YELL ~エール~ 「頑張って下さい!!!!!」
新入社員の頃だった。
たった2ヶ月の研修を終えたばかりの私は、いきなりお客様のところで仕事をすることになった。
新しい職場は、他の会社の社員は、毎朝フロアの全ての人に挨拶する、という習慣があった。
当然、私も、全ての人の机を回り、頭を下げ、挨拶をするのだったが、
『誰も知らない私』に、挨拶を返してくれる人は殆どいなかった。
毎朝、会社に着くと憂鬱な気分になった。
『返事のない挨拶』をして回るのが辛かった。
ある朝、職場の最寄駅から途中にあるコンビニに立ち寄った。
特に欲しいものがある訳でもなく、会社の自販機にないジュースでも買って行こうと、
コンビニの中をブラブラ歩いていた。
そして、レジへ向かうと…
およそ、コンビニには似つかわしくない『人物』が立っていた。
スキンヘッドに眼鏡にあご鬚。
コンビニの制服が、『全くと言っていいほど』似合っていなかった。
私がレジにジュースを差し出すと、
『ニヤリ』と笑い、「はい、ありがとうございます!」
と、お決まりの台詞を言ってレジを打った。
そして、袋に入れたジュースを私に手渡してくれたあと、
このオッサンは何を思ったか、
いきなり、『ガッツポーズ』を決め、
『ニヤリ』と笑って…
「頑張って下さい!!!!!」
とデカイ声で言った。
…あまりの異様な光景に、私は小さな声で、
「あ、ありがとうございます」と答えてレジから離れた。
容姿に違わぬ、というか、『それ以上に』危ないオッサンだった。
が、少しして、私があまりに元気がなかったので、慰めてくれたのかな?
と思い、振り返って小さな声で、「ありがとうございます」ともう一度言った、
その瞬間…
その時レジにいた、若いねーちゃんにも、
「頑張って下さい!!!!!」とデカイ声が…
何だ、誰でもかよ、とも思ったが、私はこのオッサンが気に入った。
それから、毎日、そのコンビニに通った。
殆ど毎日、そのオッサンはいて、いれば必ず、
『ガッツポーズ』を決め、
『ニヤリ』と笑って、
「頑張って下さい!!!!!」
と『エール』を送ってくれた。
『一緒』に買うものは何でもよかった。
毎朝、『0円のエール』を買うために、私は足繁くそのコンビニに通った。
そのこともあってか、私は少し勇気が沸いてきた。
会社につくと、フロアに入る前に大きく深呼吸をして、
オッサンに負けないくらいの『元気』と『デカイ声』で、
挨拶をするようになった。
何時の間にか、朝の憂鬱感は無くなっていた。
自分でも、笑顔で挨拶が出来ているのがわかった。
ある日、初めて挨拶を返して貰った。
『対面』に座ってる人、だった。
嬉しかった。
その職場について、2ヶ月位経った頃だった。
その次の日もコンビニに行って、
昨日、挨拶を返してもらったことを、オッサンに聞いて欲しかったが、
そんなことは、オッサンには関係ないことだったので、
私も『エール』を貰った後に、お礼をいうことにした。
「ありがとうございます」とデカイ声で。
オッサンは『ニヤリ』と笑ってくれた。
それから、フロア全員の方が、挨拶を返してくれるようになるまで、
そう時間はかからなかった。
会社に通うのが、楽しくなり、仕事も覚えられるようになった。
全て、あのオッサンの『エール』のおかげだった。
…そして2年が過ぎた頃だろうか。
契約期間が終わり、その職場を去ることになった。
最後の日に一人一人の机を回り、
丁寧にお礼を言って回った。
ほぼ全員の人が、別れを惜しんでくれた。
「次の職場でも頑張って!」
と『エール』を送ってくれた方もいた。
……
あれから、数年経った現在。
今の私は、
オッサンほどの『力強さ』はないが、
毎朝、『エール』を送ることを心掛けている。
1人でも多くの人に、
「おはようございます!!!!!」
、と。
返事を返してくれない、偉いさんなど、どうでもよかった。
他の会社から来て頂いている若い方には、必ず挨拶をするように心がけている。
『1つだけ』、間違っていたことが、あった。
『0円のエール』ではなく…
値段の付けられない…
値段など付けてはいけない…
『人の想い』に 値段など 付けてはいけないのだ。
オッサン、元気ですか。
貴方は、
『今も』『何処かで』『誰かに』、
『エール』を、
送っているのでしょうね。
私も 貴方に 負けないくらい 頑張っています。