91 温泉宿へ行こう
話を聞きながら探してみると進行先が人混みとなっている。
人混みから賞賛の声が上がっているのが聞こえ覗いてみると案の定シエラが満面の笑みで焼き鳥を頬張っていた。
ここは屋台エリアか。確かに良いにおいがする。
「んぐっ! うまっ! むぅ……!」
美人が台無しだな……。
あ~あ、ソースで服を汚しやがって……。
セラフィムの浄化の力で綺麗にしちゃうんだろうけど。
「シエラ美味いか」
「最高」
シエラは冒険者で手に入れた金をほぼ食費に使用している。
着ている服は出会った頃から変わらない。白の巫女の衣装らしく、特別魔法衣らしい。
セラフィムの浄化で常に綺麗になるから洗う必要もないとか。
室内着は例のネグリジェを着ているが、外行く時はいつもこの服である。下着もつけてないって聞いたら何かイケナイ気持ちになってしまう。
あの服、胸とか肩とか太ももとか肌をスゴイ露出させているけど、寒さや暑さも感じないらしい。
「お肉いっぱいあって、この街好き!」
「晩メシもあるし、あんまり食い過ぎるなよ」
「だいじょうぶ。その時はセラフィムに頼る」
どんな腹の空かせた方だよ。
「本日最終のパン焼けました! 焼きたてですよ」
「ほわぁ!」
押さえる間もなくシエラはパン屋の方へ行ってしまった。
……シエラが来てそろそろ1ヶ月。S級権限で白の国の動向を王国に確認しているが一切の情報はない。
白の巫女。特別な存在だと思うけど白の国は取り戻しに来る気配もない。
純粋に居場所が分かっていないのかもしれない。白の国から王国へは相当遠いし……。
シエラを引っ張りつつ、武器屋のカナデとカメラで写真を撮っていたスティーナと合流し宿の方へと向かうことにした。
◇◇◇
「あっちの方にある豪華な宿じゃないの?」
「一応仕事で来てるんだからな。あのエリアは特権階級しか泊まれねーよ」
「白の宮殿より小さいのに……」
今日から滞在する宿に到着した俺達だがシエラは不満を漏らす。
こいつどんなデカイ所に住んでいたんだろうぁ。俺の家ですら倉庫? と言い張るぐらいだからな。
温泉郷には特権階級しか泊まれないような今風な言い方にするとVIPエリアというものがある。
最高級のサービスを受けることができるらしい。そのエリアの入口には警備員がおり、当然侵入すらできない。
実はS級だったら泊まろうと思えば泊まれるのだ。理由は何ともでも言える。お貴族様と会食がある~とかかな。
でもスティーナやシエラを交えてグレードの高い宿に泊まるのはさすがに権利の限界を超えている。
外国出張ゆえ宿の予約は当然ギルド。そんなことをすれば間違いなく変な噂が立てられる。
いや、シエラが目立つせいですでに噂が立っているんだが……。
嫁がいるのに他の女に目をかけて……カナデが可哀想ということでカナデへのまじない効果が少し軽減された事実があり、俺はそれに対して何の対処もしていない。
俺にだって思う所があるんだけど。
5人嫁がいるバリスさんは許されているのに……まぁ人望の差ってやつなのかな。
標準グレードとはいえここは観光地。
費用は一般的な宿の数倍かかるし、どこの宿も独自の温泉を持っている。
今日泊まる宿だってレンガ作りの立派な建物だ。
しっかり雪かきもされてるいるし、古くはあるが汚くはない。
ギルドが予約する宿は評判の良い所を選定しているので期待してもよい。
俺達は扉を開けて中に入った。
「いらっしゃいませ!」
元気よく歓迎してくれたのは15歳ぐらいの茶髪のミディアムヘアーの女の子だった。
質素な色合いのワンピースだが歓迎の笑みは癒やしをくれるような感じにも見える。
「4名でお越しのヴィーノ様ですね! 王国冒険者ギルド様から予約を承っております!」
「ああ、そうだよ。君は……宿屋の主人ではないよね?」
「あ、はい! 母が主人となります。今ちょっと所用で外に出ていますので私が応対させて頂きますね!」
「宜しく頼むよ。えっと」
