提灯持ちとスプーキーの夜
冬童話2021投稿作品です。
ややファンタジーなお話です。
雪の日の夕暮れの後、自分の家の扉の前でフルタは青くなっていた。
ない。ない。ない。
家の鍵がどこにもない。
お父さんとお母さんはお仕事でお泊まりです。家にはフルタの一人だけ。鍵がなくっちゃ閉め出されて帰れない。
夕方はもう過ぎて辺りは暗くなっている。
どこで鍵を無くしたか、フルタが考えてみたところ、思い当たる所は一つだった。
友達と暗くなるまで遊んだ公園の帰り道。踏みしめた雪が氷まじりに固くなったその場所で、つるんと滑って転んでしまったあの場所だった。
きっと、転んだひょうしにポケットに入れた鍵を落っことしてしまったのだろう。フルタはそんな風に考えて探しに戻ろうと考えたけれど、雪まじりの風がひゅるりと冷たいのと、夜の訪れに身ぶるいした。
昼の時間は人の時間、夜の時間は不思議の時間。
夜に子どもは出歩くな、子どもの時間はお終いだ。なぜならば、夜の時間は彼らの時間、スプーキーの時間だもの。お化けに怪物、奇々怪界。子どもは布団で眠ってなくちゃ、スプーキーに連れ去られ、もう昼の世界ははるか彼方。ほらほら夜だ、もう夜だ。スプーキーがやってくる、夜の世界に連れ去るために、夜更かししている悪い子を、明かりを見つけてさらいに来るぞ。
この街の子どもたちは大人たちにそんな風に言い聞かされて育っていたので、小雪が冷たい風と右に左に舞う暗がりがフルタにはとてもおっかなく思えたのでした。
ですが、このまま家に帰れなければ凍えてしまいます。ですから、フルタは暗い夜道をおっかなびっくり来た道戻るのでした。そして、フルタが転んだあの場所にたどり着けはしました。
ところが、どこを探しても家の鍵はありません。辺りはどんどん寒くなって、雪はますます吹雪いて来ます。手はかじかんで、足の指の先は雪でぬれたくつといっしょに凍ってしまいそうです。フルタは早く家に帰りたいけれど、街燈の明かりはわずかなもので、小さな家の鍵なんて暗闇にまぎれてしまって見つかりません。
フルタはしゃがみこんでしまいました。寒かったのもあるけれど、怖かったからです。考えてしまったのです、このまま鍵が見つからなければ自分はどうなってしまうのだろうと。きっと凍えてしまいます。雪と風がフルタの体から体温を根こそぎ奪っていくでしょう。
それでも鍵は見つかりません。フルタの気持ちを夜の暗闇よりも真っ暗なものがおおっていきます。
「もし、もし」
声がします。
「もし、もし」
声のする方を見たフルタはひっと小さな声をもらしてしまいます。
一本足に一つの目玉、腕も一本で一つっきりのその手には提灯の明かりが灯っている。そんな奇妙な者がそこに立っていたのです。
スプーキーです。怖い怖い夜の住人がそこに立っていたのです。
「子どもがこんな時間に何をしてんだね。夜はわれらの時間だぜ、家に帰って夢の中で朝を待つのが常識ってもんだ」
フルタは怖くて声も出ません。
すると、スプーキーは一つの目玉でフルタの顔を品定めでもするようにのぞきこんできます。
「声ないか。われらの仲間か、連れて行こうか」
「鍵がないよ」
スプーキーの言葉に急かされて、フルタはやっとしぼり出すように一言だけは言えたのでした。
「親はどうした」
「お仕事」
「そのうち帰ってくるだろ」
「泊まりで」
「頼れるもんはいるだろうが、ほら」
そう言いかけたところでスプーキーはひとりでに納得する。
「なるほど、人の世はもうそういうもんになってたな」
そのスプーキー、提灯持ちは一本腕の提灯の明かりで雪道を照らします。
