54 スティーナの素顔
スラムの中央公園でスティーナと出会う。
「あなた達目立つし、あたしの家にいくわよ」
そういえばさっきからチラチラ見られているような気がする。
S級冒険者というよりはカナディアの黒髪だろう。王都でやはりいい目をされていない。
「でも……スラムの人達はこの髪で絡んで来たりはしませんね。商業街や貴族街だとたまにあるのですが」
「あたし達は生きることが精一杯だからね。黒髪なんて言ってる場合じゃないのよ」
そういう意味でスティーナもカナディアに対して悪感情はなさそうだ。
公園を抜け、さらに進んだ集落の奥にボロボロのアパートが見えてきた。
「入って」
今にも崩壊しそうなアパートだった。
俺はあんな目にあったけど旧パーティ【アサルト】にいた時代は順風満帆にクラスアップしたので暮らしが苦しいということは1度もなかった。
スティーナの住む一室は非常に質素であった。
テーブルが1つポツンとあり、さらに小さな台所がポツンとあった。
風呂トイレは見当たらない。これがスラムの現実なのか。
「怪盗の力を使えばもっと稼げるんじゃないのか?」
「あたしはあの力を悪いことに使いたくないの。怪盗ティーナは悪には染まらない。だから全うに働いて、全うに暮らす。それが一番よ」
スティーナと怪盗ティーナは別物と感じているようだ。
もし、スティーナがその力を犯罪に使用しているなら俺は迷い無く王国警察に突き出しただろう。
俺とカナディアはスティーナに言われ椅子に座ることにする。
「っておいおい」
怪盗ティーナの衣装が無造作に床に落とされていた。
「大事な仕事着じゃないのかよ」
「大事か……大事なのかな」
「大事なものではないのですか?」
カナディアの言葉にスティーナは息を吐いた。
「あたしは怪盗ティーナになりたくてなったわけじゃないからね」
「だったらなぜ……ああ、飛行青石か」
スティーナはゆっくりと頷いた。
「お姉ちゃんが病気になって、怪盗ティーナを続けられなくなってすぐはあたしに必死に怪盗技能を教え込んでくれたけど……亡くなる1年前くらいから急に何も言わなくなったのよね」
スティーナは怪盗の衣装の近くにある棚をじっと見ていた。
棚の上には写真立てが一枚、今のスティーナによく似た人と小さい子供が写ってた。これが亡くなったという姉なんだろう。
「あたしは17歳になったら怪盗ティーナを始めるって言い張ったんだ。でもお姉ちゃんは複雑な顔してたの」
妹に怪盗ティーナとして継いでほしいという反面、怪盗に興味がないことを知っていたのだろうか。
会ったことがない俺には分からないが。
「もし怪盗ティーナをやるなら飛行青石を手に入れることを目標にしろってさ。だからあたしはその遺言通りに動いてるの」
「飛行青石を手に入れたら怪盗は止めちゃうのですか?」
「どうだろ……。辞めるかもしれないし……空虚な気持ちになるかもね。あたしはこのスラムで産まれて、スラムで過ごしたわけだし」
「……そうか」
「まぁ……あなた達があたしを王国軍に突き出すって言うなら飛行青石を手に入れてからにして欲しいかな。それで悔いは無くなるから望むなら自首するよ」
スティーナはさばさばと答えを出す。
「俺達冒険者は君を突き出す権利なんてない」
「そう……」
「でもなぁ。君が盗んだ宝石の件でギルドから賠償の補填をしなきゃいけないんだよ。それが何とかなれば」
「あ、そうなんだ」
軽く言われる。
するとスティーナは写真立てのあった棚からガサゴソ書類を取り出した。
そのままファイルごとを俺に渡してくる。
「運が良かったわね。あなたが賠償しなきゃいけない宝石は全部非合法なことで手に入れたやつだし、責任取らなくていいわよ」
「へっ」
スティーナに渡された書類をざっと覗く。
こ、これ……世間に出たらいろいろひっくり返るものだぞ。
賄賂や横領、弾圧の証拠に加え宝石の入手ルートなども書かれていた。
王家とも繋がってんじゃねぇか。これを情報屋に売るだけで巨額の富が稼げそうだ。
「どこでこんなの見つけるんだ……?」
「下見でいつも侵入してんのよ。もし運悪く捕まった時に交渉できるようにね」
スティーナはにこやかに笑う。
不法侵入でつき出すべきかもしれない……。まぁ、見なかったことにするか。
怪盗スキルとはもしかしたらお宝狙いではなくこういった証拠をかすめ取ることを指すのではないだろうか。
これをギルドに提出すれば俺の罪は無くなるだろう。ただ表に出すとエライ話になるので多分握りつぶされる事になるだろうけど。
「でもあなた達に捕まった時は予想外だったわ。あなた達を強請れるものはまだ持ってなかったし」
「……」
「ヴィーノ、顔が真っ青ですよ」
調べられてたら絶対、夜な夜なカナディアの体を弄んでることがバレてしまっていたな。
危なかった……。
心配そうに声をかけてくるカナディアの目を見れない。
「これであなた達があたしを捕まえる理由はなくなったってことね」
「そう……なるか」
「だったらもう、あたしに関わらない方がいいわよ。所詮怪盗ははみ出し者。関わっていいことなんてないんだから」
「うーん、まー。でもあまり無茶なことは」
「何か外が騒がしいですね」
カナディアの言葉に俺もスティーナも外がざわめていることにようやく気付く。
外へ出た所、少し離れた所で人が集まってるようだ。
俺達は野次馬のところへ向かった。すると身なりの良いスーツを着た男達が拡声器を手に叫んでいた。
「怪盗ティーナに告ぐ! 我らの秘宝、飛行青石をかけて貴様に挑戦状を叩きつける! 貴様が貧民街に住むことは知っている。今夜盗みに来るが良い! 捕まえてみせよう!」
おいおい……大規模な挑戦状だなぁ。
しかもあのスーツ姿には見覚えがある。
ギヨーム商会。元々は交易の街で事業を拡大していたが最近は王都まで手を出してきた。
やってることは一緒で褒められたもんじゃない悪徳企業だ。
かつて工芸が盛んな街でやり合ったのもギヨーム商会のメンバーだ。
「スティーナさん、もしかして行くんですか?」
「当然!」
「おいおい……さすがに罠だぞ! でも何でギヨーム商店が怪盗ティーナを……」
「この前あたしが宝を奪って悪事をバラまいた伯爵家はギヨームと太いパイプで繋がってたの。だから復讐でしょうね。でも飛行青石で釣ってくるなんて願ったり叶ったりだわ」
スティーナは覚悟を決めたように燃えた表情を見せる。
怪盗ティーナの活動は基本挑戦状を送って、下見をしてこそ真価を発揮するはず。
大丈夫だろうか……。
「悪いけど……準備があるからここで帰らせてもらうわ。いろいろ巻き込んで悪かったわね、それじゃ!」
スティーナは足早く駆けだし去ってしまった。
こっちの言うこと聞く耳持たずか……。
「ヴィーノ……」
本当に大丈夫だろうか。
何だかすごく嫌な予感がする。
このまま……にしてはいけない。
-所詮怪盗ははみ出し者。関わっていいことなんてないんだから―
俺もカナディアもかつてはみ出し者だった。
1人でも何とかなるって耐え忍んであやうく死ぬかと思うほどの大失敗したんだ。
1人じゃダメだ。
……スティーナを助けてあげたい。
「カナディア……俺についてきてくれるか」
「夫の行く所、地獄まで付きそうのが妻の役目ですから!」
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