第14話 「それじゃあ理屈が通らない!」
休日のオフィス街は、やけに寂しく見えた。
人気が全くないとは言えない。車だって走っているし、少し歩いた先の繁華街にはむせ返るほど人がいるだろう。だが平日の人通りを基に設計されたここは別だ。
人や車に対して道があまりに大きすぎて、異様なほど閑散としていた。まして、今のように雨が降っていればそれはなおさらだ。
そんな空間で、東雲一基は一つのビルの前に立っていた。
「……考えてみれば、女ライダーが襲撃してきたのもこの近くだったな」
縄張りの話をしていたことを鑑みれば、その周辺に拠点があるなど自明ではある。ただそれでもジェダイトの追跡がなければ、この乱立したビルの中から『浄化の星』の支部を見つけるなど、ほぼ不可能だっただろうが。
「……まずは、ここからだ」
そう呟いて一基はビルの中へと足を踏み入れる。
入った瞬間、何かの感知魔術に引っ掛かったらしい特有のピリッとした感覚があった。だがそれは想定内だ。使い魔を抜き払い、呪術に対する防護円を展開する。これで座標特定を防ぎ、ある程度の魔術の対象となることを防げる。
だが、それはあまり意味を成してはいなかった。
何故なら。
東雲一基の前に、一人の男が姿を現したから。
電気の落ちたエントランスの中から、闇を切り裂くように白より白い、不気味なほどに整った顔立ちの男だ。
「柳光二か」
「おや、もう私の名前まで分かっているのか。それは素晴らしい」
驚いたような顔を作って、白い男は拍手を送る。幅の広い階段を下りて、彼はゆっくりと一基へ近づく。
「残念ながら、もう既にここには他の『浄化の星』のメンバーなんていないぞ。と言っても、元々ほとんど数はないが」
「……関係ねぇよ」
一基はそう答える。
確かに、多対一は想定していた。『浄化の星』の日本支部の全員を敵に回すぐらいの覚悟は決めていた。
だが、逃げられていようとここで体勢を立て直す必要はどこにもない。
「別に、俺は街の住人を助ける為にここに来た訳じゃねぇ。逃げた団員がどこで何をしていようと、知ったこっちゃねぇんだよ。そんなもんは騎士団が勝手にやるさ」
「ほう。ならば君は、何しにここへ?」
「決まってんだろ」
言葉だけは、淡々としていた。
けれど瞳から漏れ出る殺意だけは、隠しようがなかった。
「テメェらを殺す為だ」
その言葉が開戦の狼煙となった。
柳光二はブレスレットのついた右手を前に突き出す。おそらくはそれが使い魔なのだろう。
だが、それより先に一基は地面を蹴った。
刹那、一基の握った漆黒の刃が振り下ろされる。しかし、柳光二はそれを迎え撃つように透明なシールドを生成し、悠々とそれを防いで見せた。
力だけでは押し切れないと理解していながら、それでも一基は刃を押し当てたまま動かない。
「相変わらず、驚くべき身体能力だな。今日の盾には斥力が発生しているはずだが」
「出し惜しみしてんじゃねぇよ」
その状態で、一基は一度刃を引く。
直後、無数の斬撃でその盾を斬りつける。
魔術で生み出されたそれに物理的な硬度は存在しない。だが、過度のダメージを受ければ使い魔が魔術を維持できなくなり、破壊される。
基本的には使い魔の魔力頼みの高威力魔術を使うのがセオリーだが、一基はそれを身一つで成し遂げる。
ピシリ、と。
透明なその盾に亀裂が走る。
「――ッ!?」
「舐め過ぎなんだよ、俺を」
その盾を打ち砕くように、一基が刺突を繰り出す。
透明な魔術を食い破り、その切先は柳光二の肩を貫く。
「――ぐ……っ」
苦悶の表情を浮かべた柳光二が、そのまま一基の腹を蹴り飛ばして一度距離を取り直した。だが、鍛え上げた肉体を持つ一基にしてみればその蹴撃はあまりに軽い。
「近接戦闘は俺の得意分野だって言っただろ。テメェに勝ち目はねぇよ」
「……何を言っている?」
肩を貫かれた後だと言うのに、平然とした顔を取り戻して、柳光二は嗤っていた。
(自分の身体に呪術をかけてんのか……。いや、違うな。これが『浄化の星』って訳か)
