八十新VS白木銀子 (改稿 3/9)
3/9 一部改稿しました
「――!」
先に動いたのは白木銀子の方だった。
地面を強く蹴り、跳躍。一瞬の内に距離を詰めて新の方へと。
そのままもう片方の足でブレーキをかけて新の目の前で停止する。
「遠慮は無しですよ」
「くっ――」
掌底。彼女はただ力任せに右掌を前へと突き出す。
それだけだ。しかし卓越した身体能力強化はそれだけで破壊力を付与する。
ドンッ、と破裂音が響く。
彼女の細い腕から放たれたとは思えない程に、その掌底は人の意識を刈り取る凶悪さを持っていた。
これまでの彼女の試合と同様に、その一撃は新の肉体を後方へと弾き飛ばす。
それは最初に見た白木銀子の一撃よりも、明らかに重い。
(異能すら使わず、この威力か……!)
そう彼女はまだ異能を使ってはいない。ただエネルギーを身体に巡らせ、素の身体能力を強化させているだけである。異能力者としての基礎中の基礎である。
にも拘わらず、彼女の攻撃は鈍重であり、鋭利であった。
それが示すのは白木銀子という女子が持つ天性。
効率良く肉体を動かすセンス、身体能力を強化するエネルギー量、そしてそれらを使いこなす脳。普通の学生がどれか一つでも持っていれば良い方だと判断される現状で、その全てを兼ね備えている。
全てを総合して、彼女は一流だった。
「……いきなりだね」
「ええ。おしゃべりする時間はありませんから……ねっ!」
彼女の言う通り、制限時間はこうしている間にも迫っている。日程が進み、制限時間が伸ばされたとはいえ、それでも制限時間があるという事には変わりない。
再び距離を詰める白木銀子。
その勢いのまま繰り出す連撃。右の拳を振り、それを避ければ今度は反対の拳が置かれている。拳だけではない、時に蹴りを組み合わせ、或いは全身を器用に使い、新に攻撃を行う。
その姿は武道に近しいが、しかし武道の体系化された技とも異なる。
彼女は自身の天性のセンスと既存の基礎的な技とを組み合わせて、全く新しい攻撃をしているのだ。
(外から見ていたのとは全く違う。主観と客観でこうも変わるか……!)
客観的にステージの外から見ていた時と、今の新が抱いている白木銀子への感想は大きく変化していた。勿論、彼女の評価を高い方へと。
客観的に見ていた彼女の行動は、洗練された動きという印象が強かった。
それは比べる対象が片山華心という存在であった事も理由の一つ。片山の異能は獣に姿を変える異能、その動きもまた野生を感じさせるものであり、獣の利点を活かしたものだった。
しかし今は違う。
お互いに攻撃方法は素手の格闘。
お互いに肉体強化を主体に戦う異能力者。
共通点は多く、彼女の主戦場そのままの試合。
「ハァッ――!」
新が近くで見て気が付いた事、それは彼女が意外と力任せであるという事だった。
ただの力任せではない、高度に完成された力任せだ。
(動きは洗練されている、けれど根本にあるのは直感だ。白木さんはその時その時で自然に身体を動かしているだけ――)
技とは何か。武道とは武術とは何か。
それは体系化された技術である。ある状況を想定した、或いはどの様な状況であろうと結果を齎せられる様に生み出されたものだ。
ならば彼女の動きは武道ではない。武であってもそこに体系化された道は存在しない。武であってもそこに形作られた術理は存在しない。
直感、即ち才能に裏付けされたアドリブである。
故に予想できない。故にやりづらい。
彼女のセンスが生み出した攻撃の数々は、多くの戦闘任務を行ってきた新を以てしても次の行動予測を困難にさせるものだった。
特に、今の新では。
「……攻撃、しないんですか?」
「そんな余裕が、あれば……ね!」
白木銀子が攻撃する手を休ませる事無く、新に問う。
新は彼女が会話に意識の一部を割いた一瞬を狙って彼女の腕を下から弾く。迫る腕の勢いを上方へと逃がし、連撃に合間を生みだす。
そのまま後方へと跳躍し、詰められて居た距離を再び離した。
「なら、こうすれば良いですか?…………異能力」
「――――」
使う。
彼女の髪がたなびき、異能領域が展開されていく。
強固に練られた異能領域は、白光を幻視させる。
そうだ、そうなのだ。
これまでの動きは全て前段階ですらない。始まってすらいない。
スタートの直前のストレッチにすらなっていないものだ。
これは異能力者同士の戦い。
彼女は、白木銀子は異能を使ってはいないのだから。
「〈金剛白装〉」
白銀のオーラが、彼女を覆う。
それはこれまでの二試合で見たものと同じ、彼女の異能力。
〈金剛白装〉。白き鎧を纏う、白木銀子の異能。
(来る……!)
