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ウィザード・オブ・ビギナーアーツ  作者: 九条智樹
第三章 I save to the last man. 「でもわたしは救われた」
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第15話 「テメェは俺が殺すぞ」


 一基の最後の一撃による衝撃は、完全に柳光二の脳を揺さぶったはずだ。当分彼が起きることはないだろう。

 だが、勝利の余韻を噛み締める余裕は一基にはない。

 呪術を消すには、解呪の魔術をかけるか敵の使い魔を砕く、あるいはそもそも術者の命を奪うほかない。気絶した程度では《影喰らい(シャドウ・イーター)》は解けない。

 激痛に耐えかねて、一基もまたその場に膝をつく。


「まだ、やらなきゃいけないことがある……っ」


 脂汗が滲む。いよいよこの痛みに全身が悲鳴を上げ始めている。

 先に柳光二の使い魔を破壊しようかと考えた一基だったが、それはやめた。基本的に、魔術師にとって使い魔は第二の心臓と言ってもいいほどの重要な存在だ。だから、高位魔術師は二体目の使い魔と契約を結びそれを隠しておく。一体を破壊されても魔術師としての生命までは奪われないようにする為だ。

 とはいえ、生半可な魔術師では二体も使い魔を使役できない。感覚に左右される魔術を、更に感覚的にチャンネル分けして使用するなど並みの難易度ではない。


 しかし、柳光二ほどの魔術師となればその域に達している。目に見えているペンタグラムの使い魔を破壊したとしても、《影喰らい》は止められない。どこかに隠した使い魔を通しているはずだ。

 ずるずると左足を引きずりながら、一基はただひたすら考える。


「まだ違和感が消えない。何だ、何が引っかかってる……?」


 一基はその違和感の正体を、痛みで途切れがちになる思考を必死に繋いで辿る。

 そして、簡単な疑問に行き着く。


「……セレーナは、どこに関わってる?」


 ジェダイト・ジェルマンの話では、セレーナはこの柳光二と結託していたのではないか、ということだった。

 だが、そもそもの柳光二自身がそんな対象ではなかった。

 順当に考えれば、セレーナ・ローゼンクロイツこそが黒幕と言うことになる。


「……違う、何かが違う」


 未だつかえたような胸の違和感を、一基は探り続けた。

 そもそもセレーナがこの街を選ぶ理由は何だ。何故、そんなに呪術にこだわって人を殺さなければならない。動機に心当たりがなさ過ぎる。それは彼女の家族として、無意識に目を背けようとしているからか。


「――待て……」


 そこで、一基の思考はようやく真実に近づく。


「そもそもどうして、セレーナを疑わなきゃならねぇ?」


 『浄化の星』の日本支部なんて小さな結社を潰す為に、騎士団の団長が動いたからか?

 ――それは、騎士団にとって『浄化の星』が絶対に許せない敵だからではないのか。仲間を殺した仇敵だ。オーバーキルだろうと何だろうと、一片も残らずねじ伏せる必要があったのではないのか。


 魔術の補助装置を見つけたときに、彼女がすぐ傍を通りかかったからか?

 ――それは、彼女が魔術の気配を察知し、補助装置を探していたからではないのか。カズキという義理とは言え大事な弟に深い傷を与えた結社に、これ以上好き勝手させない為、自ら立ち上がっただけではないのか。


 昨夜、柳光二を取り逃がしたことがおかしいか?