完全に痛覚を遮断するくらいなら大抵の魔術師なら出来る。呪術も基本的には治癒魔術に通じるところがあるが、その分野は神経系にかなり傾倒している。モルヒネのような鎮痛作用のある魔術にも秀でているはずだ。
だが、おそらく彼はそんな魔術を使っていない。
『浄化の星』にとって苦痛こそが魂を浄化する。彼らがそれを放棄する訳がない。
狂ったように、その痛みを当然のものとして受け入れているのだ。
「君は、一つ感違いをしているな。――呪術の基本は、肉体の操作だぞ」
ダン、と柳光二が地面を蹴りつける。それだけで、タイルの張られた床に亀裂が走った。
「――ッ!?」
「肉体強化系の初級魔術でさえ、私が扱えばこの域だ。――近接戦闘が得意なのは、何も君だけじゃないぞ」
魔術師は己の得意とする系統を定め、それを磨いていく。それは上級魔術一つ習得するのに途方もない時間が必要とされる為だ。中級でさえ、一朝一夕には身につけられない。
だからこそ、魔術師はたとえ初級魔術であろうと多くを身につけようとはしない。極論を言えば、火炎を操ることに特化したい魔術師なら、水を生み出す初級魔術を覚える必要がないのだ。自らの進むべき道を決めた魔術師にとって、他系統であれば初級魔術でも扱いは難しい。
だからこそ。
自らの系統に即した初級魔術は、単体ですら脅威になり得るほどに研ぎ澄まされていく。
「さぁ行くぞ」
柳光二が地面を蹴る。
威力に負けてめくれ上がったタイルが床へ落ちるよりも早く、彼の握った拳が一基の腹へとめり込んでいた。
「――ッがァ……!?」
反応すら許されない速度を前に、一基はなす術なく吹き飛ばされていった。
今度の一撃は、流石に重い。鍛え上げたはずの一基とは言え、それでもブランクが長いこともある。魔術で強化された一撃に対しては、その肉の鎧はあまりに脆かった。
掠れるような呼吸を整えながら、一基はどうにか立ち上がって柳光二を睨みつける。
(肉体改変系の魔術か……。炎と水みたいな、分かりやすい対抗魔術がねぇ……っ。真っ向から叩きのめすしかない)
難しい話では、決してない。
一撃一撃がどれほど重かろうとも、対戦相手が柳光二からすり換わった訳ではないのだ。彼の反射などは、一基よりも遥かに劣る。
「……一つ聞くぜ。テメェは、八年前に結社にいたか?」
「入団したばかりだったがな。そうでなければ、こうして君に憎悪を向けることもない。――私は独立十字騎士団を絶対に許さない。たとえ退団したとしても、君もまた同罪だ」
言い終えるや否や、柳光二が再度突進する。
右手に白い光が見える。身体強化に合わせて、何らかの魔術を纏っているのだろう。
だが、一基はそれを難なく躱す。
元々呪術に特化した魔術師は、近接での戦闘スキルが高くない。それは呪術とういう魔術が、遠隔から狙い一撃で対象を死に至らしめるような、狙撃にも近い魔術であるからだ。
彼らに要求されるのは、照準器の役目を果たす座標の正確な測量と、それを行使するに足る魔力を持つ使い魔を使役すること。そして、発動後に迅速にその現場を離れることだ。
いくら一基が初級魔術しか使えないとは言え、柳光二に身体強化のスキルがあるとは言え、こんな間合いで戦おうなんて言うのは愚の骨頂だ。
にもかかわらず、柳光二は一基との一騎打ちを望んだ。
そこには戦術的意味はない。
あるとすればそれは、個人的な感情だけだ。
「……どうして、呪術を使わねぇ。仲間は外にいるんだろ。俺は狙いたい放題じゃねぇのか」
「あれは魂の浄化だ。本来なら穢れを知らなかったはずなのに穢されてしまった人々を、この手で清める為の神聖なる魔術だ。――君たちのように、自ら進んで真っ黒に染まった魂を浄化してやる謂われはないぞ」
振り抜かれた柳光二の拳を、一基は剣の腹で受け止める。だが威力を殺し切れず、そのまま数メートル吹き飛ばされた。
「――ッ」
意識を研ぎ澄ませていれば、どうにか反応は出来た。だが、一撃一撃が致命的な威力だ。反応が僅かに遅れていれば、今頃は柳光の拳にその身を砕かれていただろう。
だがそれは――
「もう俺の土俵だぜ、柳光二」
言葉と同時、柳光二よりも遥かに早く、東雲一基は地面を駆けた。
