クラス内対抗戦 その7
……とある空間にて。笑う赫き空間にて。
ここにある一つの法則があります。
ある……いや違うな、決まっています。
それは『満ちているのならそれ以上は無い』という事です。
そもそも満ちているのだから当たり前ですが。
言葉遊びの様ですが、事実です。
ですがここで考えてみましょう。
『満ちている』とは何なんでしょうか?
満足しているとは何の事を言うのでしょうか。
きっと答えは千差万別。
そして逆に言うのなら……。
『欲しているという事は、欠けている』という事です。
■◇■
対抗戦四日目。
今日と明日の試合を終えれば新達の十五組の代表二名が決定する。
それは十五組だけではない。今年度のクラス代表全員が明日までに決定するのだ。
その後は何度か説明があった様に、新人戦に向けて全てのクラスが注力し始める。授業も実践的な異能の知識を教わる事になりいよいよ羅盤学園の生活が始まるという事だ。
勿論一般教養もこれまで通りか、或いはそれ以上に学習量が増える。玉石混交の言葉の元、これからは『玉』と『石』の振り分けが行われていくのだ。
永宮雅成や白木銀子、そして他クラスの代表になるであろう生徒達。今の時点での成績ですらも、今後の三年間でどうなるのかは誰にも予測できない。
そこにはスカウトも一般入学も関係ない。庵膳木星毅の様に一般入学生徒でありながら生徒会長にまでの昇りつめた生徒も存在するのだから。
「今日行われるのは八試合で……僕達は七試合目だね」
「かなり最後ですね。今日からは試合時間も五分に延びるので結構待ちますね」
「私は四試合目だね~。……ここで勝てたら永宮君とか~なんだか勝ちたいのか勝ちたくないのか複雑だよ~……」
「勝てるに越した事は無いですよ。頑張って下さいね、瞳」
流石に最後の十六名。ここまで残った生徒では戦えない、という者は明確に存在しない。
皆自身の異能を活用し、三分という時間制限の中で勝ち残った者達だ。
新入生レベルのものとはいえ、得意な距離、異能の性質、戦術の傾向と様々な要素を組み合わせ勝った者達。皆それぞれに素質を秘めていた。
「だってさ~永宮君、今までの試合全部瞬殺なんだもん……。ちょっと怖いよ~」
「初戦以降、作戦を変えたみたいですね。相手が異能を使う前に場外負けか降参を狙っているようです。現段階だと彼の攻撃を防ぎながら戦うのは皆さんには難しいでしょうから」
「やっぱりそれをされると痛いな。異能の展開速度で現状永宮に勝てるやつは居ないだろうし」
白木銀子の異能の展開速度も相当のものだが、永宮雅成はそれよりも更に速い。
明らかに異能に慣れている動きと速度。つい最近訓練を始めたばかりの学生では彼に追い付く事はまず不可能だ。
そして現段階では『速い』という事だけで相手を圧倒出来てしまう。
「ま、まぁまだ当たると決まった訳じゃないからね~!何かの奇跡で永宮君が負ける可能性もゼロじゃないからね~!」
「いや殆ど確実に永宮君は勝つと思いますよ?」
「銀子ちゃん!人が希望的観測をしてるのに突っ込まないでよ~!」
「自分で奇跡って言ってたじゃん……」
白木銀子の言う通り、彼程の実力があれば余程の奇跡が起きない限り敗北は有り得ない。それこそ突然彼自身が倒れて気絶、位の物でなければ駄目だろう。そうなると奇跡というよりは不運だが。
トーナメントが白木銀子と同じになっていればどうなっていたかは分からないが、白木銀子とトーナメントが分かたれている以上、永宮雅成はほぼほぼ代表入り間違いなしだ。
「そういえば瞳、昨日の予定は無事終わったんですか?」
話題を変える為に、白木銀子が質問する。
そう、新が昨日珍しくも白木銀子と二人だけで帰る事になった理由は舞桜瞳が予定があるとの事で別々に帰ったからなのだ。
「あ、うん。無事に終わったよ、お陰様でね~。ホントにサボると良い事無いね~結構大変だったけど、二人が私の為に我慢してくれてるからね!私もサボる訳にはいかないと思って頑張ったよ~」
「最初からサボらなきゃ良かったのに」
「新君~……時に正論は人を傷つけるんだよ。……分かってるよ~!サボらなきゃ良いなんて事はさ~けどサボっちゃうんだよ~!ね、銀子ちゃんもそうだよね~?」
分かりやすくぷんすか怒る舞桜瞳。
そして白木銀子に同意を求めるが……。
「私はサボった事が無いので分からないですね。ごめんなさい、瞳」
「うわ~ん!二人共やっぱりおかしいよ~~!?」
そこは当然と言うべきか、そもそも問う相手が間違っていたと言うべきか。
サボった事が無いと至極当然の様に言い放つ白木銀子。セリフだけ聞けばよくある誇張だと取られかねないが、発言者が白木銀子というだけでこうも説得力があるのだから不思議だ。
