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ウィザード・オブ・ビギナーアーツ  作者: 九条智樹
第一章 One cannot become a hero. 「……実は、お前が厄病神だったりしない?」
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第3話 「……実は、お前が厄病神だったりしない?」


 オフィス街に面した位置のとある喫茶店で、一基はコーヒーに舌鼓を打つ。

 財布の紐を握られているサラリーマンも昼休みくらいは気兼ねなく休めるように、と言う気遣いからか、リーズナブルな値段設定の割に味は上々だった。

 探偵を行うには様々な義務が生じる為、帳簿を付けたり真咲に最低限の仕事を教えたりと細々とした仕事を終わらせ、定時の少し前に依頼人の旦那が出てくるのをこの喫茶店で監視している、という訳だ。

 もちろん張り込みであるから目立たぬよう、対面の席の真咲にはメイド服ではなくそこらの女子高生然とした格好をさせている。


「……あの、ですね」


「何だ?」


 一基の目の前で、金色の髪が力を失くしたように垂れ下がる。


「どうしてわたしは、ここで高校の勉強をしているんですか……?」


 疲れ切った様子の真咲が、シャーペンを握り締めたまま机に突っ伏していた。

 その前にはノートと高校数学の問題集。さきほど一基が書店で購入したものだ。


「探偵は目立っちゃ終わりなんだよ。若い女の子がこんな時間に大人の男と一緒ってのはおかしいだろ。だからこうして『個別指導塾の講師が生徒の為に授業開始前に時間を割いてやっている』感を醸し出している訳だ。オフィス街って言っても別にオフィスしかない訳じゃないし」


「……一基様の身長なら同級生で通ると思うんですけど。むしろ姉と弟でも」


「はっはっは。ぶっ殺すぞテメェ」


 ピキピキとこめかみの辺りが音を立てているのを感じつつ、一基は握り締めた赤ペンをへし折っていた。

 一瞬ビビった様子の真咲は、その方面で責めるのを諦めたらしく別の手で攻めてきた。


「そ、それはそれでいいとして。流石に微分の範囲は無理だと思いません? わたし中卒ですよ。中学レベルの数学が関の山ですよ」


「スラスラ解けるんだったら、こうして講師が時間を割く必要ないだろ。何の為のカモフラージュだと思ってんだ。――あと微分積分は割と便利だから、高校とか関係なく覚えとけ」


「そもそも、一基様は解けるんですか?」


 疑いの眼差しを向ける真咲に、一基は呆れたようにため息をつく。


「お前大概失礼だな……。俺はガキの頃から六年くらい前までドイツにいたけど、そこで一応アビトゥーア試験は上位で通ったし」


「あ、あびつ……?」


「後で調べなさい。――それよりさっさと解け」


「鬼だ、一基様は鬼なんですね?」


 涙目になりながらも問題集に向かう真咲。しかしそこで、テーブルの上に放っておいた一基のスマートフォンがピピピと音を立てた。タイムアップである。


「もうがっつり定時か。そろそろ会社の前で張り込むぞ、アホ真咲」


「酷いです、パワハラです……」


 真咲の文句は聞かなかったことにして、一基はさっさと店の外へと出る。

 慌てて荷物をカバンに突っ込んだ真咲を引き連れ、そのまま捜査対象の勤める会社のエントランスが見える路地裏へと身を潜める。


「でもでも、奥様の話では帰り早くはないんですよね? 定時で待っていてもすぐには来ないんじゃないですか?」


「旦那が浮気してなければ、な。――と、もう来ちゃったか。早すぎるぞ……」


 一基の眼は、確かに件の旦那を捉えていた。あらかじめ貰っていた数枚の写真と、外見は完全に一致している。定時にしっかり退社しているのに帰りが遅い、と言うのはやはり疑うしかないだろう。