彼が回避や防御の為に動こうとする前に、一基は柳光二を斬りつけねじ伏せる。
防御にも空気を圧縮して盾を用意し服の下に隠していたのだろうが、それすら一基は打ち砕いて見せた。
ガラスを叩き割ったような酷く耳障りな音を聞きながら、一基の刃は敵の背に一文字の傷痕を残す。
「――っぐ、ぁ……ッ!?」
簡易な防御自体を蹴散らし、斬撃は完全に柳光二の肉体へダメージを与えた。いくら『浄化の星』が狂ったように苦痛を求めていたとしても、すぐに起き上がれるはずがない。
呪術でなくとも、痛みは精神を侵す。ダメージを負うことで頭がまともに働かなくなるのだ。ボクシングの試合で殴られ続け、立てなくなるのと同じだろう。足の筋肉や腱に異常はなくとも、立とうとする意思そのものが物理的に奪われる。
――だと、言うのに。
柳光二は立ち上がる。
「……っ」
その姿に、一基の方が気圧される。
状況は完全に一基が圧している。そもそも一基は、初級魔術しか使えないというのに、独立十字騎士団で戦ってきたのだ。くぐった修羅場の数で言えば、おそらく一基は柳光二に劣らない。一度形勢が傾きさえすれば、一基が柳光二に敗北する道理などありはしないのだ。
なのに、胸騒ぎが止まらない。
理屈はどこにもない。ただ、十年以上培ってきた戦闘への本能が、けたたましいほどに警鐘を打ち鳴らす。
「その、程度か」
柳光二が呟く。ただそれだけで、全身から嫌な汗が噴き出す。
「その程度で、私に勝った気か?」
言い知れぬ恐怖に突き動かされ、一基は再度柳光二を斬り伏せる。呆気なくその身体は沈むが、しかし、意識を奪うには至らない。
がつっ、と。
倒れた状態の柳光二の手が、一基の左足首を掴む。万力で締め上げるかのように、決して振り解けないほどの強さで。
「呪術の基本は遠隔からの狙撃、だとでも思ったか? 温いんだよ、東雲一基」
そして、その掌から白い光を伴って真っ黒い影が溢れ出る。
同時、足首から下が轢き潰されたかのような激痛が襲いかかる。
「ッがぁぁぁああああああ!?」
その信号が、全身の神経を貫くように焼き切っていく。叫ぶことで意識を保とうとしているが、それでも視界が明滅する。痛みに悶える為に筋肉が委縮して、痙攣したように全身が動かなくなる。
この魔術の正体など、ただ一つだ。
《影喰らい》。
腐るほど見た呪術だった。この前だって女ライダーに使われたばかりであったし、何より、昨晩の彼自身がそれを纏って盾にしていた。
なのに、油断した。
仮にも『浄化の星』の支部長を名乗る男が、この局面でそんな安い呪術を使うはずがないと、どこかで高をくくっていた。
だから、こんなに不用意に近づいてしまった。《影喰らい》の間合いに踏み込んでも、警戒心など持つことも出来なかった。
「八年、という月日で相当に鈍っているようだな」
柳光二はゆっくりと立ち上がる。乱れた衣服を整えて、柳光二は息を吐いた。
それだけの余裕が、今の彼にはある。
一基が奪われたのは足の神経だ。立つことさえままならない。そして、身体能力に依存して戦っている一基にとって、四肢の一部を奪われるというのは極端な戦力低下を意味する。
ただの一手で、東雲一基の優位性は完全に覆された。
ぐらぐらと揺れる視界の端で見えたときには、既に一基は顔面を殴られたあとだった。無様なくらいに吹き飛んで地面を転がった。
「自然回復は期待するなよ。私の使い魔は上級。魔力の話をすれば、君のそれすら上回っているはずだ。ただの《影喰らい》であろうと、並の上級魔術を超える痛みのはずだ」
「呪術は、使わねぇんじゃなかったのかよ……っ」
「敵の言葉を信用する気か。いよいよ焼きが回っているな」
そんな当然の言葉を口にする柳光二だったが、彼の全身からは憎悪が溢れていた。
それも当然だろう。神聖なる魔術を東雲一基に行わなければならない。それがどれほど悔しく憎らしいかなど、一基の想像の範疇を遥かに超える負の感情のはずだ。
それでも柳光二はそれを使った。
単純に命の危機に瀕しているからかと一基は結論付けようとして、しかし胸のざわつきはそれを止めた。
何か、違和感があった。
