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ウィザード・オブ・ビギナーアーツ  作者: 九条智樹
第一章 One cannot become a hero. 「……実は、お前が厄病神だったりしない?」
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第4話 「ぷぷぷ、プロポーズですか!?」


 日が傾き、事務所の中は真っ赤に染められていた。

 ようやく戻ってきた一基と真咲の二人の間には、重い空気が流れていた。


「さっきの女性のライダーは、やっぱり魔術師なんですね?」


「まぁな。目的はさっぱり分からんが」


 もはや差し出された紅茶を当然のものとして受け入れつつある一基が、そのまま疲れたようにため息をつく。


「この星に誓って、とか意味深なことを言ってましたけど、何か参考になりませんかね」


「あれは、所属する結社を表す言葉だろ。星を象徴にする結社なんざ腐るほどあるし、参考になるかよ」


「……結社?」


 きょとん、と首を傾げる真咲に、「そこからか……」と一基はため息をつきながらも説明しておくことにする。どうせ説明するだけなら真咲の身に危険も及ばないし、一基に不利益が被る訳でもない。


「魔術師は使い魔と契約する以前に、魔術結社に所属するものだ。むしろ個人の思想より、結社の方向性の方が魔術師としての道を決定づけるだろうな」


 通常、魔術師は魔術結社に入団しそこで魔術を学ぶ。世間的には秘匿されている現代魔術が短期間で進化し、脈々と受け継がれようとしているのは、このシステムのおかげとも言える。

 そして結社にも、様々な思想がある。

 宗教染みたところもあれば、ただ単に魔術を技術として伝えるところもあるくらい、根本からして変わってくる。各々の結社によって得意な魔術であったり、その使用法の偏りがあったりするのは当然のことだ。


「だからあの女ライダーの所属が分かるだけでも、こっちの手の打ちようも変わるってもんだけどな。それが出来ないからお手上げだ」


「でも、一基様はとても強かったです。もう一度襲われたとしても、きっとスカッと倒してしまわれるんでしょう?」


「……そいつは無理だ」


 ほんの一口しか飲まなかった紅茶のカップを置いて、一基は俯く。


「一度魔術師になった魔術師は、もう魔術師をやめられなくなる。それは使い魔と契約している限り、魔術以外の要因で死なないから。そんな世界に浸ってしまえば、使い魔との契約を解くのは極寒の地で衣服を全部脱ぎ捨てるような感覚だ」


