50 飛んでくるポーション 怪盗視点
あたしの名は怪盗ティーナ。
先代の姉から引き継いでこの役目を続けている。
今回の標的は悪徳貴族フィルヒーレ伯爵家。
この伯爵家に最近、名高いお宝が運び込まれたと聞いている。
それがあたしの求める宝石、飛行青石かどうかだ。
この悪徳貴族はガラの悪い組織を使って、貧民街の住民に不平等な労働を強いて適切な賃金を払わないように取り計らっている。
私腹を肥やし上級貴族に媚びるやつだ。
あたしは目当てのお宝で無ければ返却するの主義だが、盗んだ先が悪党であればブローカーに売り飛ばして貧民街に還元している。
宝石の額なんて貧民街の住民の多さからすればはした金に過ぎないがそれでもあたしは自分の正義を貫いている。
予告状を送りつけたため、伯爵家の警備は厳重。私兵や王国軍を使って屋敷の周囲を固めている。
あとはマスコミなどにも連絡をしているため野次馬が多く、貴族街へ詰めかけていた。
「レディースエンドジェントルメン!」
予告通りに姿を見せて観衆を煽る。
口上を述べ、全員の目を惹きつける。
「幻影魔法……【ミラージュクリア】」
あたしは得意の魔法を使って……大勢の野次馬の中へ潜り込んだ。
幻影魔法は習得者が少なく見破りにくい魔法だ。
ウチは先祖代々幻影魔法が得意の家系だったこと、姉の指導が上手かったため幻影魔法だけなら世界でもトップクラスに優れていると思っている。
それと盗賊職【シーフ】のスキルを駆使すれば怪盗稼業ならお手の物だ。
大胆な登場で民衆を沸かせて、幻影魔法で人混みの中に紛れて、警備の隙をつく。
さっと伯爵家に侵入し、事前に調べていたルートを使って宝石のある宝物庫へ到着した。
もうこの屋敷には5回以上侵入している。
幻影魔法を駆使すれば発見されることなくお宝を手に入れられる。
わずか5分でお目当ての宝石を手に入れることができた。
「似ているけど違う。オーバルサファイアかしら。でも売り払っておきましょう」
宝石が盗られたことに気付き、侯爵家の護衛や王国兵が宝物庫に詰めかける中、幻影魔法でするりと抜け出して再び、民衆の中に姿を現す。
「狙いの品は確保した! これは皆へのプレゼントだ! 受け取るがいい!」
あたしは懐に隠していた。たくさんの書類を大げさにばらまいた。
お宝を豪快に投げてもいいんだけど……それはさすがにね。
「なんだこれ……」
「伯爵家の裏帳簿」
「脱税記録?」
もうこの伯爵家には用はないので退散だ。
明日の一面、怪盗ティーナの活躍か伯爵家の裏事情の暴露か……どっちになるだろうね。
再び幻影魔法を使い、あたしはいち早くこの場から逃げ出した。
まったくチョロい仕事だ。でもまぁ……王都のほとんどの資産家の家に忍び込んだ。
この前S級冒険者が怪鳥からお宝を持ち帰ってくれたのはありがたかった。
さすがあたしも怪鳥と戦う術はない。……目当てのお宝はなかったけど、悪人からのお宝を大量に売りさばくことができたのだ。
さて、狙いの宝石を持つ可能性がある家は残りわずか。
……もうすぐ終わる。
貴族街を抜けた所で幻影魔法を解くことにした。
「!?」
何かが飛んでくる気配がしてあたしは体を屈ませてそれを避ける。
カチャン
瓶の割れる音。この音に聞き覚えがあった。
「あれを回避するとはさすがだな」
金髪と碧眼の優しげな顔をした男。
ごく一般的な冒険者服に妙なホルダーを腰に巻いているS級冒険者。
「【ポーション狂】ヴィーノ」
なぜあたしの居場所が分かった!?
貴族街からは独自ルートで逃げているので見つかるはずなんてないのに!
どちらにしろ……逃げるしかない。
あたしは幻影魔法を使い、急いで離脱する。
「お、見えなくなった。でもな……俺は目を瞑ってても人に当てられるんだ。つまり見えなくなるくらいどうってことはないぜ」
「なっ!」
前に飛んできたポーションを何とかギリギリ交わす。
あたしの移動速度を計算に入れて、ぶん投げているのか!
やっぱりS級冒険者は無茶苦茶だ!
でも大丈夫、直線で投げられるなら絶対に避けられる。
回避だけならあたしも自信はある。
「次行くぜ!」
【ポーション狂】がまたあたしの方に向かってポーションをぶん投げてくる。
この距離なら問題なくかわせる。
あたしは左に避けた。
「!?」
ポーションがぐいっと曲がったのだ!
それもあたしが曲がった方にまるで意思を持ったように変化した。
「っ!」
左腕を当てられ痛みが発す。
ポーションが割れ、液体がウイッチドレスに付着した。
この液体……普通のポーションじゃない。変な色が染みこんで、光を発している。
「これで見えるぞ! カナディア!」
正面から突如現れた黒髪の【堕天使】が大太刀を持ってつっこんできた。
ま、まずい!
あたしは腰を下ろして何とかその斬撃を交わすことに成功する。
幻影魔法も放つ暇がない。だったらこいつらを倒すか? 戦闘は一応こなすことはできる。
あたしはナイフを取り出す。
ただその瞬間、ナイフは大太刀で切り落とされた。
「ちっ!」
ダメだ! S級冒険者相手に戦闘で勝てるわけがない。
「こんなところで捕まってたまるかァァァァァ! 【ミラージュインクリース】」
幻影魔法 【ミラージュインクリース】を使う。大量に分身を作り、全方位へ移動させることができる。
MPをかなり使用するが逃げるにはこれしかない!
あたしは自分の分身を10人に増殖し、全方位に逃げた。これで攪乱して逃げ通そう。
ちらりと【ポーション狂】【堕天使】の動きを見る。
すると【ポーション狂】は10本のポーションを空中に浮かべていた。
「オララララララララララッ!」
10本同時に投げやがった!?
あいつの投げるポーションがあたしの胸を強打し、思わずうずくまってしまう。。
足を止めたらまずいと無理して立ち上がった先には……【堕天使】がいた。
「0の太刀【コショウ】」
「へ?」
【堕天使】は何やら粉をあたしの顔をめがけて振り下ろした。
たまらず吸ってしまったあたしは鼻が急にムズムズし始めた。
だめだ、我慢できない! くしゃみが出る!
「は……は……ハク……がぽっ!」
大口を開けたあたしの口に挟み込まれたそれはポーションだった。
予想もしない攻撃にあたしは自然と中身を飲みきってしまう。
「……だ……めだ」
やっぱり……毒のポーション。
寝ちゃだめだ……寝たら……でも、耐えられなかった。






