言葉を介して
■◇■
どれ位眠っていたのだろうか。
少なくとも授業が終了し、多くの学生が下校する時間である事は感覚で理解出来た。
救護室の外からは放課後特有の、生徒達の会話が生み出す音が聞こえてきている。
身体を起こして様子を伺う。
眠る直前まで居た筈の大人はそこにはおらず、救護室に居た生徒の数も減っていた。
大きく吹き飛ばされた新は脳へのダメージを懸念して救護室での経過観察中だったが、多くの生徒は手や足、胴体への打撲や擦り傷が中心の軽傷だった。
なのである程度の休息をした後は普通に授業終了と共に下校したという事だ。
再びぼさっ、と身体をベッドに落として天井を見る。
そろそろ自分も帰るか、等と考えていると勢いよく救護室の扉が開かれた。
「お~~い!新君無事~!?」
今まで静かだった救護室が嘘かの様な大きく明るい声。
思わず新も上体を起こすが、その声には聞き覚えしかない。
「あっ、そっちに居たんだね~。お見舞い……はちょっと違うか。様子を見に来たよ~」
小柄で小動物的な可愛さを持つ少女、舞桜瞳が入口から新の方を見ていたのである。
「ちょっと、舞桜さん。ここは一応救護室なんだから静かに」
「あっ、ごめんね~。そうだよね、うん。気を付けるよ~」
あははと笑いながら入口からこちらの方へと歩いて来る。
寝ていた生徒の何人かも舞桜瞳の声に驚いて起きてしまったようで、何事かと舞桜瞳を視線で追っていた。本当に申し訳ない事である。
「それでどう~調子は?無事~?無事か〜」
「答える前に言わないでくれる?……無事だよ。まだ少し身体は痛むけどね。ここの設備が良いからかな。今日はもう帰れそうだよ」
嘘である。既に身体にダメージは少しも残っていないし、救護室の治療を受けた時には殆どの傷が治り始めていた。なので救護室の設備の良しあしについては適当である。
「それは良かったよ~結構派手に吹き飛ばされてたからね~。先生も『八十君大丈夫かな~かな〜』って心配してたよ~」
「杠先生はそんな喋り方じゃないだろ……けどまぁ、大丈夫だよ。心配かけてごめん、ありがとう」
明らかに物真似にしては自我を出し過ぎている舞桜瞳にツッコミを入れつつ、それでも態々救護室に足を運んでくれたのだ。素直に新は感謝を述べた。
「ごめんなんて良いって~。心配ぐらいするよ〜。吹っ飛ばされてたもん。あ!でも新君の異能力、初めて見たよ~!意外と話した事無かったもんね~。すっごく強くてびっくりしちゃった」
新の初試合の相手、ルーク・オンデマンドは棄権した為確かに新が舞桜瞳の前で異能を使って見せたのは初めてになる。それ以前にも異能についての会話は不思議としていなかったので、舞桜瞳からすれば完全に初見という訳だ。
「そんな事無いさ。実際白木さんに負けたし」
「ううん、それこそそんな事無いよ~。かっこよかったよ~?こう、とげとげ~でギガギガ~で」
「ギガギガは聞いた事ない擬音だなぁ……」
「え~ギガギガだったよ~!」
身振り手振りで新の変化後の姿を表現しようとする舞桜瞳をベッドに座りながら見る。
確かに新が試合をした時の姿は見る者に鋭利な印象を与えたかもしれないが、それにしてもギガギガとはどんな意味なのだろうか。
「ていうか銀子ちゃん、まだまだ全力じゃなかったんだね~。華心さんは惜しかった感じに見えたんだけどな~。新君との試合見てたら、新君の方が互角に見えたもん」
「僕と片山さんだと戦い方が全然違うから参考にはならないと思うけどね」
「え~何で~?二人共こう、パワー!って感じじゃん~」
頭上にはてなを浮かべながら、舞桜瞳が新に問う。
「……片山さんの異能は『自分の肉体を動物に変化させる異能』だからね。特に片山さんは持久力よりも素早さ重視の戦い方だった。勿論パワーも強化されてたけどね」