「はよ探せ。あいにくだが手は一本しかないから明かりぐらいしか貸してはやれないけどな」
フルタは提灯持ちに照らしてもらって鍵を探します。ですが、鍵は見つかりません。
それどころか、雪はますます勢いを増して、ゆっくりとですが辺り一面にうず高く積もっていきます。
「思うに、少年。もう鍵は見つからんぞ。この雪だ。とうに雪の底に埋もれちまってるだろうぜ」
「暗いからだよ」
「子どものくせに言いやがる。やはり時代は豆炭かあるいはガスか。やはり時流は変化を求めているか。モダンボウイの俺としてもこのスタイルに限界を感じてはいたところよ」
「電気ないの?」
「電気?あんなもんはいけ好かねえぜ。なんたってビリビリしやがるからな」
提灯持ちは苦々しげにべえと舌を出します。
「寒いや」
フルタは体が冷えたのでしきりに体をさすります。でも、この雪の中ではそんな程度では冷えた体は温まりません。
そこへまた新しいスプーキーが現れます。赤ほおずきです。
二本の角に四本足、胴とお腹はほおずきのようにふくろ型で、赤ほおずきの呼吸に合わせてふくらんだりしぼんだりしながらぼんやりと光るのです。そのほおずき腹からもれだす赤い光にはなぜだか不思議な暖かさがあるのでした。
「おや、提灯持ち、人さらいか。おい、そんなもんもう流行りじゃあないだろう。お山の鬼婆どももあきちまってやりゃしないぞ」
「モダンボウイの俺様にわかりきった事を言いやがるなよ。俺はこの少年が探し物だって言うから、明かりを貸してやっていたのさ」
「しかし、その小僧、震えておろう」
「そりゃそうさ。雪が降って寒いんだからな」
「なるほど、わしは寒さだけは縁がないからわからなんだ。今日は寒いのだな」
そう言って、赤ほおずきは大きく粉雪まじりの空気を吸い込むと、ほおずき腹をパンパンにふくらませました。すると、ほおずき腹の赤い光がさあっと明るくなって、その暖かさがフルタの体を温めるのでした。
「おお、こいつはいいや、暖まる」
提灯持ちもフルタといっしょになって赤ほおずきのほおずき腹に手をかざします。
「わしの腹を照らしてどうする」
「寒いんだからしょうがねえさ。ところでお前は何の用事だい、道草食ってていいのかい?」
「おお、そうだ。車の交通整理をせねばならんのだ。あまり長居はできぬ」
フルタが周り見渡すと、いつの間にか辺りに車の姿がちらほら見えます。ただの車ではありません、スプーキーたちの車です。鬼の従者が手綱をにぎる火の輪の車輪の火牛車に、西洋からの舶来物の首なし馬車、初乗り五百円からあの世行きの幽霊タクシーの姿もあります。そんな車たちが人間の車にこっそりまぎれて道路を右に左に走って行きます。
「吸血伯爵殿がこちらに別荘をかまえるそうでな。あの方、墓穴のような地下室がなければ眠れぬ性質というから、重機を使っての大仕事よ。だから、わしがこうして工事車の行き来を手助けするというわけだ」
「そいつは景気のいい話だね」
「うむ、金持ちさまさまじゃ。ところで小僧。おい、小僧」
フルタはびくりと体を固くします。
「怖がらずともよい、とって食うわけではない。わしが思うにだ、お前は朝を待つべきだ。こう雪が降っては探し物も雪に埋れよう。しかしだ、朝日さえ出れば、こんな雪なぞたちまちに溶けてしまって、探し物の方から顔出すというものだ。だから、お前は家に帰って夜明かしするがよい。何よりも、子どもはもう寝る時間だぞ」
「それができればいいんだがねえ。あいにくこの少年が探しているのは家の鍵なのさ」
「うぬぬ、それは難儀な」
「心配ご無用。少年はこの提灯持ちが照らしておこう。あんたは自分の仕事に行くといいぜ」