そう予感した時には既に、彼女はそこには居なかった。
「歯、食いしばって下さいね」
「ッ……異能力」
一瞬の内の肉薄。新ですら消えたと錯覚する超高速移動。
見れば既に彼女は拳を握り締め、攻撃の準備を終えていた。
思考すると同時に新は決断した。
――使うのなら今だ、と。
「――〈体躯操作〉ッ!」
新の宣言、そして白木銀子が殴る。
それは正しく殴るという行為だ。
彼女の拳が新の腹部に着地すると同時か、一瞬遅れて。
再び強烈な破裂音が空間に響いた。
■◇■
「それが、新さんの異能なんですね」
音の反響が次第に消え、静けさが訪れる。
ステージに存在したのは白木銀子と、彼女に倒された新の姿……ではない。
「〈体躯操作〉、確かに名前通りですね」
「……白木さん程じゃないけどね」
ステージに存在したのは〈金剛白装〉を纏う白木銀子の姿。そして、肉体を大きく変化させた八十新の姿であった。
「案外普通だったろ」
「いいえ、かっこいいですよ?」
両腕は肘から拳にかけて鋭利に隆起し、まるで鱗を生やしたかの様に。足はより引き締まり、筋肉質になっている事が伺える。また足だけでなく全身が洗練された事が服の上からでも理解出来た。
〈体躯操作〉、文字通り自身の肉体を操作し変化させる異能。
「それに、随分頑丈になったみたいです。正直びくともしていないなんて思いませんでした」
「そんな事ないけどな……今も痛すぎて堪らないよ」
「ふふ……では続きをしましょう」
制限時間は既に半分残っていない。
しかしそれは最早関係の無い事だった。
「ふふふ!」
「っ――!」
先程の両者の速度も、十分に速いと感じられるものだった。永宮雅成の試合を除けば、二人の戦闘はこのクラスの中でも速さという面において最上位に入るものだっただろう。
しかし今は格が違う。
数秒という時間の中で行われる攻防。
白木銀子が〈金剛白装〉を時に流動させて新を攻めれば、新も肉体の頑強さで迎え撃つ。すんでの所で回避し、白木銀子の攻撃をいなし続けていく。
逆もまた然り。攻撃の隙を見つければ新は腕を振るい、白木銀子へと攻撃をする。それを白木銀子は〈金剛白装〉による白き鎧で受け止めれば、再び白木銀子が攻めに転じていく。
これまでの試合に比べれば、いや比較対象がおかしいのかもしれないが、白木銀子と八十新という少年は互角の様に見えた。
片山華心との試合は獣性に任せ動いた片山が先に体力を消耗し、それが決着に繋がった。それはペース配分を間違えた片山華心の失敗として認識されているだろう。
しかし結局白木銀子との試合相手との間には大きな実力差が存在していた事を、新は知っている。片山華心が善戦していたのも白木銀子が本気を出していなかったからであり、どうであれ彼女が勝利していたであろう事も。
しかし周囲に見えていたのは客観的な試合内容だ。新もそうであった様に、結局の所客観と主観との間には見える景色に大きな違いが存在しているのだ。
故に、白木銀子と新の試合もまた客観的に見れば互角に見えた。
事実がどうであれ、周囲にはそう見えていた。
このまま制限時間一杯まで、互角の攻防が続けられるのかと思われた。白木銀子、八十新共にステージ上において互いに決定打を撃ってはいない。