「確かに〜。華心さんすっごく速かったもんね~」
「うん。対して僕は……僕は肉体を変化させてバランス良く強化する異能だから。そういう意味では白木さんに近いかもしれない。……つまり僕と片山さんは似てるようだけど、全然違うって事」
これは片山華心がまだ自身の異能を扱いきれていないというのも理由だろうが、今の片山は変化状態を長く維持できない。
より正確に言えば変化状態で動いた時、通常よりも多く体力を消耗してしまうという事だ。
しかしその分瞬発力は上がるし、速度を乗せた攻撃は威力も増す。要は傾向の違いという事だ。
「それに互角に見えたのは……白木さんが相手に合わせてくれてたからだよ。白木さんは全然本気じゃなかった」
相手に合わせて力を変える。それは裏を返せばそれだけの差が、相手との間に存在していたという事だ。白木銀子は本気なんて殆ど出していなかった。
しかしそれは新自身にも言える事なのだが、それを舞桜瞳が知る事も無い。
なので自分の事は棚に上げるのであった。
「そっか~ま~そりゃそうかもね~。だって銀子ちゃんランク4でしょ~?文字通り、私達とはランクが違うもん。ちょっと寂しい気もするけど……銀子ちゃんはどうなんだろ?」
「……そういえば今日は白木さんとは一緒じゃないんだね」
知り合って以来、学校での時間は殆ど一緒に過ごしていた二人。新は時折単独で行動もしていた、というか男女の性差がある以上必然的にそうなる時間はある、が舞桜瞳と白木銀子は四六時中一緒だった筈だ。
この前二人で帰ったのが初めての新と白木銀子の二人行動だったのがその証拠である。
「あ~なんか用事があるんだって~」
「用事、まぁ舞桜さんもあった位だし白木さんならそれ位あるよな……」
「ちょっとちょっと~それどういう意味さ~?」
「………」
文字通りの意味である。
白木銀子は白木家の人間。新が組織と連絡を取り合う様に、白木銀子だって白木本家と連絡を取り合う用事位あったって何もおかしな点は無いだろう。寧ろその方が自然である。
新も詳しく知る訳では無いが、その点で言えば永宮雅成は定期的に誰かと連絡を取っている様子が確認出来ている。
勿論普通に誰かと電話をしているだけ……というのもあり得るだろうが、新から見ても現状の永宮雅成には友人関係は見られない。それよりかは本家と連絡をとっていると考えた方が納得がいくというものだ。
「ま、まあ白木さんだってそういう日もあるって意味だよ。深い意味は無いって」
「そうだと良いんだけどね〜」
「何か気になる事でも?」
なにやら思う所のありそうな舞桜瞳の表情に、新は問う。
「なんか、銀子ちゃん暗い顔してたんだよね~。新君との試合が終わってからさ~、話しかけてもあんまり会話が弾まないし、授業中もなんだか考えてるみたいだったし……。そんで新君のお見舞いに行こ~って言ったら『今日は用事があるので、ごめんなさいね』って」
「………」
「それですぐ帰っちゃったんだ~」
それは確かに変だ。
変というのは少し言い過ぎかもしれないが、少なくとも普通の白木銀子ではない事は確かだった。
少なくとも新と舞桜瞳が関わって来たこの数日間、白木銀子は舞桜の言う暗い雰囲気を漂わせた事なんて無かった。舞桜の口ぶりから言って、会話でも相当様子がおかしかったのだろう。
「新君、試合中に何かしたの~?」
した、というのは嘘になるのだろう。
新は何もしていない。白木銀子と良い具合に戦えるように能力を調整したし、白木銀子が傷つくような言葉だって言っていない筈だ。
最後の最後で少しだけ本気を出したが、それだって防御の為。攻撃として使い、彼女を傷つけた訳では無い。
白木銀子は相手によって出す力を変えている。片山華心との戦い、八十新との戦い、そのどちらも彼女の出した手札は違う。正確には力の上限が異なっている。
