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ウィザード・オブ・ビギナーアーツ  作者: 九条智樹
第一章 One cannot become a hero. 「……実は、お前が厄病神だったりしない?」
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第5話 「一基様は誰にも渡しません!」

 それから一夜明けた、金曜日のこと。

 前日に受けた依頼の身辺調査中に女ライダーと鉢合わせる可能性を考慮して、ひと先ずその依頼の開始は月曜日まで持ち越す運びとなっていた。


「……もしかして、暇ですか?」


「もしかしなくても暇だ。昨日だってお前が来る前は、午前中ずっとこの椅子でうたた寝してたし」


 そんなことを言いながら、一基は背もたれにより深くもたれて小さく欠伸をする。閑古鳥が鳴いていることなどいつものこと過ぎて、特に気にかけるようなことでもなくなっていた。


「チラシでも作って配るのはどうでしょうか」


「もうタウン誌には載せてる。そもそも、探偵に用がある人の方が少ないからなぁ。旦那の浮気を疑ったからって、何万、何十万とかけて調査をしたがるのはよっぽどだ」


 昨今の日本の専業主婦の割合を鑑みれば、主婦が一人でそれだけのヘソクリを貯めない限りはそもそも探偵を雇えない。かといって、ポンとそれだけのお金を捻出できる家庭に居て旦那に不満がある者も多くはない。必然的に、よほど上手く営業をしない限り探偵事務所は暇になるように出来ている。

 会社などの『大きな客』を引き込むことが出来れば安定収入を得られるが、しかし大学も出ていない二十四の若造に任せる会社も少ないだろう。

 とは言え、今のところ近所の個人経営やフランチャイズのコンビニなどから、アルバイトの信用調査などが増えて来ているから、ギリギリお金に困ってはいない。


(可及的速やかに解決しなきゃならねぇ問題は、そっちじゃねぇんだよな)


 今ここで問題になるのは、そんな庶民的な話ではなかった。

 昨日遭遇した女ライダーの件だ。

 彼女は間違いなくどこかの結社に所属する魔術師だ。胸の星に誓って、というフレーズから考えるに、占星術に長けた結社か、あるいは単純に星の名を冠した結社なのだろう。

 だが、どちらにせよそんな魔術結社は腐るほどある。規模の大小を問わなければ、それこそ洒落でも何でもなく星の数ほどだ。

 使用した魔術から結社全体の系統を読むのが、こう言った場合の定石だ。例外はあるが、基本的に結社に所属する魔術師の扱う魔術には、結社ごとの特色が出る。

 物質生成に特化していたり、物性改変に秀でていたり、治癒専門であったり呪術に傾倒していたりと様々だ。この辺りは、大学教育の研究室やゼミなどに似ているのかもしれない。

 だがしかし、前回の女ライダーはそんな特徴が出るような魔術を行使しなかった。燃焼や金属生成に特化した結社もあるにはあるだろうが、彼女がバイクに乗っていたことを鑑みるに、それらの魔術はただの趣味バイクの補助だろう。彼女の所属を解き明かすような手掛かりは得られない。


「手詰まり、かねぇ……」


「えぇ!? そんなに経営難なんですか!?」


 一人暮らしの長さから自然と漏れ出た独り言に、真咲がやや失礼な勘違いをして驚愕していた。正すのも面倒になった一基は、ただため息一つで終わらせる。その様子により真咲が勘違いしていったのは言うまでもないだろう。

 そんな頃だった。

 窓の外からやたら大きなエンジン音が近づいて来る。やがてそれは事務所のすぐ近くで止まったかと思うと、カンカンと誰かが外階段を上ってくる音がした。

 何か月ぶりかも分からない、二日連続でインターホンが鳴り響く。


「お客さまですよ!」


 真咲が元気に客を迎えに行こうとする。一基が遅れて「――って、お前いまメイド服だろ! その格好は依頼人に誤解を与える!」と気付き追いかける。もちろん、間に合うはずもないが。


「はい、東雲探偵事務所です!」


 真咲が元気よく扉を開けた先にいたのは、一人の妙齢の女性だった。

 緩やかにパーマの当てられた栗毛と、身に纏ったドレス風の白ワンピースの影響で、こんな住宅地のど真ん中の寂れた場所に立っていることに途方もない違和感を覚える。首都圏の白金台だとか近畿の芦屋だとか、そんなところに暮らしているイメージだ。


