測定試験(2)
■◇■
天帝近衛四家。それは現代日本における四つの名家。
天帝を守護し、ひいては国を護る異能者達、その家系。
東の宝条、西の白木、南の永宮、北の霊泉。
彼等はそれぞれに天帝から下された任に付き、国家に尽くす。故に天帝近衛。
中でも国防の要を任された家系であり、現在の軍部を統括する役目を担う家系。
つまりは永宮家……永宮雅成の家系である。
「じゃあ永宮君、前に」
永宮雅成が前へと進む。
スタスタと、迷いは無い。
「じゃあ、そうだね。皆もよーく聞いてね。使い方は簡単だよ、小難しい操作は先生がするから。君達は単に、ここに手を触れていつもの様に異能を使おうとしてくれ。それだけ、手加減とかは要らないよ」
装置の正面には操作パネルとは異なる、手形の窪みが存在していた。
「じゃあ、どうぞ」
永宮雅成はそのまま右手を、窪みに合わせる。
彼の右手はすっぽりと窪みに嵌り、同時に窪みから青い線が漏れ出した。
線は装置に広がり、やがて【羅針盤】を覆うドームにまで伝播していく。それはあたかも電子回路が発光している光景にそっくりだった。
「―――〈流星〉」
彼がその言葉を口にした。
瞬間、線が一層強く光り輝く。青白い輝き、けれど決して無機質ではない。電子回路を彷彿とさせるが、しかしどこか生物の放つ光の様に暖かい。
例えるならば一部の発光生物が放つ、有機的な光だ。
輝いた線が波打つように、窪みからドームの上端へと光を移す。
そして【羅針盤】が回る。
勢い良く、速く。
見た目通り、と言えばその通り。
【羅針盤】は羅針盤の名の通り、内部の針が回転したのだ。
「おおっ流石だね!」
凄まじい勢いで回転した針が、やがて止まる。音は無かった。
時間としては数秒程だっただろう。十秒にも満たない時間だった。しかし巨大な羅針盤の動く様子は数秒で十分過ぎる程に印象的だった。
「初体験おめでとう永宮君。どう驚いたかな?」
「いや……いえ、そうですね。驚きました」
「そうだねそうだね。さて、結果はどうかなー?」
杠英二がパネルに戻り画面を操作すると、部屋の前方にモニターが現れた。
対象生徒:永宮雅成
測定結果:ランク FOUR
異能性質:創造系統 現象系 一致率89%
結果は……ランク4。人口全体の一割程度しか存在しない、間違いなく一流の証明である。
「おめでとう永宮君。ランク4だ!」
「ありがとうございます」
「す、すげぇ!」「凄いです永宮君!」「ランク4!?もう十分過ぎるじゃないか!!」
「流石永宮……天才って事か……」「ワーオ」「先生!次、次、俺やりたいです!」
「はいはい落ち着いて!順番にね、時間はまだあるから!」
永宮が感謝を言い終えると同時か、それより前に生徒達の間から驚嘆の声が湧き上がる。
ある生徒は永宮の周りに、ある生徒は次は己だと名乗りを上げ、ある生徒はひたすらに称賛する。
それも当然か。
ランク4と言えば世界でも一握りの異能者。ランク5よりは多いとはいえ、殆どの人間がランク2か3でその人生を終える事を思えばランク4は十分過ぎる程に高い。
ましてや彼は若干十六歳のまだまだ少年だ。伸びしろは存分に存在する年齢である。
一方で盛り上がる生徒以外、約半数の生徒はその場から動かない。新や舞桜瞳、白木銀子もそちら側だった。
(やっぱり、永宮雅成はランク4か……)
ともかく噂通りの実力で有る事は間違い様である。
『永宮の長男は聡く、誠実であり、そして強い』。
異能者の強弱はランクだけで決定されるものではない。異能の判断基準は戦闘能力だけに限らないからだ。そも戦闘能力だけを測るのならこれ程大それた装置は必要ないだろう。
しかし、ランクが戦闘能力に結びつきやすい傾向にある事も事実。
ランク4が意味するもの、それは既に異能者として彼が高い能力を保有しているという事だ。
(この様子だと知ってたっぽいな。まぁ、永宮家なら独自にランク測定していてもおかしい事は無いか……)
軍部を統括する永宮家。その長男であれば戦闘能力はこまめに確認されているだろう。
ましてや彼は永宮の長男であり嫡男。いずれは永宮の当主の座を継ぎ、軍部を統括する役目を担うのだ。
実際彼は自分のランクが判明した時、それ程驚いている様には見えなかった。当たり前の事の様に、感謝を述べていただけだ。
「いや~凄いねぇ永宮君。ね、新君もそう思うでしょ?」
「ん、ああ、そうだね。流石は永宮、なのかな」
「永宮君は昔から優秀でしたから。ランク4というのも不思議ではないですね。それでも十分驚く事でしたけど」
「銀子ちゃん永宮君の事知ってるんだ?」
