110 温泉郷の危機④ ※ミュージ視点
「このあたりだな」
ヴィーノと僕は早々に街を離れ、街道沿いからも外れて、何も存在しない草原へ足を踏み入れる。
ヴィーノの読みだと女王アリを討伐すれば指揮系統が乱れ、鋼殻アリは混乱し団体行動が取れなくなるらしい。
鋼殻アリの怖い所は集団で襲ってくることだ。
単体であればただの固いアリなので複数人で叩けばすぐに討伐することができる。
街が襲われる前にヴィーノと僕で女王アリを倒せばこの戦いを早期に終わらせることができる。
でも地中に潜る女王アリを見つけるのは至難の技だ。
「どうやって……女王アリを探すの?」
「女王アリの性質は鋼殻アリの制御と産卵なんだ」
「それは分かるけど……」
「つまり鋼殻アリの制御をするためにはある程度近づかなければならない。何かあった時、鋼殻アリに卵を守らせるためそこそこ近い所に女王アリはいるはずだ」
「それでこの草原なんだね。記者の人に調べてもらっていたんだ」
「ここはあくまで候補の1つだ。だけど街の防衛を考えると……さっさと出現させておきたいな」
ヴィーノはホルダーからポーションを取り出し、地面を掘って、ポーションを埋め始めた。
「もしかしてポーションで女王アリを?」
「ああ。霧隠龍の音波を吸収したアブソーブ・ポーションを複製したからな。複製のたびに効力が落ちるが……女王アリを呼び出させるのはこれで十分だ」
「ポーションってなんなんだろう……」
「投擲武器だぞ」
「回復薬でしょ。ってか投げてないじゃん」
「これから投げるんだよ」
ヴィーノは指で耳をおさえるように僕に指示をする。
これで霧隠龍の音波は3度目。さすがに慣れてくる。
ヴィーノは地中に埋めたアブソーブ・ポーションに向けてまた別のポーションを取り出した。
「音波をこの草原全域、地中も含めて行き渡らせる。さぁ……飛び起きな! 【クエイク・ポーション】」
ヴィーノは別のポーションを握りしめて、思いっきりアブソーブポーションに向けて振り下ろした。
瓶が割れる音がすると同時に霧隠龍の音波が炸裂する。
今回は地中に向けているため……地上の僕達にはほとんど影響がなかった。
だけど……。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!
「どうやら」
「ああ、ビンゴのようだ。来るぞ、ミュージ!」
地中に天敵の霧隠龍の声が響き渡ったため恐怖か防衛かすぐに鋼殻アリが現れ始めた。
それはまさしく女王アリだったと思う。だけど……そのサイズはあまりに規格外で驚愕だった。
「お、おっきいね……」
「こんなサイズとは聞いてねーぞ」
霧隠龍のさらに倍。鋼殻アリが人の半分くらいのサイズであれば……女王アリは人の数倍のサイズを誇っていた。
武装は鋼殻アリと変わらない。ただ……大きすぎることで攻撃力と耐久力は増しているように思う。
卵を守るため女王アリは僕とヴィーノに敵意むき出しで刃を向けている。
「ここで倒しておけば……街への被害が最小限に抑えられる」
ヴィーノは懐からポーションを二本引き抜き、そのまま女王アリにぶん投げた。
ポーション瓶はまっすぐ、矢のように飛んでいく。
あの投げ方でどうやったらあんな速度と精度が出るんだろう……。
ポーションは女王アリの顔面左右にそれぞれ命中する。
パリンと割れる音がしたが女王アリはびくともしていなかった。
「だったら……よっ!」
ヴィーノは大きく腕を振りかぶってポーションをぶん投げた。
さっきよりも早く、勢いも強い。
女王アリに命中。さすがの威力に後ろへ仰け反る。
だけど……傷は見られない。
「鋼殻も女王級ってことか……」
まるで大砲の弾のような威力だったけど……あれでも女王アリに傷をつけられないのか。
女王アリからの鋭い刃の手が振るわれる。
ヴィーノはポーションを掴んで、その攻撃をうまく受け流した。
「ファイア・ポーション!」
ヴィーノは炎属性の魔石が込められたポーションをぶん投げる。
女王アリの体に命中し、炎属性の力が解放され、炎傷を与える。
女王アリに始めて傷を与えられた。やっぱり魔法の力に弱いんだ。
「あのポーションを連発すれば!」
「そうしたいんだけど……あんまり持ってきてないんだよな」
王国にある自宅であれば高価な炎魔獣の素材を使って、炎系のポーションを作れたが……今、出張中のためそれらは持ってきていないそうだ。
あとは作戦開始まで時間がわずかにしかなかったため、現地調達もままならない。
仕方ない……そのために僕がここにいる。
見上げれば巨大な女王アリが君臨している。
こんな魔獣を僕は倒せるんだろうか……。
「ミュージ、頼む!」
ヴィーノは僕に魔法の力を補充する、バッテリー・ポーションを渡してきた。
これに炎魔法を満たせばいいんだ。
霧隠龍の時のように……。体内の魔臓に力を込めて、魔力をゆったりと体に行き渡らせる。
その力をポーションに込めた。
パリン。
その無情な音に血の気が引いた。
慌てて次のポーションに手をかける。さっきと同じように炎の力をポーションに込めた。
けれども……割れてばかりでまったく力が溜められない。
「ヴィーノ! ど、どうしよう! ま、魔法がたまらない」
「分かった」
ヴィーノは一歩下がって、体を捻り、腕を大きくまわしてポーションをぶん投げる。
そのポーションは大回転をしていた。そのまままっすぐ突き進み、女王アリの体を突き進む
しかし……女王アリの甲殻を破ることはできず、無情にも割れてしまう。
「ジャイロでもダメか……。単純な耐久だけは破滅級レベルかもな」
もう一本、さらに一本試すが全然うまくいかなかった。
焦りだけが頭に上ってくる。
ヴィーノの助けになろうとしたのに……これじゃあ完全な足手まといだ。
「ミュージ、撤退しろ!」
「で、でも!」
「このまま女王アリを引きつける。だが、引き続けすぎると子分共を呼ぶ可能性が高い。その時は君を守り切れない!」
だからといってヴィーノを一人残したら女王アリだけでなく、鋼殻アリが大勢でヴィーノを襲う可能性が高い。
それを分かっていながら僕を撤退させようとしているんだ。
僕が魔法のポーションを作ればこんな自体打破できる。
作らないと……作らないと……。
「何でできないんだよ!」
「ミュージ逃げろ!」
「えっ」
気付けば女王アリが目前にまで迫っていた。
ポーションに集中して、全然気付かなかった。
女王アリが鋭い刃を振り下ろしてくる。
それはまるでスローモーションのようで……僕の体は金縛りにあったかのように動かなかった。
ヴィーノ達はこんな攻撃をギリギリの所で受け流すんだ……。
僕と5才くらいしか変わらないのに……やっぱり凄いんだなと思う。
「うわああああああああ!」
「ぐっ!」
痛みはなかった。
振り下ろされる直前に思わぬ衝撃で地面に叩きつけられる小さな痛みはあったけど……。
すぐに何があったか……分かった。
ヴィーノが僕を庇って攻撃を受けたんだ、
ヴィーノの背中をさすると……鋭利な刃で斬られたことによる出血が僕の手に触れる。
そんな……そんなぁ!