「どうぞ、中に」


 思わず見とれていたことに真咲が不服そうな視線を向けるが、そこには気付かないふりをして一基はいつも通り事務所の奥へと案内する。

 女性の方は一瞬真咲の服装に驚いた様子だったが、持ち前の上品さがそうさせるのかすぐに表情を立て直して平静を装っていた。その切り替えの早さは感嘆に値する。


「まだ暑い中、足を運んで頂きありがとうございます。まだ相談料は頂きませんので、お茶をお出しするまで少々お待ち下さい」


 彼女をソファへと座らせて、一基は真咲の手を引いて玄関横の階段の傍まで来る。


「あの、お茶はわたし一人でも」


「馬鹿かお前」


 そう言って、一基はそのまま真咲を抱き寄せる。


「え、え!? そんな、一基様!? まだお昼――」


「お前の頭はお花畑なのかな? いいから黙ってろ、舌噛むぞ」


 一基はそう言って、玄関を開け放って一気に飛び下りる。二階程度の高さから人一人抱えて、というのは中々危険にも感じるが、訓練自体は十年も積んでいる一基にとっては特に難はない。


「いきなりどうしたんですか!? まだ中には依頼人が――」


「お前な、まさか本当に連日お客様が来ると本気で思ったのかよ……」


 真咲を抱えたまま走り出した一基は、彼女の問いかけに悲しい理由を呟く。


「あのバイクを見ろ」


 そう言って一基が指し示した事務所の前の道路には、一台の大型二輪が止まっていた。

 そして。

 その車体は、気味が悪いほどに鮮烈なピンクに染め上げられていた。


「あの、バイクは……ッ!」


 真咲もようやく気付いたらしい。

 あの栗毛の女こそ、昨日襲撃してきた女ライダーであると。


「まぁ昨日の今日の来客って時点で可能性大だったろ。その上で聞き覚えのあるエンジン音だ。バレバレだっつの」


「あっらーん? その割には、中まで入れてくれたじゃない?」


 カツカツと、音がする。

 真咲を抱えていたせいもあって、事務所からはまだ五十メートルも離れていない。思わず立ち止った一基は、あの栗毛の女がいつの間にか着替えたライダースーツのファスナーを上げながら階段を下りてくるのが見えた。


「人目のつくところに出てきたら安全だとでも思った? 残念。住宅地って朝の十時――ちょうど今くらいが一番人が少ないって知ってる? お年寄りの運動にはもう暑いし、幼稚園の送りも終わるころ。でもって昼の用意や買い物にもまだ少し早い」


 女ライダーの言う通り、人はほとんどいない。――それはつまり、この場で魔術を行使しようが些少の問題もないと言うことだ。


「けど、全くいない訳じゃねぇ。ふとした拍子に見つかることは十分に――」


「口封じの手間が楽よね」


 その女ライダーの発言を聞いて、一基は真っ先に左手のホルスターから使い魔の剣を引き抜いた。黒い刃が、光を受けて煌めく。

 ロッドアンテナのような構造のそれを一気に引き延ばし、真咲を守るように構えて見せる。

 女ライダーには人を殺すことに躊躇いを持たない。この場で誰かに姿を見られようものなら、即座に殺しにかかるような危うさがある。


(バイクにダメージを与えとくんだった……ッ。とにかく今は逃げるしかねぇ!)


 自分の甘さに歯噛みしながら、一基は魔術を行使する。逃げに回っていれば、追わねばならない女ライダーは口封じに出る余裕はなくなる。口を封じる必要性のない逃げ方をすれば、それは尚更だろう。

 左の手の甲に青い幾何学模様が浮かぶ。同時、一基の足元に季節外れなスノーボード状の鉄板が生成される。さらに窒素をその下部に生成・噴出し、簡易的なホバークラフトに仕上げてのけた。

 真咲を抱えた状態でそれに乗った一基は後方にも窒素を噴出し、スポーツカー張りの速度で一気に女ライダーを引き離す。

 ――はずだったのに。


「ヒュー。まさかそんな初級魔術の組み合わせだけで時速一〇〇キロ近くも出せるんだ。おまけにそれ、昔の映画で見た覚えあるよ?」


 その声は、嫌に近く聞こえた。

 いったい何時の間に、という疑問を禁じ得ない。フルフェイスヘルメットまでかぶった女ライダーが、バイクに跨って並走していたのだ。


「魔術なしで、一般道をその速度で走行するテメェの方が驚きだよ……っ」


「あれー? 呑気に話しかけてる場合?」


 この速度下で、女ライダーは昨日と同じショットガンを左手一本で構える。

 ただバイクを操縦しているだけの彼女には、片手運転になるとは言え魔術を使用する余裕がある。だが、一基にはこのホバークラフトの制御で手一杯だ。魔術的な防御壁を張るどころか、蛇行して躱す余裕さえない。


