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ウィザード・オブ・ビギナーアーツ  作者: 九条智樹
第二章 What have I fought for? 「その幸せを他人にまで押し付けるんじゃねぇよ!!」
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第7話 「……可愛い真咲の美味しいご飯が食べたいなぁ」


「粗茶ですが。――と、そう言えば外国の方には謙遜は駄目でしたか」


「大丈夫よ、カズキのおかげで日本の文化は分かっているもの。ありがたくいただくわ」


 真咲の出した紅茶を口に運び、満足そうにセレーナは笑う。


「けれどカズキ。いつの間にこんな可愛い子を雇ったのかしら?」


「昨日だ。あと雇いたくて雇った訳でもねぇ」


「その言い方は失礼です」


 むすっと一基の後ろで不貞腐れる真咲だが、そもそも一基の方が根負けして雇ったと言うのは事実だ。


「それより、その……」


 そんな真咲は、先程からチラチラとセレーナの足元を気にしてばかりいる。

 それは別にタイトなミニスカートで足を組んでいるからとか、そういう理由ではなくて。


「その、そのワンちゃんはいったい……?」


 真咲が指差したのはセレーナの足元に寄り添うように座っていた、一匹の獣だ。真咲には灰色の毛をした大型犬のように見えたのだろうが、毛深さや尻尾の太さ、そして何より目つきが違う。


「あぁ。正確には犬じゃなくてオオカミね。この子は『ロボ』って言って、私の使い魔よ」


「オオカミですか!?」


 真咲のリアクションは『そんな獰猛な動物を!?』というよりも、『そんなワンちゃんよりも珍しいワンちゃんですか!?』みたいな、好奇心に満ちたものだった。


「オオカミですかぁ……。やっぱり、触ったら牙を剥かれたりするんでしょうか……」


「大丈夫よ。何なら触ってみる?」


「いいんですか!?」


 セレーナの提案がそんなに嬉しいのか、ぱぁっと花が咲いたような笑みを浮かべて彼女はロボに手を伸ばす。


「ふ、ふかふかだぁ……っ」


 撫でられている灰色のオオカミ――ロボの方は噛みつく様子もなく、されるがままだった。それどころかオオカミとしての誇りなどないと言った様子で、そこらの柴犬のようにごろごろと腹を見せている始末だ。


「あー、ここ狭いし玄関の方で遊んできなさい。あと落ちた毛の掃除とか自分でやれよ」


「了解です! 行きましょう、ロボちゃん!」


 ウォン! と元気よく吠えて、真咲とロボは玄関の方へと消えていく。懐き度がこの数秒でマックス値に到達している。


「……あれは使い魔として設定ミスじゃねぇか……?」


「というよりマサキちゃんの人徳がなせる技のような気もするけれど」


 とにもかくにも、ここでの話声はしばらく真咲には届かない状況が出来上がった。


「……さて。それで何の用だ」


「可愛い可愛い義弟に会いに」


「どうせ『浄化の星』絡みだろ」


「……カズキ、詰まんない男になったわね」


 はぁ、と呆れたように長い息を吐かれた一基ではあるが、そもそも一基が結社を退団してからセレーナが会いに来たことがない。

 それは彼女が薄情だからとかではなく、単純にそれだけ多忙なのだ。

 世界の魔術的平和をほぼ一手に担う結社の団長だ。おいそれと海外旅行に出かけられる立場ではない。となれば、今日の訪問も仕事と見る他ない。


「詰まる詰まらないの話じゃないだろ」


「あーあ、本当に冷たい子になっちゃったわね。昔はあんなにお姉ちゃんっ子だったのに。いっつも私にくっついて歩いてたじゃない。離れるとすぐに泣いてたし」


「……覚えてねぇな」


「泣いたと言えば、ほら、私のベッドで一緒に寝てたときにオネショして私の胸で泣きじゃくって――」


「いつの話をしてるんだ! いい加減忘れろよ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴りつける一基だが、セレーナは楽しそうに笑うばかりだ。今はロボにかまけているが、うっかり真咲の耳にでも入ると厄介だ。絶対に根掘り葉掘り聞いてきて話が進まないに違いない。


