66 黒土の森
SS級ダンジョン黒土の森。
最南の村を朝一で抜けて、2度のセーフエリアで野営の後、到着することになる。
「眠い……」
「大丈夫か、スティーナ」
「うん……」
スティーナの体調はよくない。
まだ長期での旅の経験の少ないスティーナは野営のスキルが低い。
ずっと歩き続けていた草原は見晴らしが良くて魔獣にもすぐに対応できるが、逆に野営時は目立つために気を配る必要がある。
ペルエストさんが作成したセーフエリアのおかげで安全は保たれているが確実ではない。
やはり交代で見張りの番をしなければならない。
今回は8割ほど俺が番をしたんだけど……それでも駄目か。
「今後1、2週ずっと外に出る時だってあるんだ。早めに慣れるようにな」
「うん、分かってる」
「何がそんなに寝れなかったんだ? 狼の遠吠えとかはあったと思うが」
「ヴィーノがいつ襲ってくるか心配で全然眠れなかった……」
そんな言葉に思わずずっこけそうになる。
いくらなんでも寝ている女の子にそんないたずら……、いたずら……。
「ソンナコトシナイヨ」
「カナディアにはするのに?」
「シテナイヨ」
押し倒したことを見られていたが変なことしているところは見られていないはず。
まさか魔獣ではなく俺が原因だったとは……。
馬車で最後に触りまくったのが駄目だったか。
胸とかお尻とかは触ってないし、痛恨のビンタを2発もらったからおあいこだと思ってがやはりいかんかったか。
今後は信頼回復のために真摯な対応を……。
「襲ってくるの待ってたのに」
「んんーーっ?」
「もういい、早く行くわよ」
スティーナの考えてることがマジで分からん。
機嫌が悪いのは馬車で悪戯したのが悪かったのか、野営の時に襲わなかったのかどっちなんだ!?
いや、そもそもこんなことするためにここに来ているんじゃない。切り替えよう。
黒土の森は特徴のないごく普通の森に見える。
前を進めばB級の魔獣が積極的に出現してくる。
この程度ならポーションの早投げ連投ですぐ終わる。
やはりSS級ダンジョンとは名ばかりのようだ。
「スティーナは前に出過ぎるなよ。俺も集団戦は得意じゃない」
「ふわぁ……。そうする」
ポーション投擲の弱点は1発に1体しか当てられないことだ。
複数の相手に効果のある特殊なポーションもあるが、作成コストが高いので無駄に使いたくはない。
費用対効果が見込める魔獣じゃない限りはなるべくただのポーションで対応したいのだ。
やはりカナディアがいてくれたら悩まずにいられるというのに……。
まぁ早投げで複数にも対応できるが魔法使いやカナディアの範囲斬撃に比べれば即効性は低い。
2、30も敵が一気に現れるとちょっときついんだよな……。
防衛戦ならポーション・ミサイルとか使えるんだけどあれも準備が必要だ。
スティーナも眠そうだが元怪盗だけあって危機察知能力は高い。
敵の攻撃を無駄なく避けていく。
スティーナのスピード、回避力はA級を超えていると思う。
スティーナが攪乱した敵を俺が確実にポーションで仕留めていく。
ペルエストさんの話だと黒土の森はそんなに広くない。
ただ……広域魔法をかけられていて順路通りに進まないと入口に戻されてしまうと言っていた。
ペルエストさんに聞かずに突き進んでいたらここで立ち往生することになっただろう。
目印を確認しつつ先へ進む。
開けた所に到着した先には巨大なゴーレムが待ち構えていた。
魔導ゴーレム。体は鋼鉄でできており、その鈍重な動きを魔法で制御している。
古代文明の兵器が現代においても残っているとか……。
一番すごいのは倒しても蘇る所だろう。ペルエストさんも毎回倒していると聞く。
「あたしがこの前倒したエイアー・ゴーレムとはやっぱり違うわね……」
黒髪の集落へ向かう最後の壁ということだろう。
ゴーレムの周囲には魔力の力場が発生する。
ペルエストの話だと魔法を遮断する障壁らしい。
シィンさんレベルの魔法でないとまともにダメージを与えられないとか。
そして体は鋼鉄で出来ている。単純にエイアー金属よりも恐らく硬い。
「ねぇ、ヴィーノ。カナディアもなしであんなのに勝てるの?」
「スティーナ見ていろ。ポーション卿の本気ってやつをな」
本来であれば弱点を探し出し、そこを責めるのが当たり前だ。
しかし……そんなことをしている時間なんてないし、やる必要がない。
ゴーレムが俺達の存在に気づき、瞳を魔導で光らせゆっくりと近づいてくる。
ゴーレムには多数の武器が内蔵されており、それが展開され……迫ってくる。
おそらくここに攻略の鍵があるはずだ。
俺は一本のポーションをホルダーから取り出し、両手でしっかりと握る。
その後すぐに右手に持ち変えて握りをチェックする。
そのまま右手にポーションを掴んだまま両手を天に向けて伸ばす。
次に左足を持ち上げ、膝を使って前へ突き出した。
それと同時両手を下げて腕を大きくまわす。
1日に数回しか投げられない。特殊な投擲。
俺が使えるポーション投擲の中で最も威力のある投げ方だ。
ポーションを高速回転させた結果、貫通能力を追加することが出来、衝撃の力が増す。
鋼鉄? 武器の展開? 魔法の力場?
そんなもの関係ない。
ポーションを本気でぶん投げる。それが一番最強だ。
「ジャイロ・ポーション!」
本気の一撃は力場を突き抜け、ゴーレムの鋼鉄の体に突き刺さる。
金切音を立ててポーションは勢いそのままドリルように鋼鉄に穴を開けていく。
そして、そのまま……ポーションはゴーレムの胸に穴を開けた。
「運がよかったな」
ゴーレムの瞳に宿る魔力の光が消える。
前にも話したがゴーレムには心臓部にコアがあり、それを破壊することで倒すことができる。
今回は胸部にあったようで鋼鉄の体と一緒に破壊できたようだ。
鈍重なゴーレムはバタンとまっすぐ倒れ込んでしまった。
「久しぶりに気持ち良い勝利だったな」
「……やっぱS級冒険者って無茶苦茶だわ」
呆れた声を出すスティーナだが、表情はとても明るい。
さて、最大の障害を超えることができた。
……黒髪の集落まであとちょっとだ。
 