「バイバーイ」


 友人の手にあるお菓子をつまむくらいの軽い声音で、彼女は引き金を引く。

 だが、その弾丸は一基の身にも真咲の身にも届かない。

 一基の握り締めた刀剣の使い魔が、その鉛玉を引き裂いていた。


「時速一〇〇キロのスケボーなんて曲芸やりながら、その上で弾丸斬りなんて名人芸まで披露されちゃうなんて、おねーさん惚れちゃいそう」


「一基様は誰にも渡しません!」


「気が抜けるし舌噛むから黙っててくれ、真咲」


 呆れたように一基は言うが、その背筋には冷たい汗が伝っていた。

 一歩間違えば、女ライダーの手を借りずとも転倒して、魔術師でない真咲はお陀仏だ。

 そんな状況で弾丸を切り裂き弾き飛ばすという神技を成し遂げるのは、神経をグラインダーで削っていくようなものだった。いつ緊張の糸が切れたっておかしくない。


(逃げ切るのは無理がある……っ。だいたい、昨日の今日で俺たちの居場所がバレた時点でどうしようもねぇか)


 このまま逃げ続けようと、一基たちには身を潜められる場所はない。この状況に追いやられた時点で詰みだ。


(……迎え撃てるか)


 自分の胸に手を当て、問いかける。

 身に染みついた戦闘経験だけを照らせば、勝機がない訳ではないだろう。だが、それはあくまで心理的要因を排除した話だ。

 誰かを救う、誰かを守る。そんな真似を夢見て、そんな理想には手が届かないのだと思い知らされてしまった。そんな自分に、今さら何が出来る。


(……でもそれは、ここで真咲を見捨てる理由にはならない)


 彼女を抱きかかえる腕に、力がこもる。

 折れそうなくらい華奢で、軽い。そこにいる女ライダーがその気になれば、ほんの一瞬で命を奪われてしまうような存在だ。

 守れるかどうかなど、関係ない。

 一基の受けたトラウマに彼女を巻き込んでいい、なんて、道理が通らない。


(やるだけやってやる……っ)


 未だ震える身体を押さえつけるように、心の中で吠える。

 そんな決意を余所に、真咲がこの高速移動の中で目を回しながら声を上げる。


「あ、あの! こんな速度で住宅地走ってたら人に見つかりますよ!? SNSとかに『スケボーとバイクが並走しててワロタ』とか書かれますよ!?」


「……真咲、微分は無理でも小学校の算数は出来るだろ?」


 諭すように言いながら、一基は体重移動と窒素の噴出点の変更だけで見事に進路を直角に変更する。ジェットコースターのような浮遊感が身体を襲うが、安全バーもない今、その本能的な恐怖は比べ物にならない。まともを装って喋っていなければ、逆に転倒を誘発しかねないほどの状況だ。


「時速一〇〇キロってことは秒速約二七・八メートル。歩道どころか路側帯すらないここらの住宅地の道路じゃ、どこにも曲がれない直線は平均的に五十メートルもない。端から次のコーナーまで二秒とかからねぇ訳だ。その間に写メを取れる奴なんかいねぇよ」


 その一基の説明に続いて、女ライダーもかぶせてきた。まるでただ遊んでいるとでも言うような雰囲気だった。


「オマケに、私は五月蠅いの嫌いだから、バイクに閾値を超える音を抑える魔術的防音装置をかませてるしね。プロペラなしのホバークラフトでそっちは無音。ってなれば大抵のすれ違った人は『見間違いだ』って済ませてくれる。いやぁ、一般人にまで優しいのね、東雲一基っていう魔術師は」


「一般人と魔術を区別してるテメェの方がどうかしてる」


「殺しても殺せない人間が、特別じゃないとでも?」


 ぐっ、と一基は言い返せなかった。

 一基と女ライダーが狭い住宅地で爆走できるのは、その恩恵があるからだ。

 それはすなわち、魔術師は魔術以外では殺せないという摂理ルール

 こんな速度で衝突しようが転ぼうが、魔術師である一基も女ライダーも傷一つ負わないのだ。そんなものは、確かに化け物の類だろう。


「――とは言え、巻き込まれる一般人の為にわざわざ人気が完全にない場所を選んで誘導しているあたり、あなたって案外凄腕なのかしら?」


「何のことだか」


 適当に嘯きながら、一基はようやく辿り着いたシートで覆われた敷地内へとボードに乗ったまま突っ込んだ。

 そこには、赤い鉄骨で作られた巨大なジャングルジムがあった。

 持ち主の都合で工事が中断したマンションの工事現場だ。仕事柄、少なくとも近所の地理には詳しくなる。その恩恵がこんな形で得られるとは、思いもしなかったが。


「まだしっかり掴んでろよ」


 一基は真咲を更に力強く抱き締めて、ここまで導いてくれた鉄板を蹴りつける。元々の身体能力と魔術による反発力増加で、優に二十メートル以上を飛んで太い鉄骨の上に綺麗に着地する。