 ――それは、ただ純粋に、憎き『浄化の星』を前にして、セレーナの中に焦りが生まれただけではないのか。彼女は団長ではあるが、その座は若くして父から譲り受けたものだ。年齢的にも未熟な点があっても当然ではないのか。


 疑い出せばキリはない。だがそれでも、セレーナが黒幕でない方向にも筋は通っている。そんな彼女を、わざわざ疑ってどうする。

 ならば。

 考えるべきは別にある。

 一基がセレーナに疑念を抱き、それがほとんど確信に変わったのはどのタイミングだったか。


「ジェダイトさんも、同じように感じていたから……?」


 いや、と一基は否定する。

 それよりも僅かに後のことだ。


「あの日の、仲間の言葉を聞いたからだ」


 今でも思い出せる。吐き気がするほど鮮明な映像と共に、焼け爛れた声帯から発せられた、酷くしゃがれた声が。


 後ろに気を付けろ、カズキ。


 その言葉を聞いて一基はビルの崩落を指しているのだと思っていた。

 だが本当は、炎に包まれた状態だったのだから、距離のある建物の崩落なんて見えなかったのかもしれない。

 そう疑ったのが原因だ。

 だがその意味を組み替えるのは、正解だったか?

 一基の親しい人が犯人だと、本当に彼は気付いて指摘していたのか?


 例えば。

 あの言葉は、本当に文字通りだったとしたら。

 あのとき背後にあったのは、崩落する寸前の建物と。

 もう一人。



「ジェダイト・ジェルマン……ッ!?」



 信じたくもない真実に、一基は辿り着く。

 だが、あの時はスリーマンセルを組んでいたのだ。確かにジェダイトが傍にいた。それはもう疑いようのない事実だ。

 否定の材料を集めようとするのに、それは空回りする。

 何故なら、セレーナを疑ったのと同じ疑問が、彼にもまたぶつけられるから。

 一人、首を横に振る。嘘だと、口の中で何度も呟く。

 ――なのに。



「呼んだかい、カズキ」



 声があった。

 ここにいるはずのない、声が。


「何を驚いてるんだ、カズキ。君が呼んだんじゃないか」


 貼りついたような笑みを浮かべて、正義の象徴たる黒いコートをはためかせて。

 眼鏡をかけた一人の青年が、一基の前に姿を現す。


「……どういうことだ」


 彼が言った。セレーナが怪しいと。

 だから今頃、彼はセレーナを監視していなければおかしい。

 彼がそうすると誓っていたのだから。


「ジェダイトさん……っ。あんたどうしたんだよ!」


 ただ叫ぶしかなかった。

 いま目の前にある現実が、一基にはどうしたって理解できない。


「操られてんのか。誰にだ。『浄化の星』か!?」


「……もしも操られていると仮定して。君の持つ情報から得られる推論では、僕は八年前のあの事件のときには既に操られていなければおかしい訳だが。――君はいったい、いつの僕を見て正しい僕だと判断して、何に追いすがろうとしている?」


 どこまでも冷えた声音でジェダイトは言う。思わず、一基が身震いするほどに。

 悲しみにも似た感情が押し寄せて、思わず一基は眉をひそめる。

 そして酷く脆い覚悟を込めて、一基は眼前の()を睨み据える。


「もう一度、聞くぞ。何であんたがここにいるんだ、ジェダイト・ジェルマン」


「その問いの答えが必要なのかい?」


 ジェダイトは腰に差した銀の長剣を抜き払う。その動作で、彼は一基の問いの答えとした。

 何よりも明確な敵対の意志が、そこにはあった。

 理由なんて一基には分からない。けれど、ジェダイトから漏れ出た粘つくような殺気は、決して偽物ではない。肌がビリビリと震えるほどに、その衝撃を感じ取っていた。


「……容赦はしねぇぞ」


「やれやれ。威勢ばかりがいいガキのままだな、カズキ」


 ジェダイトが剣を構え、


「殺すのは僕の方だ」


 その声は、一基の背後から聞こえた。

 同時、一基の左肩から鮮血が吹き出す。


「――っが、ぅ……っ!?」


 そのまま崩れ落ちるように、一基は膝を折った。踏ん張って堪えるだけの思考的な余裕さえなかった。

 見えなかったのだ。

 魔術の才能がまるでない分を補う為に、初級魔術と身体能力だけを鍛え抜いてきた一基が、一ミリも反応できなかった。

 その事実が、何よりも一基を追い詰めている。


「どうした、カズキ。少しは抵抗してくれよ」


 ジェダイトは勝ち誇ったように言う。

 だが、それも当然だろう。心臓が脈打つ度、傷口がのたうつような激痛が襲いかかる。柄を握ったままの右手で傷口を押さえるようにして、その痛みにどうにか耐えているという状況だ。

