金髪美少女
「おお、ナンシーよ、すまなかったな。もう賊どももいないし出てきても大丈夫だろう」
この声の主はナンシーというのか。これはもしや金髪美少女とのご対面ではないのか。と心を弾ませていたが、よくよく周りを見てみるとなかなかいいシチュエーションとは言えない。ここは出てきてもらわない方がいいんじゃないか?
「あの、シュペッツルさん、ここではお嬢さんを出さない方がいいのではないでしょうか?」
俺の提案にシュペッツルさんは首をかしげて理由を聞いてくる。
「なぜだね? 娘は馬車の中でずっと待っていたのだ。安全も確認できた以上、一度外の空気を吸わせてやりたいのだが」
俺はもう一度周りを見てから答える。
「ここはひどい有様です。さっきまであなたたちを守っていた騎士の死体に御者の死体や自分たちを襲った賊の顔を貴族の女性に見せるのは少し酷ではないかと思ったので」
そう、本当にひどい有様だ。首を一撃で断たれたのか首がない以外異常がない騎士の死体や、逃げようとしたところを背中から切られた御者の死体などで一帯が血の海になったいる。
まったく、日本ではこんなことはめったに起きないぞ。遭遇したこともないし、したくもない。香ってくる鉄のにおいで吐きそうだ。
そう思っているとシュペッツルさんはニコニコしながら話しかけてくる。
「ああ、そのことなら問題はない。貴族の淑女としてこの程度の光景で音を上げるような甘い育て方はしておらんよ」
この程度の光景? 人が死んでいるこの状況はこの世界では普通なのか? いや、ここは異世界だ、納得するしかないな。
「そうですか。いらないお節介だったようですね」
「いやいや、娘のことを心配してくれてうれしいよ。ではカトリーよ、出てきなさい」
また、彼女の声を聞いた。
「わかりましたわ、お父様」
出てきたのは予想道理の金髪美少女だった。歳は16くらいだろうか? 流れるような長髪に白い肌、青い瞳に赤い唇。その瞳には周りの惨状など映っていないかのようで、その唇からは先ほども聞いた声が流れてきた。
「お父様、ご無事でなりよりです。それと話は馬車の中ですべて聞いておりました。旅のお方でしょうか、私たちを助けていただいて本当にありがとうございます」
彼女は礼儀正しく礼を言うことができる人なのか。言ってた通り教育が行き届いてるんだな。それにしても美少女に褒められるのはいいもんだな。
「カトリーよ、名ぐらい名乗りなさい、そういえばまだ君の名も聞いていなかったな。この子の後に聞くとしようか」
急だったから名前言う時間なかったんだよな~、てかもう名前は知ってんだけどな。何回も言ってるし。
「失礼しました。私の名はシュペッツル・カトリー、カトリー家の次女です」
「こちらこそ名乗っておらず申し訳ありません。私はイシ……、ジロキチ・イシカワといいます」
危なかった。危うく名字と名前をそのままいうところだった。さっきから聞いてる限り逆だからなぁ。彼らは俺の名前が言いにくいのか少し間違えている。
「ジェロキチというのか。少し変わった名前だな」
「いえ、ジェロキチではなく、ジロキチというのですが……言いにくいのでしたらジローと呼んでもらっても構いませんが」
俺の提案が良かったのかさっそく呼び方を変えてきた。
「それならばジローくんと呼ばせてもらおう。ナンシーよお前もそう呼ぶといい」
ナンシーさんも快く俺の名前を呼んでくれた。
「わかりました、私もジローくんと呼んでもよろしいですね」
青い瞳が向けられる。
「どうぞそう呼んでください、私が言い出したことなんですから」
美少女のあだ名呼び! 前世じゃありえなかったことだ。女子はみんな親しくない男子には名字で呼ぶからなぁ。
「さて、先ほども話した通り君を我が家に招待したいのだが、いかんせんこの状況ではな……」
そう馬車はあるのだが馬はなく、人手もない。俺はともかくこの二人は貴族だ。森を歩くのに慣れてるとは思えない。鍛えてるようにも見えないし。なので俺はある提案をする。