「散々振り回して悪かったな。気分は大丈夫か?」


「一基様と密着できて最高です……」


「なるほど。心配した俺が馬鹿だった」


 阿呆なこと言えるだけの余裕はあるらしい、と深くは追求せずに一基は真咲の状態には安心しておく。


「流石に、こんな場所までバイクを乗り回してはこれねぇはずだ。魔術で増強しようが人の速度まで落とせれば、俺にも勝機はある」


「――とか、思っちゃったりしてるん?」


 ぞくりと、背筋が凍る。

 遥か下にいるはずの女ライダーには、まるで動揺する様子がない。フルスロットルで吹かせたかと思えば、そのままウィリーに移行して鉄骨に前輪をぶつける。


「魔術を併用すれば、壁面走行どころか空中走行も出来ちゃうのよねー」


 そのまま、女は文字通りの縦横無尽にこの鉄骨の森を駆け抜けた。まるで、一基を嘲笑うかのように。


「……真咲。その鉄骨を掴んで放すなよ」


「はい、一基様だと思って絶対に手放しません」


 真咲の返事に一基は頷きつつ、使い魔を構える。

 いくら人気のない場所を選んだとは言え、この速度差は不利だ。だが、先程のような方法で同じ速度を出せば一基は真咲の傍を離れることになるし、真咲を引き連れていては戦おうにも戦えない。

 この場からほとんど動かずに、女ライダーを撃破しなければならない。

 頭の中に瞬時に浮かび上がる無数の手を検討し、シミュレートし、廃棄し、また検討する。それを繰り返しながら、一基は笑う。


「来いよ。こっちは早くケリ着けて、さっさと調査に出かけねぇといけねぇんだよ」


「ふっふーん。生身でバイクの速度に追いつこうなんてお馬鹿さんなのかしら」


 疑似的な重力を常にバイクの垂直方向にかけるよう設定してあるのだろう。おまけに空中も走れるように何か術式に細工もしてあるようだ。元々の彼女の持つ運転テクニックと相まって、とてもこちらから攻撃できるようなタイミングはない。


「ほらほらほら!」


 狂喜に満ちた声と共に、ショットガンの形をしただけの銃身から流線形の弾丸が放たれる。

 一基はそれを反射的に躱す。それ以外に、一基が取れる手段がないのだ。

 金属の盾で防ごうにも、足場があまりに狭い。あの重さを空中に留めておく術式まで併用すれば、弾丸の方向に対応しつつ補修することが難しくなってしまう。流石の一基も、空中を自在に走られるのまでは想定外だった。


「水系魔術が得意だったみたいだからね。燃焼系の攻撃より、相殺しづらいこういう攻撃の方がいいかなって思ったんだけど、大正解だった?」


「まぁ、昨日じゃなくて今日になってから再度襲撃に出たってことは、その程度の策は講じてくるよな」


「負け惜しみを言ってる場合?」


「負けてねぇよ」


 言葉を返した直後、女ライダーのバイクと使い魔が衝突した。


「――ッ」


 縦横無尽に駆けると言っても、一基の視界を撹乱できる範囲であれば時速数十キロで急転回を繰り返せるほどの広さはない。どこかで必ず、一基が一足飛びで近づける間合いには入ってくる。それを見越した上で、彼はそのタイミングを見逃さずぶつかり合ってのけた。


「でも残念。私の大事な大事なバイクには、魔術で硬度を底上げしてあるから。この程度じゃ傷一つ付かないのよねん」


 腕ごとへし折れかねない重圧が、使い魔から響いて来る。だが目の前の大型のバイクは一基の斬撃を受けても速度を落とす気配はない。

 結果、一基はそこで力勝負を諦めてバックステップで元の位置に戻る。


「今のであなたの間合いは良く分かった。そこに近づかないようにすればいいだけよ」


 またしても、その速力を活かして女ライダーは工事途中の鉄骨の山を駆け抜ける。だが、そこに一基が攻撃を仕掛ける余裕はなかった。

 昨日と変わらない、防戦一方に持ち込まれている。


「――少なくとも、お前はそう思ってる」


 にやり、と。

 一基が不敵に笑う。


「アドバイスだ。ブレーキかけないと死ぬぞ」


 一基の言葉で何かに気付いたか、彼女はブレーキと同時に車体を急転回させて()()を回避する。だがそこで、それだけではないと気付きやむなく完全にブレーキをかけて停車した。


「……いつの間に、ピアノ線なんて張り巡らせてたのかしら?」


 彼女がそう言いながら、空中を指先でつつく。

 そこには、ピンと張りつめられた極細の鋼鉄線があった。あの速度でこれが身体のどこかに触れていれば、どうなったかなど言うまでもない。


「テメェのバイクと俺の使い魔をぶつけた瞬間、車体に線を付けさせてもらった。後はバイクで走り回るだけで、勝手にテメェ自身が檻を作るって寸法だ」


「やられたわね……っ。私がこの方法を使ってくると読んで、新しく魔術をインストールしておいたのね。ピアノ線の生成なんかの魔術だけなら、得手不得手に左右されずに、最初期の初級の魔術で対応できる。――少なくとも、水系統の魔術しか来ないと思っていた私には、その程度ですら有効打になり得る」


