冷蔵庫の中に残されていった最後のおにぎりと牛乳と
「もう給食の時間始まってるよ。早く一緒に食べようよ」
ざわつく教室の中。
所在なさげに、ひとりぼっちで隅に立っている、細くて色白の女の子に、僕は声をかけた。
「うん」
するとその子は、驚いたような顔をした後で、はにかみながら笑ったんだーー
「なんで今日に限ってこんな夢……」
小学5年の春、転校してきた君と僕が初めて出会った時の夢を見た。
僕はまだ開き切らない目を無理やりこじ開け、時刻を確認する。
「うわっ、もうこんな時間!」
どうやら目覚ましを無意識の内に止めてしまっていたらしい。
僕は包まっていた布団を跳ね除け飛び起きた。
今日は会社で朝一番の会議がある。遅刻するなんてあり得ない。
朝飯は…… もう無理だよな。
出支度を整えている最中、僕は冷蔵庫に残されたおにぎりに気付いた。
しかしそれを手に取る余裕もないまま、僕は自宅を飛び出して駅へと向かった。
「ただいま」
誰も居ない真っ暗な部屋で、僕は電気のスイッチを探る。
点いた明かりと共に目に入ってくる、朝、跳ね除けた布団と脱ぎ棄てて行った部屋着。
それらを見て、もう君は帰ってこないのだ。と改めて思い知らされる。
別に何もできない訳じゃない。
掃除や洗濯、料理だって早く帰ってきた方が担当していた。
だから出たままになっている部屋の姿だって珍しい光景ではない。
ただ、今日は何かを作る気にはなれなかった。
一通り着替えを済ませた後、僕は朝食べ損ねたおにぎりがあると思い出して冷蔵庫を開けた。
「何か飲み物は……」
少し飲み過ぎても、もう怒られない。なら今日くらいは。
「なんだよ、酒切らしてたのか」
中にあったのはポケット部分に入っていた牛乳だけだった。
「なんだよ」
僕は思わず小さく笑う。
「こんな食い合わせ、学校給食以来だろ」
その瞬間、今朝見た夢と同じ君の笑顔が甦った。
「なんだよ」
こんなに長い付き合いになると思ってなかったのにな。
僕は取り出したおにぎりを一口齧った。
「なんだよ」
冷たく固まったおにぎりはとても美味しいと言えるものではなかった。
「なんだよ」
こんなになるんだったら朝食ってけばよかった。
「なんだよ」
誰かに帰りを待っていてもらうって、誰かと一緒に飯を食うって、あんなに温かかったのかよ。
一口ほうばる度に視界が滲んでいく。
固くなったご飯が胸に突き刺さる。
なんだよ、ずっと一緒だと思ってたのに。
もう誰にも注意されなくなった牛乳パックからの直飲みで、僕は胸に詰まったおにぎりを流し込んだ