103 覚悟を決めろ
「くそっ……まだ頭がクラクラしやがる」
「気持ちわるぃ……」
そこそこ離れていた俺とシエラでこれだ。
スティーナとカナデは完全に気を失っている。
油断したわけではないが……あの魔獣恐らくS級クラスだな。
俺とカナデを手玉に取る魔獣がこんな観光地にいるとは……予想外すぎるだろう。
とんだバカンスだ。B級に行かせるような案件じゃなくなったな。
ここの冒険舎ギルドでは対処できないだろうからちょうど良かったのかもしれないが。
「くっ……」
カナデが飛び起きた。
音波攻撃の直撃を受けて、この復帰のスピードさすがだ。
ようやく俺も頭と耳が落ち着いてきた。
「ここまで見事な敗北は久しぶりですね……」
「ああ、対策していれば何てことはないが」
「頭イタイ……」
「っ……」
スティーナとミュージも目を覚ましたようだ。
ミュージにケガが無いことを確認する。さて……速攻対処しなければならない。
メロディに危機が迫っている。
「セラフィムに渡したあのポーション、何だったの」
「ああ、あれはな」
俺は右手の指にはめたルビーの指輪をかざす。
ルビーから光が浮かび上がり、方角が指し示された。
「これ、カナディアの浮気対策の黒魔術じゃない」
言い方!
まぁいい。原理はそれと同じだ。ポーションにカナデの黒魔術を入れてもらい、マーキング・ポーションを作り出すことができた。
これを敵にぶつけることによって方角や距離がある程度分かることになっている。
頻繁に街に現れているってことはそう遠い所へいないはずだ。さっそく向かおう。
俺はメモにサインと内容を簡単に書いて、ミュージに手渡す。
「冒険者ギルドへ渡してくれ。2体以上はいないと思うが十分警戒して、対策の準備を進めてくれと伝えてほしい」
「……」
「ミュージ?」
「ぼ、僕も……僕も連れていってほしい!」
泣きそうな表情になりながらもミュージは訴えてくる。
「その方角……凰火山だよ!! 多分、そこにあの魔獣はいると思う!」
魔獣が住処にするなら当然か。距離もここからそうもかからない場所に登山道の入口がある。
だけど首を横に振った。
「それはできない。遊びじゃないんだ」
「だけど……ここで待っているなんてそんなことを」
「はっきり言おう。魔法を使えない君は足手まといにしかならない。俺達はこれからS級の魔獣と戦う。メロディを助けつつ……君まで守るのは大変だ」
「……っ」
ミュージは黙り込んでしまう。
悔しいだろう。その気持ちよく分かる。一番大切な人を自分の手で救い出したい。心配で心配でたまらない。
だけど……今のミュージは何もできない。
いや、何もできないわけじゃない。足りないなのはもう一つだ。
俺はホルダーからポーションを2本を取り出して、口同士で連結させた。
2本のポーションが混ざり合い、光を放つ。
「もしもし、ヴィーノだが緊急事態発生だ。バリスさんに変わってもらえるか」
「え、ヴィーノ何してんの」
スティーナが怪訝な声を放つ。
あ、彼女にはまだ見せたことなかったっけ。
カナデが側に寄った。
「最近合成して作ったポーションデンワってのらしいです。短時間ですけど通信機の代わりになるらしいですよ。ポーションがエネルギー源になって声を飛ばせるみたいですよ」
「いや、意味わかんなすぎでしょ」
たまたま遊びで作ってたら出来たヤツだしな……。ポーションデンワ同士の送着信は可能だが、通信機器からの発信を受信できないのが問題だ。
そこはこれからの改善項目だな。
『どうしたのかな』
お、繋がった。
俺はバリスさんに今回の件の報告をした。
そのまま魔獣の詳細データが冒険者ギルドのデータベースには残っていたため、今回の相手が霞隠龍フォグレイズ・ドラゴンであることも判明した。
霞隠龍、霧に擬態して姿を隠して行動をするS級魔獣の1体である。
固体数は多くないようで討伐例も数十年で数体ほどしかいない。
そうなると2体以上生息している可能性はほぼないな……。
恐ろしく強力な音波攻撃に火炎のブレスと鋭利な爪とくちばしが印象的らしい。
種が分かればそう難しい相手じゃない。
ポーションデンワの時間切れもあって通話は終了した。
「よし、メロディが危険だ。早速向かうぞ」
「はい」「ええ」「おっけ」
「待って!」
ミュージは再度声を挙げる。
「悪いが時間がない。分かるだろ?」
「分かるよ! 分かる……けど」
「ミュージ……。ただ待つだけじゃ何も得られやしない。自分に出来る最大限のことを提示できなければ連れて行く意味はない。一番大切なのは覚悟だ」
「覚悟……」
ミュージは反復する。そのまま頭を下げて……思考の後、ぐっと顔を突き出した。
「凰火山だったら昔、飽きるほど行ったことがある。魔獣の住処だって分かっている。だからあの龍は多分僕の知る、あそこにいると思う。僕を連れていけば最速でメロディを助けられる。だから僕を連れていって欲しい!」
懇願するように力強い言葉に俺は嬉しく感じた。
その言葉が欲しかった。
「いいだろう。それなら君を連れて行くメリットもある。ただ……命の保証に絶対はないぞ」
「メロディを失う恐怖よりマシだ!」
カナデと目で合わせ、ミュージを連れていくことを了承した。
だが……温泉郷の冒険者ギルドにも報告はしておきたい。
「じゃああたしが冒険者ギルドに行くわ。多分それが一番良いでしょ」
「スティーナ……。助かる」
スティーナにもしものためのポーションデンワを何本か持たせて、ギルドの方へ行ってもらった。
急いで行かないとな。
「よし、カナデ、シエラ、ミュージ。すぐに向かうぞ」
「はい!」「ん!」「分かった」
◇◇◇
「バリス、カナディアは出張中だったか」
王国、王都の冒険者ギルド。
それはヴィーノが帝国での事件を報告したすぐ後のことだった。
王国のSS級冒険者、ペルエストがバリスの元を訪ねてきた。
王国冒険者の中で最も上位のペルエストだが外国出張がほとんどのため実際に王国の指揮、冒険者の工程管理はバリスに任せている。
「ええ、帝国の方へ行っています」
「そうか、入れ違いになったか。ヴィーノと一緒に行かせているのか?」
「さすがに黒髪のこともありますからね。結果的には良かったのかもしれません」
「何かあったのか?」
「ええ、王国でも発見例の少ない霧隠龍が現れたそうなんです。バカンスのつもりで行かせたんですが、結果的にS級を送りこんで正解だったようですね。温泉郷は地方都市ですから軍もいないですし、冒険者も大したことありません」
「あいつらにとっては予想外だろうがな」
バリスとペルエストはふふっと笑う。
冒険者として活動している以上そのような突発な事件は決して少なくない。
そういった事件を処理できるかどうかも評価項目の1つと言えよう。
ヴィーノ、カナディアというまだ若い冒険者がどのように事件を解決するか……報告を楽しみとしている。
「ん……待て、今霧隠龍と言わなかったか」
ペルエストは急に表情を変えた。
「ええ、それが何か。ヴィーノが報告していましたが」
「もしかして……街に巨大蟻が存在してなかったか……?」
「それは……ああ、そんなことを報告していましたね」
「っ!」
バリスの言葉にペルエストの表情は急変した。
「即刻温泉郷のギルドに連絡を取れ! 霧隠龍を倒してはいけない!!」
「え、……それはいったい」
「下手をすれば……温泉郷は壊滅するかもしれん!」