 歯噛みする女ライダーに対し、一基は笑みを崩さずにいた。――それは、ある意味ではただのハッタリでしかない。

 一基に()()()()()()()

 魔術師は、事前に使い魔に魔術をインストールしてそれを扱う。だから、魔術師にとって必要な才能は『魔術のインストールの早さや正確さ』ではなく、『空白となっている変数を如何に早く正確に入力できるか』という部分になる。そういう意味で、一基に魔術師としての才能はほとんどないのだ。

 一基には、多変数魔術――中級以上の魔術を扱えない。十年もエリート集団の中にいて成長しなかったのだから、これはもはや訓練の有無ではなく、そういう才能が欠如していると言った方がいいだろう。

 だから一基は今までのように、初級魔術頼みで実戦をこなすように特化している。独立十字騎士団にいた頃は、まだ作戦の内容に使えるところもあったが、一対一のこの状況で優位性は見出せない。

 今のような前哨戦での勝利は出来ても、相手が中級以上の魔術を使い始めた瞬間にこの立場は逆転してしまう。

 そして今、一基はそれを引き出そうとしている。

 まずは敵の手の内を知ること。そうでなければ、敵に魔術を使わせることなく封殺するような真似すら出来ない。――そしておそらく、そうしなければ一基に勝ちの目はない。


「……いいわ」


 女ライダーの声が変わる。

 今までの、余裕ぶって甘ったるく作った声ではなかった。

 冷酷な雰囲気を呑みこんだような、いやに大人びた声だった。


「お遊びはここまで。私の、とっておきを上げる」


 跨っていたバイクから降りて、彼女はヘルメットを外す。栗毛の髪を風になびくままに解き、そして、獣のように飢えた眼球で一基を睨み据えていた。

 自らの唇を舌でなぞり、女は笑みを浮かべる。


「さぁて、東雲一基。あなたには、最高の苦痛をプレゼントするわ」


 連続でマズルフラッシュがあった。耳を殴りつけるような音が響く。

 全ての弾丸の軌道を読んで切り裂こうとしていた一基は、そこで驚愕に目を染める。同時、ただ棒立ちになった一基の身に弾丸が食い込んだ。


「――っぐ!」


「一基様!?」


 当人よりも痛ましそうに真咲が悲鳴を上げる。だが、背を向けたまま手を上げて一基は無事だと合図を送る。


「……テメェ、魔術師向きじゃねぇよ」


「あら。あなたにそれを言われるとは思わなかったわ」


 軽口で返す間も、彼女は引き金を引く手を緩めない。

 十発近い弾丸が放たれ、そのうちの一発が一基の身体を切り裂いていく。

 原理は単純だ。他の弾で一基の動きを限定し、絶対に躱せない個所を作った上で、そこに一発の弾丸を叩き込む。だがそれは、あの速度でバイクを乗り回せるだけの視力があるからこそできる芸当だ。


「さぁ、早くあなたの魔術を見せて?」


「生憎だ。見せられるようなものの持ち合わせはねぇよ」


 使い魔を構え直し、一基は言う。

 受けた銃創は左の太ももと右の脇腹。どちらもギリギリで身を捩った為、皮膚を抉られた程度で済んでいる。それでも、その傷が原因で動きが鈍っているのは明確だ。

 元々、前線を退いてからの月日も長い。最低限の筋力は落とさないようにはしてきたが、まだ勘を取り戻せていない。


「――悠長に構えてる余裕はないか」


 小さく呟くと同時、一基は鉄骨を蹴った。


「魔術補助なしで良く跳べる!」


 感嘆するのと発砲を同時に行う女ライダーだったが、しかし一基は気にも留めない。どうせ喰らうと分かっているのであれば、あとは精神論だけでどうにかなる。ダメージを最小限に抑えれば、それも現実的な話だった。


「テメェがどこの誰かは、叩きのめした後にじっくり聞かせてもらう」


「やん。SMプレイに興味はないわよ?」


 振り下ろされた一基の斬撃を、女はショットガンで防ぐ。ギチギチとせめぎ合うが、男女の筋力差故に一基が次第に押していく。


「この状態じゃ引き金も引けねぇ。諦めたら――」


「ねぇ」


 一基の言葉を無視して、女は声をかける。

 ここまで追い込まれているというのに、彼女の声には相変わらず何もない。

 いや。

 彼女の声には、勝利を確信した余裕だけがあった。



「バイクで機動力を自慢しながら銃で戦っていた理由が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 言葉の直後。