「ええ。……とは言っても家同士で交流があっただけで、個人としては殆ど話した記憶はありません。彼が家に訪れた時も本ばかり読んで私達とは話してくれませんでしたから」
永宮と白木。天帝近衛四家としての交流があったという事なのだろう。
学年も同じだ、何か接点はあるだろうと新は考えていたがその通りだった様だ。
「本か~イメージ通りかもね」
「そうですか?今の彼を見ていると、変わった印象ですが」
「そうなの?あんまり話した事無いんじゃなかった?」
「話した事は少ないですが、記憶にはありますから」
「どう変わったんだ?」
興味半分、任務半分で新は白木銀子に尋ねてみた。
「……少し、暗くなった気がします。本を読んでいた、あの頃よりも」
■◇■
「次、天王寺ラファエラさん。その次は安彦元君ね。まだの人はその後!」
一度誰かがしてみれば後は続くのが人間というものだ。
永宮雅成を皮切りに、少し尻込みしていた生徒達も続々と測定を受けていく。
「急ぐ必要はそんなにないけれど、あんまりゆっくりもしてられないからね。次のクラスが来ちゃうからさ。まだの人はそろそろ準備をしといてね」
現在測定を受けているのは丁度二十人目の生徒。
十五組は三十八人のクラスなので約半数の生徒が測定を受けたという事になる。
しかしランク4は未だに永宮雅成の一人だけだ。
「いや~出ないね、ランク4」
「そんなにほいほい出るもんじゃないよ。出たら驚きだ、ただでさえこのクラスには白木と永宮が揃ってるのに」
「確かに~。こんなクラス後三つ位しかないよね~」
「三つあるのかよ……」
「ふふふ」
八十新、舞桜瞳、白木銀子の三人は【羅針盤】から少し離れた所から装置を見ていた。
別に全員行きたくない訳ではないが、何というか行こうという雰囲気にならなかっただけである。
今予約を入れている者を除けば、残りは十名程度。その内の三名が彼等だ。
「じゃ~そろそろ行こうかな~怖いけど……」
「大丈夫ですよ。見てた通り、そんなに怖いものじゃないです」
「怖いのは結果だよ~……」
確かにこの【羅針盤】の精度は驚くべきものの様だ。
新も観察していたが、大体新の勘と同じ様に結果が弾き出される。新の勘は【羅針盤】の様に具体的な数値を伴うものではないが、ランク予想は全て当たっていた。
あくまで勘だが、新は組織の中で任務を通し戦闘を繰り返してきた。少なくともおおよその戦闘能力の予想は出来るつもりである。
「大丈夫だよ、舞桜さん。ランクで全部が決まる訳じゃないし、僕達だって一緒に受けるんだから」
「新君~~。そうだね……じゃあ一緒に行こう!うん!」
「ええ、行きましょうか」
舞桜瞳を戦闘に、三人は【羅針盤】へと向かう。
「はい、ルーク・オンデマンド君……留学生の子だね。ルーク君のランクは3、創造系統現象系だね」
「ま、そうでしょうねー☆」
丁度並んでいた最後の生徒の測定が終わり、順番が空いた。
「はいは~い、先生次は私達で良いですよね~?」
「ああ勿論!君は……舞桜瞳さんだね。そっちは白木銀子さんに八十新君!順番は今言った通りで問題かな?」
「大丈夫です」
「オッケー!じゃあ舞桜さん、早速どうぞ!」
先程の不安は何処へ行ったのか、スキップをしながら【羅針盤】の手形の窪みへと近づく舞桜。
幼い外見も相まって、より子供らしく見える。模範的な浮足立りだ。
「……えい!」
彼女が叫んだ瞬間、これまで同様に電子回路の如き線が現れ、光る。
光が波打ち、輝き、そして下方から上方へと昇る。
この授業の間に何度も見た光景だが、何度見ても引き込まれる光が輝いている。
やがて光が収まり何事も無かったかのようになると杠英二はパネルを操作し始め、モニターに彼女の測定結果が映し出された。
対象生徒:舞桜瞳
測定結果:ランク THREE
異能性質:創造系統 現象系 一致率56%
結果はランク3、創造系統現象系である。
「はい、舞桜さん。舞桜さんのランクは3、創造系統現象系だね。一致率が少し低めだけれど、現象系だとよくある事だから気にしなくていいよ」
異能の系統は主に三つに分類される。その内の一つが創造系統であり、更に細かい分類として現象系が存在する。
異能ではこの区分が多数を占めており、何かしらの現象を生み出す能力はここだ。
「や、やった~!上がってるよ~!ありがと、先生!」
「僕は何もしてないけどね?」
「皆~上がってたよ~良かった~。一安心、って感じだね!」
上がった。という事は舞桜瞳の元々のランクは2かそれ以下だったのだろう。
