表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

109/146

94 失意の少年

「帝国のメシも悪くないなぁ。明日からも楽しみだ」


 風呂に上がって部屋へ戻ったらすぐにメロディが夕食の準備をしてくれていた。

 本館で作った料理を今いる別館の宿に運び入れているらしい。

 北の海で獲れた海の幸が存分に使われた焼き魚料理だった。

 多めに作ってくれていたがシエラの奴が食い尽くすとは……メロディもさすがに驚いていたな。


 セラフィムの件があるとはいえ、あれだけの食料のどこに消えていくのやら。


「ん?」


 食後の散歩としゃれ込もうと外に出ようとしていたら……何やら若い男女の話し声が聞こえる。

 しかし、その声色は悲しさが混じっていた。


「ミュージ、たまには一緒にごはん食べようよ……ねぇったら」


 別館の角部屋だろうか。客室とは逆側で俺達が足を踏み入れる所ではない。

 だけど声のトーンが大きくなると気になる。


「お願い……話を聞いて!」

「うるさいな! 僕のことを放っておいてくれ」


 メロディとあとは……風呂前にトイレでぶつかった男の子かな。

 部屋の前で何やら言い争いをしている。


「お節介なんだよ、メロディは!」

「わ、わたしはミュージのために」

「そんなこと頼んでない!」


 ミュージと呼ばれた少年は手に持っていた本をメロディへ向かって投げつける。

 投げた途端、ミュージの顔つきが変わった。

 メロディに当てるつもりはなかったのだろう。

 しかし射線は間違いなく、メロディの顔に当たってしまう所だ。


 ポーションを投げている俺だからよく分かる。そしてそれを防ぐこともわけない。

 急いで前へ出て、メロディに向かって投げられた本を弾き飛ばした。


「あっ……」


「女の子にモノを投げるのは褒められたものじゃないな」


「冒険者さん……」


 悲痛な顔をするメロディと罰が悪そうに顔を背けるミュージ。


「その胸章……S級冒険者のもの……かよ」

「よく知っているな。興味がある……って」


 そこで初めてミュージがいた部屋を見渡した。

 部屋の中全部が本に埋もれていた。

 魔導書……か? シィンさんが持つ魔法書庫に似ている。


「出ていってよ!」


「いや、さすがにな」


「出ていけ!」


 ミュージが本を俺に投げてきた。

 メロディの時は弱かったのに、俺に対しては本気じゃねーか。

 このガキ、ぶん殴ってやろうか。


「冒険者さん……出ましょう」

「お、おお!」


 メロディに連れられ、ミュージの部屋を飛び出すことになった。


 別館の廊下を少し走って、軒下の所で立ち止まる。

 メロディは振り返る。


「冒険者さん! 申し訳ございません。お客様に失礼なことをしてしまいました」


 メロディの誠心誠意の謝罪に俺も言葉が詰まる。

 客商売として当然でのことではあるが……俺もここで横暴な態度を取るつもりはない。

 さきほどのメロディとミュージのやりとり、根が深そうにも見えた。


「もし良かったら聞かせてくれないか。君とミュージだっけ。彼との関係」


「えっ、でも……」


「若者と少し話をしたくなったんだ。食後の腹ごなしにはちょうどいいだろう」


「ふふ、冒険者さん。ちょっと年寄りくさいですよ」


「うぅ……そういうこと言わないでくれよぅ」


 メロディに笑顔が戻る。

 尊厳が台無しにされてしまったが、女の子に笑顔をさせることができるならトータル悪くないのかもしれない。


 俺とメロディは夜空を見ながらベンチに腰かけた。


「ミュージは10歳になるまで……神童と呼ばれるほどの魔法の使い手だったんです」


「その年で魔法を使えるなんてすごいな」


 魔法というものは生まれつきでどれだけ行使できるか決まっている。

 人には魔法を使うのに使用する魔力を溜める臓器、魔臓があることは有名な話だ。

 この臓器が発達しているかどうかで魔法が使えるかどうかが決まる。


 俺はこの臓器がからっきしだ。アイテムユーザーの合成を魔法と勘違いされやすいんだが……あれはまたちょっと違うんだよな。

 あれは言葉で説明しづらいのだけど、魔法の力は単純明快だ。


 生まれつき魔臓が発達している人間が魔法使いになり、腕を磨いていくのだ。


