90 朝霧の温泉郷
朝霧の温泉郷。
隣国である帝国の中でも人気の観光地である。
名前にもあるとおり、朝には街を覆うほど深い霧に包まれていることでその名がついた。
当然ながら温泉で有名であり、王国で外国旅行といえばこの場所が選ばれることも多い。
「やっぱりここまで北に来ると冷えるなぁ」
「ええ、朝霧の温泉郷は冷涼な気候ですからね」
季節は冬にさしかかり、このあたりは積雪量もかなり多い。
ただ極寒の地というほどではないため比較的過ごしやすい気候ではないかと思う。
帝都よりも王都に近い距離関係があり、冒険者を呼ぶ際も帝都からより王都から呼んだ方が早い。
ついでに王国冒険者が帝国の観光地へ行って帰って評判を広めさせることの経済効果も狙っているらしい。
帝国は魔法を力とした魔導機械が発達している国である。
魔法を電気エネルギーに変換して様々な機械を動かす。
王国も注目しているが……かなり遅れている。
「導力バスってすごいわねぇ」
「ええ、びっくりしました。馬車ではないのですね」
温泉郷の入口に到着した俺達はぐっと背伸びをして体のコリをこぐす。
王国と帝国の国境からは導力バスという乗り物でここまでやってきたのだ。
馬車の数倍早く、おまけに快適、1度に10人以上も運べるんだもんな。凄かった。
「でも帝都には行かないのね。ちょっと残念だわ」
「帝都はここからだと2日かかるからな。仕方ないさ」
世界を旅することを求めているスティーナは残念がる。
この導力バスを乗り継げば今まで数日かかってい帝都への進行も2日ほどで行けてしまうらしい。
話では聞いたことがあったが……帝国は本当に技術が進んでいる。
「外国でもちゃんと言葉は一緒なんですね」
「一部の地域を除けば……だけど今思えば不思議だよな~。国が違えば文化も違うし、言葉も違うもんだろうけど」
「んーそれは」
シエラが輝く白髪をなびかせる。
「白の国が世界を支配した時に言葉を統一言語にしたって聞いた。だからどこも同じ言葉だと思う」
相変わらず目立つ容姿だ。国境でも導力バスでもみなシエラの美しさに心を奪われている感じだった。
純血ということもあり、まじないの威力は絶大。普段なら暴言を吐かれるカナデもシエラに視線がいくことで黒髪に対する誹謗中傷が少なくなっていた。
この2人が仲良くなれば案外いいコンビになれる?
「黒狐、カバン持って」
「は? 何で私が。そもそも下級冒険者なんだから私を敬いなさい」
「無理」
この仲の悪さはやっぱり無理だよな。
「でも、まさか朝霧の温泉郷に来られるなんてね~。冒険者になって本当良かった」
「ああ、俺もそう思うよ。私用で行くには金がかかりやすいけど旅費は出るから最小限ですむしな」
「温泉いいですよねぇ。黒の民の里では当たり前でしたけど……王国の方には無い文化なので……楽しみです」
黒の民の里では温泉が湧いている所があるらしい。
今なら笑って言える夫婦ゲンカがなければのんびりつかって入りたかったな。
この街はかつて城郭都市として名を馳せていたそうだが国家間の戦争が無くなり、城も取り潰されて、かつての面影を残しつつも温泉郷として作り替えられている。
石段の城壁跡や鉄柵なども存在し、観光名所の一部として開放されていた。
予約していた宿まではまだ時間があったので4人でゆったりと見物していく。
「へぇ……こんなのがあるんだ」
「トーチカだっけ。この街には結構残ってるよな」
「温泉郷としての姿もいいけど、こうやって昔の名残を残していてくれるのは楽しいよね」
スティーナは観光好きなだけあって、進むたびに歩みを止めて見てまわっている。
街の入口にある案内所でもらったパンフレットを片手にへー、ほーって唸っている。
「城跡にはゴールドフィッシュの彫像もあるらしいぞ。金で出来ているらしい」
「へぇ」
「……盗むなよ」
「盗まないわよ! 警戒されてない怪盗稼業なんてヌルすぎてつまんないし」
残る2人はそこまで名所見物に興味はなさそうだ。
いや……興味が違う所にいっている。
「ふむ……機械式の武器ですか面白いですね」
カナデは武器屋に入り浸っている、
帝国では魔導機械が広く導入していることもあり、武器にも転用されている。
ここは帝都からかなり離れていることもあり、帝国のS級、A級冒険者もすぐには来れない。
まわりには山や森に囲まれており、魔物の襲来も決して少なくないらしい。
自衛という意味でも良い武器が並んでいた。
「カナデは大太刀以外にも興味があるのか?」
「そうですね。冒険者になるまでは大太刀で死ぬまで戦おうと思っていましたが……やはりたくさんの武器を扱える方が幅が広がると思います」
いわゆるサブウェポンという奴だな。
アメリなんかはハルバードだけでなく、その筋力に任せて格闘術もこなしている。
俺はポーションしか使えないから仕方ないけど、カナデのように戦闘に特化した技術を持っていれば他の武器にも応用しやすい。
「私もヴィーノも魔法攻撃が不得手ですし、魔法銃を使えるようになりたいですね」
「銃を使うカナデは想像できないな」
魔法の力が込められた機械銃。
帝都の魔法工学研究所で生まれたものだ。まだ出たばかりゆえに購入するのも整備するのも大変らしい。
安価に広まったら購入するのもありだろう。
そして気付けばシエラの姿が見えない……。
行く所はだいたい分かっている。
さらに……居場所の特定も簡単だ。
「すみません、白髪ですごく綺麗な女の子がどこに行ったか知りませんか」