96 男同士、密室、何も起きないはずがなく
男同士、密室、何も起きないはずがなく……という言葉があるらしいが、何も起こす気はない。
怯えた顔を見せるミュージに何の感情も抱かないまま、俺は起き上がりとりあえず腕を組んであぐらをかぐ。
ミュージは眉目秀麗で幼さを残しつつも見惚れてしまうような顔立ちだ。
俺に抱かれて、小動物のように覚える姿は加虐心を生み出してしまいたくなるものだろう。
その表情は世の中のお姉さんが喜ぶだろうし、メロディが想いを寄せてしまうのも分からなくはない。
外に出て、風がなびく場所でオカリナでも吹こうものならあっと言う間に人を惹きつけてしまうのだろうと思う。
だけど。
「悪いな、男を抱く趣味はないんだ」
「人を思いっきり抱きしめておいて何を!」
「だって女の子だと思ったんだもん。クソッ、このトキメキ返してくれよ、ケッ」
「何で僕が……詰られているんだ?」
飛び起きて立ち上がり、部屋の明かりをつけて椅子に座ることにする。
勘違いとはいえ未成年男子をふとんに引き込んでしまうとは……。
何てむなしいんだ。
「で、何のようだよ。暇だし、付き合ってやる」
「あ……うん」
ミュージは立ち上がり、恐る恐る対面の椅子に座った。
怯えやがって、何という不覚。
「……」
「……」
会話が始まらない。
俺は床に置いてあったホルダーからポーションを取り出し、ミュージに渡してやった。
「あ、ありがとう」
「何だちゃんと礼が言えるんじゃないか。メロディにはあんなにきつい言い方なのに」
「それは……」
ポーションの蓋を開けてぐびっと飲んだ。
つられてミュージも口をつける。
「おいしい……。ポーションってこんなに甘いんだ」
「俺が作ったやつだよ。市販のポーションはまずくて飲めん」
「冒険者ってそんなこともできるんだ……」
「出来るヤツはそう多くはないけどな」
帝国に【アイテムユーザー】はいるんだろうか。
いや、その能力の価値に気付かず冒険者を辞める人も多いからいないかもしれないな。
ポーション投擲はあくまで俺独自の技能による所である。ポーションぶん投げる発想になる人間はそうはいないだろう。
「あ、あの!」
ミュージはテーブルに手をついて、乗り出した。
「僕を……冒険者として雇ってほしい!」
そのためにここへ来たのか。
明日にしようと思っていたがちょうどいい。話を聞いておくことにしよう。
「メリットは?」
「え?」
「君を雇うことで俺……いや冒険者に何のメリットがある。普通は冒険者ギルドに申請をして認められれば冒険者になることができる。それをせず、直接冒険者に売り込むってことは君には何か素養があるのか?」
「それは……ま、魔法に対する知識なら誰にだって負けない! 僕は14年間魔法のことばかり勉強してきたら……その知識を!」
「魔法を撃てない魔法使いに居場所はないぞ」
「っ!」
ミュージは表情が大きく歪む。
「君のことはメロディから聞いている。事故に遭ったこと。魔臓が傷ついて、魔法が撃てなくなったこと」
「メロディ……。余計なことを」
「彼女は本当に君を心配しているぞ。あんなに健気な子に乱暴な物言いをするなんて同性として褒められたもんじゃないな」
「……あんたには僕の気持ちは分からない」
「そうだな。魔法を使おうと思ったことのない俺には分からんよ。でも、人は必ず成人する。その時に自分の将来を考えられない人間は大人にはなれない」
この世はシビアな世界なんだと思う。
わずか15歳で外の世界に放り出されて、大人に立ち向かって行かなきゃいけないのだ。
22歳頃まで親に庇護される世界であればまた違った考えになったのかもしれない。
だけどこの世は自立できない子供にとても厳しい世の中だ。
この世には魔法が使えない人間なんて山ほどいる。
だからこそ12歳くらいから将来について考えるものなんだ。
俺だって田舎で働きたくないと分かっていたから体を鍛えて、冒険者になった。
「それでミュージ。君は外の世界に行くと言っていたらしいが他にアテはあるのか?」
ミュージは首を横に振る。
「その体じゃ前衛タイプの冒険者になるのは無理だろう」
ミュージは線の細い少年だ。
