16 向かった先に
さっきぶつかったのは10歳くらいの男の子。
綺麗な身なりではなかった。
おそらくは……。
「まさか……財布をすられるなんて……うかつでした」
「今は冒険服でもないし、太刀もないから油断しても仕方ないさ」
「よく私がすられたって気付きましたね」
「前のパーティでも何度かあったんだよ。交易の街の方では結構あるんだぞ。この街では初めてだな」
「私……全然気付きませんでした」
「案外手慣れてるのかもしれないな。相手に気付かれず財布を抜き取るのは技術がいる」
「でもヴィーノ……」
「ん、何だ?」
「それでどうして私のお尻を3度も揉んだのですか? 私とてもお尻が敏感なのですぐ分かりましたよ!」
「そそそ、そんなの後回しだ! 行こう」
1回目で財布が無いことに気付き、2回目に思った以上に柔らかいおしりに気付き、3回目は手が勝手に動いてしまったので俺は悪くないと思う。
しらっとした目で見られるが、そんなことで言い争っている暇はない!
早く行かなければ……。
ただ、この手に残る感触はしっかり記憶しておかなければならない。
「ここだ」
「……孤児院?」
工芸の盛んな街のマップは頭の中に入っている。
あの広場から走っていくルートと着ていたボロボロのつぎはぎだらけの服で推測したらここしかない。
そして案の定、さっきの男の子は後ろを向いて他の子供達と話していた。
すぐさま俺はその男の子の首元を引っ張る。
「コラッ!」
「わぁ! な、なんだよ!」
「君が盗んだ財布を返してもらおうか」
「っ! しょ、証拠はあるのかよ!」
他の子供達も騒ぎ始めた。
うるさいが問題はない。
「無いけど、何が飲みたい? 毒に冒されるバブル・ポーションか、麻痺して動けなくなるバインド・ポーション。もう自白剤入りのスピーク・ポーションでも飲んでみるか?」
「ちょ、ヴィーノ。あんまり乱暴しないであげてください」
カナディアが心配そうな顔で俺の側による。
「このねーちゃん、すげぇ美人」
「わー、綺麗な黒髪~」
「長くていいな」
「え、そうですかぁ? へへへ」
絆されてどうすんだ。
最近分かったが。カナディアは褒められるのに弱い女の子だ。流行の言葉で言うならチョロいか。
「どうせまたディノが盗んだんでしょ」
「あ、てめ、アリー!」
ディノと呼ばれた男の子に対して呆れた顔をする女の子。他の子に比べて大人びて言葉もしっかりしている。
カナディアを褒めちぎってる子達が幼いことからまとめ役なのかもしれない。
しかし……足に包帯を巻いてケガをしているのか。
「俺達は冒険者だ。ちゃんと返してくれたら危害は加えない」
「……」
財布を盗んだディノはふてくされたまま何も言わない。
「A級冒険者は街の自治に口出しできる権利を持つ。この孤児院に対して……何かすることだってできるんだ」
「なっ! 卑怯だぞ!」
「ケンカを売る相手はちゃんと見た方がいい」
やる気はないんだけどな。そもそも今の俺の評価はなんちゃってA級なのでそんな権利も多分ない。
後ろでカナディアがオロオロしてるし、横暴なことをする人間と思われたくはない。
だけどこの子供達は覚えておいた方がいい。
上級冒険者ってまともなのもいるけど、同じくらい自分勝手なクズも多い。
旧パーティのあいつらだったら同じ状況なら何かした可能性があった。
「あ、あの……財布を返して頂けませんか。お金はいいので、その財布は母からもらった大事なものなんです」
「なんだよ! A級って……ザコそうなおっさんとぼんやりでまぬけな顔したねーちゃんだから行けると思ったのに!」
「ザコそうなおっさん!?」
「ぼんやりでまぬけ!?」
二重できつい!
こんなに胸が痛い経験をするハメになるとは……。
とりあえずこのガキには痛い目に合わせたい。ポーション5本ぐらい飲ませてやろうか。
「な、何をしているんですか!」
突如の声に俺もカナディアも視線をそちらに向ける。
眼鏡をかけたエプロン姿の若い女性がぐっとにらみつけてきた。
「先生!」
少年が急に暴れ出したため思わず手を放してしまう。
少年とさらに小さな子供達が女性の後ろへとまわった。
「子供に乱暴なことしないでください!」
「わ、私達は……」
その強い言葉にカナディアは動揺する。
俺はカナディアの前に手を差し出し、前に出ないようにした。
当然、孤児院だから大人はいるわけだ。細工はしてある。さっさとこんなやりとり片付けよう。






