有り得ない。
そう思った時、何か黒ずんだものが心の内から浮かび上がってくるのを感じた。
――確認したい。
そう思った時には私は自分の吐いた嘘を破り、教室に戻って来ていた。
彼が戻って来る保証も無い。鞄は置いてあったが、これ位明日に取りに来るかもしれない。
けれど私は教室に居た。
……そこからの事は余り覚えていない。
けれど私は夜の実習室で彼を待ち、そして再戦をする。
手合わせをして直ぐにわかった。彼は手を抜いている。鎧を貫いた時の動きと、それ以降とでは明らかに精細さを欠いていたし、力も感じなかった。
それは私にとって許し難い事だった。
何様なのだ。
自分は見下しておきながら、誰かが自分をそう見たら許せないだなんて。傲慢にも程がある。
しかも私はこうなるまでずっと、気が付く事も止めていた。
白木銀子、それが私の名前。
銀子とはよく言ったものだ。
銀は美しい金属だ、しかしてすぐに黒く錆びる。
少しのきっかけで、少しの衝動で銀は黒く澱み濁り錆びる。
だからこれは罰だ。
後悔も悲愴も全て。これは驕った私への罰。
打ちあがる黒錆を抑えきれなかった、私の罪。
でも一つだけ、一つだけ違うのだと。
そう言えるのなら。
私は誰かに……認められたかった。
あるがままの私を、認められたかった。
それだけだというのに。




