108 温泉郷の危機② ※ミュージ視点
冒険者ギルドへ向かうヴィーノ達と別れて僕とメロディは家に戻る。
家へ戻ってすぐにメロディの両親であるおじさんやおばさんに涙いっぱいで抱きしめられた。
霧隠龍にさらわれた件は突然の話だったのでおじさんやおばさん達も把握していなかったけど、あの巨大アリが現れた時にメロディと僕の姿が見えなかったので相当にパニックになったようだ。
メロディを心配するのは分かるけど、僕に対しても涙ぐむ姿を見ると本当に胸が熱くなった。
両親を失い、魔法が使えなくった事故から……迷惑をかけてばかりだったけど、その分はやっぱり恩返しをしなきゃな思う。
僕は冒険者ギルドへ向かうことにした。
「ミュージ……行っちゃうの?」
メロディは不安そうに僕の腕を引っ張る。
さきほどまで霧隠龍に襲われていたメロディは体力が完全に戻っていない。
おじさんやおばさん達と一緒に避難してもらうことになった。
僕も避難するようにと大人達から言われたが……首を振って断った。
一次的かもしれないけど魔法の力が戻ったんだ。少しでもヴィーノ達の力になれるなら今は動くべきだと思う。
守れる力があるなら……それでみんなを守りたいと思う。
僕はなかなか離してくれないメロディのため、もう片方の手で髪に触れる。
「冒険者さんがいるのにミュージが頑張る必要……ないんだよ」
「そうだね。だけど、あの惨状を見ただろ? これからより悲惨な目に遭うかもしれない。そんなの絶対嫌だ。メロディやおじさん、おばさん達を失いたくない」
「私は……ミュージが心配だよ」
「絶対帰ってくるから。子供の頃に約束しただろ? 僕がメロディを守るって言って……守らなかったことなんて一度もなかったはずだ」
「……うん」
「応援して欲しい。この戦いでも……成人して他の国へ行ったとしても最後には絶対メロディのところへ戻ってくるから!」
「うん……分かった。信じてる」
メロディは今日一番の笑みで僕を見送ってくれた。
絶対に生きて戻ろう。そのために……この騒動を解決しなくちゃ。
僕は急ぎ、冒険者ギルドへと向かう。
朝霧の温泉郷、冒険者ギルドの中は重々しい雰囲気となっていた。
この街には最低限の軍事施設しかなく、帝国警察署も大きくない。
周囲一帯強い魔物もおらず、他国から侵略とも無縁のため最低限の防衛組織しかないのだ。
冒険者も当然この街の出身のB級が1人で、あとはC級以下なのは街の誰もが知っている。
今回のような巨大アリに襲われるのは最もだけど、霧隠龍が現れただけでも大パニックだ。
たまたまヴィーノ達がこの街に来てくれたから倒すことができたけど、いなかったらメロディは助けられないし、もっと被害が甚大になっていたに違いない。
「ミュージ」
「あ、シエラ」
シエラは隅っこの方でパンをもぐもぐと食べていた。
いつ見ても何か食べているような気がする。
メロディよりも体つきは小さいのに……どこにそれだけ入るのやら。
……一部分だけ発育が良すぎるけど。
「ん?」
「な、何でもないよ。ヴィーノは?」
シエラが指さした方にヴィーノがギルドの通信機を使い、じっくりと話し込んでいた。
冒険者達はみな不安そうな顔をしている。この街であのような魔獣による事件は1度としてない。
人さらいなど人による事件はあっても街の中まで入ってくるような魔獣の被害はほとんどないのだ。
だから高位冒険者も帝国の首都である帝都の方に多く在籍している。
「ふー」
ヴィーノの通話を終わらせてため息をついた。
「何か分かりましたか!」
「な、何とかなるんですよね!」
「え、S級冒険者がいるんですから!」
次々と言葉が投げかけられる。
皆、安心が欲しいんだろう。だけど、ヴィーノの表情は浮かない。
「王都のギルドに問い合わせてみて魔獣の詳細や生体についてはよく分かった。冒険者や軍関係者しかいないから率直に言うがかなり状況は厳しい」
その言葉に皆、青ざめてしまう。
僕も霧隠龍との戦いに一緒に行っていなければ命の危機に震え上がってしまうだろう。
魔獣の名は鋼殻アリ、アリアドル。
1体だけだと精々C級魔獣レベルらしいが、その恐ろしい所は集団で敵を襲う所だ。
相手に対して数匹から数十匹で群がって獲物を狙うのだ。
幸い攻撃力はそう高くはなく、多少の抵抗で対抗することができる。
もし、危険度が高かったら最初の襲撃でこの温泉郷は全滅だっただろう。
問題は鋼殻と言われる由縁の鋼のように固い甲殻。
並の攻撃を通すことができない。
S級冒険者のカナディアですら1体倒すのに時間がかかっていたことを見ると生半可な攻撃力では倒せないということだ。
鋼殻蟻には女王アリが存在し、産卵だけではなく指揮系統にも影響を及ぼすらしい。
ヴィーノの話では鋼殻アリの襲撃で3つの村が滅んだことがあるらしい、
「鋼殻アリは獲物を狩るのに十分に調査をしてから襲うらしい。大量に地中を移動することから地震のような現象が起こるようだ」
ここ最近起こっていた地震は全て鋼殻アリが原因だったと分かる。
そして、この鋼殻アリには天敵が存在した。それが霧隠龍だ。
鋼殻アリが大好物の霧隠龍は鋼殻アリの大移動を察知してやってくるらしい。
そしてふいに地面から出てきた鋼殻アリを狙って巣に持ち帰るのだ。
巣に持ち帰れなかった時はヒトや動物を狙う時があると言う。
「今までこの街が襲われなかったのは霧隠龍がつまみ食いしてたからだな。あの龍が俺が倒したことで鋼殻アリが一斉に姿を現せたということだ」
「じゃ、じゃああんたが龍を倒さなければこんなことにならなかったのか!」
「どうしてくれるんだ!」
「責任を取ってくれるんだろうな!」
霧隠龍を倒したことに対してヴィーノが糾弾されることになる。
同じ現場にカナディアやシエラもいたのにわざわざ俺と言ったってことは彼女達に矛先が行かないようにしたってことか。
知らなかったとはいえ龍を倒さなければ鋼殻アリの襲来は防げただろう。
だけどヴィーノ達はメロディを助けるために危険を顧みずに最速で助けにきてくれたんだ。
ヴィーノ達がいなきゃメロディは助からなかった。それは間違いない。
僕は一歩前に出る。