彼と彼女等の幕間時間(加筆3/19)
「あ~憂鬱だよ~!」
舞桜瞳は食堂でぼやく。
「何が憂鬱なんです?勝ったじゃないですか、おめでとうございます」
「そうだよ、勝ったじゃないか。何がそんなに憂鬱なんだよ。午後からは座学だから?」
「最初の座学は一般教養です。頑張りましょうね」
「それもあるけど~違くて~」
羅盤学園の食堂は例にも漏れず広大。食堂というより最早レストランだ。
メニューの数は多く、和洋中様々な料理が提供されている。
学内にはちゃんとした企業が経営する飲食店も多く存在している。そこで昼食を済ませる者も多いが、学食もまた質が高く、何よりそういった飲食店に比べ安価である事から人気だった。
そんな食堂の中で、彼等はテーブルを囲み昼食を食べていた。
「だってさ~折角勝ったのに、あんなの見せられたらね~。なんというか自信無くなっちゃうよ~絶対勝てないんだもん~」
「あぁ永宮君ですか。確かに凄かったですね」
「そうそうそれだよ~。なんか怖かったしさ~これは憂鬱だって~」
「そもそも次も勝たないと当たらないけどね」
「うっ……まぁ未来を見てるんだよ未来を~」
午前中に終了した初日のクラス内対抗戦。小休憩を挟んだ後も永宮雅成が残した衝撃は大きく、いまいち盛り上がりに欠けていた雰囲気だった。少なくとも劇的な展開は無かった。
舞桜瞳は少し苦労したようだが勝利を収め、次に舞桜が戦うのは明後日の第二回戦からとなる。明日は新と白木銀子のトーナメントだ。
本日の所は午前で終わり、午後からは座学の授業が始まっていく。
「しかし良く勝てたね。向こうの方が途中まで優勢に見えたんだけど」
「そうですね。攻めていたのは長郷さんに見えたんですが。何をしたんです?」
「そりゃ~奥の手の一つや二つ持ってますって~。秘密は多い程良い女でしょ?」
舞桜瞳はにやりと笑う。
「確かに異能の詳細は異能者の切り札ですからね。奥の手は隠し持っておくに越したことはありません」
「うんうん~。まぁ安彦君みたいに大声で叫んだらバレバレだけどね~」
「まぁあれはばれた所で……って感じだしな」
異能は異能力者の手札。異能の詳細を明かす事は自身の弱点を晒す事に直結する。知られても問題は無い、或いは知る事が出来ない異能は存在するにせよ隠しておくに越したことは無い。
【羅針盤】でも異能の明確な能力を明らかにしなかったのはそういう配慮もあっての事なのだ。
しかし学園という場で試合を行う以上、能力がばれるのも避け難い問題だ。
多くの異能力者は異能の名前を呼ぶことで、発動のきっかけにする。名前とは本質、本質とはパーソナリティ。これを偽る事は困難なのだ。
「公開異能者もそうですが、異能を敢えて晒す事が必要な事もありますから。それに優れた能力者は名前を呼ばずともある程度異能を使えます。要は必要性と技術です」
「公開異能者と比べられても困るよ~!」
「公開異能者番付は公開する事に意味があるからね」
公開異能者番付。それは世界異能機関が作成している異能者の番付である。
これは自身の異能力を機関に登録し、番付戦にて公開する事を条件に参加出来る世界規模の番付表。番付戦という純粋な実力勝負によって番付が決定される、異能者のランキング。
機関所属の異能者ならば全員。無所属の異能者、探索者、国家所属の異能者であれば何らかの後ろ盾があれば参加可能のランキングなのだ。
中でも上位十名を公開異能者、百位迄を準公開異能者と呼称する。
順位が上がる程に機関からの義務も増えるが、それを上回る特権を得る事も出来る。活動費用、住居、或いは機関における地位。それら全てが与えられるが、しかし本質はそこではない。
本質、それは『自分達がどれ程強い異能者を保有しているのかを広く知らしめる事』。
公開異能者番付の異能者は番付戦を行い自身の異能力を公開する。それは自らの手札を公開する行為。
核兵器を保有している事自体が戦争の抑圧行為になる様に、強力な異能者は核兵器をも凌駕する危険性を個人で保有する。
異能者が国力となる、それが超常史。
実際に公開異能者に名を連ねる人物は大国の代表異能者や巨大宗教団体の教祖等、社会において大きな影響を持つ異能者達である。
そして何よりも世界異能機関はランキング上位十名の内、五名を機関所属で埋めている。