しかし、両者の間には決定的な違いが存在していた。
「シッッ――!」
均衡が崩れる。
白木銀子の一撃が、これまで重い攻撃は避けて来た新の腹部に直撃する。
「ぐふっ」
拳が腹筋の壁を打ち破り、貫通こそしていないものの拳は大きくめり込んでいた。
そこに存在していたこれまでの攻撃との違い。それは……纏われた〈金剛白装〉の量。
見れば白木銀子の腕には、大量の白い光が纏わりついている。初戦で見せた白い光、これまで広く薄く纏っていた〈金剛白装〉を集中させた攻撃だった。
しかしそれならば避けられた筈だ。実際にこの一撃に至るまでの攻撃は捌いて来た。
ならば。
(――ッフェイントだ)
新が最初に防いだ時、白木銀子の攻撃は普通のものだった。〈金剛白装〉は纏われていたし、それだってまともに受ければダメージは避けられないものだが、それでも十分対処できるものだった。
しかし白木銀子は新が一瞬でそう判断する事を読んでいた。いや直感した。
そして攻撃が避けられるほんの一瞬。新が避けたと判断したそのすぐ後。腕に纏っていた分の〈金剛白装〉を拳に集中させリーチの差すら埋めたのだ。
いくら新が異能を解禁したとはいえ、今の新は不完全。白木銀子の出力を上回ってはいない。異能領域の強固さでは不利が存在していた。
故に食らってしまった重たい一撃。その一撃は明確に新たに痛みを生みだす。
続く攻撃を受けない様に、新は素早く腹部にめり込んだ腕から離れる様に後方へと動く。
しかし簡単に逃げの一手を許してくれる白木銀子ではない。新の行動を読み、白木銀子は新以上の速度を以て追撃を試みる。
「――――」
連撃。攻撃が分散している為に、重みで言えば先の攻撃に及ぶべくもない。
しかし痛みとは負荷、これまで冷静に任務と試合内容、白木銀子の異能を分析していた新の思考を阻害する。
それは新の油断が生み出したもの。どこかであった、所詮は、という感覚。そして想像以上の白木銀子の実力が生み出した結果だった。
痛みに阻害された思考は、新の動きを格段に悪くする。今はまだ客観的に然程差は無いにしても、いずれその差は大きなものとなり新は対処不可に陥るだろう。
(くそっ――おかしい。)
新は痛みに耐えながら思考する。
いくら新が現在不完全とはいえ新の肉体は痛覚に対して非常に強い。肉体を操作する力の一端なのだが、強化された身体能力は痛覚を鈍化させる。それも含めての強化なのだ。
そして新は戦闘任務を何度も行ってきた。これ位の衝撃は受けた事があるし、何ならもっと酷い負傷だって負った事がある。
にも拘わらず痛い。まるで身体強化を行っていない時に鈍器で殴られたかのような痛み。
明らかに何かが、そうなった原因となる何かが、そこにはあった。
(――考えられるのは……あの光はそういう性質なのか。或いは……貫通しているのか)
そして新の思考は正しい。
〈金剛白装〉。それは単に肉体を強化する力ではない。
白き光の鎧は流動し、身に纏えば攻撃を強化し、防御を兼ねる、万能の鎧。
しかし光のもう一つの性質。それは『情報強化』であった。
簡単に言えば、そこに在るという事。光そのものが物質に作用する、無形でありながら物理的な破壊力を有した異能領域そのものなのである。
(何度も喰らうのは、拙い!)