俺の14歳の頃よりも小さい。体を鍛えるということをしていなさそうだ。
スティーナのような特殊技能に秀でたE級冒険者への道もあるが……その特殊技能が何か分からぬ内はうかつなことは言えない。
「魔法が使えなくても戦えなくても仕事は山のようにある。……メロディと一緒にこの宿で働くってのは出来ないのか?」
「……僕はメロディの……メロディの家族に甘えっぱなしなんだ。僕は立派になって恩返しがしたい」
「ここで働くことも恩返しと言えるが。君の気持ちはよく分かる」
田舎の両親、兄弟達に立派で働いていることを証明したかったから。
でっかくなって、立派になったと思われたい。安心させたい。ミュージも似たようなことを思っているのだろう。
お世話になったからこそ立派な姿を見せて何倍にも恩返しをしたい。
「帝国には魔法を研究している機関もあるんだろう? 昔、帝国研究所からも話もあったと聞いていたが」
「僕が魔法使えなくなったと聞くと……きびすを返したように帰っていったよ」
「魔法に関する職は冒険者だろうが研究者だろうが魔法が使えてこそだろうし」
「……今でも魔力自体は自在に込められるんだ。多種の属性を表現することができる。でも出すことだけはできないんだ」
「ん?……それって。ちょっとやってみてくれるか?」
ミュージは目を瞑り、力を込め始めた。
ミュージの周囲には魔力が満ち始めて、淡い色の魔力波が出現し始める。
これはすげぇ……。14歳でこれだけの魔力を生み出すことが出来るのか。
「火、水、風、地、光、闇……僕は全てを扱うことができた」
順番に魔力波の色をその属性に応じたものに変えていく。
「おお! 6属性なんてS級冒険者でもなかなかいないぞ」
単純に使える属性の数が増えるごとに魔力や魔法攻撃力が増大する。
属性の数こそ魔法使いの才能の大きさを示していると言っていい。
かつての仲間、A級のルネです3属性までが限度だった。得意の火しか使ってなかったけどな……。
「これだけ操れても結局魔法を打ち出せきゃ意味がないんだ……」
「完全に魔力が死んでたら諦めもついたかもしれないが惜しいな」
「研究者にも言われたよ。あと20年待てば何とかなるかもしれないって」
「20年はなげぇな……」
その頃には別の手段で魔力を放出させる術が出来ているかもしれないってことか。
だけどそれは今じゃない。
「分かった。知り合いに高名な魔法使いがいる。君の力が何かに役立てるか聞いてみてやるよ」
「ほんと! アンタいい人だな」
「あと、君は口の利き方に気を付けた方がいい。無礼は損だぞ」
「あ、ごめんなさい。えっと……ヴィーノ……さん?」
「ヴィーノでいい。君は敬語とか下手そうだし、気安くて構わん。だけど期待はするなよ。……世の中そんなに甘くないからな」
「うん、分かった」
安請け合いしちまったな……。
本来は受けるべきではないんだけど、手助けしたくなっちまった。
俺自身もアイテムユーザーとして冒険者になって4年間ずっと苦しい思いをしてきた。
武器もまともに使えない。魔法だって使えない。
ただポーションを配給するだけに特化したこの力で無能の烙印を押されて、後ろ指さされて生きてきた。
そして今、成功したからこそ未来ある若者に……はみ出し者になりそうな子供に手を差し伸ばしてあげたくなるんだ。
そんな若者この世にいっぱいいるんだろうけど……俺の目に止まる所ではできる限り助けてあげたいと思う。
「なぁミュージ。っ!!」
その時だった。
【ドドドドドドドッッッッッ】
「ななななんだ!?」
地面が揺れ、びっくりして思わず地面にぺたんと座り込んでしまう。
こういったことに経験の無い俺は困惑してしまった。
対するミュージは静かに待っている。
地震は3分ほど続いて……ゆっくりと止まっていった。
「何だったんだ……いったい」
「最近増えてるよね。数日に1回来るから……僕はもう慣れたけど」
「……これは予想以上だな」
「ヴィーノはこれを調査しに来たんじゃないの?」
ミュージは淡々と告げる。
そう……今回、俺達の外国応援依頼の内容は朝霧の温泉郷で度々発生する地震調査であった。