「いいから、話を本線に戻そうぜ……?」


「あぁ、そうね。けど良く分かったわね。私がただ遊びに来た訳じゃないって」


「すぐ分かるだろ、普通。――俺とあの『浄化の星』の団員の女ライダーと接触したのが一昨日。派手にドンパチやったのは昨日だ。流石に一日二日で来日するだけの用意は出来ねぇよ。単品の戦闘としてみれば、そこまで緊迫した状態じゃなかったし。――てことは、あんたは元から日本に来ていたってことになる。目的は、『浄化の星』の動向ってところか」


「説明する手間が省けて助かる。そう、今この街を中心に『浄化の星』の動きが活発になりつつある。具体的な被害はまだないけれど、おそらく大規模呪術の為の基盤を整えようとしていると言った所かしら」


 魔術に必要なのは、そもそもの魔術を構成する魔術言語――すなわちプログラムと、その穴を埋める変数だ。

 大規模呪術のような『目視できないレベル』で範囲指定を必要とするものは、あらかじめ別の手段で測量を行う必要がある。それこそが大規模呪術の最大の欠点でもあるのだが、逆に一度発動すれば止めることはほぼ不可能になる。


「……例えば」


 そう言って、一基はスーツの胸ポケットから一つの金属塊を取り出す。


「こういう補助装置を使ってか?」


 その顔で、セレーナの顔が僅かに歪む。


「これを、どこで?」


「オフィス街の路地裏だ。これを拾った矢先に、『浄化の星』のメンバーに襲撃を受けた」


「……そう。私たちが発見したものと同種ね。予想していた範囲よりだいぶ外れた地点だったけれど」


 そのセレーナの言葉はつまり、この大規模呪術が騎士団の想定以上の規模に膨らんでいる可能性を指している。

 もちろん、ブラフの可能性もある。設置した補助装置を全て使用する道理はないのだから、騎士団が破壊するのを前提に闇雲に設置して、破壊しきれなかった分だけで行える魔術を――なんていう作戦は、今まで騎士団が対峙した相手もやって来たことだ。

 だが、そんな楽観視で広範囲ではないと決めつける訳にもいかない。常に最悪のパターンを想定していなければならないのが、正義の象徴である独立十字騎士団だ。


「奴らの目的は何だ?」


「知ってるでしょ。『浄化の星』の恒常的な目的は地位や富や名誉ではなく、()()()()よ。彼らの手による魔術で苦痛を受ければ受けるほど、人の魂は浄化されて天界に行けると信じ切っている。邪魔されないように呪術を行使すること以外に彼らは何も考えてないし、何も求めていない。今回が偶然、邪魔されないで行使できる場所とタイミングだと判断したんでしょう」


「……昨日戦った女ライダーみたいな下っ端は、その理念に乗じて遊んでるって節が強い。逆に言えば、今回のその大規模呪術を計画してるのは上層部ってことになる訳か」


「その可能性は高いけれど、まだ私たちの方でも調査が済んでいないの。独立十字騎士団わたしたちが来たことを警戒して、範囲指定の測量のペースは格段に落ちている。その隙に全容を明らかにして一気に叩くつもりではあるわ」


