58 空高く スティーナ視点
「ば、バカなあああああ!」
ドン・ギヨームはへたりと座り込んでしまった。
ご自慢の機械獣がスクラップにされて本当にざまぁないと思う。
でも……問題はここから。
未だにギヨームの手下に囲まれており、戦いながらこの商会を抜け出すのは至難の技だ。
「く、く……しかし、逃げられませんよ! 通路は完全に塞ぎました。逃げるなら窓を破って空へ逃げるくらいですね! 魔法を封じているので不可能ですがァ!」
その通りだ。もし、風属性魔法【スカイ】を使って空を逃げたとしても魔力消費が激しく……逃げ切れやしない。
「どうするの……」
「問題ないよ、手はある」
「はぁ? 逃げられるわけがないでしょう! かぽっ!」
大口を開けたドン・ギヨームの口の中へポーションがつめこまれる。
あのようにつっこまれたら嫌でも中身を飲み干してしまう。
ぎゅるるるるるるるるるる!
「はぅ!」
ドン・ギヨームはお腹を押さえた。
「ゲザイ・ポーションのお味はいかがかな。では去らせてもらう。ポーションレディ! 手はずの通り!」
「お、おのれぇぇぇぇぇ!」
カナディアは大太刀を持って窓の方を進む。
「三の太刀【円波】!」
大太刀を大きく振るい、周囲の男達と窓を一緒にぶち破った。
まさか……そこから飛び降りる?
「よし、進むぞ」
ヴィーノはやや高めの方向にポーションを投げる。
すると少し進んだポーションが一定の位置で浮かんでしまったのだ。
何だろう……何をするつもりなんだろう。
ヴィーノはもう一本同じポーションをぶん投げる。同じく震えつつも浮かんでしまう。
するとヴィーノが急に近づいてきた。
「ひゃん!」
ヴィーノがいきなりあたしを抱え上げたのだ。お姫様だっこするように持ち上げられる。
そのまま……走って展示されている飛行青石のとこへ行く。
「それを取るんだ」
「う、うん!」
目の前の飛行青石を取ると急にポーションが音を立て始めた。
「今だ! 行くぞ!」
あたしを抱えるヴィーノとカナディアはそれぞれポーションの上に乗っかった。
「ゴー! ジェット・ポーション!」
「なああああああ!?」
ズゴゴゴゴゴーーーーーッ!
あたしの声と重なり。ポーションは爆発音を発し、窓を通って空へと発進していったのであった。
◇◇◇
貴族街は王都でも高い位置にいる。
ギヨーム商会の展示室は高所にあるためそこから飛び立つことは王都の空を通るのと同じ。
あたし達はポーションに乗って夜空の中を飛んでいく。
……あたしは夢を見ているのだろうか。
「あなた達、無茶苦茶ね」
「そうかな~」
「私は慣れましたけどね」
これバランス崩して落下したら終わりなんだけど……大丈夫なのかしら。
カナディアも難なくポーションに乗って空を走っている。
「それより大丈夫なの? 追手とか来たら」
「追っては来ない。後ろを見な」
「え?」
後ろを向く。
すると貴族街……いや、ギヨーム商会一帯が……何か淡いピンク色のモヤモヤがかかっていた。
「何あれ……」
「降り立ったら説明するよ……協力者がいるからね」
もしかしたらヴィーノ達が来た時に感じたあの甘いにおいが影響しているんのだろうか。
ヴィーノはマスクを取り外した。
「それより、夜の旅もいいだろう」
「ま、まぁね……」
正直な所、恥ずかしい。
服はビリビリに破かれてるから油断したら下着がポロリだし、思いっきり力強い手で抱かれているし……、何か変な気持ちになる。
お姫様だっこに憧れがあったから胸がどきどきする。
男の人の腕ってやっぱ違うんだぁ。
「飛行青石は……持ってるか?」
「うん」
本物の飛行青石を手に取る。水色に近い綺麗な色のした宝石だ。
空を飛ぶことができるほどの魔力を持つと言われているけど……そんな風にはまったく見えない。
「本物だけど……おねーちゃんはどうしてあたしにこれを盗み出せって言ったんだろう。空へ羽ばたくことができる、そう言ってたんだ」
「なんだ……今、その通りじゃないか」
ヴィーノに言われ周囲一帯を見渡す。空は満天の星空でどこまでも繋がっている。地を見れば貴族街を通り過ぎ、商業街の明かりが無数にライトアップされていた。
そして先には貧民街、スラムも見えてくる。
こんな景色あったんだ。初めて見たな……。
「スティーナはスラムで生まれてずっと王都で暮らしていたんだろ」
「うん」
「お姉さんはさ、怪盗に拘らず、自由に生きろって言いたかったのかもしれないな。空へ羽ばたくってそういう意味じゃないかなって思うよ」
ヴィーノは恐る恐る言葉をかけてくる。
何となくだけど、あたしもそうじゃないかなって思えてきた。
病気になった頃は怪盗ティーナを継がすことで精一杯だったけど、寿命がわずかになって……何も言わなくなったのもそんな気がしてきた。
だから飛行青石を手に入れるという終わりを作ったんだと思う。終わりがなければ……ずっと何も考えず怪盗をし続けていただろうから。
……空は綺麗だ。世界にはもっと綺麗な所がいっぱいあるのかな。
「今までよく頑張ったな……」
「あ……」
頭に暖かい手の感触がし、ゆっくり撫でられる。
あたしを抱いたままなのでやりづらそうだけど、ヴィーノの撫ではとても暖かくて気持ちがよかった。
「ねえ、ヴィーノ」
「ん、なに?」
「助けてくれてありがとう、嬉しかった」
この夜空を見せてくれた彼に精一杯の笑顔をしてみた。
思えば……こうやって笑えたの久しぶりだな。
「お、おお!」
「何よ……オドオドして」
「いや、その……笑った顔もかわいいなって」
「なっ! 何言ってんの、バカぁ! 勘違いしないで! べ、別にあなたのことなんて!」
チャキン、チャキン、チャキン
前方から大太刀を鞘に戻しては抜き、戻しては抜く。それを繰り返す……女が見える。
目から嫉妬の炎を燃やして、流れる黒髪が悪魔のよう。
「私の後ろでイチャイチャイチャ。いい度胸ですね、お二人とも」
「カナディアさん! この状況でカタナ抜くのは駄目! 落ちちゃう!」
黒髪の痴女の怒り顔に怯えながらもあたしは夜空をずっと見ていた。
……次にやりたいこと見つかったよ……おねーちゃん。
どうやって飛んでるか想像できない? 桃白白、柱で検索して出てきた画像のようなことをポーションでやっています。
何を言っているか分からないかもですが私も混乱です!