「ま、これからはサボらないようにな。今度は一緒に行きたいでしょ」
「え、何~もしかして新君って優しいの……?」
「酷くない?」
彼女は今までの新の行動を忘れてしまったのだろうか。
少なくとも優しくない人間は初対面の人間が食い逃げ紛いの事をしても許さないだろう。
短い付き合いとはいえ、そんな事を問われるのは新にとっても少々心外だった。
「冗談だよ~新君が優しいのは知ってるってば~」
「そうですよ。次のランチも楽しみですね」
「白木さんまで!?やっぱり酷くない!?」
■◇■
試合は順調に進む。
現在四戦目、つまり舞桜瞳の属するトーナメントの最終戦だ。
「お疲れ、舞桜さん」
「お疲れ様です。残念でしたね」
そしてそれもたった今決着がついた所である。
「うえ~ん、負けちゃったよ~……勝てそうだったのにな~」
結果は舞桜瞳が惜しくも敗退。
時間切れによる判定負けで、新の目から見ても五分五分の試合だった。
「斎藤さんの異能は少々相性が悪かったですね。お互いに決め手に欠けていました」
「そうなんだよね~。近づきたくないけど、近づかなけりゃ戦えないって私には厳しいよ~。もっとガンガン攻めるべきだったのかな~?」
「でもそれは相手も同じだった。今回は判定負けだったけど、舞桜さんが勝っても全然おかしく無かったと僕は思うよ」
「うう~新君~もっと慰めて~」
舞桜瞳の対戦相手、斎藤揚羽の異能は確かに舞桜瞳の異能力とは相性が悪い様に見えた。
斎藤揚羽の異能は『蝶のような構造体を生成し浮遊させる異能』。生成した構造物は生命では無いがある程度彼女の意思で操れるようで、それを自身の周りに浮遊させて防御に使っていた。
対して舞桜瞳は遠距離の攻撃を得意としている異能力者。
何度か攻撃を仕掛けていたが、その全てが構造物によって阻まれ斎藤揚羽に達する事は無かった。
攻撃を届かせるにはより距離を詰めて自身の異能の強度を上げる手段等があるが……それをすれば蝶の構造物の餌食になる事位は誰にでも分かる。
この時点で舞桜瞳にはほぼほぼの打つ手が無くなっていたようで、攻撃が無意味だと理解した後は機会を伺いつつも距離を保つ事にしていた。
しかしこれは斎藤揚羽にとっても同じだった。
「多分彼女はあの構造物を『自身の周囲に限った範囲』でのみ操作出来るのでしょうね。顕谷さんのように遠距離に展開出来ない代わりに、その範囲内だけでは自由に操作できる、という事でしょう」
「それなら舞桜さんが距離を保ってる限り何も出来ないのは当然だな。あの蝶もそこまで硬い訳じゃなさそうだったし」
「ええ、硬さで言えば顕谷さんの方が何倍も上でしょうね」
実際、蝶の構造物は舞桜瞳の攻撃を防げてはいたが、一匹につき一度の攻撃と決して硬かった訳では無かった。寧ろ脆い方だろう。
「う~、特攻すれば良かったのかな~?」
「いえそれは悪手だったと思いますよ」
特攻という言葉に対して白木銀子が指摘する。
「確かに特攻を仕掛ければ、蝶の構造物を貫通して斎藤さんに攻撃を届かせられたとは思います。けれどあの構造物は補充され続けていました。近づいていても斎藤さんを倒しきる前に、舞桜さんが負けていたかと」
「制限時間があるから出来る戦法だな。五分、しかも舞桜さんだってずっと攻撃してた訳じゃないし、それ位の時間なら構造物生成のごり押しで防御出来るって考えたんだろうね」
「じゃ~勝ち目ないじゃ~ん!」
五分という制限時間は、それだけで一つの戦法に組み込めるものだ。
異能は使えば使う程に体力を消耗するもの。そしてそれが創造系統ならば、創る程に、生み出す程に体力を消耗するのは当然。
なら五分という制限時間の中で、無理やり構造物による量の防御戦術を選んだ斎藤揚羽は正しい。
そういう意味では斎藤揚羽の戦略勝ちだ。
「いえ、そうでもありませんよ。私達も瞳も、まだまだ成長過程です。技術も戦い方もこれから学んでいけます。今回なら、そうですね。瞳の攻撃にもう少し威力があれば、瞳がもう少し攻撃を連射できていれば、勝敗はまた違ったものになっていたと思いますよ?」
白木銀子の言う通りである。今回の判定負けの大きな要因は、どちらがより優位に立てていたのかというのを客観的に判断した結果だ。
その視点で判断した結果、例え制限時間内限定の防御手段であり、また斎藤揚羽自身も攻撃手段にかけていたとしても舞桜瞳に攻撃させなかった斎藤揚羽の勝利という事である。
逆に言えば、舞桜瞳がもう少しでも攻撃に関して斎藤揚羽を揺るがせられていれば、今度は斎藤揚羽の欠落とみなされ敗北になってただろう。
「的確かつ優しいアドバイス……!ありがとう銀子ちゃん。そうだね〜課題も見えたんだったら頑張らないとね〜!」