 女の首筋とショットガンが、何かの文様と共に緑の光を放つ。それはマズルフラッシュに掻き消されるような先程までの弱い光とは違う。眼底を突くような光だ。


「終わりよ、東雲一基」


 ショットガンの銃身から、溢れ出るように黒い影が放たれる。

 回避は間に合わなかった。

 その影が、一基の左腕を喰らう。


「――っがぁぁぁあああああ!?」


 絶叫が響く。喉が惹き裂けそうなほどに叫ばなければ、意識を繋いでいられそうもないほどの激痛だった。

 左手を溶鉱炉にぶち込んだような、規格外の痛みの信号。突然すぎて脳の方でシャットアウトをするのが遅れ、頭を酷く揺さぶられたような錯覚さえあった。

 そして、気付く。

 黒い影に呑まれた部分が、死んだように動かなくなっていた。


「この魔術――呪術か……ッ!?」


 黒い影にも似た気体、激痛、そして麻痺。

 その特徴を掴んで、一基の思考は知り得る一つの魔術に到達する。


「……《影喰らい(シャドウ・イーター)》。触れた個所の神経から異常な痛覚電気信号を疑似的に発生させ、かつ随意信号を打ち消す中級呪術だ……っ」


「……まさか、今の一撃でショック死しないんだ。それだけの威力には設定してあるはずなんだけど、流石におねーさん驚いちゃった」


「中級魔術ってことは、これがテメェの必殺技か」


 そこまで呟いて。

 東雲一基は、気付く。


「――ッ。呪術に、その胸の星。まさか、テメェ――ッ!?」


 一基の顔が驚愕に染まる。自分の中に立てられたその仮説が、何年もかけて取り繕っていた面の皮をばりばりと音を立てて剥がしていく。


「あらー。バレちゃった? ならそう、教えてあげるわ。私が所属するのは『浄化の星』よ」


 どくん、と心臓が跳ねた。

 その一つの名前だけで、脊髄の奥から業火が溢れたように一基の身を焦がしていく。


「呪術によって人々に苦痛と死を与えることで、その魂を清めより良い来世へ送り届ける。崇高な理念よね。まぁ私はただ魔術でいっぱい人を殺せそうだから、って言う理由で入っただけで、特に妄信はしていないけれど」


 あぁ、と、一基は嘆く。

 まともな人間でないことなど、とうに分かっていた。人を殺すことに些少の躊躇いも抱かない時点で、それはどこかが致命的に狂っている。


「……はは」


 どこからか、笑みが零れる。

 自分を守る為でも、真咲を守る為ではない。

 今ここで、女ライダーと戦う理由が出来てしまった。

 誰も護らない。誰も救わない。

 そんな一基の求める理由が。


「……予定、変更だ」


 右手一つで、使い魔を握り締めて立ち上がる。

 胸の奥から溢れ出るのは、身体を縛りつけるような過去の恐怖ではない。

 ――ただ目の前の敵をことごとく破壊したい、そんなおぞましい衝動だけだ。



「テメェはこの手で殺す」



 女ライダーに喋る隙は与えなかった。

 脅す代わりに、バイクの車体を真っ二つに切り裂いた。

 車体はそのまま真下の大地へと叩きつけられ、ばらばらに砕け散る。


「――ッ。急に怖い顔しちゃって」


 女ライダーの顔に、僅かに畏怖が宿る。それもそうだろう。魔術で硬度を上昇させていたバイクを、ただの一太刀で切り捨てられてしまったのだ。

 それはつまり、魔術の威力では一基に敵わないということだ。


「教えてやる。結社の名をみだりに明かす行為は、初心者がやることだ。そして、バイクみたいな魔術以外に頼る行為もな」


 その忠告に、女の顔が僅かに歪む。それはほとんど肯定に等しかった。


「だから断言できる。テメェは魔術の同時使用はおろか、中級魔術もろくに使えねぇってな。《影喰らい》なんていやがらせ技が切り札だった時点でも、察しがつく」


「それが罠だとは思わないのかしら?」


「罠だと思わせる罠だと判断した」


 一言で切り捨てて、一基は続ける。


「テメェはこの使い魔一つで十分だ」


 その一基の言葉に、女は嗤う。

 焦りだけが滲み出た、酷く不格好な笑みで。


「――っはは! 知ってる、思い出した! うちの結社の名を聞いて怒る結社なんて、一つしかないじゃない! あなた、独立十字騎士団の出身だ!」


「だからどうした」


「そこまで分かれば十分! 独立十字騎士団を脱退して、おまけに中級魔術を使わない! しかも百キロ越えのスケボーで人を抱えて体勢を崩さない()()()()()()()()()()! それだけ情報があればもう十分!! あなた無芸マスター・ノーンでしょ!」


