89 男達の夜会
王都、商業街のバー「アステリズム」は上級王国民、御用達のお店である。
名高い貴族がやってきたり、稼ぎの良い実業家がやってきたり、そしてS級冒険者がよく使うお店でもある。
雰囲気良く、美味しいお酒が飲めるという。
値段を見ると俺にはちょっと厳しいものがあるのだが先輩冒険者と一緒ならば問題ない。
シィンさんゴチになります。
「新冒険者の中で圧倒的な人気を誇るシエラちゃんも、貴様がお持ち帰りしてしまうとは……」
「お持ち帰りって……。たまたまなんですけどね」
年下美少女達とふれ合っていると反動で年上の男性陣と一杯やりたくなるものだ。
年下には頼りになる大人の姿を見せ、年上の先輩相手には精一杯ねだる後輩キャラを装う。
まぁ……演じてるわけではないけど大物ぶって偉そうだと結果として損をする。
S級はカナデを除けば俺が一番下なのだ。
「シィンさんの所で魔法使いの教えを請いたい人がよく来るんでしょ? 女性は来ないんですか?」
「一度として来たことがない。えり好みなどしていないのに……なぜだ」
その気色の悪い顔とリッチオーラが問題なんだろうなと思う。
シエラがシィンさんを指さしてばけもの? って言い出した時は肝が冷えたがそれを聞いたシィンさんがご褒美だって言い出した時はもうダメだなこの人ってマジで思った。
シィンさんはカクテルをぐいっと口に膨らまし、舌でなじませる。
意外にこの人は美食家だ。虫料理とか好むくらいだからな……。
シィンさんは何枚かの書類を俺に渡してきた。
「貴様が要望していた魔力の高い魔法使いのリストだ」
「ありがとうございます!」
「分かっていると思うが……」
「ええ、取り使いには気をつけます」
王都中の冒険者の中から一定の条件で選び出した魔法使いが載った書類である。
本来であればこれは極秘資料となるのだがS級であれば手にいれるのはたやすい。
「えっと……候補は4人か、どれどれ」
「……貴様も運が良い。どれも本来であれば私が取り込みたいほどの人材だ」
「……4人とも……だめですね」
「好みではないのか?」
「好みというか……全員、そこそこ可愛くて性格に難ありの女子ってなんですか!? すでに俺のまわりに3人も似たような子がいるんです。女子はいいんです!」
「ハーレムを男の願望ではないのか?」
「俺、わりと一途な方なんですよね。カナデを大事にしたいんです……」
「ではスティーナちゃんやシエラちゃんをぞんざいに扱うのか?」
「それもできないじゃないですか! スティーナは経緯が経緯だし、カナデとも仲良いし。シエラも白の巫女ってだけで重要です!」
「こうして3人の女子にいい顔をするクズな男の完成というわけか」
「くっ……否定はできません。もう女子はいいんです。男子はいないんですか! 男の魔法使いでいいんです」
「いない」
「おかしいなぁシィンさんのとこに男が集まるのに、俺の所には女しか来ないんだ」
「本当だな。神の所業を疑いたくなる……」
「やぁ……2人ともここにいたのか」
「くっ、またハーレム野郎が来てしまったか」
そこに現れたのは茶髪で端正な顔立ちをした優男。
その整った顔立ちから放たれる笑みは幾多の女性を落としてきた。
この人の名はバリスさん。
王都冒険者の中で唯一のS+クラスの冒険者。ペルエストさんの次に偉い人でもある。
そして昔アメリやシィンさんとパーティを組んでいた人だ。
さらに言えば当時のパーティ2人と他の人も含めて5人の嫁さんを持っているスゴイ人でもある。
王国は重婚は可能だが、実際重婚をしている人はそう多くない。
「バリスさん、お疲れ様です」
「ヴィーノとシィンは仲がいいらしいね。僕も一緒に飲ませてもらってもいいかな」
「フン、嫁達の所へ帰らなくてよいのか?」
「今日は僕のハニー達は僕を置いて食事会をしているようだ。女子会には入れないさ。ヴィーノもこの気持ちがわかるんじゃないかな」
「そうですね。カナデとシエラは仲悪いですけどスティーナをはさめば何とか上手くやっていけているので女子3人……円満といえるかもです」
「くっ、リア充共め……滅べばいい」
シィンさんが呪詛のような言葉を吐く。
俺の妻はカナデだけなんだけど……他の2人を妻にする予定はない。
「でも珍しいですね。バリスさんが一人なんて」
「いやぁ、アメリを誘ったんだが断わられてね。彼女も妻にしたいのだが……やはり難しいようだ」
まだ妻を増やす気なのかこの人……。
まぁアメリはペルエストさんに夢中だし、無理を承知で口説いているのかもしれない。
「バリスさん、その……複数の女性と接する上で気をつけていることってありますか?」
「浮気と言われないようにしないといけないね」
「浮気ですか……」