だがそれを考えるより先に柳光二が動く。
拳に圧縮した空気を纏い、乱打を繰り広げる。左足が動かない一基は、右足を立てて膝立ちのような態勢でどうにか剣に体重を乗せ、それを迎え撃とうとする。
左足は今でも、ドロドロに溶けた鉄を骨髄にねじ込んだような痛みを発している。鼓動に合わせて痛む度、眼球が飛び出すかと思う。
こんな状態でまともに応戦できるはずもない。
とうとう捌き切れなくなり、一基はそのままサンドバッグのように殴られ続けた。
格闘に慣れない柳光二の拳でも、鈍器のように圧縮した空気を纏っていれば話は別だ。数える気さえ失くすほどの殴打にもはや痛覚に痛覚は上書きされ続け、脳が処理落ちした。
力を失い、そのまま崩れるように地面に這いつくばるしかない。
「なぶり殺される気分はどうだ、東雲一基」
柳光二の声が、どこか遠くに聞こえる。
八年ものブランクで本格的に使いものにならなくなっていたか。そう思って、違うと一基は自ら否定する。
戦闘技術では、まず間違いなく一基が優勢に立っていた。そうでなければ、初めに柳光二があんなにボロボロになる理由がない。
《影喰らい》による逆転は、あくまで偶然だ。一基が油断していなければ成り立たないような、そんな運任せの一手だ。
「……なん、で」
だから、一基は呟かずに入られない。
それは敗因が理解できないから――ではない。
「何でお前は、そんなに俺に憎悪を向けられる……っ?」
柳光二は、一基にまで呪術を使った。『浄化の星』としての矜持を捨ててまで、一基を叩き潰さねばならなかったからだ。
それはただの『浄化の星』の日本支部長としての責任感だけではあり得ない。
そもそもにおいて。
培ってきた戦闘経験は東雲一基の方が圧倒的に上だった。魔術に関しても、呪術という選択を放棄した柳光二であれば、一基も十分に渡り合うだけの技術は持っていた。
身体能力など比べるまでもなく、無芸の一基の方が圧倒的に優勢だったはずだ。
それでも、一基は地に伏した。
そこに差があるとすれば、それはもう心の部分だけだ。一基が背負った憎しみを凌駕するだけの憎悪が柳光二になければならない。
「――何で、だと……っ?」
人形のように整えられた彼の顔が、歪む。
そして、彼は叫ぶ。
「我ら『浄化の星』の名を穢し、数多の魂を無残に葬った貴様らに! どうして怒りを抱かずにいられる!?」
言葉が、鼓膜の上を滑る。
柳光二の言葉が、一基には何一つ理解できなかった。
「八年前のあの日。独立十字騎士団が我らに汚名を着せ、幾千もの罪なき魂を地獄に落としたその罪を、貴様は忘れたと言う気か。だとしたら、いよいよ度し難いほどの害悪だぞ」
理解を歪めているだとか、そういう次元の話ではない。
決定的に、致命的に、互いの情報に齟齬がある。
「待、てよ……っ」
酷く掠れた声で一基は言う。
目の焦点が碌に合わせられなかった。
「お前が、お前たちが。《死の業火》で街を潰したんだろうが……っ。騎士団を誘いこんで、それを巻き込む形で!!」
「それがシナリオだったんだろう、独立十字騎士団。そうして世界の印象すら操作して。――まさか『浄化の星』が、ただの殺戮集団だとでも思っていやしないだろうな?」
何だそれは。
そう言いかけて、一基は気付く。気付いてしまう。
『浄化の星』は、苦痛によって魂が浄化されると、そんな根拠もない事象を信じ切っている。あまつさえ、その浄化を行うのは自分だという高慢な思考に毒されている。それこそ、許されざる悪性の塊には違いない。
だが果たして、その浄化されなければいけない魂とは何だ?
女ライダーのように『浄化の星』を利用して殺人の快楽に浸りたいのなら、そんな定義は必要ない。けれど、目の前に立つ柳光二のように、心の底から盲信している彼らが神聖なる魔術とさえ呼ぶその行いが、無差別であっていいのか。
穢された魂とそうでない魂には、明確な区切りがあるはずだ。
さらに考えてみれば、八年前のあの日まで、その存在の危険度はどこに位置していた?
それは本当に、ただちに殲滅しなければいけないほどに膨れ上がった悪だったか?