「うむ、行き当たったものを捨ておくのは心苦しいが、わしも忙しい。頼むとしよう」
そう言って、赤ほおずきは歩いて行ったのでした。
さて、赤ほおずきのおかげで冷えた体が温もったフルタたちですが、今度はフルタのお腹がぐうと鳴ります。
「ほお、腹の虫が鳴いてるぜ」
「お腹空いた」
「ぐー、ぐー、きゅるり。ぴー、ぐるる。ぐー、ぐー、きゅるり。ぴー、ぐるる。ほお、ほお、空きっ腹にしてあんまりおいらをいじめると、神仙統べるえらーいえらーい天帝様に悪しざまにある事ない事言いふらすぞだって?こいつはずいぶんご立腹だ」
提灯持ちは腹の虫とフルタにはよく分からない会話をしています。
「お腹が冷えたのであったかいものが食べたい?消化にいいやわらかいものが好み?野菜も食べてバランスよく?でも、お肉も塩辛い物も大好き?虫のくせしてずいぶんと注文の多いやろうだなあ」
そう言って、提灯持ちはひとりでに何か納得して考えます。
「おお、そうだ、いいところがあるぞ。あそこなら人間にも食えるものがあるだろう。おい少年、朝はまだ遠いぜ。ここはちょいと腹ごなしでもして腹の虫殿のご機嫌をとろうじゃないか」
提灯持ちは雪道をぴょんぴょん跳ねてどこかへとフルタを連れて行きます。
提灯持ちに案内されてたどり着いたのはレストランでした。看板とのれんにはジビエやまびこと書かれています。フルタの記憶ではここらにはパチンコ屋さんや百円ショップなどがあったはずですが、スプーキーの案内で訪れたその場所はまったく別の姿になっていました。
のれんをくぐるといすにテーブル、調理室も少しのぞけるのですが、どうしたわけか誰もいません。
「大将いるかい?」
提灯持ちが声をかけますがこたえもありません。
「客か」
後ろで声がしたのでフルタがびっくりして振り返ると、そこには男の人が立っていました。
男はどことなく人にも見えましたが、引きしまった立派な体つきに、みずらと呼ばれる古代の独特の形に髪を結い、大きな鹿の死体を肩に担いでいます。とてもコックさんには見えません。
「俺でございますよ、大将」
「何だ、提灯持ちか。ツケ払いでタダ飯でも食いに来たか」
「やだな大将、俺はそんなにケチじゃございませんよ」
「どうだかなあ。うん?それは人の子ではないか。お前人さらいとは感心せんな。これでも人に奉じられる立場ゆえ、ちょいとガツンとやらねばならんか」
そう言って、男は袖をまくって太い腕に力こぶを作ります。
「めっそうもない。ちゃんと事情がありまして、この少年を朝までみているだけなのです」
提灯持ちがあわてて事情を説明すると、男は固そうなげんこつを引っこめました。
「ちょっと待っとれ」
それから、事情を聞いた男はそれだけ言って、鹿を担いで調理室の方に入って行くのでした。
提灯持ちが言うには、そのスプーキー、やまびこ様は元は特別な弓を持っていて、狩りの大変上手な山の神様だったのですが、山の動物が少なくなった今では狩りはほどほどにとどめて、ふもとに下りて狩った動物を材料にした料理を出すレストランをしているのでした。
「殿様商売なんてもんじゃねえ、神様商売ってやつよ。お客よりコックの方がふんぞり返っている店なんて、どんなに料理がうまくたって評判にはなりゃしねえや」
提灯持ちはこっそりとフルタにかげ口をたたきます。
「聞こえとるぞ」
「ひっ!」
スープ皿とお冷をのせたおぼんを持ったやまびこ様がいつの間にかフルタたちのテーブルのそばに立っています。