 そこまで看破して、彼女は勝ち誇ったように笑う。

 必死に、自分の勝利を信じようとしているのだろう。


「上級どころか中級魔術を一つも習得できなかった落ちこぼれの魔術師、それがあなた! でもこっちは中級魔術がある! その差は絶対よ!!」


 その姿が、一基には哀れにすら映った。

 きっと、《影喰らい》が利かなかった時点で、彼女の切り札は尽きたのだろう。

 だからこそ、こうして立ち上がる一基への対処法が分からず、ただせせら笑うしかない。もしも彼の方が強いと認めてしまったら、ただ絶望に暮れるしかないから。自分の精神の安定を守る為に、ただ吠えるしかないのだ。


「……何で、俺が騎士団を辞めたのか知ってるか?」


 だから。

 一基は哀れな敗北者へ、現実を突き付ける。


「俺は昔、魔術のテロに巻き込まれた。家族も失った。だから、俺みたいな人間を作りたくなくて、俺は助けてくれた騎士団の団長に頭を下げて、養子にしてもらった。魔術の才能なんて欠片もなくて、それでも死に物狂いで勉強して、誰か一人でも助けようと、無駄な努力を重ねていた」


 だがそれは、ある日突然奪われる。


「テメェら『浄化の星』が教えてくれたんだぜ? 俺の目の前で大量の人を殺すことで、人には人を救えないって、そんな無様な夢を俺から取り除いてくれたんだ。――だから、俺は結社を辞めた」


「それが何? 同情でも誘おうって――」


「それが八年前だ。最近魔術師になったお前が、ただの雑魚の下級魔術師の名前を耳にしたことに、違和感はなかったのかよ」


 その言葉に、女ライダーの肩がビクリと震える。

 一基の名前は確かに有名だ。何一つ中級魔術を習得できない、紛うことなき無能として。

 だがそれは同時に、魔術なしで高位魔術師と渡り合ってきた事実も示している。

 ただの子供で、魔術の才能がなくて、世界最高峰の魔術師の義理の息子になったのだ。一基をさらうことで、独立十字騎士団を揺るがそうとした者がいない訳ではない。

 もちろん騎士団に助けられたことだってある。自分一人じゃどうにもならない場面もあった。それでも迷惑はかけたくないと、救われるのではなく救う側になるのだと、一基は努力を重ねてきた。

 無芸の名には、一基として譲れない信念が宿っている。

 それこそ。

 八年の間、密かに語り継がれるほどに。


「……哀れだよ、お前」


 人を見下さなければ、自信を保てない。そんな女ライダーに一基は憐憫を込めた瞳を向ける。

 そして瞼を降ろし、そんな余計な感情を葬り去った。

 剣を掲げる。


「だから俺が、殺してやる」


 風があった。

 同時、女ライダーの全身から血が噴き出した。


「――な、ばぅ……ッ!?」


 その背には、一基が立っていた。

 この一瞬で間合いを詰めただけでなく、全身を斬りつけて見せた。それも、特殊な魔術など何一つ使わずに。

 魔術の才など微塵もないから。代わりに鍛え抜いたその身体能力だけで、女ライダーを圧倒してみせたのだ。


「まだ意識は残してある。死ぬ瞬間くらいは味わいたいだろ、『浄化の星』。テメェの魂が綺麗になるって言うんだからよ」


 鉄骨の上に身を投げ出して、女ライダーがゆっくりと倒れる。その手から滑り落ちたショットガンの形をした使い魔が、遥か下の地面へと叩きつけられ砕け散る。

 それと同時、一基にかけられていた《影喰らい》も消えた。使い魔が破壊されれば魔術も消える。左腕は何事もなかったかのように動くし、脳に噛みつくようなあの激痛もない。

 解放された左腕を一基はぐるぐると回してみせる。もう一基に残っているダメージは掠めた銃弾の数だけだ。

 対して、女ライダーは全身を斬りつけられ身動き一つ取れない。そこで彼女は、ようやく敗北を知った。


「い、やだ……っ」


 目から大粒の涙を零し、子供が駄々をこねるように喚き散らす。


「死にたく、ない……っ!」


 その言葉は、この状況で出てくる当然のものだっただろう。

 だが、それに続く言葉は、一基がほんの僅かに期待していたものとは、まるで違っていた。


「魔術師になったら、死なないって! 私が殺せる側になるって、そう聞いていたのに! これじゃ話が違う!! 私はこっち側じゃない!!」


 あぁ、と一基は嘆く。

 もう彼女は、戻って来られない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……いっそ妄信してれば楽だったろうに。下手に利用するからそんな目に遭うんだ」