 焦って追い打ちをかける必要がないほど、ジェダイトは東雲一基という魔術師の全てを凌駕している。


「でないと『身を挺して説得し続けたが、その甲斐も空しく、君を殺すしかなかった』っていう僕のシナリオが成立しないじゃないか」


「シナリオ、だと……ッ?」


「……そうか、事実を教えた方が君は斬りかかってくれそうだね。そうすれば僕も下手にシナリオを捻じ曲げてセレーナに怪しまれずに済む」


 セレーナ、と彼は呼び捨てにした。

 家族であった一基ならまだしも、ジェダイトは完全に彼女の部下だ。年齢でも一つ下。彼が敬称を省いて彼女の名を呼ぶことなど、あってはならない。

 それは傲慢なんていう言葉を遥かに超越してしまっている。


「騎士団にいたことも、あんたにとってはただの嘘だったってことか。あの日のテロも、全部あんたの計画なのかよ……っ。――答えろ、ジェダイト! テメェ、あの日のテロで何を得ようとした!?」


 一基の叫びを受けて、しかしジェダイトは呆れたようにため息をつく。



「不老不死だよ」



 答えたその言葉は、やけに軽かった。


「――っ!? テメェ、何言ってるのか分かってんのか……ッ!?」


 それは、魔術師にとってそんな簡単に口に出していいものではない。

 古代だろうが近代だろうが、そして現代魔術であろうと、不老不死は魔術の到達点の一つだ。そこに到達することこそが至上の命題であり、それは同時に、絶対に届かないともされる地点である。

 ただの一介の魔術師風情が容易く目指していいものでは決してない。


「出来る訳がねぇ」


「何故? そもそも、不老不死という行為が現代魔術でさえ敵わない理由は何だ?」


 語り聞かせる様に、ジェダイトは言う。


「不老不死、という魔術の実現は極めて単純だ。何せ、治癒魔術の延長なのだから。身体中の細胞を監視し、外部からの変化が加えられた場合は直ちに元の状態に戻す。一定期間で老化した細胞をテロメアの長さを整えた細胞に入れ替える。この常時発動型の魔術を組めば、誰だってすぐに不老不死だ」


「細胞は単一の現象じゃねぇ。その一つ一つにバラバラに作用する魔術だぞ。六十兆なんて馬鹿げた数の演算を行えるだけの魔力と、それを構成する莫大な情報量の魔術をインストールする容量を、どうやって確保する気だ」


「だろうな。――ところが、全ての細胞を掌握する必要はないだろう? 例えば爪、例えば髪、例えば心筋。似通った部位ごとに区切って行う分には、魔力も容量も問題ない」


「腕だけ不老不死、なんて気味が悪すぎる」


「話は最後まで聞けよ。六十兆の細胞をそうやって魔術的に動作できるレベルに区切っていけば、ざっと数万のパーツにまでは分類できる。――だが、それを一人で行うにはまだ魔力も容量も足りない。特に治癒魔術は必要魔力が桁違いだからな」


 だから、と彼は続けた。


「なら数万の人間を、魔術師にしてしまえばいい」


 一瞬。

 一基は、ジェダイトの言葉の理解を拒んでいた。

 だがそれでも彼は続けた。


「ここからは呪術の領域だ。指定した範囲の中に存在する人間に無理やり契約を結ばせ、魔術師に仕立て上げる。そしてそれを私が統率するという魔術を組めばいい。しかも規模の割には要求魔力も容量も低い簡単な魔術だ。《死の業火(インフェルノ)》さえ一人で行使できる僕なら優に賄えるさ。――意志も何もかも関係ない。ただそこにいた人間は、皆すべからく僕の魔術の為の歯車となる」