やまびこ様から出されたのは鳥肉のポトフでした。具材は鳥の肉に、にんじん、セロリ、キャベツ、たまねぎ、ブロッコリーも入っていて、コショウと塩で味付けされています。お肉は骨つきの大きなかたまりがとろとろになるまでにこまれていて、良い香りのするあぶらがスープの表面をただよう雲のようです。
スープ皿からのぼる湯気の香りをかぐだけで、腹の虫が早く食わせろとぐうぐう鳴いて暴れるのがわかります。
フルタが鳥の肉にスプーンを当てると、骨つきの肉がひとりでにほろほろとほぐれて骨から離れます。スープといっしょに口の中に入れると、野菜と肉のうまみにコショウがぴりりと一味きかせたおいしさが口の中にいっぱいに広がります。
しばらくすると、パンを入れた小さなかごを持ったやまびこ様がやって来て、こうしてみろと言うように、固いフランスパンをちぎって軽くポトフにひたしてから口に運んで見せます。フルタが同じようにすると、小麦の香りが香ばしいけれどフルタのあごにはだいぶ固いフランスパンが、おいしいスープを吸ってほどよい口当たりになってどんどんお腹の中に入っていきます。
スープ皿の中も、かごに入れたパンも二人はきれいに食べてしまいました。
お腹の虫はほくほくとした温もりをお腹の底から伝えてきて、満足した事を知らせてきます。
二人が満足げにお腹をさすっていると、やまびこ様が伝票を持ってテーブルまでやってきました。
フルタがおいしかったとお礼を言うと、やまびこ様はがっちりした下あごをもごもごさせます。笑って見せる事に慣れていないのでしょう。
「ひぇ!」
伝票を見た提灯持ちが悲鳴のような声をあげます。
「ひぇ!」
伝票を見たフルタも同じように悲鳴をあげます。
「何ですか!これは!」
「何って、お前。料理のお代だろう」
あわてたような提灯持ちにやまびこ様はそっけなく答えます。
「違いますよ!金額です!何でこんなに高いんですか」
「そりゃうまいからに決まっとろう」
「うまいですけど程度ってもんがあるでしょうよ。何ですか、このでたらめに桁の多い値段は!こんなの料理の値段じゃない!」
「理由はちゃんとある」
「理由?」
「お前たちが食べた鳥はな。とてもとても、そりゃもうとても高い、高級品の鳥なのさ」
「そんな鳥いるわけないでしょう。どんな鳥がこんなバカみたいな値段に化けるっていうんです」
「ええっと、キジ、いや、せめてガンと言いたいところだが、そいつらは今は獲っちゃなんねえ。だから、カモだな。ああ、やっぱり違うや。ガチョウだ、ガチョウ。ガチョウにしよう。そいつはな最高級のフォアグラを作るために育てられたガチョウから最高級なフォアグラをとりあげた後の最高級な鳥肉なのさ。だから、最高級な値段になる。わかるかい?」
「それただのガチョウじゃないですか!」
「まあいいじゃないか、さっさと払いな」
「こんな値段払えるわけがないでしょう」
「ほう、払えん?払えんか」
「払えません」
「そうか、そうか。ならお代がわりに働いてもらうしかないな」
やまびこ様はそう満足げにうなずくと提灯持ちの首根っこをがっちりと押さえます。
「ちょうどこれから鹿をさばくところだったんだ。明かりがあると仕事がはかどる。お前ちょっと手伝えよ」
やまびこ様は捕まえた提灯持ちを調理室の方へと引きずっていきます。提灯持ちは抵抗しますがやまびこ様の力にはまるでかないません。やがて、提灯持ちは調理室に引きずりこまれ姿が見えなくなってしまいました。
調理室の奥底から提灯持ちの悲鳴のような声だけが聞こえてきます。
「血が、血が、臓物が!」
「やだ!やだ!こんなもの照らしたくないよう!のぞきたくないよう!」
「ひぇ!ふんがちょっと残ってる!臭い!足についたぁ!」
