05 全力全開
聞いたことがある。
A級冒険者【ソードマスター】であるカナディアは背の丈ほどある大太刀を使用すると……。
確かにその華麗な太刀捌きは鮮やかで、美しかった。
端麗な容姿に輝いて揺れる黒髪。彼女を死神だなんてなぜ言えようか。
タイラントドラゴンの鋭利な爪を華麗に避けて、返す刀で相手へ傷を与えていく。
ドラゴンの動きは巨大ながらも素早い。
おそらくA級パーティ【アサルト】の面々だと避けられぬままやられてしまうだろう。
だが同じA級だというのにカナディアはダンスを踊るように避けていく。
ドラゴンのブレスを避けたカナディアは俺の近くに着地した。
カナディアの意図を聞かなければならない。
「なんで……君もケルベロスが狙いだったのか」
きょとんとした顔でカナディアはこちらを向く。
「ポーションをくれたから」
「え?」
「誰かに助けてもらった時は速やかに返すのが家訓ですから」
カナディアはそれだけ呟くとタイラントドラゴンへ走っていった。
たった……それだけ?
たったそれだけでA級パーティ5人が攻略するダンジョンの最奥まで来たというのか。
俺は隠し持っていた3つの内の1本、ポーションを飲み干した。
傷が癒え、動けるようになっていく。
「もういい! 逃げてくれ!」
だがカナディアは戻らない。あざやかに動いて、ドラゴンの攻撃をかわしダメージを与えていく。
これだけ見ればカナディアが優勢だと思うだろう。
しかしタイラントドラゴンは【S級】モンスター。
A級とは比べものにならないほどのHPと攻撃力、素早さを誇るこのモンスターは何より強靱な防御力を誇っていた。
S級が5人揃ってやっと倒せる魔物をA級冒険者1人で倒せるわけがない。
カナディアは絶対に勝てない。
最初は優勢だった勢いが時間が経つにつれて、怪しくなってきた。
ドラゴンがカナディアの動きに慣れ、カナディアの動きも少し鈍ってきたのだ。
ドラゴンの尾撃が振り下ろされ、カナディアは避けきれず大太刀で防御する。
しかし、勢いは殺せず大きく吹き飛ばされてしまった。
俺はカナディアの元へ行く。
「なんで逃げないんだ! 君なら……勝つのは無理でも逃げ切れるはずだ」
「……そうなったらあなたは殺されてしまう」
単体戦闘力皆無な俺はドラゴンから逃げる術をもたない。追いつかれて食われてしまうだろう。
そんな俺が生き残る方法はただ1つ。
カナディアを囮に逃げることだった。
「逃げてください……」
「あんたを置いて逃げることなんて出来ない!」
そんなことするぐらいなら死んだ方がマシだ。
「正直……1人で戦うのは限界だったのです。でもあなたにポーションをもらえたのが嬉しくて……あなたを守れて死ぬなら……それも名誉かなって」
吹き飛ばされた衝撃で傷だらけのカナディアはそうやって笑って立ち上がる。
そのままドラゴンへ向けかけだしていった。
カナディアはA級になってから傷の絶えない生活だったと聞く。
5人パーティが常識のこの世で1人で戦い続けるのだから当然だ。若い女の子の心が疲れないわけがない。
だからって俺を守って死ぬなんて……そんなの納得できない。
タイラントドラゴンの攻略法は知っている。普通で攻撃してもトドメをさせないため、まずは複数人で叩いて気を失わせる。
そうすると表面の肉質が弱くなり、効率良くダメージを与えられる。そこを一気に斬り裂くのが常套手段だ。
だからたった1人で戦うカナディアでは到底できない戦法だ。
「……どうしたら……どうすれば!」
大太刀の斬撃を歯で受け止めたドラゴンが強烈な突進をカナディアに与える。
カナディアの体は大きく投げ出されて、地面へと落ちる。
「うっ……」
カナディアはうめき声をあげる。
意識はあるようだが、もうHPの限界に見えた。
アイテムはポーションが2つだけ残っている。
この状況でカナディアを逃がす方法はただ1つ。
俺が死ぬことだ。俺が食われてしまえばカナディアも守る対象がなくなり、逃げるしかなくなる。
彼女が逃げ切れるかどうかは分からないがポーションで回復させれば可能性はある。
死ぬのは怖いけど、女の子を見殺しにして生きるよりは……。
1本のポーションでカナディアを回復させ、もう1本でドラゴンの注意を惹きつけよう。
「ごめん、田舎のみんな」
きっと【アサルト】のみんなが良い風に話してくれることを信じて……。
俺はポーションのビンを握りしめた。
全力全開でぶん投げれば……注意を惹きつけられるかもしれない。
そういえば……本気でぶん投げたことは一度もなかったっけ。火力過多の【アサルト】はHPをよく減らしていたからいつも回復優先だった。
まぁアイテムは人に与えるものだ。最近は相手の口の中に入れるコントロールばっかり磨いてたから全力で投げたことは一度もない。
俺が片膝を上げて、軸足に力をこめる。
そのまましなやかに肩に力を込めて、ポーションをぶん投げた。
ドラゴンの気を引かせる。それだけを祈って。
少しだけでいい。
ほんの少しだけ気を引かせたいんだ。彼女が逃げられる時間だけでいいんだ!
だから……頼む! 神様!
お願いします!
だけどその想いは……無情にも果たされない。
なぜなら。
パアァァーーーン!
「ゴゲェェェェェ!?」
ポーションのビンが粉砕される音とメキメキ! と首の骨が砕ける音が同時に響き、ドラゴンの首がそっちには曲がらないよと言いたくなる方へ曲がっていく。
今まで聞いたことがないような奇声を上げたかと思えば……そのまま沈黙した。
「気を引く……あれぇ?」
「ポーションを!」
カナディアの声に我に返り、残る最後の1つのポーションをカナディアの口めがけてぶん投げる。
「んごっ?」
ちっちゃいお口の中にポーションをぶち込んだ。そのままごっくん、カナディアは飛び上がり、近くに落ちていた大太刀を手に取った。
飛び上がったカナディアは空中で停止し、そのまま垂直に刀を振り下ろして落ちていく。
「一の太刀【落葉】!」
沈黙したタイラントドラゴンは肉質が弱くなり、今まで弾いていたその一撃を防ぐことはできず、首がすとりと落ちる。
アンデッドでも無い限り、首が落ちれば生物は死ぬ。
つまり……。
俺とカナディアの大勝利だった。