「その意気ですよ、瞳」
「実際惜しかったんだし、そんなに悔やむ必要も無いと思うけどね」
「何だか私ばっかり励まされる気がするよ〜。そうだ!二人共試合はもうすぐだよね?」
前半四試合が終わった今は休憩時間となっている。
十分程度の休憩なので外に出ている者も少ないが、各々に休憩時間を過ごしている感じだ。
因みにだが永宮雅成は当然のように瞬殺していた。爆風による場外勝ち。
「そうですね。休憩が開ければすぐです」
「七試合目だから休憩後二試合挟んでだけどね」
「じゃ〜そこで私一生懸命応援するよ〜!ふれ〜ふれ〜二人〜って!これならウィンウィンだよね〜!」
ニコニコと手を振ってみせる舞桜瞳。
さながら応援団長、いやチアリーディングのようだが……。
「いや、あの……目立つのでやめてください……」
「……そうですね。気持ちは嬉しいのだけど、ちょっと恥ずかしいから……」
「それにウィンウィンの意味違くない?」
断言しよう。
クラスメイトからそんな風に応援されている生徒は現在居ない。このクラスだけでなく全クラス含めて。
ただでさえあの白木銀子が居るグループ、そしてランク0を叩き出した新として若干目立っているのだ。
これ以上変に衆目を集めたくないのが新の本音である。
「え〜じゃ〜どうやって二人を励ませば良いのさ〜?」
「十分励まされてるから!ていうか励ますって落ち込んでたりする人に使う言葉なんじゃないの?」
「言葉の意味なんて良いの〜!細かい事は関係無いよ〜!」
「そ、そうなのだけれど瞳、私達は全然大丈夫ですから。それに瞳の明るさにいつも助けられてますよ」
このままではクラス全員の前で応援団長をされてしまう。そして彼女なら間違いなく実行する。共通認識があった。
そんな危機感からか、二人はフォローしつつ舞桜瞳を止めようとしていた。
「ホント〜……?」
「「ホント!」」
上目遣いで二人を見る舞桜瞳。
舞桜瞳は二人よりも身長が低いので自然と上目遣いになる。
「じゃあしょうが無いな〜!二人共頑張ってね〜!」
健やかな笑顔で笑う舞桜瞳を見ながら、ため息をつく。
短い休憩時間は過ぎていくのだった。
■◇■
「さて、次だな」
「そうですね、凄く待った気分です」
六試合目が終わり、杠英二が準備をしている間の短い時間。二人はステージの傍に並んでいた。言わずもがな、次に控えた二人の試合の為である。
二人から少し離れた所では舞桜瞳が二人の方に大きく手を振っているのが見える。
小さな身体で大きく動くので逆に目立っていた。
「舞桜さん応援は良いって言ったのに……」
「まぁそれも瞳の良さですから」
「そうなんだろうけどさ……」
声こそ出していないものの、これでは応援団長しているのと殆ど同じである。
満面の笑みなのがまた責めづらい。
「ふふ」
白木銀子が笑う。
試合前とは到底思えない優雅な微笑み。
「どうしたんだ?」
「ふふ、実は私楽しみにしていたんですよ?新さんと戦えるのをトーナメントを見た日から」
「お手柔らかにお願いしますね……」
「こちらこそ、お手合わせお願いしますね?」
「柔らかにして欲しいんだけどな」
「それこそ無理です。私は白木ですから」
ここまでの白木銀子の試合は肉弾戦中心の試合。相手も近距離を得意とする生徒であった事もあり、かなり近距離で制限時間すれすれまで戦っている。
それだけを見れば永宮雅成による遠距離からの猛攻よりも、可能性は見いだせるように感じる。
しかし新は知っている。それは彼女が全力のほんの数%も出していないからだ。本気の彼女ならば、永宮雅成の試合と同じく瞬殺で終わるだろう。
或いは直接的な近距離戦である白木銀子の方が、より残酷に終わらせられるかもしれない。
(けれど、僕の任務は)
新の任務、『白木銀子の観察監視』。その任務には当然に彼女の実力、即ち異能を知る事も含まれると考えられる。
なら彼女と一度手合わせをし、異能について直に確かめるのは必須だ。異能を近くで体験するのとしないのでは情報量が圧倒的に違う。
なら、何処までやれば良いのか?
付き纏う問題、新に委ねられた判断。
全力は出せない、出せばそれこそ終わりだから。
(またこの問題か……けど、もう決めている)
同僚から貰ったある言葉を思い出す。
「さ、行きましょうか」
「うん……行こう」
二人はステージの上へと。
そこには杠英二が既に待っていた。
「新くんに、白木さん。二人共お待たせ。もう説明は省くけれど……準備は大丈夫だよね?」
「ええ」
「はい」
「うん、なら良かった。じゃあ二人共、位置に着いて欲しい」
杠英二に促され、新と白木銀子は位置に。
「うん。では用意――始めッ!」
戦いの火蓋は切って落とされる。