「さて、ここらでちょっとばかし魔術を見せてやる」


 一基はそう言いながら、左手の袖に右手を入れ、そこから角ばった黒い棒を取り出す。拳銃のアンクルホルスターのように、前腕部にケースを装着しているのだ。


「それは?」


「これが、俺の使い魔だ。刀剣型で意志はねぇけどな」


 そう言って、一基はその棒を振る。指し棒のような構造になっているそれは、遠心力で瞬間的に伸びた。

 現れたのは、一振りの黒い剣だ。

 鍔も拵えもないが、柄と刃の境ははっきりと分かれていた。オニキスのように輝く刃は、伸縮する都合で横に何本も切れ目が入っていると言うのに、名刀に勝るとも劣らない切れ味を感じさせる。


「へぇ! これが使い魔なんですか、初めて見ました。てっきり、動物の形をしているものだとばかり思ってましたよ」


「まぁそういう動物型の使い魔も確かにある。他にも人の形をしているのだってあるしな。形状どころか、自由意思の有無とか知能レベルとか、使い魔を生成する時点で魔術師が全部勝手に決めるから」


 こほん、と軽く咳払いして、一基はアスファルトの硬い地面に使い魔である黒い剣を突き立てる。そしてその状態で、何も知らずにどこかへ向かって歩いていく旦那を見やる。


「あんまりやりすぎるとプライバシーの侵害になるから、軽くだな」


 言うと同時、黒い刃と一基の左の手の甲が青い光を放つ。それは互いに幾何学的な模様を形づくっていた。


「それは?」


「あぁ、これが使い魔との契約印だ。職業柄、入れ墨入れてると思われるとまずいから普段はファンデーション塗りたくって隠してるけどな。魔術を発動するときはこうして発光する」


 一基の手の甲に刻まれたこの幾何学模様が、魔術師と使い魔を繋ぐパスであり、魔術師が魔術師である証拠でもある。使い魔を生成、契約することで自動的に身体の一部にこのような紋様が浮かび上がるのだ。


「魔術で追跡か何かを?」


「よく分かったな。あんまり精度を上げるとプライバシーの侵害になるし、悪用も出来ちまうから、誤差が一〇〇メートルくらい出るようにした呪術的な追跡だ。――まぁ、今の時点で家に帰る方向と真逆に歩いちゃってるんだけど……」


 そこまで真咲に答えて、一基は言葉を途切れさせた。

 完全なる偶然だった。何か意識をしていた訳ではないのに、一基の視界があるものに吸い寄せられる。

 真咲が怪訝な顔をするのも無視して、一基はそのままアスファルトの地面にしゃがみ込み、そこにあったものを拾い上げる。

 ペンタグラムの刻まれた、オイルライターくらいの金属塊だった。

 ただの落し物なら構いはしない。だがこの金属から、一基は微かに魔術の痕跡を感じ取っていた。

 これは、魔術の補助装置だろう。

 魔術は基本的に使い魔単体で行うが、規模によってはその限りではない。こんな街中でこんな補助を必要とする魔術など、ろくな予想は出来ないが。

 一基は神経を尖らせる。何か喋りかけようとする彼女を制して、ただじっと。それはきっと、探偵とは別の長年の勘だった。

 何かが近づいている。

 それは、獣の唸るようなバイクのエンジン音と――



 ――殺気だ。



「伏せろ!」


 怒鳴りつけるように声を張り上げると同時、一基は真咲の腕を引いて半ば転がるように路地裏の奥へと飛んだ。

 刹那、銃声があった。

 焼けつくような痛みが頬を走る。

 鏡で見れば頬の辺りに一文字の赤いかすり傷でも出来ているだろうが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。

 早鐘のように打つ鼓動を理性で抑えつけるように無理やり鎮め、一基は眼前に立つ敵を睨み据える。


「あっらーん? 今の一撃で死なないってことは、やっぱり只者じゃない感じ?」


 ふざけた調子のその声は、くぐもって聞こえた。

 それも当然だろう、その女が纏っているのは、今どき見ないくらい通気性の悪そうな艶のあるビビッドピンクのライダースーツと、首まで完全に隠してしまう武骨なフルフェイスヘルメットだ。