故に白木銀子の攻撃は浸透する。少ない光では突破出来なかった異能領域ですらも、光を集束させ密度を上げれば異能領域を無かったかのように存在できる。
異能領域を完全に無視している訳では無い。しかし異能領域をある程度でも無視するという事は、その分だけ普通の肉体としてダメージを受けてしまうという事だ。
これが新の肉体を傷つけた理由であった。
攻める、攻める、攻める。
加速された思考の中でさえも速いと感じる攻撃速度、既に腕に集束させられていた〈金剛白装〉は再び薄く全身に纏い直されていた。
「避けているばかりじゃ決着はつきません――よッ!」
「――分かってるさ」
痛みも大分引いたが、白木銀子の攻撃を受けるたびに微量のダメージを喰らい続けている。制限時間は既に残り短い。今の新はどう見ても防戦一方だった。
「凄いです、新さん。貴方に敬意を表します……貴方は強いです間違いなく」
連撃が止む。攻撃が止まる。
距離は取っているとはいえ、この速度。お互いに一撃を入れるには十分な範囲だ。
「……光栄だよ」
「やっぱりランク3はあると思いますよ?それもかなり上位だと」
「それでも公式に認められた訳じゃないからね」
「今の私達の試合を見て、そんな野暮な事を言う人は居ないと思います」
「それでもだよ」
息が切れ始めている新と、まだ余裕を見せる白木銀子。両者の攻防は傍から見て高い次元にあったとはいえ、やはりランク差が存在していた。
公式にランク4である白木銀子と、公式にはランク2の八十新。善戦しているとはいえ、決着は多くの人間が予想した通りになろうとしている。
「提案があるんです」
「何?」
「ええ、手短に。……少し、本気を出しますね」
その瞬間。空気が変わる。
文字通り白木銀子の肉体、その表層から白い光が溢れ出し、光の奔流がステージに吹き荒れる。
会話の時間もあり、決着まで残り数十秒。
手短にとは会話の事では無い。決着の事だ。
言葉は無かった。しかし十分に全員が理解させられた。
中には理解していた者も居ただろうが、しかしそれも同じ事だ。
白木銀子は本気等欠片も出していなかった。
溢れ出した光が束になり、彼女の身体に纏われていく。
これまでも鎧と形容してきたが、最早これは鎧と呼ぶには余りにも……輝かしい。
〈金剛白装〉。金剛の如き輝きを放つ、白き光の装甲がそこにはあった。
「〈金剛白装――――」
(――拙い)
一瞬。彼女の姿が掻き消えた。
煙の様にも思えた、目に残された残像がまだそこに居ると錯覚させるかのようにも思えた。
白き光が、形を成す。
それは獣の爪そのもの。
鋭く、そして煌びやかな肉食獣の爪。
「――――五選〉ッ!!」
彼女の五指から延びた爪が、新の肉体を襲い。
この試合三度目の轟音が轟いた。
■◇■
「そこまでっ!試合終了!」
彼女の一撃が直撃したその数秒後、制限時間もまた終わりを迎えた。
普通なら制限時間を迎えての試合終了は教師である杠英二が客観的にかつ主観的に判断を下すのだが、今回の場合は事情が異なっている。
勝負は既に終わっていた。試合が終わっていなかっただけで、彼女の攻撃が直撃した時点で勝敗は決定していたのだ。
「だ、大丈夫かいっ!?」
試合終了の宣言を終えた杠英二が新の元へと近寄る。
ステージの端で大の字に仰向けで倒れた新の元へと。
「――大丈夫ですよ。すいません、心配をおかけしました」
「良かった。怪我は……見た所は無いみたいだね。凄いね、かなりの戦闘だったと思うけど」
「まぁ、そういう異能ですから」
体を起こし、立ち上がる。一応クラスメイトの全員の前だ、いつまでも寝転がっている訳にもいかない。それ位の羞恥心は存在していた。
「うん。でも救護室には行った方が良いね。じゃあロボット君を」
「結構です!……自分で救護室位には行けますので。ロボット君は大丈夫です」
「そ、そうかい?……何か不評じゃない?ロボット君。……好きなんだけどな」
これは新達も後から知った事なのだが、ロボット君は正式名称ではない。正式名称はもっと普通の、機会に名前が付けられているようなものだった。
つまりロボット君という名前は杠英二が勝手に呼んでいるだけである。
少ししょげた様子の杠英二だったが、気を取り直して背後の白木銀子の方を振り返る。
「という訳で勝利おめでとう白木さん。流石の攻防だったね。一応君も救護室に行った方が良いとは思うけど、どうする?」
「…………いえ、お気遣い頂きありがとうございます」
少し反応が遅れ、白木銀子が返事をする。
「そう、なら改めて勝利おめでとう!じゃあ次の試合の準備に入るからね、次の生徒はステージ近くで待機しておいて!」