「……それって、つまりどういうことです?」


「要するに、心理的に使い魔との契約が解けない以上、魔術師が魔術を離れるときって言うのは、所属した結社を退団するときだ」


 その言葉を聞いて、真咲はようやく気付く。

 一基の探偵事務所は一人しか働いておらず、そして、彼はずっと探偵として働いてきた。

 つまり彼はもう、魔術結社から遠ざかっているのだ。


「一基様が初めから結社に入っていなかった、という訳ではありませんよね?」


「残念ながらな。俺はきっちり結社に所属して、その上で、もう魔術はやめた。かなりブランクがあるんだぞ。あの女ライダーと戦ったって、勝てる訳がない」


 その場しのぎで身を守る程度なら、まだどうにかなる。

 だが根本的に一基自身が戦うことを拒否している。勝敗など火を見るより明らかだ。


「でも、いざとなったらさっきみたいに助けてくれるんですよね?」


「……変な期待してんじゃねぇよ」


 思わず、一基の語気は強くなってしまっていた。不安から少しでもすがるものが欲しいだけだと分かっているのに、それでも、一基はそれを拒絶した。


「人には人を救えない。それが、俺がまだちゃんとした魔術師だった頃に学んだことだ。だから俺は結社を辞めたし、俺にはお前を助けられない」


 そんな陳腐で綺麗な願いを許容してくれるほど、この世界は優しくなどない。

 それが、まだ幼かった一基に突き付けられた現実だったから。


「そんな……ッ」


 否定の言葉を繋げようとしてか口を開いたが、しかし真咲は唇を引き結んだ。何か、伝えたい言葉があるのかもしれない。そんな表情だった。

 けれど彼女は結局、その想いを声には出さなかった。

 当然だろう。その場しのぎの慰めで立ち直れるような傷だったら、一基はこんなところで探偵事務所を開いたりしていない。

 結社を退団した後にこの職を選んだのも、もしかしたら誰の幸福にも作用しないからかもしれない。

 依頼人と調査対象で幸と不幸の釣り合いが取れる場合がほとんどだから。みんなを幸せにする、みんなを救うなんて真似は、一基には荷が重すぎるから。


「……悪い、変な空気にしたな。忘れてくれ」


「……はい」


 まだ何か言いたげな彼女に対し、一基はそこで無理やり話しを切った。これは、他人に勝手に踏み込ませていい話題ではない。


「とにかく安心しろ。後で独立十字騎士団の連中には連絡を入れておく。お前の身の安全はあいつらが保証してくれるだろうし、じきにこの問題も解決だ」


「独立十字騎士団って、あの騎士団ですか……っ!?」


 真咲が驚愕の声を上げる。だが、それも無理のない話ではある。

 犯罪魔術師対策に特化した、どこの国にも属さない()()()()()()()の名を持つ魔術結社。それが独立十字騎士団だ。

 魔術の警察と称される彼らを魔術の特殊部隊と認識している者も多く、そしてそれは間違っていない。そんなレベルのエリート魔術師集団だ。たとえ魔術に疎かろうと、結社という枠組み自体を知らなくとも、魔術を知る上でその名を聞かないはずがない。


