101 平穏の終わり
それから時はゆっくりと過ぎていく。
帝国時報の取材も無難に終わったようで……記事が出る際は一報くれるように話はつけた。
記者レリーはまじないの影響をそう受けてはいないらしく好意的な取材で終わったとカナデは言っていた。
どうやらカナデと記者レリーの間で繋がりが出来たようだ。俺はあんまり良い印象はなかったが……カナデの夢に一歩前進できるなら良かったと言えるだろう。
本題の地震調査はやっぱりよく分からないので地震の後の朝に起こるという人さらい問題に注力していた。
しかし、この問題100%発生するものではなく、地震の発生源に行っても何も起こらないことも多かった。
そもそも朝霧の温泉郷という名前の通り、朝は霧が凄い。ほとんど前が見えず、下手すれば夜よりも視界が悪いかもしれない。
正直な所捜査は難航していた。
この街に来て5日が過ぎた夜。
メロディやミュージと親しくなった俺達は2人を誘い、一緒に食事を取るようになる。
若い2人をまじえての会話に花が咲く。
食事の後、ミュージを誘って温泉に入ることにした。
「今日はあの3人と一緒に入らないんだね」
「一緒に入れたのは初日だけだっつーの」
俺の邪な気持ちを察してから完全に2日目以降は時間帯を区切られてしまっている。
ちくしょうめ……。
「帝国は王国と違って重婚OKではないんだよね。ヴィーノはあの3人、みんな奥さんにするの」
「しねーよ。カナデは妻だが、スティーナ、シエラは普通の仲間。パーティという意味合いでは特別な人ではあるけどな」
「仲良いよねヴィーノのパーティ。カナディアとシエラは仲悪いけど……あれはあれでって感じだし」
「案外似たもの同士だからな……あの2人。戦闘では息が合ってたりもするんだよ」
「そうなんだ……」
ここ数日、ミュージは俺に話を聞きに来ることが多い。
本当に冒険者自体に興味が出たのかもしれない。
「冒険者は5人パーティが基本だっけ。あと1人はどの女の子を入れるの?」
「女限定にするな。うーん、本当は魔法使いが欲しかったんだよな」
「へ?」
ミュージは驚いたような声を出す。
「君がもし……魔法使えるならスカウトしただろうな。同性の仲間も欲しかったし」
「そう……なんだ。残念……だね」
「実際、ミュージが魔法を使えたら研究所とかにも行くだろうし。こうやって仲良く風呂は入らなかったと思うけどな」
仲間にして欲しそうな感情が少しあるのかもしれない。
だけど俺はあえてばっさり、その感情を切り裂いた。
「そうだね。僕は魔法が使えない」
ただのパーティならまだしも俺のパーティはS級冒険者がいるパーティである。
カナデは当然、S級に匹敵する戦闘力を持つシエラ。支援として使用者の少ない幻影魔法を扱えるスティーナと違い、ミュージは何も持っていない。
感情だけでS級冒険者のパーティに入れてしまうことは良くないのだ。
「昔はメロディと一緒に魔法の練習で凰火山行くことがあったんだ」
「凰火山……。ああ、この街から一番近い山か。でもあそこって魔獣出るから今入れないって聞いたぞ」
「その頃は魔法が使えたから追っ払えたんだよ」
「無茶苦茶しやがる。メロディにいいとこ見せたかったのか?」
「なっ! ……それもある」
この2人、どうやらお互いを想い合っているらしい。
だけど長い時のせいで進まない。幼馴染でよく聞く話だな。
少し顔が赤いのは湯のせいか……それとも。
「昔は僕がメロディを守ってあげたのに気付けば……守れる立場になってしまった」
「だから……つらく当たってしまったのか。この前も言ったが女に当たるのはかっこ悪いからな」
「うん……」
そこで少し話題が止まってしまう。
ふぅ……仕方ないな。
「俺もさ……昔、無能なアイテム係と言われていてな」
「え?」
自分の恥ずかしい過去なんてあまり話したくなかったけど……せっかくの機会だったこともあり秘匿情報以外の昔話をミュージにすることにした。
心の底、どこかでこの子を仲間にして育てたいと思っているのかもしれないな。
せめて……体を鍛えていたら良かったんだけど……そこは仕方ないか。
俺の昔話で何か掴めるかは分からないけど……俺だって初めからS級になれるほど才能があったわけじゃない。
アイテムユーザーはレア職。それだけ聞くと随一とも言えるだろう。
だけどこの職は不遇職と言われている。
今でもそれは変わらない。
俺が必死の努力でマスターしたポーション投擲とうまく噛み合い、さらにカナデと出会えたことで大きく前進したことが要因だ。
どれか1つでも掛けていれば俺はS級冒険者になれなかったと思う。
「どこの国へ行くかはまだ決めかねてるんだろうけど、王国に来るなら応援してやるから」
「うん、ありがとう……ヴィーノ」
もしかしたらこの仕事は和やかに終わるかもしれない。そう思っていた次の日の朝。
俺達4人は地震が最も強かったこの宿周辺を警戒していた。
朝、人さらいがあればすぐに分かるように4人バラけて……配置をする。
もちろんお互いが被害者になったら意味がないので十分に気をつけるように指示をしていた。
今回もきっと何もない……そう思っていた。
その矢先、事件の始まりの信号弾が上空へあがったのだった。
長い一日が始まる。