32 アメリから見たカナディア
「おっし……んじゃ説明すっぞ」
「カナディア、大丈夫か?」
床の掃除を終え、カナディアは未だ息を切らしていた。
俺のことをじっと睨む。
「ヴィーノのえっち」
「いや、そうは言うけどなぁ……」
「でもアメリさんの手技すごかったです。私の苦手な所をピンポイントで攻めてくるからされるがままでした」
「へぇ……」
「おい、コラ。人の話聞いてるかぁ。カナディア、希望すんなら泣くまでくすぐるぞ」
「いやああ、勘弁してください!」
カナディアは両わきをしめて俺の後ろに隠れてしまう。
随分とトラウマになってしまったようだ。
「やるならヴィーノにしてください!」
「おい」
「えー、男に興味はないもん。かわいい女の子だから楽しいんだよ」
「だそうだ」
「うぅ……」
閑話休題。
ようやく、話を元に戻せる。
応接室の2人がけのソファに座って、アメリと向かい合う。
そうだ……これだけは聞いておくか。
「試験の前にその聞いておきたい。アメリはその……カナディアの黒髪はどう思う。S級になったら王都でのクエストが増えてくると思うし率直に君の意見を聞きたい」
「うーん、そうだな。あたしも黒髪は忌むべきものって教え込まれて生きてきたからな。何も感じないってのは嘘だ」
「そうですか……」
ここは嘘をつく場面でもない。
カナディアは王都へは行ったことがないと聞く。
だがS級になれば王都での暮らしを余儀なくされる。
それに同じS級冒険者とやりあっていかなきゃいけない。王都のギルドはS級冒険者が中心だからな。
本当につらくなれば工芸が盛んな街で孤児院の子供達や小規模ギルドで細々と暮らすこともできる。
でも、それではカナディアの夢は一生叶わない。
「S級冒険者で黒髪がどうこう言うやつはいねーよ。頭には差別の意識があってもな」
「それはどうしてだ?」
「ふん」
アメリが小さな手を仰ぐように動かす。
「心がドス黒い奴らとやりあっていかなきゃいけねーんだ。髪が黒いだけなんてかわいいもんだね」
そういうことか。
王国が依頼してくるクエスト。そう易々とクリアできるものではないのだろうな。
アメリから王都ギルドについて話を聞き、気さくに喋らせてもらった。
「じゃ、これからS級ダンジョンの【不夜の回廊】へ行くぞ」
ああ、この交易の街の近くで唯一のS級ダンジョンだ。
俺も入ったことないんだよな……。やはりあそこへ行くのか。
ポーションの準備も万端。悔いが無いように行こう。
応接室を出て、前を歩くアメリを追っていく。
酒場ではアメリの姿を見てどよっとざわめいた。
S級冒険者はその存在だけで敬われる。
ぱっと見12歳ぐらいの女の子にしか見えないが、背負う巨大なハルバードを風属性の魔法を使って操るから【風車】なんて呼ばれるんだ。
それにしても……ポーション卿よりもよっぽどかっこいい二つ名だよな。羨ましい。
ギルドの受付所を通り過ぎたらギルドマスターがアメリの顔を見て萎んだ顔をしてしまった。
さっきは舌打ちしてたってのに……。
アメリが振り返る。
「カナディアの扱いでこのギルドにクレームを入れたんだ」
「それはどういうことですか?」
「単独で動いているA級冒険者がいるってことを王都のギルドに報告してなかったんだよ。単独でA級までいける奴はそうはいねぇ」
アメリはやれやれと肩をすくめる。
カナディアはワンマンパーティと思われていたそうだ。例えるならA級1人で他はB級以下の支援役ばかりで組んでいると思われていたって所だ。
単独冒険者とワンマンパーティでは性質が全然変わってくる。
恐らく支援がいたらカナディアはもっと早くA級からS級へ上がっていたと思う。
1人で戦うことというのはそれほどまでに大変なのだ。特に攻撃特化の職は支援されてこそ真価を発揮する。
クラスアップとパーティ人数についていろんな規約があるんだけど、そこは追々として、単独でA級までいける人は滅多にいないとアメリは言う。
「もっと早く分かってりゃあたしが引き取ったのによぅ~。あたしのフォローであと1人前衛が欲しかったんだ」
S級冒険者からの勧誘、滅多にないことだがカナディアの能力を考えれば当然といえる。
カナディアをずっと1人にさせ続けて、心を消耗させた交易の街のギルドの罪はデカい。そのあたりの話もアメリは知った上でクレームを入れたのかもしれない。
「もし、カナディアがウチに来てくれたらあたしが1時間でも2時間でもこちょこちょしてやるのにさ」
「ひぃ!? そんな長い時間くすぐられたら死んでしまいます!」
カナディアは恐怖の表情を浮かべ、全身を身振いさせた。
遊ばれまくってんな……。
街の正門を抜けて目的地に行こう。
「よし、頑張るぞ!」
「待ちやがれぇぇ!」
その言葉で俺もカナディアもアメリも立ち止まる。
ああ、やっぱり。できれば会うことなくこのクエストを終わらせたかった。
聞き覚えのありすぎる、乱暴で品の無い男の声。
振り向くとそこには……かつて所属していたパーティ【アサルト】のメンバーが揃っていた。