そんな声を遠くに聞いて、フルタにはでたらめなお代の理由がなんとなくわかったのでした。
神様へのかげ口はとてもとても高くつくというわけなのでした。
ジビエやまびこを出た二人が雪道を歩いていますと、フルタがふわぁと大きなあくびをします。
お腹がいっぱいになったのでなんだか眠くなってしまったのです。
「おいおい道ばたで寝るんじゃないぜ。凍えてカチコチになっちまう」
ですが、フルタの口からは、ふわぁ、ふわぁと、あくびまじりの白い息が煙突の煙のようにぽこりぽこりと噴き出します。
「おお、そうだ。いい考えがあるぞ。眠気がふっとぶようなさわがしいところに行けばいいじゃないか」
提灯持ちはそう言って、フルタを連れてまたどこかに歩いていきます。
雑居ビルの一室。地下に下りていく階段を下ると、どこからともなくずんずんとお腹にひびくような音がします。提灯持ちが入っていくお店のとびらにフルタも入ると、音はめまいがしそうなほどにいっそう大きくなります。
フルタたちが入ったのは毒飲み屋さんでした。
毒飲み屋さんは西洋から訪れた魔女たちが調合した不思議な毒をスプーキーたちにふるまうお店です。ほんとうは魔女の毒は体に悪いのですが、生物とは少しちがう不思議な存在のスプーキーたちにはへっちゃらです。それどころか、スプーキーたちは毒の不思議なきき目を体験する事を遊びにすらするのでした。
お店の中ではたくさんのスプーキーたちが毒を飲んでお祭りさわぎをしています。
今日出された魔女の毒は飲むとカエルに変身してしまう毒です。お店に訪れたスプーキーたちは次々に毒をぐいっと飲みほしてカエルに変身していきます。
一杯飲めば、緑のカエル。カエルになってゲーロゲロ。
二杯目からは毒がまわって赤ガエル。カエルは鳴くよゲーロゲロ。
飲みすぎガエルは血の気が引いて黄色いカエル。カエルは吐くよゲーロゲロ。
赤青黄色、信号ガエル。みんなで化けてゲーロゲロ。
ゲーロゲロ、ゲーロゲロ。みんなでさわごうゲーロゲロ。
お店の中は、フロアにたくさんいるカエルたちの大合唱と魔女が西洋から持ちこんだ魔術的ユーロビートがなりひびき、あんまりにもさわがしくってフルタの眠気なんてどこかにとんでいってしまいます。
カウンター席の向こうでは、バーテンダーの魔女があやしい毒の調合をしていて、グラスに注いだ毒を使い魔の、おおかみや、からすや、へびに、おぼんにのせてお客のところまで運ばせています。
フルタと提灯持ちはカウンター席に座ったのですが、そんな二人を魔女は怖い顔をしてにらみつけます。
「こら、ろくでなしの提灯持ち。人さらいのうえにうちの店に子どもをつれてくるとはなんてやつだ。さっさと子どもを帰しておいで、さもなきゃうちの子たちに痛いめ見せさせるよ」
提灯持ちのそばで店員のおおかみがするどい牙をむいてうなります。
「まあ、待ちなよ。物事には事情ってもんがあんのさ。あんまり決めつけで怒ってると目先が真っ暗なやつになっちまうぜ」
提灯持ちは魔女に事情を話します。
「他に店はあるでしょう」
「夜通し開いててさわがしいところなんて他にはないさ」
「そんな事を言って自分が遊びたいだけでしょう」
「そんな事はないとも、俺はモダンボウイだからな。禁欲もがまんもお手の物さ。ええと、なんだっけ。ストマックだっけ?ああ、違うや。ストラトスだったかな。ほら、あんたらの言葉にあるだろ。それだよ、それ。だから、ほら、ごたくはいいだろ。一杯くれよ」
魔女はみけんにしわを寄せて何か考え事をしています。おおかみは提灯持ちのくつの匂いをくんくんしきりにかいでいます。きっと、鹿肉の香りがするのでしょう。