 狂っている。

 歪んでいる。

 終わっている。

 そんなふざけた魔術を、誰が考えつくというのか。


「これで僕の不老不死の魔術は手に入れられる訳だが。――些か問題があってね。呪術の魔術組成は出回っていないんだ。仕方ないから、僕は『浄化の星』に入信した。妄信しているふりをして、持ち前の魔術の才を生かして上層部にまで上り詰めて、そして、求めていた呪術の組成を手に入れた。大規模魔術でありながら、対象と深く長く繋がれる稀有な魔術だ。これを改良すれば、不老不死に近づくと考えた」


 血が、沸騰したかと思った。

 視界が真っ赤に染まったような気がした。

 左足さえ正常だったなら、即座に襲いかかっていただろう。

 頭の中にちらついた少女の顔を、懸命に隠そうとする。今目の前の男と彼女を関連付けてしまえば、もう一基は立ち上がれないから。


「とは言え、元の具体的な使い方が分からないと話にならない。だから、試す場を設けさせてもらった。もちろん、こんな魔術を使えば被術者と使用者の間にパスが出来る。しかし()()()()使()()()()()()()()()()()()()。あんな大勢に発動して解除できないと逆探知されかねないし、試した後はすぐに火葬させてもらったがね」


 それが、あの日の真実。

 『浄化の星』として自分勝手に魔術を試し、独立十字騎士団を欺いた。幾千もの人間を、ただの実験台に据え置いて。

 そのくせ、それすらも本命ではない。

 不老不死という結果を得る為の過程でしかない。そこに必要性はなく、彼らの死はただ無駄に捨てられただけだった。


「ざ、けんじゃねぇよ……っ」


 だから、一基は立ち上がる。


「ふざけんじゃねぇ! そんなことの為に、あれだけの人間を殺したって言うのか!?」


 何か信念があったなら、きっとまだ共感できた。

 たとえどんな理由があっても赦してはならないことだった。だがそれでも、あの街の住民全員が親の敵だったとか、あるいは本物の『浄化の星』ように『苦しみを与えることで魂を浄化しようとしていた』のなら、まだ納得できた。

 いっそ『彼らの死で万人が幸せになる』だとか、そんな倫理観を疑うような言葉であってもまだ理解の範疇だ。

 だが、これは何だ?

 因果が狂っている。

 殺された人とジェダイトの間に、何一つ繫がりが存在しない。

 彼らの死には、一切の意味がない。


「――何の為だ」


 もう問う意味などないと理解していながら。

 それでも一基は訊くしかなかった。


「何の為に、そこまでしている」


「僕はね、セレーナが欲しいんだ」


 唸るような一基の問いに対し、あまりに軽くジェダイトは言った。

 何を言っているのか、一基にはどうしても分からなかった。

 それは本当に一基の理解しうる言語なのかと、そう問わずにはいられない。


「あの絶世の美女は、絶対に僕のものにする。その為に、僕は独立十字騎士団なんて堅苦しいところに入ったんだ」


「……意味が、分からねぇ。あんたがセレーナを好いてるって話のどこに、あの日のテロが絡んでくる!? どうして不老不死が必要になる!?」


「問う必要があるかい? ――数年で劣化するような美しさを、僕が求めると思うか」


 会話が成立しなかった。柳光二のときも、まともな意思疎通など出来なかった。だがそれは、互いの認識にずれがあったからだ。

 ジェダイト・ジェルマンの言葉は、そもそも一基の価値観と違いすぎている。それも、ペット愛好家に犬肉の美味さを滔々と語るようなレベルだ。嫌悪感の一言では済ませられない不快な感覚が、全身の皮膚の下を這いずり回る。


「説明は以上だ。あとはセレーナの傍をうろつく醜いガキを始末すれば、僕の望みは全て叶う」


 ジェダイトが再度剣を掲げる。



「さぁ剣を取れよ、カズキ・シノノメ。僕のシナリオ通りの働きを期待している」



「テメェは俺が殺すぞ、ジェダイト・ジェルマン!!」



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