初ダンジョンの洗礼
「アルフ君。まずは君の使える魔法を見せてくれないかな?」
「僕が使える魔法は火の玉くらいですけど……」
「術者によって威力とかも変わってくるからね、一応見せて!」
「わかりました。火の玉!!」
ピンと肘を伸ばして、目一杯指を広げた僕の手の平から、火の塊が出る。
そこまで早くないスピードで飛んで行く火の塊は、石柱に当たり、焦げを残した。
「なるほど……」
顎を頬擦りながら、クロアシさんは何かを考えている。
僕、魔法の出し方間違えてたかな?
魔法入門書には、肘を曲げずに狙いを定める、って書いてあったんだけど。
狙って場所に当たったし、何かいけない事でも……。
「アルフ君、次は狙いを定めずに全力で打って見て」
「狙いを定めずに、全力で? わかりました。やってみます。火の玉!」
先程の3倍程度の大きさと速さで、火の塊は発射される。
魔法が発射される反動で、僕の体は後ろによろめく。
そして、物凄い勢いで天井に直撃した。
天井がパラパラと崩れ、さっきよりも威力、スピードが上がっているのが分かる。
ただ、狙いを定める事は出来なかった。
す、すごい! 今のが僕の魔法!?
魔法の威力って、自由自在に変えられるんだ。
入門書には魔法の出し方しか書いてなかったから知らなかった!!
「まぁ、最初は思った通りに飛んで行かないけど、慣れれば使いこなせる様になるから」
「は、はい! ありがとうございます!」
自分の魔法でも、使いこなせれば武器になる事を知って僕は感動している。
初心者は成長スピードも早いとは良く言ったものだ。
「ただアルフ君、魔法は使いすぎると魔力切れをしちゃうから基本的には剣術や武術で戦うんだよ? 魔法は大事な時にとっておくんだ」
「僕、剣術も武術もあまり得意ではないんですけど……」
「はは、最初は皆んなそうさ。俺が初心者冒険者に1つだけアドバイス出来るとしたら、『努力しろ』っていうかな」
クロアシさんはとてもカッコよく見えた。
余裕があって、それでいて優しくて。
僕に、この人みたいな冒険者になりたい、と思わせる人だ。
それにしても、ダンジョンってこんなに暗いのか。
もうちょっと強めのライト用意しておけばよかった。
「日の光」
クロアシさんが魔法を唱えると、半径10メートルくらい先の道まで明るく灯された。
「す、すごいです! こんな魔法使えるなんて!」
「日の光はそこまで難易度の高い魔法じゃないから、今度教えてあげるよ」
「ありがとうございます!」
僕は初心者冒険者として、着実に1歩ずつ成長して行ける気がする。
努力、そして積極的に誰かに教えてもらう。
これが成長するにあたって、一番大切な事だ、ってどっかの本にも書いてあったし。
なんか楽しくなってきた。
初ダンジョン。初成長。
だんだん冒険者らしくなってきたんじゃない?
「グァァァァアァ」
「皆んな、止まって!!」
細い道を少し歩いていると、ツノを生やした犬の様な魔物が喉を鳴らしながら僕らの前に姿を現した。
「バッドドッグか。アルフ君、魔物の倒し方を見てて」
クロアシさんは素早い身のこなしで、マッドドッグと呼ばれる魔物に近づき一閃。
先輩の一太刀は、僕の目では追えないほど早く、正確に、魔物の首をはねた。
「こんな感じ?」
開いた口が塞がらないとは、こういう場面で使われるのか。
あまりに一瞬の出来事すぎてコメントの仕様がない。
ていうか、クロアシさんじゃ強すぎて見本にならないんじゃ。
「ん? どうしたアルフ君? 固まっちゃって」
「あ、いや、すごいです! あんなに早い動きと剣さばき見た事ないですよ」
「ふっふっふ。それは俺が特殊スキル【剣術】と【スプリンター】を持っているからだよ」
「特殊スキルって持ってるだけで効果あるんですか? 僕の【逃げ足】は特定の時しか効果を発揮しないんですけど」
「それは種類によるね。俺の【剣術】は剣を振るスピードが上がる、それと【スプリンター】は最初の5歩だけ爆発的な速さで移動できる。これを合わせると、中々強力なんだよ」
強力な特殊スキルだなぁ。
僕の【逃げ足】とは、えらい違いだ。
「ま、アルフ君はまだ初心者だし、特殊スキルは気にしなくて大丈夫だよ!」
「は、はい! わかりました」