そのレッテルを貼られたのは、八年前のテロのときではないのか。――そんなもの、自ら進んで貼る馬鹿がいるのか?
「待てよ、待ってくれ。おかしい。それじゃあ理屈が通らない! だってあの日、確かに騎士団のメンバーが殺されたんだぞ!」
「偽造の為に仲間すら殺す。それが貴様らの本質という訳か」
「違う! 俺たちは何も知らない! そもそも俺たちには呪術に関する知識が足りない! 《死の業火》なんて魔術のプログラムを知り得た人間が、騎士団にいるはずがない!」
「弁解としては滑稽すぎるな。穴が開きすぎていて指摘する気も失せる」
理解はそこにない。
話し合う余地もない。
そんな次元を超越するだけの憎悪を、植え付けられてしまった。
「……俺が手始めだって言う気か」
「復讐に興味はない」
一基の問いに、しかし柳光二はあっさりと答えた。
そんな低次元な憎悪で、柳光二は戦っていないのだ。
「貴様らが、また『浄化の星』の名を語って、この街で呪術を使おうとしている。いいか、穢れを知らない子供すら巻き込んでだ。そんなものを許容してやるほど私は甘くないぞ」
あぁ、と一基は嘆く。
真実がどこにあるかなんて知らない。おそらく、一基が信じてきたことは誰かに騙されていたに違いない。そしてそれは、『浄化の星』も同様に。
少し考えれば、分かる話だ。
魔術の威力は、使い魔の出力――魔力に左右される。
そして大規模な広範囲魔術となれば、要求魔力は並大抵のものではない。おそらくは、あのセレーナ・ローゼンクロイツの使い魔・ロボであろうと不可能だ。
だから、基本的に彼らは結社の団員の使い魔をリーダーに預け、並列契約を結ばせる。これにより、使い魔の魔力はその合計値となる。
だが、果たしてそれで足りるのか。
独立十字騎士団に比べれば『浄化の星』なんてちっぽけな結社だ。それの日本支部となれば、団員が二桁もいかないだろう。中には、女ライダーのような初心者だって少なくないはずだ。
そんな使い魔を寄せ集めたところで、要求魔力に到達するはずがない。
いま街で企てられている魔術に、『浄化の星』が関係しているはずがないのだ。
「……なるほどな」
結局。
八年前のあの日から、誰かの掌を転がされていた訳だ。
東雲一基という少年が、ただ一度だけ抱いた理想さえ奪う形で。
「……俺も、それは同じだよ。こんなことを許容してやるほど、俺だって甘くない」
だから。
東雲一基は立ち上がる。
左足は《影喰らい》に飲みこまれたままだ。もはや激痛の信号が脳の至るところで爆発して、視界の端が歪んでいるような感覚さえあった。
「誰かを救うなんて大仰なことはもうやめた。そんなことは、人の身じゃ出来やしない」
「懸命だ。それは『浄化の星』だけに赦された特権だ」
「それでも」
東雲一基は食い下がる。
「俺の知らないところで誰かが糸を引いていて。そのせいで、誰かが大切なものを奪われていたのなら、それは許しちゃいけないことだ。そいつだけは、絶対に殺さなきゃいけない。それがあの日、誰も救えなかった俺に出来る唯一の贖罪だからだ」
「雄弁に語るなよ、共犯者」
対話はそこで終わる。
ただ、裂帛の気迫だけがこの場に残される。
東雲一基も柳光二も既に満身創痍だ。柳光二の方が優勢だったとは言え、それでも一度は一基が圧倒していた。その時の蓄積されたダメージを考えれば、どちらも持久戦になど耐えられない。
勝負は一撃で決まる。
静寂に包まれた空間で、砂利が擦れ合うような微かな音があった。それが合図だった。
東雲一基が一閃を放つ。
柳光二が拳を振り抜く。
互いの力が激突する。
――だが。
斬撃は止まらない。
「――まずは寝ろ、柳光二! その間に俺が、本当の敵をぶち殺す!!」
空気の鎧ごと、一基の一太刀は柳光二の拳を打ち砕く。鋭利さではなく、ただひたすらに硬度だけを求めた一撃だ。
鈍い音があった。
拳を砕くだけでは止まらなかったその一撃は、柳光二の顎の骨を砕いていた。
口から血を噴き出して、柳光二は完全に崩れ落ちる。
勝利とはほど遠い、空虚な何かを残して。