それだけ機関が異能者というチカラを保有している証なのだ。
「永宮君の父上、永宮弥助さんも公開異能者ですよ。永宮家は国防の要、外部に対して日本の異能者の強さを証明する事も義務とされているのでしょうね」
「知ってる!見たことあるよ~!。確か……〈流星群〉!かっこいいよね~!」
「番付戦は有料ですが世界中どこでも見られますからね。弥助さんは一番有名な近衛四家でしょうね」
「〈流星群〉永宮弥助、今日永宮が言ってたのも〈流星〉だったよな?」
決着の間際、永宮雅成が確かに〈流星〉と言っていたのを新は聞いていた。
親子で異能が似通う事は珍しい事ではない。
異能は個人のパーソナリティを元に発現するものだが、個人のパーソナリティとはつまり血もまた含まれる。子は親の遺伝子を半分受け継ぐ、似通うのも当然と言えば当然だ。
「そうですね。もっとも弥助さんの規模は今日の比較にもなりませんが」
「ばぁ~ってなるんだよね!こう、ごぁ~って!」
「……まぁそんな感じです」
いまいち伝わらないが、舞桜の説明は意外と的を得ている。
それは新も知っている。直接見た事は無いが、組織で活動している新は現在の公開異能者の戦闘の様子位は映像で見た事はあった。
〈流星群〉永宮弥助。現在の日本の軍部を統括するその男が異能を使う様子は……正に凄烈極まるといってものだ。〈流星群〉の名の通り、空から燃え盛る巨石が降り注ぐ。さながら流星の雨。永宮雅成の使った〈流星〉を何倍にも苛烈にした光景だった。
一人にして万人に匹敵する、或いは凌駕する異能者。それがランク5。
公開異能者は全員がランク5の異能者、国家戦略級である。
「何位だったっけ?」
「三位です。二位とはもう長らく試合が起きていませんから。もう何年も三位は弥助さんのままです」
「凄~!親子そろって強つよ何だね~。流石永宮~」
「お二人共真面目ですから。弥助さんは特に天帝陛下への忠誠心が高いお方ですので。それもあって実力を示しているのでしょうね」
天帝近衛四家の名の様に、永宮は天帝の直接の臣下にあたる者達だ。
天帝近衛四家こそ天帝の権威の一つ。永宮弥助がその威を示す事は使命でもあるという事だ。
「白木家は誰か公開異能者番付に参加してないのか?」
新が白木銀子に問う。
舞桜瞳との距離感は少し分かって来た新だったが、未だに白木銀子との距離感は掴めていない。その為言い方がブレブレだが、彼も任務の対象とどの様に交流を深めれば良いのか模索中なのだ。
「……白木は、そんな感じではないですから」
そう言った白木銀子の表情は新でも察する程、暗い陰を落としていた。
明確に表情が変化した訳ではない。しかし朗らかな返答の裏側にある、触れて欲しくない雰囲気。それは返答迄の微妙な時間からも判断できた。
「……なんかごめん」
「あっ、いえすいません。何でもないんですよ?謝って頂く事じゃありません」
「新君さぁ~…………」
「ごめん……」
新は自覚した。少々踏み入り過ぎた質問だったことを。
少しでも白木という事を知ろうと、いや聞き出そうとして自分は地雷を踏んでしまったのだと。
「大丈夫ですよ、瞳。本当に何でもないんです。こちらこそごめんなさい。空気を悪くしてしまいましたね。あっお詫びではないですが此処は私が持つという事でどうでしょう?」
「いや、こっちが無神経だった。本当にごめん白木さん。僕こそ奢らせてくれ、そっちの方が良い」
「本当に良いのですが……」
「僕がそうしたいんだ」
「そうですか……?本当に?」
「うん。舞桜さんも空気を悪くしてごめん。ここは僕が奢るよ。……前みたいな感じは無しだけど」
「えっ!私まで良いの~?」
初日に舞桜瞳に奢り、財布にダメージを負ったとはいえ彼の資金は組織から出ているものだ。毎月活動に必要な資金が生活費を含めてある程度まとまった金額用意されている。
少し位奢っても何ともない。とはいえ前回の舞桜程注文されても困るのは本音だが、今回はあくまでも白木銀子への謝罪の意味だ。舞桜もそれは分かるだろう。
「うん、二人共好きな様に頼んで欲しい」
「……はい、ではお言葉に甘えさせて頂きます」
「ありがとー新君!やっぱり優しいね~!」
「なしだよ?聞いてる?」
