クラス内対抗戦 その5
■◇■
夜。
今日の分の対抗戦を終え、その後も普通に座学を終えた新は特区内の自室にて休息をしていた。
手には淹れたてのインスタントコーヒー。今は既に食事を終えて、ソファに腰かけている。新に調理技術は無いので日頃の食事は基本的に出来合いの物だ。
特区内では食料の調達に困る事は無い。レストランやコンビニエンスストア、出前まで幅広く存在している。新が今日食べたのも近所の弁当屋で購入したものだ。
ズズズとコーヒーを啜る。舌にコーヒー特有の苦味と酸味が伝わる。
嗜好品はそれ程嗜まない新だが、それでもコーヒー位は飲む。新は味に頓着する性質では無い。食べる事は好きだが、それはそれとして食べられるのなら不満は抱かない人間だ。
なので食後にコーヒーを飲むというのは組織で同僚の作る料理を食べていた頃からの習慣の様なもので、それはインスタントコーヒーという形で続いている。
新が昼間にあった事を振り返りつつ、これからの事を考えるのがこの時間だった。
情報を整理していると、ピンポンと玄関のチャイムが鳴る。
(来客……?)
この部屋は組織が用意したもの。場所は普通のマンションの一室だが、隣人との関係も無ければ来客も存在しない。新がこの部屋に住んでいるという事を知っている人間は誰も居ない筈である。
しかしチャイムが鳴らされた以上、誰かしらの来客があった事は確か。
手に持っていたマグカップをテーブルに置いて、新はゆっくりと扉に近づく。
「やっほーアラタ君、久しぶりっすねー」
「ディ……いや九堂さん。こんな時間に何ですか」
そこに待っていたのは新の同僚であり、年齢的には先輩であり、組織としては後輩にあたる人物――ディテクターこ九堂だった。
整髪料で整えられた頭髪、流行を知らない新でも分かる着こなしに、何よりも顔に張り付いた優しい笑顔。どこをどう取っても優男のルックスである。
先程この部屋に新が住んでいる事を知る人間は存在しないとしたが正確には、組織の人間を除いて存在しないである。ディテクターを含め新の同僚は全員この部屋を知っていたが正解だ。
「お、アラタ君今度は間違えなかったっすね」
「……」
数日前に電話越しで新が聞いた声と同じ、明るい声音で『アラタ君』と新の名前を呼ぶ。ディテクターはこの名前についてとても厳しい。
急な来客。新は仮にも潜入任務を行っている身だ、なので事前連絡無しでディテクターが来るのは完全な想定外だった。
「まぁまぁ上げて下さい。ほら、もう夜っすからね?」
「……それもそうですね。入って下さい」
「お邪魔するっすー」
新が招き入れるとディテクターは軽やかな足取りで部屋の中にするすると入って行った。
■◇■
「いやーこの部屋本当に何もないっすねーこれで満足してるんすか?何かインテリアとか置きたくなりません?」
「まぁ不満はありません……って何で連絡も無しに、しかもこんな夜中に貴方がやって来るんですか九堂さん。貴方今他の異能特区で潜入任務中ですよね?」
「ははは、まぁ任務中なのは任務中なんすけど用事があれば流石に来るっすよ。なんならこれも任務なので」
ディテクターもまた新と同じく異能特区、そして他の異能者養成学園に潜入任務中の身だ。そう気安く異能特区間を移動できるものではない。物理的な距離もそうだが、異能特区をの入出にはそれなりの過程が必要だからだ。
「用事って……何で直接。兄妹宛に定期報告はしています、連絡もそこからすればいいじゃないですか」
「うーん、ここに来たのは三つ理由があるんすよね」
「三つですか?」
うんうん、と頷くディテクター。
「一つは単純に外に出る用事があったからっす。近くまで来てたので寄った……というか近くにオレが居たからこの仕事に抜擢されたって感じっすね」
「コンダクターは?彼女とは数日前に任務を共にしましたが」
「久遠寺ちゃんっすよアラタ君。久遠寺ちゃんはとっくに都市を出てるっすよ。他のメンバーは国外か、他の任務中っす。うん、やっぱりオレしか居ないっすね」
「……それで二つ目は?」
二本目の指を立てつつ、ディテクターは二つ目の理由を語り出す。
「二つ目は……【羅針盤】にランク0と認定された件についてです。兄妹から報告を言付かりました」