「お二人は馬車にお乗りください。俺が引っ張っていきますから」
さすがにこの提案に驚いたのか二人とも俺を心配してくれる。
「そんな、無茶ですよジローさん。今まで戦って疲れているでしょう……にその上馬車まで引くだなんて」
「そうだぞジローくん、それに馬車を引くなんてことが可能なのか?」
シュペッツルさんは心配はしてくれてはいるがその目には少しの期待がある気がする。カトリーさんの方はわかんないけど。
「それじゃあ試しに少し引いてみましょうか」
そういって動かそうとしてから気づく。このままだと騎士の方の死体や御者の死体を傷つけることになる。そう思ったので聞いてみる。
「あの、この遺体はどうしてあげるべきでしょうか。連れ帰って葬るわけにもいきませんし、ここに埋めておいた方がいいですかね」
遺体の供養などはできないがせめて埋めてあげた方がいいだろう。そう、死体ではなく遺体だ。彼らは襲ってきた側ではなく襲われ守った側なのだから。
「いや、そんなことをする必要はない。それより早く立ち去った方がいいだろう。彼らは勇敢に戦った、それだけわかっていればいい。それにどうせ埋めても死体のにおいを嗅ぎつけた魔物たちに掘り起こされ食べられてしまうからな」
その言葉に少し引っ掛かりを覚えたが、最後の方に出てきた単語でそれも消えてしまった。
やっぱりこの世界には魔物がいるのか。ここに向かっている途中で見たことがない生き物がいたがそれが魔物だったのかな。それにしても匂いを嗅ぎつけてくるのか。ここでは多くの血が流れている。この匂いにつられて攻めてこないとは限らない。
「わかりました。今すぐここから離れましょう。二人とも早く乗ってください!」
俺がすぐに納得して安心したのか馬車に乗ろうとした二人だったがシュペッツルさんの顔色が少しすぐれない。
「どうかされましたか、シュペッツルさん」
「ああ、襲ってきたやつらは生きているんだろう? ならば連れ帰って背後関係を洗いたかったのだが……いや無理だな。忘れてくれ」
確かに、どうして襲われたのかわからないままこのままにしてしまうとまた襲われる可能背が高い。しかし馬車に乗せるわけにはいかないし、もし乗せたとしても重くて動かせないと思われているのかもしれないな。よしっ。馬車に乗り込もうとしたシュペッツルさんに案を聞いてもらう。
「ならばひもで縛って馬車につなげておきましょうかあまり早く進むつもりもありませんから死ぬこともないでしょうし」
シュペッツルさんは驚いた顔でこう返してくる。
「いや、しかし、これ以上重くなうと君の負担が……それにまだ動かしてみてもいないことだし」
と渋っているシュペッツルさんとの会話に助け船が来た。
「お父様、あまり議論している暇はないのではないのでしょうか。この会話中にも魔物がここをめがけて向かっているかもしれません。ジローさんができると言っているのでここは彼に任せてみませんか?」
この言葉で納得したのかシュペッツルさんもすぐに乗り込んだ。
「ではジローくん。手早くお願いするよ。この道をこちら側にまっすぐいてくれ。それと出発するときはとばしてくれて構わん」
こっちっていうと。西の方か。と確認しながら賊どもを縄で縛り馬車の後ろに結んでいく。
「それじゃあ、行きますね。初めて引くので力加減がわからないかもしれないですがご容赦ください」
準備を終えて声をかけるとカトリーさんがいいことを教えてくれる。
「魔物は大体森などの隠れやすいところにいるので森を抜ければ安全なんです。ここはもう森の出口のそばなので目いっぱい頑張ってください」
「わかりました。なら森を抜けるまでは気を抜かないようにします」
引きずってしまう賊どものことも考えなければならないので全力で走るよりも全力で警戒するの方がいいあろう。
「あの、そういうことではなく急いでほしいと……」
「行きます」
カトリーさんの声が聞こえた気がしたが力を籠めるのに夢中でほとんど聞こえてはいなかった。