「あの時のミュージは輝いていました。将来、世界一の魔法使いになるんだって言って、帝都の魔法研究所から推薦があったくらいなんですよ」


「そりゃすげぇ」


「わたし、子供の頃はいじめられっ子だったんです。でもミュージがいつも守ってくれて……幼馴染としてすごく誇らしかったです」


 2人の関係が見えてきたな。

 だけど魔法の使い手【だった】……か。


「その1年後に魔導バスの大きな事故があったんです。それでミュージの両親がミュージを庇って亡くなって、ミュージも大けがをしてその代償として魔臓の放出機能が駄目になったんです」


「魔法が撃てなくなったのか」


「はい……。ずっとリハビリをしているんですけど……医者からはさじを投げられて。体はすっかり復調したのに……ミュージの心は荒んでしまいました」


 魔法の放出機能。簡単に例えるなら水のタンクだな。

 水はいっぱい溜められるけど、水を出す蛇口が死んでしまって出せなくなってしまったということだ。

 魔力を魔法として変換することができない。放出機能の損傷は魔法使いとしては致命的な傷となる。


「私の家族とミュージの家族は家族ぐるみの付き合いがあったので……ミュージと一緒に別館で暮らすことになりました」


「なるほどな。家族ではあるけど……血が繋がっていないってのはそういうことか」


 だけどミュージが宿のことを手伝っているようには見えない。つまりこういうことだろう。


「魔法使いは諦められないってわけか」


「分かりますか?」


「あの部屋を見たらな」


 魔法使いを諦めて別の職につく人も多い。

 アメリの様に魔法も前衛もやれる人は潰しが効くものだ。

 しかしミュージは魔法に拘ってしまったんだろう。たくさんの魔導書を読み込み、いつか魔法が撃てるようになると信じて研鑽をし続ける。


「わたしもミュージももうすぐ15歳になるんです。15歳になったら成人として働かないといけません」


「メロディは宿に残るとして……ミュージはどうする気なんだ?」


「外の世界へ出ると言っています。でも……魔法の使えない今のミュージは外の世界に出るなんて無理なんです! 日曜学校もずっと休んでたし……このまま一緒にこの街にいた方がミュージのためにもなるはずなんです!」


 実際の所、魔法の知識があったとしても魔法が撃てないのであれば需要はないし、冒険者や研究者としての道はほぼない。大国である帝国なら特に……だろう。

 小国であれば何とかなるかもしれないが……あの心の荒んだ少年がその扱いが耐えられるかどうか。


 メロディはミュージのことが心配でたまらないんだろうな。だからこそこの街に残ってほしいと思っている。


「わたしは子供の頃、ミュージにたくさん助けてもらいました。今度はわたしが助ける番なんです」


 話は分かった。とりあえず思うことはただ一つ。


「君はミュージのことが好きなのか?」


「ふぁい!!?」


 メロディは突如、顔を真っ赤にさせてしまった。


 幼少から一緒に育った幼馴染。

 恋心と共に大人に育ち、かつて自分を守ってくれた人を助けてあげたい。

 王道じゃないか! 

 俺は田舎で男兄弟にまみれて育ち、女の幼馴染なんて皆無だった。


 メロディなんて真面目で健気で可愛くて優しい子じゃないか!

 ウチの頭のネジが何本か外れた女性陣も参考にしてほしいくらいだ。

 間違っても口に出して言えないけどな……。


「俺が一肌脱いでやる!」


「えっ、でも!」


「意固地になっている所はあると思う。同じ男だから俺はよく分かるよ」


「そういうもの……ですか」


「一度ミュージと話してみるよ。年上の俺なら……心を少し開いてくれるかもしれない」


 メロディの表情がぱぁっと明るくなる。


「冒険者さん、お願いします! ミュージを………わたしには祈ることしかできないけど……お願いします!」


 自分が絡まない恋路っていいな! 初々しくて良い。

 さてと……ミュージと話してみることにするか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版ポーション160km/hで投げるモノ! ~アイテム係の俺が万能回復薬を投擲することで最強の冒険者に成り上がる!?~』
第2巻が7月20日 より発売予定です! 応援よろしくお願いします!

表紙イラスト
表紙イラスト
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