 チキ、と使い魔を傾け、女の首にあてがう。

 誰かを救う為ではない。

 これは、己の憎悪を吐き捨てる為の戦いだ。

 だから最後までやらなければならない。


「じゃあな」


 握り締めた刃に力がこもる。

 ――だがそれは、一基の力ではなかった。

 重ねるように添えられたその手が、一基の意志とは正反対に剣を止めていた。


「……何してんだ」


 呟くように、一基はその手の持ち主――真咲を見る。

 振りほどこうと思えば、容易く振りほどける。けれど、その柔らかな手はそうさせる意思を吸い取っていくようだった。


「それは、わたしのセリフです……っ」


 カチカチと歯の根が合わない様子で、真咲が震える手で一基の手を握り締めた。

 当然だろう。こんなとび職でもなければ歩けないようなところを、命綱なしで立っているのだ。魔術以外で死なない一基たちと違って、真咲の恐怖は喉元にナイフを突き付けられているに等しい。

 それにもかかわらず、真咲は一基の手を握り締めて離そうとはしなかった。

 ただじっと、彼の瞳を見つめる。


「殺しちゃダメです」


「殺人鬼相手に何を言って――」


「本当は、こんなことしたくないくせに」


「――ッ」


 胸を抉られた。

 全てを見透かされたような言葉に、一基は答えられなかった。

 誰も殺したことがないなんて、綺麗事を並べる気はない。独立十字騎士団にいた頃は、そんなこと当たり前だった。直接手を下さなくても、参加した作戦の中で死傷者が出ることだってあった。

 なのに、どうして。

 今はこんなに、吐き気がするのか。


「わたしを守る為に、一基様は戦おうとしてくれました。でも誰かを守るっていうことが、一基様にとっては辛いことなんですよね……。だから、自分に嘘をついて、個人的な恨みを晴らす為なんて振りをして、頑張ってくれた」


「……違う」


「違いません」


「違うんだよ。俺はお前を守る為に剣を取ったんじゃない。俺は、俺は……っ」


 否定の言葉は、そこで途切れてしまう。何を言おうとしたって、真咲の言葉はほとんど真実だったからだ。

 けれど、肯定してはいけない。

 それはつまり、真咲に責任を押し付けて、一基は人の命を奪おうとしていたと言うことに他ならないから。そんな重い罪過を彼女に押し付けようとしていたなど、あってはならない。


「もう、いいんですよ。どんなに理由があったって、誰かが勝手に命を奪うなんて、駄目なんです。そうしないで済む道があるのなら、絶対に」


 それはきっと、ありふれた言葉だっただろう。

 今さらそんな言葉で止まれるほど、温い世界に一基はいなかった。人を虐殺する魔術師を鎮圧すると言うことは、その集団全てを血の海に変えると言うことだ。今まで、そんな経験は本当に腐るほどあった。

 けれど。

 だけど。

 そんな平和ボケしたような言葉が許されるなら、それにすがることのどこが悪いと言うのか。


「――……命拾いしたな」


 一基は使い魔を縮め、腕のホルスターへしまった。

 殺気はもうどこかへ消えていた。溢れ出るような怒りもまた、とっくに冷えて胸の奥深くへと再び潜り込んでいる。


「テメェの使い魔は砕けた。今のテメェはただの人間だ。この高さから落ちても死ぬ。ほっといても失血で気を失う訳だが、寝返り打つなよ」


「そ、んな……」


「テメェは結社に入って浅いみたいだったから、見逃してやるよ。けど次に俺の前に姿を現すようなら、その時は容赦しない」


 言うだけ言って、一基は真咲を抱え上げる。

 真咲がまた変なリアクションをしていることは無視して、そのまま一階ずつ飛び降りるように鉄骨の塊を下っていく。


「……しかしお前、よくこんな細い場所を歩けたな。恐くねぇのか」


「正直泣きそうなくらい怖かったです……」


「そうまでしてあの女を助けたかったのかよ。昨日殺されかけてんだぞ」


「助けたかったのは、一基様もです」


 真っ直ぐな瞳で、彼女は言う。

 彼女はまだ現実の残酷さを知らない。誰かを助けるなんていう言葉は、紙の上にしか存在しないのだと。

 それでも、確かにこの場で守られたものはあった。

 だから、一基は素直に真咲へ礼を言う。


「……ありがとな。おかげで、今回は人として超えちゃいけない線を超えずに済んだ」


「いえ。お力になれたなら良かったです。むしろこれからもお力になりたいです」


「あぁ。まだ雇う雇わないの話は続いていたのね……」


 呆れたように、一基はため息をつく。

 そして、少しだけ先のことも絡めて考える。

 どうせこのまま彼女は引き下がらないだろう。おまけに、『浄化の星』なんていう危機もある。無理に追い返したりしても、安全を確保できない。

 結論は、もうほとんど決まりだ。


「……日給七千円、住み込みで家事使用人としてなら考えよう。昇給・休日は応相談だ」


「よろしくお願いします!!」


 割と劣悪な部類に入るであろう労働条件に対し、真咲は即答していた。

 そして一基は、あっさり彼女が傍にいることを認めていることに、少しだけ懐かしさのようなものを感じていた。

 こんな感情を、彼はとっくに失ったと思っていたから。



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