 その上、その格好に見合うような、馬鹿みたいに大きなバイクに跨っている。元々のカラーリングを無視して、吐き気がするほどのピンクに塗り潰されているそれは、いっそ狂気を感じさせるほどだった。

 だが、そんなことは些細なことだ。

 それよりも恐ろしいのは。

 彼女の手に、ショットガンらしき銃が握られているという点だ。


「……最悪だ」


 思わず、一基は頭を抱える。

 現状を鑑みれば、それ以外の結論が出ない。

 今、一基がいるのは路地裏だ。一方で、女ライダーはその路地裏を塞ぐようにバイクを停めている。そして彼女の握ったショットガンはすっぽり路地裏にスペースに入っている。これでは通行人からは何をしているかは見えないだろうし、逃げるという手も使えない。


「……真咲」


「ひゃ、ひゃい!」


 歯の根の合わない様子で返事をする彼女に、一基は女ライダーから視線を外さぬよう、それでも少しでも安心させようと笑みを向ける。


「大丈夫だ。守るとも助けるとも言えないし、打開策とか何も浮かばないけど、まぁ、何とかする」


「……えっと、一ミリも安心できません」


「だろうなぁ……」


 自分で言っていて悲しくなるほど、頼りないことこの上ない言葉だった。


「とりあえず、怯えて震えててもいいし泣きじゃくっててもいいから、そこから絶対に動くなよ。そうしている間は、安全を保障する」


「は、はい……っ」


 一基の忠告が脅しでも何でもないと理解しているのだろう。緊張が伝播してきそうなほど、真咲は酷く上ずった声と共に頷いていた。


「……お話は済んだかしらん?」


「気長に待っててくれる通り魔さんとか珍しいな」


「褒めたって命は見逃してあげないよん? それに、本当は分かってるんでしょう?」


 引き金にかけた指に、僅かに力がこもる。


「私が、通り魔なんかじゃないって」


 彼女の動作よりもワンテンポ早く、一基は逆手に握った剣の使い魔を真っ直ぐに構えていた。

 火を吹いたショットガンに対し、一基はその場でオニキスのように輝く刃を振るう。キン、と澄んだ音だけが響く。


「――ほんっと、最悪だよ……っ」


 一基は吐き捨てるようにそう言った。

 ただの銃乱射事件などでは決してない。そんな一般人の抗争で済まされるものではないのだ。

 これは。

 ()()()()()()()()()()()


「――けどまさか、銃弾を切っちゃうなんて、ロマンのおバカさんなの?」


「ショットガンでフルメタルジャケットぶっ放すロマンの欠片もねぇお前には、言われたくねぇな」


 軽口で返すが、しかし、一基の全身から嫌な汗が噴き出していた。

 これは間違いなく、現代における魔術師同士の戦いだ。

 かつて存在した数多の西洋魔術を否定し、とことんまで科学の域に近づけた技術としての現代魔術。それは契約した使い魔を通して世界を書き換え、超常現象を再現度一〇〇%で引き起こす。

 しかし本来は自身の探求目標に沿った誇り高い学問のはずだったが、いつしか、こんな血生臭いものに成り下がっている始末だ。

 それを手にした二人がかち合った以上、そこに話し合いの余地など介在しない。一方が手を上げたその時点で、命のやり取りは始まっている。


「――で、そのロマンの塊くんは、何発までなら見切れるのかにゃ?」


「ッ!」


「まさか、全弾叩き伏せるなんて言わないよね? そんなことが出来るんなら、魔術師なんかさっさと辞めてメジャーリーグでも目指した方がいいし」


 まるで呼吸をするように、女ライダーは気軽に引き金を引いてきた。それが人の命を容易く奪えると知りながら、それを気にも留めず。


「チッ!」


 弾丸が放たれるより前に、一基の手の甲から青い光が発生した。同時、眼前に鉄板が生成される。

 直後、甲高い音と共にその鉄板に重い衝撃が走る。

 金属生成の初級魔術、剣の形をした使い魔を用いて、とっさに生み出した簡易の盾だ。それでもあとコンマ数秒魔術の発動が遅れていれば、その弾丸が一基や真咲の身を引き裂いていただろう。