僕はクロアシさん達の後ろを着いて回り、どんどんダンジョンの奥へと進んで行く。
結構入り組んでるんだな。
分岐点もいっぱいあるし、ダンジョンってどれ位深いんだろう。
「あ、あの、ダンジョンって、どの位の大きさなんですか?」
「それはダンジョン毎に違うからわからないな。でも一応地図はつけてるよ」
クロアシさんが持っている紙を見ると、事細かく僕たちが通ってきた道筋が描かれている。
こういうところもしっかりしてるんだ。
クロアシさんのパーティーは順調に歩を進め、赤く光る小さな宝石が置いてある場所に辿り着いた。
「クロアシさん! これがダンジョンクリアに必要な宝石ですか?」
「そうだ、結構重いぞ、持ってみる?」
宝石を持つと、小さいのにかなりズシリと来る重さだった。
これを外に運べばダンジョンクリアで【ゲート】は閉じるのか。
なんか、ワクワクするなぁ。【ゲート】が閉じる瞬間ってどんな感じなんだろう。
宝石を見つけ達成感と期待感で僕の胸は踊っている。
「さぁ、ダンジョンから出ましょ! 僕、クロアシさんに聞きたい事がたくさんあります!」
「はは、急に元気になったな。俺が答えられる事ならなんでも教えてやるから、そう急ぐな」
僕達が来た道を帰ろうとしたその時、
「グギャャャァァァァアアア!!!」
とてつもない地響きと共に、魔物の叫びごえが聞こえる。
やった! もう一回クロアシさんの戦闘が見れる!
次は見逃さないぞ!!
僕の考えは甘かった、と言うよりも、僕は浮かれすぎていた。
僕達が来た道を塞ぐかの様に立ち塞がるのは体長10メートル以上もある龍。
固そうな鱗は黒光りし、赤く染まった目は、僕に恐怖を植え付ける。
その魔物の大きさ、迫力を見て僕は震えが止まらなかった。
「ヴェノム龍だと!? な、何故こんな所に、かつて一国を滅ぼした魔物がいるんだ!?」
ヴェノム龍の伝説は僕も小さい頃よく聞かされた。
なんでも世界を5カ国から4カ国に変えた魔物らしい。
「みんな逃げろ!! こいつとは戦っても意味がねぇ!!」
声を荒げて逃げろ、と言ったクロアシさんの言葉に反応は出来たが、僕の体は言う事を聞かない。
ガチガチに固まった体は、走る事を許さず、小石に躓いて僕は地面にひれ伏す。
まるで猫に追い詰められたネズミの気分だ。
し、死ぬ……、だ、誰か、助けて。
「た、助けてぇー!!」
16歳にもなって恥ずかしいが、僕は泣きながら助けを求めた。
顔を上げると全員僕に背を向けて走っている。皆んな僕を置いて逃げたのだ。
「う、嘘……でしょ? クロアシ、さん、助けて、くださいよ……」
クロアシさんは一瞬振り向き僕の方を見て、目を強く瞑った。
見捨てられた……、嘘だろ?
あんなに良い人だったのに……。
僕はここで死ぬの?
「グァァァァアアア!!」
ヴェノム龍は口に火を溜めている。
あんな物を吹かれれば、骨も一瞬にして溶かすだろう。
そして黒い怪物は躊躇なく、口に溜めた火を放った。
何故か目の前で固まっている僕にでは無く、クロアシさん達が逃げている方向に向かって。
炎は地面すらも溶かす火力でクロアシさん達に襲いかかる。
「走れ! とにかく走るんだ!!」
「ギァァァァァス!!!」
もう一度、ヴェノム龍の咆哮が牙を剝く。
全速力で逃げるクロアシさん達だったが、目の前に広がった光景は地獄絵図だ。
足が溶けて動けなくなる人、腕が溶かされ泣きわめく人。
クロアシさんは腰から下を溶かされ、それでも腕の力でなんとか這い蹲り逃げようとしている。
「み、皆んな、這いつくばってでも逃げろぉー!!」
悲痛な叫び、そんな事をヴェノム龍が気にするはずもなく、地面に這いつくばるクロアシさんにドシンドシンと地響きを鳴らしながら、巨体が近づいて行く。
「や、やめろ……、どっかに行け! あっちの初心者を殺せよ! なんで俺t……」
プチっと、人間がアリを踏み潰すように、ヴェノム龍はクロアシさん達を踏み潰した。
「……」
次は……、僕の番か……。
涙は止まっている。絶望の淵に立たされると、自然に諦めがつくらしい。
今の僕に恐怖心など一切なかった。どうせ死ぬと理解したから。
今日、冒険者となった僕から、冒険者志望の人に伝えよう。
止めておけ。こんな仕事、命が幾つあっても足りやしない。