■◇■
暫く。
「…………!?」
新が目の前の光景を疑ったのは本日初めてだった。
クラス内対抗戦を八試合見てきたが、その中でも想像を大きく上回る程の驚きは無かった。永宮雅成の試合の時ですら、彼は凄いとは感じたが驚きはしなかった。ましてや目を疑うなんてことは到底ない。
「あの、追加でこちらの定食をお願いします。それとこれもおかわりで」
「えっとね~チョコレートパフェを三つ追加!それとこの季節のデザートもお願いしま~す!」
「は、はいっ!ただいま!」
次々と運ばれてくる料理達。次々と消えていくテーブルの料理達。
注文しては運ばれ、運ばれては消える。消えた傍から注文される。
何かの魔法でも見ているようだった。
「美味しいですね。これなら中華も食べてみたくなります」
「ごめんなさ~い!まだですか~?」
「はぃぃぃ!ただいまぁぁぁ!!」
白木銀子は和食から始まり、そのメニューを制覇した後洋食のメニューを片っ端から注文していた。一口が大きいのではないのだが、兎に角休むことなく箸が動き料理を口に運んでいくのだ。既に洋食のメニューも半分以上食べ、中華に突入しかけている。
対して舞桜瞳の注文は偏っている。デザート、スイーツのみを注文し一度に大量に食べている。こちらは一口も大きいし食べる速度も速い。見た目の幼さから若干ファンシーになっているがあの日を思い出させる注文量である。
食堂の料理人の悲鳴が厨房から聞こえてくる。
この食堂は本来自分で注文したものを取りに行く形式なのだが、二人が余りにも多くの料理を注文するので料理人の一人が完全にウェイターの役目になっていた。
(!!!!????)
脳が理解を拒みかけている。
舞桜瞳が良く食べる少女なのは知っていた。初日の奢りも彼が良いと言ってそうしたのだから文句は少しあれど不満は無い。
そもそも異能者は消費したエネルギーを回復する為に良く食べる者が多い。異能に使うエネルギーが多い程見合った供給が必要になるからだ。
しかしそうだとしてもこれは異常だ。
白木銀子は本日試合をしていない。つまり異能を使っていない筈なのだ。にも拘らず、彼女の食べる量は舞桜瞳に勝るとも劣らない。寧ろ普通の食事とデザートを比べれば、白木銀子の方が食べている位だ。
いやそもそも物理的にどうやって食べている?
「銀子ちゃんよく食べるね~。もしかしてあの日もこれ位食べたの?」
「あの日……?どの日ですか?」
「ほら!一昨日の男の子にナンパされた日だよ~」
「あぁ、そうですね。あの日はあの人が奢ってくれると言って少々高めのレストランに連れて行って下さったので。お言葉に甘えて少し食べ過ぎましたね」
少し食べ過ぎた、と彼女は言うが絶対にはそれが常識の『少し』ではないのは見て明らかだ。
「えぇ~!?凄いね~やっぱりお金持ちの子だったんだね~」
「ですが払えなかったみたいで食い逃げでお店の人に捕まってました」
(それが原因かよ!?)
「それでああなってたんだね~」
白木銀子を襲撃した男子生徒。
彼女と彼との間で気になる会話があったが、二人の間で何が起きたのかは知らなかった。
あのナンパした生徒は良い所を見せたいと、彼女の言う『少々高級なレストラン』に連れて行ったのだろう。その店がどんな店だったかは知らないが、少々は高級だった。
そして白木銀子は遠慮なく食べた。少々高級な店で、今新の目の前で注文しているよりも多い量を注文したのだ。その結果は最早想像する難くない。
払えなかった彼は店側に確保され、皿洗いか掃除かは分からないが何かをされた。その結果があのやつれた姿であり、あの襲撃だったという訳だ。
彼に非が無かったとは言えない。寧ろ彼が悪い。自分で奢ると言ったのだし、自分で店を選んだのだ。大方見栄を張りたかったのだろう。
しかし新もそうだったようにまさか、この美少女がこれだけの量を軽々しく平らげる程の健啖家だとは思わなかったのだ。想像できなかったのだ。
そしてこの場合は新もまた悪かった。
「おかわりお願いできますか?」
「これも追加で~!」
食器の音。食べる音。食堂の中で明らかに衆目を集める空気。
その全てが新に諦めろと囁いている。
「…………」
新は食堂の白い天井を仰いだ。
自業自得、口は禍の元である。




