75 対決:カナディア(後編)
カナディアに抱きつくまでは絶対に負けられない闘志を抱いた上で戦っていた。
でも今、こうやって両手でカナディアを抱きつくと彼女と過ごした情が闘志を打ち消していく。
俺は寂しがり屋だ。
【アサルト】からパーティを追い出された時も怒り半分、悲しさ半分だった。
長年切磋琢磨して共に戦ってきた仲間から追い出されたのは本当につらかった。
そして今、もう一度……大切な人が離れようとしている。
「カナディア頼むよぉ。そんな冷たい目で俺を見ないでくれ。いつものように笑っていてくれよ……。俺はカナディアが笑った顔が大好きなんだ」
「……っ」
「君の作ったカレーライスや肉じゃがが大好きだ。一緒に寝た時の……君のぬくもりにとても癒やされるんだ」
脳裏に浮かぶ……この半年の記憶。
わずか半年なのに長年の感覚に思えてくる。
それほどカナディアとの暮らしは俺にとって何よりも重要な時間だったのだろう。
「君がいなくなって……そのつらさがよく分かった。何とか明るく振る舞いたかったけど……やっぱり無理なんだ」
俺はゆっくりとお腹の所から顔を上げるようにする。
「戻ってきてくれ! 俺にはカナディアが必要なんだぁぁ!」
思いの丈をぶちまけた。
戻るって言ってくれるまで絶対に手を離さない。そんな我が儘な感情も芽生えてくる。
カナディアが俺の頭を押し出して両手ではね除けようしたとしても……絶対に放す気などない。
「はぁ……もう」
長期戦を予想した俺の耳にはため息のようなカナディアの声が入ってくる。
「本当仕方の無い人……」
「うっ」
「……顔が見えないのでもうちょっと上がってきてください」
言われるがままのっそりとカナディアの反りだった胸元を通り超える。
その先には呆れてた表情でじろりと俺を見ていた。
でもほのかに頬が赤みを帯びている。
逃げられないように抱きついたままなのは変わらずだ。
「ヴィーノの想いは……その……分かりました。私の負けでいいです……」
「いや、俺はまだ……君への想いを吐けていない!」
「あ、いや……これ以上は嬉しすぎておかしくなりそうなので……だめ」
「嬉しい……? じゃあ!」
カナディアは頷くように首を動かす。
「夫の戻ってこいに応じるのが妻の役目ですから……」
「よがっだよぉぉぉぉぉ……」
「ちょ、泣かないでください!!」
やっぱりカナディアは優しいままだった。
優しい声で語りかけてくれることに涙や鼻水が止まらない
「あの……そろそろ放してもらえると……」
「ぜっだいばなざなない!!」
「もー、悪い気はしませんけど」
「ようやく……終わったみたいね」
声のした方へ顔を向けると何もない所から突如スティーナが現れた。
予想通り、幻影魔法で姿を隠して覗いていたようだ。
「ハラハラしたわよ。どっちも本気で戦うだもん」
「あ、ヴィーノ! ストレートとかジャイロとか本気で私にぶち込んでましたけどどういうことですか!! 何度か命の危機を感じましたよ!?」
「俺の全力をかわすもんだから……つい、力が入って。カナディアだって結構本気で技を撃ってこなかったか?」
「夫が悪い時、妻の暴力は許されると母上から聞きました」
スイファンさんはどういう教育をしているんだろうか。
まぁ……今回の一件俺が一番悪いのでカナディアに対してこれ以上文句はない。
思えば地雷ポーションとか踏まれて直撃してたら結構まずいことになっていた。
……お互い何もなくてよかった。
「もう暗くなってきたし戻るわよ。ヴィーノもカナディアもそんなところでいつまでもいるわけにはいかないでしょ」
「そうですね。ではヴィーノ……。手を……」
それでも俺は抱きしめた両手を外さなかった。
ここで外してしまえば……また繰り返してしまう。そう思ってしまったからだ。
カナディアを抱いたまま碧色の瞳をじっくりと見つめる。
「カナディア。聞いてくれるか? 何度も足踏みしたけど……言わせてくれ」
「え、……あ……はい」
「カナディア、俺と結婚しよう。正式に俺の妻になって……一緒に生きよう」
「っ!」
「遅くなってしまった。でも……もう迷わない。俺は……【カナデ】、君を愛している」
カナディアの真名は【カナデ】だ。
黒の一族で黒髪の子供には名前と共に真名がつけられる。
基本的に真名は名前の一部分であることが多い。スイファンさんならスイ。シュウザさんならシュウである。
そして真名は夫婦間でのみ……呼び合う関係だ。
親や子供ですらその領域に侵入することはできない。
「いいんですか……? 真名で呼んだらもう……逃げられないですよ」
「俺は今回はカナデを連れ戻し、カナデを妻にするためにここへ来たんだ。俺の覚悟を見てほしい」
「ありがとう……ございます」
カナデの瞳から涙がポロリと落ち始める。
だけど……その表情はとても美しい笑顔だった。
「真名で呼ばれることってこんなに嬉しいんですね……。私がヴィーノのことを大好きだからかな」
「じゃ……じゃあ」
「はい……。お受け致します。私は……ヴィーノの妻になります……なってるつもりだったんですけど……正式になるんですね」
「ありがとう! ……俺、絶対にカナデを幸せにする! だから……うぅ!」
「もう、涙に鼻水、汗まで流して……。ん? 汗? 何で……そんなにダラダラ汗を流してるんですか?」
「ヴィーノ、さっきからあなた腹からぐるるるるって音が鳴ってるけど……」
「ポーションを限界の12本飲んだから……腹が限界なんだ」
飲んでからすでにかなりの時間が経っている、
俺の尻はすでに暴発寸前だった。
「ちょ! 何考えてるんですか! は、離してください!」
「嫌だ! 例え漏らしたって絶対離さないぞ!」
「も、もう求婚したんだからいいじゃないですか! 後でいっぱいお話しますから!」
「そう言って逃げるんだろ! 俺は絶対、絶対カナデを離さない! うぐっ! おおおおお!」
「いやああ! ヴィーノのバカァ!」
カナデからビンタを何発かくらいながらも決して彼女の体から手を離さなかった。
後に……どういう結末を迎えたのか、あえてここで話すことはやめよう。
カナディアとの決戦、無事決着となります。
元々真名という設定は初期から考えていました。
黒髪ということで日本名っぽくしたくてカナデ→カナディアというネーミングとなっています。
今後、ヴィーノだけがカナディアをカナデと呼び、それ以外はカナディアと呼びます。
それが2人の夫婦としてのあり方って感じとなるのです。
3章完結まであと数話となりますが最後まで宜しくお願いします。
そして書影が公開され、TOブックス様より2月20日に発売となります。
活動報告にて書影を入れさせて頂きました!
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1472085/blogkey/2701088/
今後、ラフ絵や発売直前には口絵も公開される形となるのでお楽しみ似た抱ければと思います。