「ストイックですよ、モダンボウイ。言い訳に使うのならば言葉ぐらい覚えなさいな。まあ、いいでしょう、お店にはいさせてあげます。でも、毒は出しませんからね。あなたの言い分ならそれでいいはずでしょう?でも、何か注文はしてくださいね。だってここはお店なんだもの、ただでは使わせません」
「そんなぁ」
提灯持ちはがっかりした様子です。フルタは大人は口八丁に生きているものだなあと思います。
フルタたちは黒ヤギのホットミルクを飲みながらカウンターで時間を潰します。
フルタはなんとなしに魔女に疑問に思っていた事を質問します。なぜ、スプーキーたちは毒なんて飲みたがるのかという事です。
魔女は困った顔をします。なぜならば、当たり前に思っている事に疑問を投げかけられると、それをいちいち言葉にして説明する事はけっこう難しい事だったりするからです。だれしもが、深く考えずにしている事ってたくさんあるものです。
魔女はうーんとしきりに考えてから答えます。
「生きている事にあきているのかなあ」
どこかぼんやりとした答えです。
「飲む理由は単純なの。おいしかったり、ふわふわしたり、ぽかぽかしたり、ふつうにはならない変な気分になれちゃうからね。でも、飲みすぎたら気分が悪くなって体を壊しちゃうだけなのに、それでも飲みたがるスプーキーもいるのよね。毒の効果で無理やりいい気分になれるからなんだけれど、一方で毒は大好きだけれどもよりどころにしていないスプーキーだっているわけで。えーとね、難しいなあ。だから、もうちょっと深く考えるとね。私たちスプーキーって死ななかったり、長生きだったり、生まれる事とそれが終わる事がひどくあいまいでしょう。だから、とうぜんのようにずっと生きて、生きられる事がとうぜんになりすぎているの。だからね、時々そのとうぜんのありがたみを確認したくなるのかなあなんて思うの。気分が悪くなるまで飲んで、ああこんなの嫌だ、健康に生きられるのはなんて素晴らしいんだろうって確認するためなのかもしれない、なんてね」
答えた後で魔女はなんだか恥ずかしそうにします。
「いやはや、さすがの年の功。おおいに語られますなあ。ほら、ごらん。ちょいと明かりで照らしてみれば、魔術と薬と厚化粧でごまかした美容のほころびがちらほらり」
提灯持ちがちゃかして魔女の顔を提灯で照らすと、たしかに魔女の顔には深いしわがきざまれています。ですが、それは魔女の鬼のような面相が原因のものです。
こうして、二人は毒飲み屋から追い出されたのでした。
毒飲み屋から出ると、あたりの風景はとうめいな群青色に染まっています。それは夜明けまぢかのかすかな太陽の光と夜の暗闇がまざりあってできる色です。いつの間にか、時間は過ぎて夜が明けかけているのです。一晩降った雪ももう止んでいます。
フルタが鍵をなくしたあの場所に帰ってきたころには太陽はすっかりのぼって、道ばたの雪を溶かして水たまりに変えています。
すると、どうでしょう。昨日はあれだけ探して見つからなかった家の鍵が、雪のかたまりの中から顔をだしてきらきらと陽の光にかがやいているではありませんか。
フルタはかがんで家の鍵を拾います。
すると、フルタの背中ごしにかすかな声がしました。
「もう、明かりは要らぬだろう」
フルタはふり返りました。
そこにはもうだれもいません。フルタの後を歩いていたはずの提灯持ちの姿はどこにもありませんでした。
フルタは家に帰りました。
玄関の鍵をかちゃりと回し、扉を開いたその時に、ふっと大切な事に気がつきます。
「ああ、ありがとうって言ってないや」
そして、フルタの探し物はまた始まるのです。