「……!」
ランク0の認定、それは勿論報告書に書いておいた事項だ。
失敗という程では無いにしろ、新自身何故その結果が出たのか全く分からない想定外。今となっては精神的には気にしていないとはいえ、その理由については気になっている。
なので組織の中でもそういった方面に強い兄妹に理由について分析が出来ないか、また新の異能がどういうものなのかについて改めて尋ねていたのだ。
「結論から言えば……こっちでも理由は不明、兄妹にも聞いてみましたが心当たりはないそうっす。そもそも【羅針盤】は超貴重な代物っすからね、オレ達にもその全容は分かりません。内部の演算方法や公式、溜まったデータがあればこっちで解析も出来るかもらしいっすけど……あれは〈怪物〉の残骸で作られた機械、再現は難しいでしょうね」
「そう、ですか……ありがとうございます九堂さん」
「まぁ気にする必要は薄いとの言葉も預かってるっす。たまたま、偶然、本当に特殊な確率でアラタ君の異能力に反応を示さなかった方が確率が高いらしいっすからね」
結果を聞いても、新は少々残念だと思うだけでそれ以上の感傷は無かった。舞桜瞳や白木銀子、杠英二等も既に気にしていない。学校での公式の扱いもランク2で落ち着いている。
これ以上気にしても利益は無いというのは十分に理解しているし、納得していた。
しかし本日の事もあり、気になるという思いが強くなっていたのも事実。
なのでディテクターの来訪の目的がその件についてと知り少し期待してしまったのだ。
「どうかしたんすか?アラタ君」
その心情を知ってか知らずか、ディテクターが理由を尋ねる。
「いえ、言う程の事では無いです」
「えー言って下さいよー。言って損するものでも無いでしょ?オレとアラタ君の仲じゃないっすかー。それにオレが気になっちゃった事を諦められる人間じゃ無いのはアラタ君もようく知ってるっすよね?」
「あー……そうでしたね」
別に言わない理由も無い。
新は目の前のディテクターに話始める。
「今の時期はクラス内対抗戦が行われています」
「へーそうなんすね。オレの学園には無い行事っすね、流石マンモス校。一クラスだけでも多いのに……あーだから今の時期から始めてるんすねー」
前回の報告は測定試験の後、つまりランク0認定の件を報告したのが最後だ。
クラス内対抗戦の事については一応初めの方の報告書で報告しているものの、実際にクラス内対抗戦の様子を報告した事はまだ無かった。
「今日は僕の初試合……だったんです」
「えー!それは楽しみっすね。まぁアラタ君の事ですから当然勝ったんすよね?」
「勝ったのは勝ちました……ただ」
「ただ、何すか?」
改めて本日の試合を思い出す。
「僕の不戦勝です、異能は使ってません」
「ほえー……それは、成程」
◇
「じゃあ次の試合に移るよ!選手は出てきて」
いよいよ新の出番。緊張はしていないが、迷いはまだある。
しかしだから戦えませんという訳にはいかない。
大丈夫だ、まだまだ始まったばかり。と新は自分を言い聞かせなながらステージの上へと上がった。
「……」
そこには既に男子生徒が待っていた。試合開始前にしてはリラックスしているが、そういう性格なのだろう。
新たの対戦相手だ、事前に少しだが調べもするし気にしもする。とは言っても分かったのは簡単なプロフィールだけ。
ルーク・オンデマンド、十六歳。
出身は米国、所謂アメリカだ。
年齢が十六歳なのは誕生日を迎えたからではなく、彼が米国の異能特区からの留学生だから。そこに少々のズレがあり、空いた期間ら語学を学んでいたらしい。なので日本語も堪能だ。
(The universeからの留学生、ルーク・オンデマンド。留学の理由までは分からなかったな)
The universe。それは米国で最も有名かつ、世界有数の異能特区。
この都市の特殊な点は、米国内に位置する異能特区でありながら完全な自治区という点である。
研究都市では無く、経済都市であり政財都市それがThe universe。文字通りの一つの異能社会を形成する場所。
故に新の中では学園として、或いは研究都市として有名な森影異能特区よりは『学生』の質は劣る印象だった。