「私はメロディと言います。まだ14歳なので……働いちゃダメなんですけど……見逃してください! へへへ」
「見逃そう」
「ヴィーノの守備範囲はどうなってるんですか?」
「シエラだって小さい」
「未成年に手を出したら逮捕よ、逮捕」
後ろのおばさん達は放っておいていいからと喉まで出かかったけど、どう考えても血を見る言葉なので吐くのはやめておこう。
「メロディ、部屋へ案内してくれ」
◇◇◇
「こちらの部屋になります!」
ほぅ。これはなかなか。
用意してくれたのはかなり広い部屋であった。
ふとんがあるのは当然で人数分の椅子やテーブルだけじゃない、書棚に作業台まであるじゃないか。
台所まで用意してあり、正直冒険者として馴染みのある部屋の作りであった。
泊まる部屋というよりは……長期滞在を目的とした感じか。
「もしかしてここは冒険者用の宿なのか?」
「ウチは本館と別館があって、一般のお客様には本館を使って頂き、冒険者さんには別館を使って頂く形にしてるんです」
「へぇ、観光地でもそういうことしてるのね」
「冒険者には荒くれ者も多いしな。一般客と会わせたくない宿も多いんだよ」
スティーナにそのあたりの事情を説明する。
一般人からすれば魔物も冒険者も等しく強く恐ろしいからな……。
こちらとしても不愉快に思われたくないしちょうどいい。
「区別みたいなことしてごめんなさい……。も、もちろん料理や温泉は本館と同等のものを提供させて頂きますので!」
「ああ、気にし」
「料理!! 今日の晩ご飯何!?」
「あ、……朝霧の温泉郷は海が近いので新鮮な北海の魚料理を準備させていただきます」
シエラが話をぶった切ってしまう。
メロディに対して気を使わせてしまったしちょうど良かった。
今回、この宿には冒険者は俺達しかいないらしく、温泉は独占できるらしい。
普段は3組ぐらい泊まるそうなのだがキャンセルや他の宿に泊まるということで幸運のようだ。
ちなみにメロディ達もこの別館で寝泊まりしてるらしい。
料理長はメロディの親父さんだとか。自信持っていいですよと言われたので……楽しみだなぁ。
「悪い、ちょっとトイレ行ってくる」
「部屋を出た先にありますので!」
部屋を出てトイレへ向かって進む。
「ふふふ……」
この後は当然、温泉である。
事前情報でこの宿は男湯、女湯が分かれていないと聞いている。
というよりそういう宿を取らせた。
今回の目的はただ一つ、女の子3人とこの雪景色の中で温泉を一緒に入ることだ。
そういう楽しみがあってこそ明日からの調査が楽しみと言えるのだ。
スティーナ、シエラは駄目でもいい。カナデはさすがに一緒に入ってくれるはず。
それだけでも大きな価値なのだ。
トイレの扉を開けた時に突如人が現れる。
「っ!」
出会い頭だったか。
人とぶつかり吹き飛ばしてしまったらしい。
「大丈夫か?」
「いてて……」
俺は床に座り込んだその子に手を差し伸べる。
その子は顔を上げた。
「あっ……」
メロディと同じ栗色の髪をした男の子が唖然とした顔で俺を見ていた。
メロディの兄……弟……うん、どっちだろう。
「ご、ごめんなさい!」
男の子は俺の手を掴まず、立ち上がり走り去って行く。
「ミュージ! お客様がいるときはこっち使うなってあれほど」
メロディとすれ違ったようだ。
さきほどの男の子がミュージだろうか。
ご立腹のメロディに声をかける。
「彼は家族か?」
「あ、ヴィーノさん、ミュージが失礼なことを……」
「それはいいよ。君達は家族はこの別館に住んでいるんだろう。仕方ないさ」
「すみません……。ミュージは遠い親戚ではあるんですけど兄弟ではないんです。……一緒に住んでいるただの幼馴染です」
その口ぶり……ただならぬ関係なのだろうと思う。
でもこれ以上聞くのは野暮というものだろう。
それよりトイレに行ったら温泉の時間だ!
祝、本日が書籍発売日となります!
全国の書店にあればいいなあってことでこれからも宜しくお願いします!