「大概の魔術絡みの事件はあいつらに管理を任せておけばいい。下手に動いて巻き込まれていく方が危険だからな」


 気持ちを切り替えるように、一基はすっかり暗くなった部屋に灯りを点ける。人工的な光が少し目に痛い。


「まず、お前のこれからをどうするかについて話し合った方がいいか」


「……それはつまり、家族設計的な……?」


「夢見がちな乙女を気取るな、匂いフェチ」


「ツッコミが酷い!?」


 真咲が涙目で抗議するが、一基としてはフェチで留めてあげているだけ良心的である。変態野郎と言わないだけ、感謝さえほしいレベルだ。


「お前を雇う雇わないっていう話があっただろ」


「そうでした」


 はっ、とようやく真咲は思い出したように手を打つ。


「それで、あの、採用の話は――」


「ある訳ねぇだろ。早くおうちに帰りなさい」


「そんな!?」


 驚愕に顔を染める真咲だが、そもそも一基には真咲を雇う理由の方がない。多少役に立つと言っても、そこに最低時給八百円近い賃金を用意する術さえないのだ。


「せっかくまたメイド服を着たんですよ、ご主人様!?」


「いい加減に俺をメイド好きの変態扱いするのをやめようか!」


 言い返す一基の前にいる真咲は、本人の言の通り早々にメイド服に着替え直していた。この格好で色仕掛けの代わりになるとでも思っているのだろうか。


「やっぱり、一基様はミニスカメイドごときでは駄目ですか……」


「おい待て! 俺がよりハードなプレイを要求しているみたいな捉え方もやめろ!」


 世間体的にアウトな方向に邁進しかけているうら若き乙女を、一基は自分の名誉の為に必死に引き留める。だが、彼女の決意の固さは相当でそれもまた骨が折れそうだった。


「――とまぁ、そんなどうでもいい冗談はさておくとして」


 そこでふと話を区切った一基に、真咲が首を傾げる。その後のリアクションまで想像がついてしまうから、一基は面倒そうにぐしゃぐしゃと自分の後頭部の髪を掻いた。


「あの女ライダーが『あなたたちを殺す』とか言ってたから、このまま帰すのは帰すで、かなり危険な訳だ」


「……へ?」


「騎士団に連絡しても、彼らが駆け付けるのは明日か明後日だ。それまでは、辞めたとはいえまがりなりにも魔術師だった俺の傍にいた方がいい」


 一基が酷く端的に状況だけを抜き出して説明したと言うのに、真咲はどこか戸惑った様子で少しずつ一基の言葉を反芻し、そして何故か目を回し始めた。


「そ、それってつまり……ぷぷぷ、プロポーズですか!? そんなまだ早い――」


「そんな訳ないでしょうよ、話を聞けよバカ野郎」


 一人で勝手に赤より赤く赤面している真咲の脳天に、一基は容赦なく『分厚いファイルチョップ』をかまして黙らせる。「あぅっ!?」と真咲が頭を押さえて悶絶している。


「仕方ねぇから職場体験の期間を伸ばす。可能なら、しばらくはうちに泊まってけ。親とかには俺から連絡を――」


「あぁ、大丈夫ですよ。うちの()()()は今日から住み込みで働くと思って、家を送り出してくれていますので。あ、承諾書はありますよ」


「それを認める親って大丈夫なのかよ……。あと、こんな事態にならなかったらどこに泊まる気だったんだ……」


 はぁ、と本日何度目かも分からないため息をついて、一基は軋む椅子から立ち上がる。


「さて、そんな訳でそろそろ晩飯の時間だ。どっか食べに行くか?」


「いつも外食なんですか?」


「普段は適当に家で食ってるよ。ただ人に食わせれるものじゃねぇからな。まぁ正直、金銭事情的に外食は控えたくはあるけれど」


「あの、でしたら、わたしが作りましょうか?」


 控えめに真咲が手を上げる。どこか自信はなさげだが、しかし引き下がる気配は不思議と感じられなかった。


「……お前、料理できるの?」


「勉強しました」


 思わず口を衝いて出た一基の失礼な問いに、怒った様子もなくやる気満々に真咲は答える。年下に甘えるのも格好悪い話ではあるが、その方が助かるのなら仕方ないだろう。


「……じゃあ、お願いしようかな。材料は冷蔵庫にあるのを何でも使ってくれていいから。まぁ大したものはないと思うけど」


「お任せ下さい!」


 拳を握り締めた真咲は、ふんす、と鼻息を荒くして一階の台所へと向かうのだった。


     *


 そんな訳で、一時間後。

 無事に出来たと言う真咲に呼ばれたので、一基は少々不安を残しながらも階下のダイニングへ降りていく。


「……おぉ……っ!」


「その感嘆符が一番失礼だと思うのですが」


 思わず漏れ出た声に、真咲が抗議を唱える。彼女からしてみれば、もう少し期待していて欲しかった、と言うところだろう。

 この短い間に、目の前のテーブルには和で統一された一汁三菜のきっちりした夕食が用意されていた。しかも冷蔵庫にあるものだけで、と言うのだから驚きを隠しえない。

 普段の一基の食事は『シリコンスチーマーに放り込んだそのとき安かった肉と野菜数種類』に醤油かソースくらいで適当に味を付けただけだ。たまに気分で豆板醤など一風変わった調味料にも挑戦するが、とても料理と呼べる代物ではない。鍋やフライパンなど買ったはいいが使ったことすらないくらいだ。

 普段の素っ気ない食事に比べれば、こんな夕食は感動ものである。


「これ、食べていいのか……?」


 ガタガタと少し慌てたように椅子を引いて、料理を見つめたまま一基は問う。最早その目は、飢えた子供が白いご飯を前にしたときと同じくらい輝いている。


「もちろん、一基様の為にご用意したので是非お召し上がりください。ただ、その、お口に合うかは分かりませんが……」


「子供だろうが何だろうが、女子の作った物を食べて不味いなんて言う男は死ねばいいんだ」


 不安げな真咲に割と物騒なフォローをして、一基は「いただきます」の挨拶とほぼ同時に箸を引っ掴んで頬張っていた。


「美味い! うん、ちゃんと美味い」


 うちの冷蔵庫に放り込まれていた食材はこれだけのポテンシャルを秘めていたのか、と驚愕してしまうほどには美味だった。


「……あれ、でもこの肉じゃがのじゃがいも、ちょっと小さくないか」


「――ッ! それはほら、そちらの方が食べやすいかと思いまして! 味も染み込みますし!」


「切ったにしては断面が丸い――」


 職業柄と言うべきか目ざとく見つけてしまった一基は、そこで「あ」と声を漏らす。

 一基の視界の端に映ったごみ箱の中に、ものすごく分厚く剥かれた野菜の皮たちがあった。


「……お前、実はやっぱり料理初心者?」


「うぅ……。本とかテレビ番組を見てたくさん勉強はしたんですが、包丁を握ったのは初めてです……」


 申し訳なさそうに言う真咲だが、しかしむしろ初めてでここまでのクオリティに達するには相当才能がいる。高々皮の厚さ程度、恥じる必要はどこにもない。


「いや、十分だ。変なところをつついて悪かったよ。作ってくれるだけで十二分に嬉しいし、その上美味いんだから感謝のしようがない。あと怪我がなくて良かった」


「では、ぜひともお礼を下さいませ。具体的には雇って頂く方向で! 永久就職的な意味で!」


「はっはー、図々しいぞ?」


 にっこり笑いながらさりげなく拒絶する。「ちぇっ」という可愛い声の可愛げのない舌打ちが聞こえた気もするが、そこは触れないでおくことにした。

 そうして、自分が彼女と楽しく会話していることにさえ気付かないまま、一基は彼女との時間を過ごしていった。



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