しかし羅盤学園に留学してきたという事は、それなりの実力か或いは素養を認められたという事。
(流石にThe universeのデータを調べる余裕は無かった。どんな異能を使う?創造系統か、或いは……)
異能とは相性である。それは戦闘経験豊富な新であっても同じ事。油断して負けるのは沽券に関わる。
彼の、では無い。組織の、である。
(まずは様子見……僕ならそれでも十分動ける)
さぁ、何が来る……新は慎重に目の前の男子生徒の動きを見定めようとした。
しかし、それは叶わなかった。
「では始――」
「棄権します」
「――め……って、えぇ!?」
「……は?」
新は思わず声を出してしまう。
それも仕方ないだろう。まさか夢にも思うまい。
対戦相手が自ら負けを認める、つまりは棄権をするなどとは想像にもつかない。
「え、いっ良いのかい?そりゃあ棄権というか不戦敗は出来るけど……最初の大事な戦闘経験だよ?」
「大丈夫ですよ先生。それにボクの異能は彼には通用しないみたいだからネ。そう、とても無駄無駄なのさ」
「?……まぁそれ程言うなら止めはしないし……八十くんもそれで良いかい?」
「まぁ、オンデマンド君が棄権するのを止める権利はありませんし。僕も大丈夫です」
棄権は正当な権利だ。それは事前案内にも記載されている。
戦闘に現時点で自身の無い者、或いは戦う気がそもそも存在しない者、そういった生徒も中には居る。
異能は使いようだが、それにしても戦闘に不向きな異能者は存在する。それこそ羅盤学園であっても、だ。
そういった生徒は少ない。羅盤学園そして森影異能特区は七大研究都市にも数えられる都市だが、しかしてそれは生徒以外の話が殆どである。
特区内には企業や研究所が多数存在し、学園内にもさも当然の様に研究施設が存在するが……多くは教員や一部生徒の為だけに用意されたもの。
一般的な感覚で言えば大学の構造に近しい。羅盤学園で働く教職員の半数程度は元々が研究職だった者だからだ。
故に予想外だった。まさか対抗戦を棄権する生徒が、しかも留学生として羅盤学園に通っている生徒が棄権をするなんて思わなかったのだ。
「うん。じゃあこれ以上僕の方からも言える事は無いね。この勝負はルーク・オンデマンドくんの棄権により八十新くんの勝利という事で!――勝者、八十新!」
◇
「……という訳だったんです」
「それは災難というか幸運というか……いや悩む必要が無くなったと考えれば幸運なんすかね?……でも悩む事も必要だしなー」
一通りのあらましを話し終え、新とディテクターはコーヒーを飲んでいた。
勿論インスタントコーヒーである。というか新の家にはそれしか置いていない。
「しっかしThe universeの留学生っすか。流石は羅盤学園、色んな人が居ますね」
「九堂さんは確か荒日学園でしたよね」
「そうっすよー。でも荒日はスカウトと一般入学が別っすから、羅盤学園程混沌とした感じではないっすね。基本的には生徒会主体で色々やってるっす。あー最近やばいのが出たんですけど、それも許容範囲内っすね」
荒日学園は羅盤学園、雅写学園と並ぶ国立三校の内の一校だ。
規模は羅盤学園程では無いが、初期に設立された事もあり三校の中では礼節を重んじる校風だと新は聞いている。
「雅写学園は例外として、異能者を目指す若者は羅盤学園に入りがちっすから。にしても羅盤学園の規模はおかしいっすけどね。流石研究都市」
「それは日々実感しています」
新も生活をして一か月以上、入学したのは最近の事とはいえ地理も大まかにだが把握したつもりだ。
しかしそれも学園周辺と自宅の近辺に限った話。全容は見えるどころか、日々知らない風景を見つける程に町は変化し広大だ。
「それでも学園生活は楽しんで下さいよーそれ自体が任務なんっすから」
「……分かってますよ。…………友達も、出来ましたし」
「えっ!?友達出来たんすか!?まじっすか!そりゃめでたいっすね!今日はお赤飯かなー?」
「あぁもう!で、三つ目は何なんですか!?」
「あ、そういえばそうでした」
ディテクターはテーブルの上に乗せられた、自身が持ってきたお菓子を口につまみ入れながら何てこともなさそうに話し出した。
「ボスからの命令です、気にする事でもないっすけどね」




