119 王族
S級クエストに設定されているものは多岐に渡る。
強力なS級魔獣を倒しに行ったり、難易度の高いS級ダンジョンを探索したりするのが有名だと言える。
俺のようなS級になって1年も経たない冒険者にとって一番やっかいなクエストがこれだったりする。
「今日という日を大変楽しみにしておりました。宜しくお願い致します」
実に高貴なお方が俺に対して頭を下げていた。
ウェーブがかった桃色の髪はお日様の光をたっぷり吸収して光輝いていた。
気品の顔立ち、至る所に散りばめられた装飾品の数々、丁寧な言葉使い、歩き方や表情まで落ち着いていて美しい。
お忍びだというのにお忍びとは思えぬほどの上等な着衣に庶民の俺は声が出ないというものだ
彼女は王国第一王女シュトレーセ様である。
王族や上級貴族の護衛もS級冒険者のお役目である。
もちろん、お城の中は軍人や近衛兵がお守りするのだが……王都に出て来る時は軍人達より荒い場に慣れたS級冒険者の方が護衛に相応しいと思われている。
「ヴィーノ様、どうかされました?」
「あ、いえ……何でも……ないです」
S級昇格の際、王族やお貴族様について大層お勉強させられたもんだがこうやってお目にかかるとびっくりしてしまうな。
まさかお姫様の護衛をやる日が本当に来るなんて思わなかった。
「悪いな~! ヴィーノのやつ、姫様を守るの初めてだから照れてんだよ! 気にしないでくれ!」
「ふふふ、そうでしたか。これからも護衛をお願いする機会がたくさんあると思いますので気楽になさってください」
「は、はぁ……」
「っても冒険者ギルドまでの護衛だもんな~。今度もっと遠出しよーぜ!」
「そうですね。その時はいつも通りアメリ様にお願いさせて頂きます」
今回のお仕事は王城から王都の冒険者ギルドまでの短い距離を護衛する内容だ。
こんなことにS級冒険者を使うほど……このシュトレーセ様がいかに重要人物であることが分かる。
といっても人よけもしてるし、遠方からも監視及び護衛をしているのでそう危なくないはずなのだ。
俺とアメリは最終防衛ラインって所だな。
「しかしまた……何で冒険者ギルドで。王城に呼べば良かったんじゃ」
「申し訳ありません……。今回はわたくしの我が儘なのです。お忙しい中お二人の時間を奪ってしまっているわけですから」
「あやややや! 深い意味があったんですよね! 小市民でごめんなさい!」
「ヴィーノ、あんたホント小市民だな」
地方の村育ちで王族とか無縁で育った俺がいきなりお姫様と気軽に話せるわけないだろ!
それにしてもシュトレーセ様ってほんと美人だな。
王国随一の美姫という噂。その噂は世界中にも響き渡り、世界で最も美しい女性10選の中に入るらしい。
王国で発行されている新聞の1つキングダム・タイムズで良く見ているが……やっぱり実物が一番だ。
何より声まで美しいのが良い。
王国は性別関係なく王になれるから……次の王はシュトレーセ様が最有力らしい。
「ところで姫様、前言ってた婚約者は決めたのかよ。いろいろと話はあるんだろ?」
「そうですねぇ……。こちらに来てもらうとなると様々なしがらみがあるようで。どなたか良い人はいないでしょうか」
「お、ヴィーノ。名乗り上げてみるか」
「俺はもう妻がいるってば……」
「ふふ、でもヴィーノ様はお若くてS級冒険者ですし、惜しかったですね」
「そうだな。でも姫様。ヴィーノは愛人が2人もいるからやめとけ」
「まぁ……意外に好色な方ですのね」
なんてひどい扱いだ。
ま、でも……おかげで王族に対する緊張感が薄れたのは良かった。
しかし、アメリの奴すごく気さくだな。シュトレーセ様も気にしていないみたいだし……。
「アメリは何度か護衛してるんだっけ」
「まーな。ほらっ、あたしって愛嬌のある親しみやすい顔しているだろ?」
「子供と間違えそうになるくらいにな……」
確かに同性で年も近い方がシュトレーセ様も気を重くさせずにすむか。
シュトレーセ様って今年で十六歳だったっけ。
「ヴィーノ様は……」
「はい?」
「いえ、何でもありません」
「はぁ……」
口を開こうとシュトレーセ様噤むんでしまう。
まぁ……深く聞くと不敬になりそうだし……ここは押さえるようにしよう。
「姫様って絶対敏感肌だと思うんだよなぁ。隙をついてこちょこちょしてみてーな」
「不敬で処罰されるから絶対やめろよ、俺を巻き込まないでくれ」
わりとワイワイ話ながら歩いていたが二十分ほどで冒険者ギルドで到着した。
本当に護衛なんて必要ないじゃと思うが……でもこの二十分で誘拐などされたら大騒ぎとなるからやっぱり護衛の質は重要だと思う。
当然騒ぎになるのでギルドの表から入らず、裏口から上がることになった。
シュトレーセ様を応接室へ送ったのでクエスト完了だ。あとはギルドの上層部達と会談しそのまま会食で別の場に行くようでそその後の護衛は別のS級冒険者が担当するのでお役御免となった。
「我々はこれで失礼しますね」
「んじゃなー。姫様」
「アメリ様、ヴィーノ様。お待ちください」
応接室の中でシュトレーセ様に呼び止められる。
「実は会談は十六時とご連絡させて頂いたのですが、ギルドマスターには十六時三十分開始と急遽変更させて頂いたのです」
「え、何でもまた……」
「どうしても、冒険者ギルドである方々とお話がしたくて……」
そういえば姫様のお付きの執事とかもギルドの裏口前で待たせていたな。
つまり人払いということか。
その時、応接室の扉をノックする音が聞こえる。
「バーベナ」
シュトレーセ様が急に花の言葉を発し出した。
「パンジー」
その言葉に合わせて扉の奥から花の名前が返される。
この声、聞いたことがあるぞ。
「どうぞ、お入りください」
失礼しますと扉を開けて見知った人物が入ってきた。
「な、なんで君がここに!?」