「ヒュー。手慣れてるね、魔術の発動までに全然淀みがない。もしかして、手練れだったりしちゃう?」


「それはこっちのセリフだ。人を殺そうってのに、テメェには躊躇いがねぇだろ」


「存外、魔術師と魔術師が出くわせばそんなものじゃなーい? だって、魔術師は魔術でしか殺せないんだもの。全ての魔術師は他の全てを殺す凶器を携えているのよ? 怖くて恐くて、他の魔術師は迅速に殺したくなるってものよ」


 酷く好戦的な物言いだったが、しかし一基にはそれを否定できなかった。

 魔術師には、唯一絶対のルールがある。

 それが『魔術師は魔術でしか殺せない』ことだ。

 現代魔術の始祖が、この時代に魔女狩りを起こさせないようにと実行した、世界を改変するレベルの超大規模魔術。これによって、使い魔と契約を果たした全ての魔術師は寿命と魔術以外の方法で命を脅かされることは完全になくなった。

 そして、代わりに。

 世界は魔術師を殺す為に魔術師を育成し、独自に魔術を昇華させ続けてきた。魔術によるテロを防ぐ為、なんてお題目を並べられてはいたが、実態は『殺せない兵器を殺す為』に魔術を進化させて来たに過ぎない。

 それが、現代魔術の実情だ。

 だから、目の前に立つ女ライダーの言い分は決して間違ってはいない。そういう面も、確かに存在してしまうからだ。


「そういう訳だし、ここで会ったのが運の尽き、ってことで死んじゃわない?」


 言葉とほとんど同時に女ライダーは発砲する。

 立て続けの銃撃に対応できるほどその鉄塊の盾は硬くない。二度、三度と弾丸を防ぐ度、澄んだ金属音の中に、耳障りな不協和音が混じり始めていく。

 だが、盾が瓦解するほどではない。その前に一基が魔術によって修復をかけているからだ。


(いきなり街中で魔術戦闘なんて、どうなってやがる……ッ! いくら魔術的に不穏な様子が続いてたからって、今まで一度もそんなことはなかったぞ)


 バックグラウンドを気にしている場合ではないとは言え、浮かび上がる疑問を解決もせずに消す術などない。魔術結社を退団してからこの辺りで何年も探偵を営んでいたが、こんな状況に巻き込まれたのは初めてである。

 つまり、一基の側にはとっさの戦闘に対処できるような備えがない。

 だが、助けを求めるのはほぼ不可能だ。

 行き交う車の音とあの女ライダーの跨ったバイクのアイドリング音で、元々小さかった発砲音は掻き消されている。その上、路地裏の入り口にぴったり着けて停車しているせいで、ショットガンは砲身からグリップに至るまで路地裏のスペースに収まっている。

 これでは、どれほど待ったとしても通行人の目に留まることはないだろう。


(冷静に、この状況を分析しろ……。打開策は後だ)


 深く息を吸って、一基はつかの間のこう着状態の間に冷静な思考を張り巡らせていく。


(ショットガンの形状なのは単純に口径がデカくて、魔術で弾を生成するのが楽だから。砲身の長さを利用して消音器サプレッサーの役目も付与してんのか。その弾が散弾じゃなくて普通の弾丸なのも、生成するのに楽だからだろうな。どれもこれも俺でも出来る初級魔術の組み合わせ。――つまり女ライダーは自分特有の魔術を見せる気はないってことだ)


