11 不用意に近づくと……
早々にウルフ討伐のクエストを終えた俺達は同時に受注したB級クエスト「ガーゴイル討伐」を行うため、人のいなくなった朽ちた教会の地下ダンジョンへ潜っていった。
工芸の盛んな街は前述の通りB級冒険者がほぼいない。
そのため少し難易度の高いクエストはあふれてしまうことが多いのだ。
ちなみにA級難易度のクエストは一括で交易の街で受注するようになっている。
ただ良い時間なのでダンジョン内のセーフエリアで野営をすることにした。
持ってきていた道具を広げて、ここで一晩を明かすのだ。
「やっぱり1人で活動していただけあって器用だな」
カナディアはテキパキと動き、火を起こして、野営用アイテムを展開し、周囲の様子を伺う。
「休憩中に襲撃されるのだけは気をつけてましたからね」
1人旅の1番怖い所はそこである。どんな強者も寝ている時に襲われてしまったらひとたまりもない。
旧パーティでも見張り番は必ず立てていた。半分以上は俺だったし、女共は熟睡しないと動きに支障が出るって言って見張りを絶対やらねーし。
「ヴィーノ。では交代で眠りましょうか」
カナディアの気配りが嬉しい。
まだ若いのにしっかりしている。
黒髪だからと迫害されるのは不憫でならない……。
ちなみに俺はメシ当番だ。
「あ、すごく……おいしい」
干し肉とバジルのクリームスープは俺の十八番の野営料理だ。暖かくて、美味くて、力が入る料理である。
旧パーティでのメシ当番はずっと俺だった。他の奴らが作るメシがひどかったというのもあるが……料理担当でもいいから俺はあのパーティにしがみついていたかったんだよ。
「今までずっと1人で食べてたんで……何か嬉しいです」
「そりゃよかった」
たき火の側、カナディアと俺は向かい合い……和やかに談笑する。
同じはみ出し者のA級冒険者だが、それなりの経験は積んでいる。
過去の経験や昔話で盛り上がった。
このあたりで聞いておくか。
「カナディアは何を目指しているんだ? なぜ冒険者になったんだ?」
俺の問いにカナディアは少し黙り込む。
男ほどではないが、長身で端正な顔立ち。手足はスラリと長く、スタイルだってかなり良い。
嫌な言い方だが黒髪じゃなければ冒険者以外の選択肢もあったじゃないかって思う。
「全てはこの黒髪……ですね」
「黒髪?」
「私は黒髪の一族の末裔なんです」
黒髪が死を象徴する言い伝えがあるのは……いにしえよりその髪を持つ部族が闘争をまき散らしたからとか……そんな根拠のない話が現代にまで伝わっている。
「細々と山の中で暮らしていて、この大太刀の技術も父から譲り受けたものでした」
黒髪の種族は極少数いると言われている。いずれも迫害から逃れるためにほそぼそと暮らしているそうだ。
俺もカナディア以外で黒髪の人間を見たことはない。
俺は金髪だし、薄い色素の髪色が世には溢れている。
「父や母から……外には出るなと言われていたんですが、納得できなかったんです。どうして黒髪ってだけで迫害されなきゃいけないのかって」
「……そうだな」
「だから私はイメージを変えたいんです。S級冒険者になって、大きな栄誉を得ることができれば黒髪の言い伝えだって消せるんじゃないかって」
やる気を見せるカナディアの姿だが、言葉の強さとは裏腹に少し言葉尻が下がっていく。
「でもA級になってから戦闘で躓くことも多くて……死ぬ気で戻っても……暴言を吐かれるばかり。ポーションを買うことすら断られることもありました」
だからドラゴンと対峙して、俺を意地でも守ろうとしてくれたのか。
「ヴィーノがパーティに誘ってくれた時は本当に嬉しかったんです。黒髪が素敵だって言われて……私手入れだけは欠かさないようにしていたから……だから」
「俺が支えてやるよ」
「え……」
カナディアは目をぱちくりとさせている。
「俺自身、パーティを追い出されたこともあって……何しようかってずっと迷ってたんだ。冒険者辞めて田舎に帰ってもいいかと思ってた。でもカナディアの夢を応援したい。どこまでも付き合ってあげたい。そう思ったよ」
「ヴィーノ……ありがとうございます!」
「ああ!」
「ふふ……私は良き妻になりますからね」
「ん。何か言ったか? よし、明日からもっとクエストクリアして頑張っていこうぜ!」
「はい!」
◇◇◇
「すぅ……」
カナディアを寝かせて、俺は火の番を行う。
今までの野営は刀を抱いて寝てたって言ってたから……今こうやって寝転んで寝ているのは俺を信頼してくれているってことなんだろうな。
「しかし……まぁ」
カナディアの寝顔をのぞき込む。
「ほんと……綺麗な顔してるな」
夜空のように輝く黒髪も美しいけど、俺好みの顔立ちってところが特にぐっと来る。
かっこいいこと言って夢を応援したいだなんて言ったけど……結局……助けてもらったあの時にカナディアに見惚れていたのが一番なんだと思う。
カナディアの髪を少しだけ撫でてみた。
「ふふ……」
カナディアは笑った。
……もうちょっと近くで顔を見たいな。
「明日もがんばろうな……っんごっっ!?」
至近距離に近づき、額に触れると同時に両手で体を掴みかかられ、抱きしめられる。
いや、違う。抱きしめるってレベルじゃない、鯖折りレベルだ!
「イタタタタタッ! 折れる……マジ折れる!」
「すぅ……ふふっ!」
「寝顔かわいいなぁ、くっそいてぇ!」
凶悪なハグから逃げられたのはそれから1時間近く過ぎた頃だった。
やっぱりちょっと変わっている。