流石に羅盤学園の入学試験を突破しているのだから1という事は無いだろうが、2から3に上がったという事実であっても確かに喜ぶべき事だ。
「おめでとうございます、瞳なら大丈夫って思ってました」
「だから言ったろ。あんまり気にしなくても良いって」
あのカフェで八十新の口を塞いだ異能は間違いなく舞桜瞳によるものだ。
その時の経験から新は彼女がそれ程低い実力な訳が無い事は確信していた。
故に安心して、気にする事は無いと告げたのである。
「うんうん~二人の言った通りだったね~!心配しすぎて損しちゃった感じがするよ。ささっ次は銀子ちゃんだよ!頑張ってね!」
「はい。じゃあ私も瞳に負けない様に頑張ってきますね」
そのまま白木銀子は舞桜瞳と入れ替わる様に窪みに立ち、手を差し出す。
(さて……白木さんは)
手形の窪みに手が当てられる。そしてそのまま、息を吸うと……彼女は発する。
「〈金剛白装〉」
言葉と共に、彼女の周囲が白く、淡く光る。
装置の発する青白い光と合わせれば、その光は何とも幻想的だ。
彼女の異能は身体に纏う形で展開されるものなのだろう。漏れ出たエネルギーの欠片がこの光景を生みだしているのだ。
昨日の生徒との小競り合いよりも、更に濃密に。昨日には生じていなかった周囲の白い光が、昨日の彼女が全く本気を出していなかった事を証明していた。
やがて彼女の白い光も、装置の青い光も治まる。
結果は……。
対象生徒:白木銀子
測定結果:ランク FOUR
異能性質:創造系統 現象系 一致率98%
「凄い!白木さん、おめでとう。ランクは4だ!」
間違いなくランク4。
しかも永宮雅成を上回る一致率98%という数値での結果。
文句なしのランク4という事である。
「す、すっご~い!銀子ちゃん、凄いよ!」
「凄いです、白木さん!」「ワーオ!」「やはり白木の血は偉大……」
「しかも一致率98%って!永宮よりも上じゃねーか!」「てか一致率ってなんだ?」「バカ!どんだけ情報が正確かって事だよ!」
盛り上がるクラスメイトを見つつ、新は考えていた。
即ち監視任務についての事、永宮雅成と白木銀子についてである。
(二人共ランクは4で創造系統現象系か……流石に血統判断はされないみたいだ。二人共異能として処理されてる。十分、とも言えるんだろうけれど)
八十新は考える。
実の所、新がこうした自己で大きく判断を委ねられる任務に着くのは今回が初めてだった。
組織の任務は多岐に渡るが、新が経験した任務は戦闘に大きく偏っている。
新自身、自分が潜入任務に向いていない事は理解していた。しかし他ならないボスから任せられた任務。
真意を図り、失敗する訳にはいかない。
「ほら!次は新君だよ〜!早く早く!」
「あ、うん。今行く」
その為に重要なのは円滑な人間関係を築く事、そして悪目立ちをしない事だ。
少なくとも新にとって人間関係は一番の悩み所だったが、入学早々に舞桜瞳と白木銀子と知り合い話す関係になれたのは幸運だった。
新は迷うこと無く、手形の窪みに手を当てる。
今後も慎重に、任務を進めれば良い。
そう、新は考えていた。
「異能力……〈体躯操作〉」
彼は言う、異能の名前を。
しかし―――。
「……え?」
何も起こらない。
装置からこれ迄通り青白い線が伸びる事も、光も放たない。それ所が【羅針盤】がピクリとも動かない。
確かに込めた筈のエネルギー。しかし何も無かったかのように、いや実際何事も無く使用前と変わらない【羅針盤】の姿。
壊れている訳では無い。それはさっき白木銀子が使用した事で分かりきっている。
では、何故。
やがてモニターに結果が表示される。
しかしそれは誰にとっても、新にとっても信じ難い結果。
対象生徒:八十新
測定結果:ランク ZERO
異能性質:一致率100%
「えっ〜!?」
「……!」
「お、おかしいな!?そんな筈無いんだけど!?【羅針盤】が壊れたのかな!!??いやでも、えぇっー!?」
表示されたのはランク0の文字。
ランク0……即ち、無能力者の証。
しかしエラーでは無い、【羅針盤】の一致率は脅威の100%。普通表示結果に揺らぎの可能性がある時、一致率は低くなる。しかしそれでも殆どの場合で一致する。
100%、つまりこれはこの世界最高の技術をもってして確実であるとしているのだ。
「…………思いっきり悪目立ちだ」
測定試験。八十新は唯一のランク0としてその日を終える。
○異能の系統
異能はその性質によって系統分けされる。創り出す性質の創造系統や、操作する性質の支配系統、肉体を変化させる肉体変化系統の三つが主。この系統は人間が作ったものだが、広く世界で用いられる区分でもある。