 基本的に魔術の修練には時間がかかる。中級の魔術一個を戦闘で使うようなレベルにするのにさえ、ひと月は必要だ。上級魔術であれば、年単位の時間がかかる。故に自身の得意とするレベルの高い魔術は秘匿しておくものだ。

 もし万が一にも攻略法を編み出されでもすれば、その魔術の習得に費やした時間全てが無駄になるから。

 だからこそ、中級以上の魔術を魔術師が使うときとは、一つの意味を持つ。

 必ずこの場で殺す。

 その宣告のようなものだ。

 逆に言えば、初級魔術だけで塗り固めている今はそれだけの気概はない。向こうに退かなければデメリットを生じさせるような展開に持っていけば、少なくともこの場を収めることはできるだろう。


「やっぱり銃弾と盾じゃ、大きさの差に難があるわよねぇ……。壊すより直す方が絶対に有利だもの」


 飽きたように彼女はそう言った。銃弾の嵐が、次第に弱まっていく。


「分かってるならさっさと退いてくれねぇか?」


「嫌よ。せっかく許可も貰ってるし、あなたを殺さないと」


 銃声が止むと同時、がしゃりと鈍い音がする。

 弾倉を取り換えた音のように聞こえたが、おそらくは違う。魔術的に弾丸を生成しているのなら、そんな制約を受ける必要がないのだ。

 ならば。

 今の音は、生成した弾丸を捨てた音に他ならない。


「その盾捨てないと、二人仲良くローストしちゃうわよん?」


 瞬間。

 文字通り、彼女のショットガンが火を吹いた。


「――ッ!」


 それは紛うことなき火炎放射機だ。一基の眼前の鉄塊がそれを防いでいるとは言え、金属では熱伝導がよすぎる。あっという間に金属は真っ赤に変色し、鉄の盾は元々の蓄積ダメージのせいもあって、炎圧に競り負け崩れていく。

