02 黒髪少女
「はぁ……」
行きつけの酒場で騒いで、帰った4人の後片付けをしていた。
あいつら汚してそのまま帰るからな。酒場の主人もA級パーティに口を出すことができず、無法地帯だ。
だから……俺がこうやって片付けをしている。
「チッ」
片付けを手伝う俺が菩薩のような人間……などと思われるはずもなく、やりたい放題の奴らを諫められない弱者と思われ、このような舌打ちも聞き慣れた。
A級パーティ【アサルト】が立ち去った酒場は次第に他の冒険者達が騒ぎ出す。
トミー達がいる時は静かなものなのに同じA級冒険者の俺だけがいるだと分かると安心して騒ぎ出す。
「おこぼれ冒険者」
「無能なアイテム係」
「何ができんだよ」
最底辺職【アイテムユーザー】の俺には戦闘力はない。おそらく、B級いやC級冒険者に勝つことはできないだろう。
それほどまでに戦闘に特化した能力を持っていないのだ。
だからこそ言われたい放題。そんな俺がバカにされていることもパーティのメンバーは気にいっていない。
これじゃパーティを脱退どころか、冒険者の引退も考えるほどだ。
「うん?」
この酒場はギルドの受付所も兼ねている。
座席から少し離れた受付までの通路を1人の女性冒険者が歩いていた。
女性にしては長身だが細い手足は理想的なスタイルを生み出していた。最低限の防御箇所だけ施されたレザーアーマーが目に入る。
そのアーマーで身を包む、女性の顔立ちは一目見れば誰もが忘れない美しさを誇っていた。
本来であれば酒場にいる冒険者から歓声が上がるものだが……この女性にはそのような声がかけられることはない。
「……チッ、死神が。まだ生きてたのかよ」
「あーあ、酒がまずくなるぜ」
この国では極めて珍しい……腰まで伸ばした黒髪がひらりと揺れる。
そう、この国では黒髪は死を象徴させる言い伝えがあり、蛇のように嫌われていた。
俺は地方の村々の出身であるからそこまで毛嫌いしていないが……子供の頃から噂を聞くほど有名であった。
A級冒険者 カナディア。
この言い伝えによりパーティを組めない彼女は単独冒険者を余儀なくされる。
ただしA級冒険者とあるように破格の実力を持つ。
もし言い伝えがなければ彼女は冒険者として賞賛される立場だろう。
ただ、B級までは難なく昇級していた彼女だったが、A級のクエストは難しいのか、俺のパーティ【アサルト】よりもクエストのクリアに苦戦しているように見えた。
回復役もいないため彼女の白い肌は無惨にも傷だらけとなっていた。
恐らく、回復薬を使い切ってしまったんだろう。
無能の烙印の俺は……自分のことで精一杯だ。
けれども、そんな傷だらけの姿を見て見逃すことなんてできない。
「なぁ」
「……」
ギルドにクエストの報告を終えたカナディアは俺の声かけに視線を向ける。
たがその翡翠の色をした瞳はひどく冷めていて、誰にも心を許していない。そんな風にも見えた。
「随分と傷だらけだな。大変なクエストだったのか?」
「どなたか知りませんが、あなたには関係のないことです。目障りなので去りなさい」
氷つくような言葉にさすがに胸が痛む。
だがカナディアの心情を考えればそのような言動も仕方ない。
俺は【ポーション】を懐から2本取り出した。
ポーションとはコップ1杯分ほどの液体が瓶につめられている万能回復薬で傷を癒やすことができる。
冒険者が所持するのに常識的な回復薬である。
「俺は【アイテムユーザー】だ。店売りのポーションよりはマシだと思うぜ」
その内の一本をカナディアに差し出す。しかし、カナディアは冷たい目を向けたまま受け取ろうとしない。
初対面の男からもらうポーションなんて怪しくて飲めるわけないか。
それも分かっていたのでその内の1本の蓋を開けて、飲み干した。
「これで毒が入ってないって分かるだろ。まっ、飲んでみなよ」
「ちょっと!」
残る1本をカナディアに無理やり握らせて、振り返って酒場の方へ向かっていく。
俺を信じきれないのも良し、転売するのも良し、あげちまったものは何したっていい。
酒場の片付けも終わったし、明日のクエストの準備をするとしよう。
明日のクエストが終わればいよいよ……、S級を受けるための試験が待っている。
……俺は試験を受けるつもりはないから、明日のクエストが終わればパーティ脱退かな。
「この……ポーション、大丈夫なのかな……」
「……ぐびっ」
「っ!? これっ! 傷が……全部癒えていく……」