「……さて。ここでもう一度聞くぞ、あんたは俺に何の用だ?」


 問いの答えなど分かった上で、一基は質問を投げかけた。

 困ったように息を吐いて、目の前のセレーナは足を組み替えて紅茶を一口飲んでから、ようやく問いに答えた。


「忠告よ。さっき君が言ったように、この件には『浄化の星』の上層部が絡んでいる可能性もある。下っ端とは言え団員を撃破したことで、君は目を付けられてしまった」


「……上級魔術師を相手にする可能性もあるってことか」


「そう。――良いわね、カズキ。君はもう騎士団の団員じゃない。君とマサキちゃんの命を最優先に、防衛戦に徹しなさい」


 彼女のその物言いは、彼が団員だったときと変わらない上司からのただの指令と同じだった。けれどその真剣な眼差しも声音も、一人の家族としての真摯な言葉だった。


「了解した。だいたい、うちは探偵事務所だ。治安維持なんて端から仕事内容にねぇよ」


 一基はセレーナから視線を外して、軽い調子で答えた。そもそも一基にはこの件を自力で解決する気などなかったのだから、当然の反応とも言える。

 一基はもう魔術師として戦う道から外れたのだから。


「……やっぱり、君は八年前から変わらないのね」


「身長の話か? だとしたら殴る」


 立ち上がりながら背を向けて、一基はそう答えた。セレーナの言った本当の意味を理解していながら、わざとそうして話を逸らした。


「……でも、少しは変わってきてる。前よりは少しだけ楽しそうだもの。これは、マサキちゃんのおかげかしらね」


「アホか。あいつが来てからこっちは大変なことしかねぇよ」


 一基の対応に気遣ってか態度をからりと変えたセレーナのにやにやした視線からも逃れるようにして、玄関先でオオカミとじゃれ合っている件の真咲の方へと近づく。


「ほら、そろそろ客人はお帰りのお時間だ」


「えぇ! せっかくロボちゃんと仲良くなったのに!」


「子供かお前は……。――いや、子供だったな」


 あまりの行動力に一基の方が振り回されがちで忘れそうになるが、彼女は一基よりも八個も下の少女だ。やはり『遊ぶ』ことが楽しい年頃なのだ。


「大丈夫よ。しばらくは日本にいるから、また連れて来てあげる」


「本当ですか!? セレーナさんは優しい人ですね!」


 一基の傍を通り抜けたセレーナに、ロボはぴたりと寄り添う。先程まで散々撫で回され犬のようにだらしない顔をしていたと言うのに、既にオオカミらしい凛々しさを取り戻していた。


「またね、マサキちゃん。駄目な弟をよろしく」


「お任せ下さい!」


「おいコラ。さりげなく主をディスってんじゃねぇ」


「カズキも。どうしてマサキちゃんを雇ったのかは知らないけれど、しっかりと護ってあげなさいよ。ここには君しか騎士ナイトはいないんだから」


「……まぁ、俺が死ななければな」


 照れ隠しから素直に返事はしなかったが、それでも長い付き合いのセレーナは正しい意味を汲み取ったらしい。くすっと微笑んで、そのまま扉を開けて去って行った。


「……あっという間でしたね」


「まぁな」


「それに美人でした。わたし何かよりも全然」


「はぁ?」


 何を言ってるんだ、と思った一基が真咲を見ると、この上ないふくれっ面になって彼女は一基を睨んでいた。


「やっぱり、一基様は大人の女性が好きなのでしょうか」


「……あ、分かった。これ肯定したって否定したって社会的に死ぬ奴だ」


 肯定すれば義姉に恋する危ない弟、否定すれば八歳下の未成年に手を出しかねない危険人物と言うレッテルを貼られかねない。どちらにしても一基に生きる道はない。


「それより飯にしようぜ。いい加減に腹減った――」


「美人のお姉さんに作ってもらえば良かったんです」


 ふん、と可愛らしくそっぽを向く真咲だが、一基からすれば「どないせいっちゅうねん」と思わずにはいられない。


「……面倒臭いな、お前……」


「セレーナさんが脚を組み替える度に一基様が凝視するから!」


「してねぇよ!」


 突拍子もない言いがかりを一基は即座に否定する。流石に、元々家族だった相手に対してそんな感情を持つような阿呆ではない。

 とにもかくにも、そろそろ朝食にしたいというのは本音だ。別に今までのように自分で用意したっていいのだが、それをすると、このご機嫌斜めな真咲が更に機嫌を悪くしてしまうのは目に見えていた。

 どうにかして機嫌を取り戻そうと、とりあえず一基は見え透いたお世辞を口にする。


「……可愛い真咲の美味しいご飯が食べたいなぁ」


「待っていて下さい、五分で最高の御馳走を用意します」


「チョロ過ぎんだろ、お前……」


 試しに言ってみた言葉で機嫌が角度五度くらいのV字回復を見せた真咲に、一基は呆れたように呟くのだった。



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