 金属の盾が崩れ落ちる寸前、それでも一基は冷静に呟く。


「なら、盾を変えるだけだ」


 同時、一基の手の甲が光り水の盾が目の前に形成された。生み出されたそれは迫る火炎と相殺され、どちらもが虚空に消えていく。


「あら。もしかして水系魔術が得意だったりする? 案外、私と相性悪いのかしら」


 うーんと唸りながら、彼女は手の中でショットガンを弄ぶ。どうやって彼を殺す魔術を組み立てようか思案でもしているのだろう。

 こちらから仕掛けるという手がない訳ではない。おそらくは、それでも一基は十分に渡り合えるだろう。

 だが、今はそれが出来ない。

 背後に真咲がいる以上、彼女と距離を開ければ開けるほど彼女の危険が増してしまう。実質的にこの場から一歩も動けない状態だ。


「……一つ、勘違いがあるぞ」


 背中がじっとりと濡れる、そんな緊張感の中で、一基は悟られぬように努めていつも通りの声音を装った。


「何かしら?」


「俺はとっくに魔術師を引退した。この使い魔も魔術もただの名残だ」


「あらそう。――で? 今さらこんな状況になっちゃったら、生かして帰す訳にもいかないじゃない?」


「だと思った」


 結局、あの女ライダーの()()は分からないが、目的は初めからはっきりしている。

 東雲一基を殺す。

 その為に、彼女は魔術を行使している。

 ならば、一基が選ぶべき選択はただ一つだ。


「――真咲。体重は軽いか?」


「この状況でセクハラですか!?」


「軽い、普通、重いのどれかで答えろ。じゃないと見捨てる」


「わたしの話を無視する上にろくでなしだ!?」


 真咲が涙目で言うが、正直そんなことはどうでもいい。

 果たすべき目標の為なら、フォローする必要もない。ほとんど見ず知らずの少女にどんな目で見られようと、今後の人生に影響することは微塵もないだろう。


「か、軽いはずです」


「なるほど、普通か」


「ヒドイ!!」


 わっと泣き始める真咲の方を振り向いた一基は、さっとそのお腹へと腕を回す。


「本当のセクハラ!? でも悪い気はしませんが、そんな、まだ早い――」


「うるせぇ黙れ」


 一基は面倒そうにそう言って、地面を蹴った。

 女の子一人を抱えた状態で軽々と三メートル以上を飛び上がり、路地裏の外壁を蹴ってまた更に跳び上がる。

 そのまま合わせて十メートル近く跳んだところで適当な壁に剣を突き刺し、それを足場に片膝を立てて眼下の女ライダーを見下ろした。


「なるほどねん。空中なら私も追いかけられないと、そう判断した訳ね。私のこのバイクを見て。――流石に甘いんじゃない?」


「いや、そうじゃねぇんだよ」


 そう言って一基が指で銃の形を作り、女ライダーへと向ける。


「一発であんたを仕留めるには、この位置じゃないといけねぇからな」


 見下ろす形の一基に、女ライダーはじっと視線を注ぎ、そのショットガンの銃口を一基へと向ける。一挙手一投足、見逃すつもりはないのだろう。例え弾丸であろうと、魔術で防ぎきるつもりだ。

 だからこそ。

 付け入るすきはそこにある。


「行くぜ」


 言葉の直後、一基の手の甲が光る。張りつめた糸のように、女ライダーの集中が増していく。

 同時。

 澄んだ金属音と共に、彼女の握り締めていたショットガンが弾き飛ばされた。

 空中で円を描き、彼女の背後に落下する。そのまま勢い良くカラカラと回転し、通行人の視線を集めていた。

 最初はただ通り過ぎていくが、次第にそれはざわざわとした騒ぎに膨れ上がっていく。


「これはやられたわね。水の盾を作った段階で、幾分かの水を地面に残しておいた訳ね」


「理解が早くて助かる」


 一基はにやりと笑う。

 つまり、一基は始めから地面の水を操ることで、女ライダーの武器を奪うことが目的だった。だがそれに感づかれてしまえば躱されてしまう。――だから、視線を逸らさせた。

 女ライダーはフルフェイスヘルメットをかぶっている。首ごと視線を上へ向ければ、下方の視界は著しく悪くなる。その生じた死角に滑り込ませた水を操り、ショットガンを弾き飛ばしたのだ。


「流石にこんだけの人に見られて、戦闘続行はナシかな」


 女ライダーはヘルメットの上から頭を掻いていた。

 魔術師はその危険性から、世間に知られる訳にはいかない。たとえ魔術以外では殺せないとしても数の暴力だけで弾圧される可能性もあるし、あるいは無闇に魔術が蔓延し今の社会が壊れるかもしれない。

 それはどんな過激派の魔術師にとってもメリットがないのだ。だからこそ、たとえ敵であろうとここで退いてくれる。


「けどね。仕留め損なった以上、次であなたたちを殺すわよ。――この星に誓って」


 彼女はライダースーツの胸に刺繍された銀の星を指し示したかと思うと、足でショットガンを蹴り上げて空中でキャッチし、そのままバイクを発進させた。後には、排気筒から出た白い煙だけが残されているばかりだ。

 呆気に取られていた歩行者たちだったが、やがて各々が見間違いだとか自分の中で折り合いを付け、この狭い路地裏で起きた銃撃戦について考えることもなく日常へ戻っていく。

 一基は真咲を抱えて路地裏に降り立つと、剣を縮めて左腕のホルスターにしまった。


「……今日は変な奴らに目を付けられる日だな」


 乱れたスーツを整えながら、一基はその変な奴第一号を見やる。


「……実は、お前が厄病神だったりしない?」


「よく言われます」


 そう言って真咲は、えへへ、と照れ半分困り半分という様子で曖昧に笑うのだった。



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