互角に見える様に戦い、決めてだけ相手を大きく超える様に出す。そう戦っていた。
だから新は何もしていない。
彼女に勝っていない、彼女を傷つけていない、彼女を貶していない。
互角の戦いをした。それは客観的にも舞桜瞳がそう評価した事から分かる。
片山華心には悪い事をしたかもしれないが、片山華心と同程度の力で戦っても同じようなものしか見られないのでこれは仕方のない事だった。
それに自分で戦う事でしか分からない事もあったのだから、互角で戦えるように能力を調整したという新の選択は間違っていなかった筈だ。
『真摯に向き合え』、これも守れた筈だ。
だというのに、白木銀子は試合後暗い表情をしていたと舞桜瞳は言う。
心当たりはある。けれど確信には至らない。
それが何故?という思いが新にはあった。
「……ごめん。覚えはないかな。もしかしたら僕があんまり弱かったから期待外れだったのかもね」
「そっか〜ならしょうがないね〜。でも気をつけなよ〜?人間って知らない内に何かしてたりするからさ〜」
「肝に銘じとくよ」
舞桜瞳がこのような事を言うのは意外に思うかもしれない。しかし彼女は時折本質を言い当てた様な言葉を言うのだ。
出会った時然り、ふとした瞬間に。
案外、こうした側面こそが彼女の本質なのかもしれない。
「じゃ〜帰ろっか。あれ、そういえば二人で帰るの初めてだね?銀子ちゃんとだけじゃなかったね〜?」
「初めましての時は舞桜さんが食い逃げしたからね……」
「あはは〜ごめんって〜」
新は傍に畳まれていた上着を羽織り、救護室を後にする。
今度は舞桜瞳と二人の下校である。
■◇■
「あ」
救護室から門までの道を歩く最中、新が不意に声を上げる。
「何〜どうかしたの〜?」
新が足を止めた事で少し前を歩いていた舞桜瞳が振り返った。
「ごめん、忘れてた。僕のカバンまだ教室だ」
「あ〜!そういえば持ってくるの忘れちゃってたよ〜。ごめんね、教室を出る前まで覚えてたんだけどな〜……直ぐに取りに行ってくるね〜!」
そう言って走り出そうとする舞桜瞳を新は「待って」と静止した。
「いやいいよ。僕の荷物だし僕が取ってくる。そこまでしてくれると流石に申し訳ないし」
「え〜。あ、なら一緒に行こうよ!」
「大丈夫だよ。すぐに取ってくるから、遅いと思ったら先に帰ってて」
「う〜分かったよ〜。急いで取って来てね〜!」
それだけ言うと新は駆け出した。
駆けると行っても全力疾走な訳じゃない。いくら放課後で人も少ないと言っても校舎内を通るのだ。
それに間違って全力を出しでもすれば困るのは新では無く、生徒の方である。白木銀子の戦闘についていけるだけの速度は軽く、と考えればそのら脅威も理解出来るというものだ。
しかしそれでも十分速い。
歩いて必要な時間な半分以下の時間で新は十五組の教室に辿り着いた。
幸い道中誰に出くわす事も無かった。羅盤学園では学年毎、そして目的毎で校舎が異なる。放課後に部活や研究室に行く生徒はとっくに教室棟の外だ。
新はふぅと一息ついて、舞桜瞳の言いつけどおりさっさと荷物を持って戻ろうと扉に手をかける。
そして、気がつく。
(また誰か居るのか)
別におかしくは無い。
教室に残る生徒も少ないだろうが居るだろう。
しかし妙だったのはその気配。
感じた事のある、気配。
当然ここは十五組のクラスなのだから、感じる気配はクラスメイトのものか担任のものだろう。それ以外ならそれこそ変だ。
けれど、そういう意味では無い。
それは先刻の会話とは矛盾する事実が、存在している事を示す気配だった。だからこそ新は動きを止めてしまった。
新は扉を開ける。
そこに居たのは……。
「……白木さん?」
白木銀子の姿。そのものだった。