「……フン、浮気? 知らない言葉だな。一人目すらできないのにどうやって浮気しろというのだ」
シィンさんがやけになって強い酒を飲み始めたぞ……。
こうなると止められないから放っておこう。
「簡単なことさ。平等にしっかり愛してあげることだね」
「は、はぁ……そういうものですか」
「ただ1つ。気をつけなきゃいけないことがある。2人目、3人目以降はそういう目でお付き合いをすることになる。だから女の子も覚悟してるんだけど最初の妻はやっぱり特別感を持っている。彼女からすれば自分がいるのに夫が女を作ってることだからね」
「確かに……」
「だから1人目の妻にはできるだけケアしてあげること。ヴィーノ、君がスティーナやシエラに構う以上にカナディアに構ってあげなきゃいけないよ」
「……分かりました」
「黒の巫女や白の巫女の件はペルエストさんから聞いている。難しい問題だとは思うが……頑張ってくれ。僕もフォローはさせてもらう」
さすがイケメン冒険者。おまけにこの人は聖騎士という【アイテムユーザー】と同等レベルにレアの職を持っている。
しかし、有能さはアイテムユーザーの比ではない。反則近いスキルを持っており、前衛であれば彼以上に強い人間はそうはいない。
バリスさんは上になるべくしてなった人なのである。アメリ達のパーティのリーダーだったみたいだし。
同じパーティで同性のシィンさんがやさぐれるのも分かる気がする……。
でもシィンさんも王国、最高の魔法使いだから決して劣っているわけではないのだが……嫁5人には敵わないよな。
「ところでヴィーノ、君はまだ外国出張は行ったことがなかったよね?」
「はい、まだ国内のクエストしか行ったことがないです」
「そうか。今、何件か外国から応援依頼があってね。どれか1つを王国で受けようと思っているんだ」
S級となるとこのように外国出張がたまに出てくる。
王国のS級冒険者も10人中3人は常に外国の難しいクエスト出ているくらいだ。
国内にいつもいるのはシィンさん、アメリくらいなものである。
世界の裏側にもいけるので……それだけでもS級の価値はある。
「カナディアも恐らく同じだね。カナディア1人で行かせるのは黒髪の件で良くないから2人で外国の出張へ行ってみないか?」
これは願ったり叶ったりの話だ。
外国出張なんて今の俺とカナディアの立場ではそういけるものではない。
2,3年国内で経験を積んで初めてメインで行かせてくれるものだ。
是非とも行きたい。
ただ……気になることがある。
「その間、シエラをどうするか。スティーナに任せておいていってもいいんですが……」
「だったらスティーナとシエラも連れていけばいい」
「2人はB級じゃないですし、外国出張ってB級以上じゃなきゃダメじゃないんですか?」
この場合A級、B級の外国出張はS級の補佐が役目となる。
A級、B級だけで出張に行くシステムはない。
スティーナはC級、シエラは冒険者になったばかりだ。
「特例を出せばいい。僕の権限で2人の参加を許可しよう」
「え、いいんですか? それはありがたいです」
「君は頑張ってくれているからね。ちゃんとアメを得なければこの仕事はやってられないよ」
バリスさんは優しげな目でじっと俺の瞳を見ている。
この王国ではS級冒険者が絶対的な権力を持つ。
黒髪のカナデですらA級まではぞんざいな扱いだったのにS級になってからは嫌われながらも……存在を認識されている。
S級冒険者がすごいというよりは長年、冒険者ギルドが積み上げてきたシステムの問題なのだろうと思う。
ゆえに本来では不可能なこと、罪になることもS級冒険者なら特例として許される。そういうことだ。
「アメばかりじゃ反感を買うからそこだけは注意してね」
「分かっています」
その分しっかり働かされているから十分ムチは受けている。
俺は偉くなることには興味は薄いけど……偉くなることで仲間達の尊厳が守られるなら……もっと上を目指そうとは思う。
「外国出張はここなんてどうかな」
バリスさんは店員に世界地図を持ってこさせて、その場所を指し示す。
隣国の帝国領、北東の位置……おいおいこの場所は……。
「ちょっと調査してもらいたいことがあるんだ」
「これ……S級がやるような仕事じゃないでしょ」
「じゃあ断るかい?」
「いいえ、行かせて頂きます。S級ヴィーノとカナディア。特例としてC級のスティーナとD級のシエラ」
地図から視線をバリスさんへと向ける。
「帝国領、朝霧の温泉郷にバカンス……違う、調査に参ります!」
4章 ポーション使いと白の巫女 ~完~
5章 ポーション使いと失意の少年へつづく
今回の話で4章は終わりとなります。
ちょっと短いですが新キャラのシエラは5章でも活躍しますので宜しくお願いします。
新しい場所で新キャラ登場、これからも宜しくお願いします。